事実 2
ファウナは息を飲んだ。何となく気付いてはいたが、音にして聞くとやはり辛い。自分の体がぎゅっと防衛反応を起こしているのがわかる。
「彼らは殺しのプロと呼ばれる輩です。黒の妖精を殺すことは法的に罪にはなりません。寧ろ逆に国民を守るヒーローと思われているくらいで……」
「リル、話はもう終わったんでしょう?彼女はもう疲れているだろうから、休ませてあげて」
淡々と説明を続けていた女、リルの話を遮るユーフェン。リルの言葉は決してオブラートに包まれることのない、直球な一般論だ。それがファウナを傷つけているとは微塵にも思わず、けれどユーフェンの言葉に素直に頷く。
「はい、それでは私は失礼致します。何かございましたらお呼びください」
リルはもう一度頭を下げると、部屋を後にした。
ユーフェンも「それじゃあ僕も」と言って立ち上がる。けれどファウナはそれを引きとめるかのように、彼の服の裾を掴んだ。
「どうしたの?」
ユーフェンはきょとんと首を傾げにっこりほほ笑むと、またベッドに腰かける。
ファウナは掴んでいた手を離すと、単刀直入に聞いた。
「ユーフェン“様”って何?貴方は誰?」
ある日突然出会ったこの青年。黒の妖精かと思えば白の妖精で、出会って間もない少女にやけに優しかったり。しまいにはここに住めとまで言う。それは単なるお人好し、という一言では片付けられない。
「僕は……」
ファウナはユーフェンの言葉に耳を傾けた。
「僕はこの国、アレクサンドリアの王の息子。次期王位を継ぐ者だよ」
「そんな……っ、王子、様……!?」
彼女は驚くと共に、全てに納得がいった。
ユーフェンと出会ったとき、ローブを脱がなかった本当の訳も。それは脱げば、白の妖精ということ以上に騒ぎになるから。
ファウナを助けた理由も、国民を守るのは王家の役目だから。そして、彼が白の妖精であるのも――。
アレクサンドリア家は代々、必ず一人は白の妖精が生まれてくる。それは、その国の繁栄は約束されたようなもので。
「あの、私……っ」
「待った。その先は言わなくていいから」
ファウナの言葉の先を見透かしたように、彼は制した。
「僕が何故、自分から身分を明かさなかったのか……わかってほしい。僕は君と対等でいたいんだよ」
いくら自分のことを知らなかったとはいえ、彼女と初めて会ったとき、自分が王家ではなくても助けたであろうファウナに、彼は少なからず惹かれた。白の妖精とか黒の妖精とか関係なく、分け隔てなく接する人間に出会えたことが、新鮮だったのかもしれない。
だからこそ、助けたいと思った。同情とかそのような気持ちからではない、心から――。
「僕は君と、友達になりたい。友達でありたい」
これは本心だ。彼はファウナの返事を待った。
「私……、私もずっと、友達がほしかった……」
母親以外の誰かに認められたかった。自分の心を包み隠さず打ち明けられるような人に出会いたかった。
「ありがとう、ユーフェン。……ありがとう」
彼ならば、心を許せる。自分を受け入れてくれる。ファウナはそう感じた。
ユーフェンもまた嬉しそうに笑うと、彼女の頭をぐりぐりと撫でた。
「友達は、お互いに助け合うものなんだってね。昔、誰かがそう言ってたのを聞いたことがあるよ」
彼は立ちあがると、ファウナを見つめた。
「今日から君が帰る家はここ。……でも、働かざる者食うべからずって言葉は知ってるね?友達だからと言って甘やかす気はないから、覚悟して」
言ってからユーフェンは踵を返し、彼女の返事を待たずに扉の方へ向かう。
「待って!」とファウナは彼を呼びとめるが、「何か言わなければ」という想いが先に駆られ、言葉がでてこない。
嬉しくてたまらないのに、頭の中で言葉達が騒ぎを起こしているようだ。
「あのね、あの……っ!」
「今日はもうおやすみ。また明日、話そう」
「あ……っ、……うん。おやすみ」
彼の気遣いに感謝した。今の状態ではきっと充分に想いを伝えられないだろう。
出て行く彼の背中を見送って、たった一人になったファウナはベッドに横になり、母親のことを思い浮かべた。
今までお互いに支え合って生きてきて、苦しかったけれど幸せだった日々。母親がいたからここまで生きて、笑ってこれた。
その母親はもういない。けれど独りでもない。
(お母さん、私友達ができたよ。……初めて)
ファウナはそっと目を閉じた。
(お母さんが黒の妖精でも、ユーフェンは私を受け入れてくれた)
蔑まれるかと思っていたのに。
(私、頑張るから。お母さんが誇りに思うような娘に、なってみせるから)
ファウナの心は何故かとても落ち着いていて、ある決意さえ生まれていた。
『白の妖精、黒の妖精、そして国民。それぞれが和解すること』。
誰もが平和に暮らせるように――。