妖精 1
暖かい太陽の光が、草木や湖に反射してキラキラと光る。
この国、アレクサンドリアに住む人々は何とも楽しそうで、そして忙しそうだ。
というのも今日から三日間、収穫祭があるから。たくさんの野菜、果物、そして水。全ての恵みに感謝しましょうという、大きな祭り。
たくさんの建造物や広場がある大きな街も、見渡す限り山や森しかない小さな田舎村も、皆が自分の家で採れた新鮮な食物を路上で商売する。
とはいえ、採れたものをそのまま販売するのではなく、それを材料として料理を作り、それぞれのオリジナル料理として販売するのだ。
そのため毎年この時期になると、国の女達は自分のプライドと名誉にかけて、闘魂をみなぎらせる。
「あの家の料理はイマイチだった」なんて言われようものなら、その年は敗者というレッテルを貼られてしまうのだから。
しかし、これこそが国の活力源だと言い換えてもおかしくないのは事実なのだ。
こんなにも人がいたのか、と思わせる程の出店が路上に並ぶ。
隣の家は何メートルも先にあり、人とすれ違うこともあまりないこの田舎で、小さな広場に村民が集まり談笑している。
「うちの嫁の料理が一番美味い!」だの「あの料理のレシピ、また後で教えてもらおう」だの様々だ。
「あ!お譲ちゃん、ちょいとうちの料理食べてごらんよ!後悔はさせないよ!」
そして一人の少女が、闘う女達の一人に声をかけられた。
歳は16ほど、背中まである長い栗色の髪がゆらゆらと風に靡く。
まだ微かに幼さが残る彼女の名前はファウナ。髪色と同色の瞳を女に向ける。
女は満面の笑みを浮かべて、ファウナを手招きした。
「どうだい、お譲ちゃん。食べてみないかい?うちの店のもんはどれも安くて美味しいよ」
確かに、屋台で作られている鍋からはいい匂いがする。今作られたばかりなのか、火が止められているにも関わらず、鍋からは湯気が立ち上っている。
「うん、美味しそう!そのポテトスープください!」
「あいよ、ありがとさん!30ポンドだよ。熱いから気ぃつけな!」
ファウナは財布からお金を出すと女に渡し、代わりにスープを受け取った。
プラスチックの器で耐熱ではなく、彼女の小さな両手をすぐ赤く染めた。
「あつつ……っ。いただき、ます!」
出来上がったばかりのスープをまずは一口、含んでみる。じゃがいものとろみとかぼちゃの甘さが絶妙に絡み合って、喉を通った後も、もっともっとと口が欲しがっているのがわかる。
「美味しい……、美味しいよ!」
「はっは、そうだろうとも!何たって一週間かけて作ったもんだからね!さっ、冷めないうちに飲みな!」
「うん!」
女は上機嫌に笑いながら、美味しそうにスープを飲みほすファウナを眺めていた。
ファウナも空になった器を切なげに見つめ、おかわりをしようか、どうしようかと悩み、悩んだ挙句に飲もうと決めた、まさにそのときだった。
「な、何のつもりだおめぇ!早くそれを脱ぐように言ってるんでぇ!聞こえねぇんか!?」
広場の方で、男の声が荒々しく聞こえてくる。不安と恐怖が入り混じったような声。
「……?どうしたんだろう……」
「どうせまた喧嘩でもおっぱじめたんじゃねぇのかい?……ったく、うちの村の男共は喧嘩っ早いったらありゃしねぇんだ。お譲ちゃんも気にするだけ無駄さね、無駄」
「でも……」
我関せず、といったように笑い混じりに言ってくる女とは裏腹に、ファウナは気が気ではなかった。
何とも言えない冷たい汗が、つ……っと背中を濡らす。
「おめぇ、脱がないってことは自分は“黒の妖精”だと言ってるのと同じことだぇ!?どうなんでぃ!」
広場から聞こえてくる男の声で、傍観を決め込んでいた村人がざわめき始めた。それはファウナも女も、同じで。
「な、何だって……、黒の妖精……!?何でこんな田舎村に……っ!!」
「お、おばさん落ち着いて!私、ちょっと見てきますから!」
手に持っていた器を女に渡すと、ファウナはすぐさま駆けだした。
嫌な予感がする。嫌な予感がする。
(どうか、違っていますように――)
たった数メートルの距離なのに、広場までがとても遠くに感じられた。