対 1
翌日、朝早くに目を覚ましたファウナは大きく背伸びをし、改めて部屋中を見回した。
このベッドも一人用にしては大きいと思っていたがそんなことは序の口で、部屋の中には更に個室がある。恐る恐るドアを開け中を確認してみると、そこは小さなキッチンとなっており、水道やガス、冷蔵庫が用意されていた。
(ここで自炊しろってことかな)
ドアを閉めふと横を見ると、もう一つの扉。躊躇うことなくそれを開けると、トイレと風呂場であった。
たかが使用人、されど使用人。城で働く者の部屋は全てこのようなのだろう。城の中まである種の町のよう。
「お気に召されましたか?」
ふぬけるファウナの後ろから、聞いたことのある声が聞こえた。女性にしては少し低めの、淡々とした声。
「あ……、おはよう、ございます」
短い薄茶の髪の女性、リルに、ファウナは慌てて頭を下げた。
この人は苦手だ。何を考えているのかわからない。突き刺すようなきつい視線が痛くて、目を合わせることが苦痛に思えてしまう。
「……昨日は挨拶もせず申し訳ございませんでした。私はリルと申します。ユーフェン様の付き人をさせて頂いています」
リルは丁寧に言葉を連ねた。しかし表情の変化は少なく、まるで有能なロボットが喋っているかのよう。
ファウナも前も向き、そんな彼女に返事をする。
「そ、そんな私こそ挨拶せずに……!えっと……初めまして!ファウナです。私はユーフェンの……ユーフェンの……と、友達、です」
「…………」
一国の第一王子を友達扱いするなんて、大丈夫だろうかと思った。案の定リルは押し黙り、ファウナを「正気か」とでも言うように冷めた視線を送る。
けれどそれだけで特に何を言われるでもなく、リルは持ってきていたカバンをファウナに手渡した。
「その中の服に着替えて下さい。貴方の仕事内容は、その後ユーフェン様直々にご説明がありますので、勝手にどこかへ行かれませんようここで待機していて下さい。……何か質問は?」
「い、いえ……ありません」
そうですか、と短く返事をすると、リルはファウナに背を向ける。そして部屋を出て行く間際、呟くように言った。
「……本当に、覚悟はしていてください」
「……!リルさ……」
――パタン。これ以上何も言いたくないとでも言うように、扉が閉められる。感情の起伏が全くないと思ったが、最後の一言はどこか悲痛で切なげだった。
(一体何なんだろう……)
パタパタとリルの足音が遠ざかるまで、ファウナは身動きがとれなくなっていた。
まるで彼女の心情が、ファウナに移ってしまったかのように。