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対 3

 アレクサンドリア王国、第二王子ユイラン――。

 ファウナは彼がどういう人なのか想像を巡らせていた。

人見知りが激しい人なのか、それとも女性が苦手なのか。ただ一つわかることと言えば、三人兄弟の真ん中というくらいだから、恐らく年は近いだろうということ。


 ファウナは気合い付けのためにぐっと拳をつくった。――とその途端に振り向くユーフェン。


「どうしたの?」


 物思いにふけっていたファウナは少々驚くも、すぐに顔をあげた。

ユーフェンはふっとほほ笑むと「これ」と何かを差し出す。


「なぁに?」と受け取ってみると、銀色をした小さな鍵だった。


「これ……、この部屋の?」


「うん。ここを出るときは必ず鍵をかけるように」


 またも溢れだす疑問。くどいようだが、仮にもユーフェンの弟君。これではまるで……。


(幽閉……)


 ――カチャリ。

鍵を開ける音が響いた。


「ユイラン、入るよ」


 ノックをしなければ返事も待たずにユーフェンは中へ入る。そんな彼の後についてノコノコ入ってもいいのだろうかと迷っている間に、完全に出遅れてしまったファウナ。

中途半端に開いた扉からユーフェンの姿が見える。


(ど、どうしよう……)


 今更だが、「失礼します!」と明るく入っていくべきだろうか、それとも「ユーフェン……!」と此処から声をかけてみるべきだろうか。どちらにしても間抜けだ。


 ファウナは扉の隙間から部屋の中を窺ってみる。ユイランの姿は此処から死角となっていて見えない。


 ドアノブを握ったまま動けないファウナは、ユーフェンに気付いてもらおうとずっと視線を送っていた。


「……、……!」


(……話し声!)


 ユーフェンの声とはまた違った声。ユイランの、声。


(……何を話しているの?)


 初めて聞くユイランの声は重低音で、何を話しているのかはわからないが、まるで何かを責め立てているような荒々しさを感じた。喧嘩とは違う、一方的に癇癪かんしゃくを起こしているような。


 ドアノブを握る手が汗ばんでいく。会話をするごとに声がはりあがるのがわかる。


(……止めないと!)


 ファウナは部屋の中に足を踏み入れた。


「ユーフェン!」


「……!ファウナ……っ」


 彼女は部屋に入って目を見張った。

只の使用人であるファウナの部屋よりも殺風景で、灯りは薄暗く光っている。部屋の真ん中にはポツンと机と椅子があるだけで、あとは隅の方に使い古されたベッドが置いてあるだけだった。


「……何だてめぇ」


 はっとして声の方を向くファウナ。

恐らくこの人物こそがユーフェンの弟君、ユイランだと思われた。


だが――。


「あ……っ」


 これはまさに、王家でのあってはならないこと。


(何て綺麗な……)


 窓から差し込む陽の光が、ユイランの長い髪を反射する。


(黒の、髪……!)


 異端児。決して表沙汰になってはならない王家の事実。

ファウナは驚きのあまりに言葉を失った。


(まさかユーフェンにも、縁者に黒の妖精がいたなんて……)


 だから彼女の母親が黒の妖精だと知っても、大した驚きは見せなかったのか。彼もまた、同じ境遇だから。そしてファウナをユイランの付き人にするのも――。


「ユイラン、彼女がお前の付き人だよ」


 驚愕しているファウナの横で、ユーフェンは口を開く。しかしその言葉を聞いた瞬間、ユイランの表情が一層険しいものになった。


「……は?付き人?これが?」


 あざけるような笑いとともに、ファウナを指差した。


「くく……っ、兄上様はお優しい……。黒の妖精にまで付き人を下さるのか」


 クスクスと口元を押さえながらユイランはわらう。だがその目は少しもおかしがってなどいなかった。黒の瞳が、冷たく二人を映しているだけ。


そしてピタリと嗤わなくなったかと思えば、まるで光のない目でユーフェンを睨んだ。


「いらねぇんだよそんなもの。憐れみのつもりか?同情のつもりか?今までこの部屋にすら来なかったくせに、何のつもりだ。その女連れてとっとと散れ!」


 部屋に入ってからずっと黙っていたファウナであったが、この言葉にプツンと何かが切れた。


「そんな言い方しなくたっていいでしょ!?」


「ファウナ……!」


 彼女はこの部屋に入る前にしたユーフェンとの約束を、すっかり忘れていた。そんなことよりも、ユーフェンが傷ついたかもしれないことの方が重大だった。


「……何だと?」


 案の定、ユイランはファウナに怒りの矛先を向ける。少し怯んだファウナであったが、尚も続けた。


「もっと言葉を選んで話せないの!?いくら兄弟だからって、親しき仲にも礼儀が……」


 言いきっていないのに、彼女は息苦しさを感じた。自分の首を、ユイランが締め付けている。


「てめぇこそ口のきき方に気をつけろ。俺は黒の妖精でも、一国の王子だぞ」


「……っ」


「ユイラン!」


 ファウナの首からユイランの手が離れる。彼女は咳き込みながら、床に座り込んだ。


「ユイラン、彼女は女の子だ。やっていいことと悪いことがあるだろ」


 息を整えるファウナの背中を撫でながら、ユーフェンはユイランを見上げた。ユイランはそれに、冷やかな目を向ける。


「……フン、相変わらず女には優しいな。今度はその女か?」


「……っ!!」


 ふふん、と鼻で笑うユイラン。ファウナがふとユーフェンの顔を見やると、バツが悪い表情をしていた。まるで痛いところをつかれた、というような。


(ユーフェン……?)


「……行こう、ファウナ」


「え、でも……」


 もうそれ以上ユーフェンが口を開くことはなく。ユイランの視線を気にしつつも、彼は振り返ることなく部屋を後にした。


『今度はその女か』


 どういう意味なのかわからないけれど。

ファウナは自分以上に、ユーフェンが傷ついているように見えて。


 気まずい雰囲気の中、ユーフェンとファウナ、二人の靴音だけが響いた。


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