仲間 2
ソルトは部屋に入るなり中央の椅子に腰かけると、威張るように胸を張り、バンッと机を叩いた。ファウナはビクリと肩を揺らし、彼のその後の行動を見張る。
「お茶」
その一言だけだった。急かすように尚もバンバンと叩き続ける。
黙って普通にしていればいい男の類なのに、何とも勿体ない。
「……どうぞ」
ファウナが出したのは普通の水だった。それもそのはず、彼女は昨日ここに来たばかりだ。シャレたものが都合よく冷蔵庫に入っているわけなどない。
勿論ソルトは不満を顔に出したが、「それもそうか」と納得しているようだった。
「……で、さっきの話なんだけど」
ソルトは水をすすりながら彼女に問う。
机に肘をついて寛いでいるソルトに対し、ファウナは膝の上に手を置いて身構える。
「あんたはユーフェンの何?何のつもりで城に来た?ユーフェンを出し抜こうとでもしてるつもりじゃねぇの?」
「そ……っ!そんなことしない!!」
ファウナは両手で机を叩き、勢いで立ちあがった。机の上に置かれた二つのグラスがグラグラと揺れ、水がタプンと波紋を描く。
心外だった。そのような誤解をされるのは。
「私がユーフェンに対してそんなこと……できるわけない!できない!」
彼女の声が荒くなる。けれど反面、ソルトの声は静かだった。
「どうだか。あいつは白の妖精で一国の王子だ。なのにバカみたいに人がいい。そこをつけ狙ってくる奴なんて山ほどいる。あんただって……」
「私はユーフェンのこと、恩人だと思ってる!ユーフェンを傷つけようなんてそんなこと……っ」
ファウナは歯を食いしばった。ユーフェンは自分だけでなく母親も助けてくれた。命ではなく、心の救済。彼がいたから、母親は笑って逝けたのだと。もし自分が燃える家の中に行ってしまっていたら、恐らく母親は、苦悩に歪んだ顔で逝ってしまっていたと。
そう思うと悔しかった。彼がいなければ気付けなかったこと、母親を別の意味で助けてあげられなかったこと。
同時に、驚いていた。まだ出会って間もないのに、こんなにもユーフェンを大事だと思っている自分がいること。それを言葉にすることによって、はっきりとカタチになっていくようだ。
「あ……、わかった、わかったから泣くなって!」
ソルトの声で、初めて自分が泣いていることに気付いた。
何故かはわからないけれど、その涙は色々な理由を含んでいるように感じた。
「ごめん……、言いすぎたよ。もう疑わねぇから泣きやんでくれって」
ソルトはファウナの頭を優しく撫でた。まるで壊れ物を扱うかのように、ゆっくりゆっくりと。
彼はポツポツと話し始めた。
「……俺はさ、ユーフェンが一番大事なんだよ。この世に俺が存在してるのはあいつのお陰で、ここで働けてるのもあいつのお陰。俺はユーフェンを傷つけようとする奴は許せないし、そういう奴らから守りたいんだ」
そのためなら手段は選ばない。彼以外の誰を傷つけることになっても。ソルトの目は、それほど真剣なものだった。
「ごめんな。お前はそういう奴じゃないって信じるから」
「……うん」
自分につっかかってくる嫌な奴。そう思っていたのに、意外だった。彼の目は、これほどに澄んだ優しい目をしていたなんて。誰かを守りたい、大切にしたいという気持ちからだろうか。
ファウナが思わず魅入っていると、ソルトは初めて彼女に向けてにっと笑顔を向けた。
「改めて、俺の名前はソルト。ユーフェンの付き人やらせてもらってる。お前はファウナだっけ?何の仕事?」
「あ……っ」
彼女は言葉に詰まった。
ユーフェンに言われたのはユイランの付き人だ。けれど、当のユイランからは「いらない」と一刀両断されてしまった。
だからどうしようかと、ユーフェンと後で落ち合うつもりでいるのだ。
「あのね、私……」
その経緯を彼に説明しようと、口を開けたときだった。
コンコン、とノックする音がして、彼女は慌てて返事をした。
「ごめん!急いで済ましてきたんだけど、待たせちゃったかな?」
どうやら走ってきたのだろう。ユーフェンの呼吸は少し荒くなっていた。
「あ、ううん、大丈夫。ソルトと話してたから」
「ソルト……?」
ユーフェンは不思議そうに彼女の横にいるソルトに目を向けた。ソルトはギクリとして目を逸らす。
「てっきり別の仕事に行ったもんだと思ったんだけど……。……彼女に喧嘩は売らなかっただろうね?」
「う、売ってなんか……!」
「ソルトは人見知り激しいけどいい奴なんだよ。そこはわかってあげてね」
ユーフェンはファウナにほほ笑みかける。
ソルトは人見知りをしているわけではない、全てはユーフェンのため。それがくすぐったくて、嬉しくて、ファウナは「うん!」と笑顔を返した。
こんなに和やかで優しい雰囲気もあるのに、同じ城の中で反対の雰囲気もある。
誰も近寄らない、近寄ろうともしないところ。暗い部屋にたった一人、まるで世界からのけ者にされたような。
ファウナはある人物を思い描いて、彼女なりの決意を口にした。
「あのね、私……、ユイランの付き人になりたいの」