2章 佐護 2
「なぁ」
「……」
「綴、呼んでんだけど」
「? うぇぇ、私?」
「だからそうだって」
とある日の放課後、教室で葵を部活に見送ったところで佐護君に声をかけられた。
佐護君と教室で話すことなんて滅多になくて、あっても事務的な会話だ。名前を呼ばれたのも神社の時以来で、何の用だろうと緊張してしまう。
「放課後、神社行く?」
「え、ど、どっちでも」
「ならちょっと来てもらえるか、話したいことがあって」
頭を掻いて話す佐護君の誘い方は、とあるシチュエーションを想像させるような雰囲気で。まだ教室に残っていた数人が急に色めきたつ。
「なになに、冬弥って綴みたいのが好みだったの?」
「ん? ……いや、そういう話じゃねーよ!」
横から入ってきた男子の質問に佐護君は慌てたように答える。周囲の反応に気づき、少し焦ったようなその答え方は、周りの空気をますます助長させた。
「とりあえず、待ってるから。後でな」
「う、うん。わかった」
周囲の視線に耐えられなかったのか、佐護君はバッグを持ってすぐに出て行ってしまう。けどそうなると次に視線を集めるのは私の方になってしまって……顔に熱が集まるのを感じながら、荷物をリュックに入れてすぐ佐護君の後を追った。
学校を出てようやく一息つく。あそこまでクラスメイトに注目されたのは初めてだったから、まだ顔が赤い気がする。
神社までの道すがら、頭の中を巡るのはもちろん佐護君のことだった。
学校での佐護君は、いつも休み時間に4人くらいでゲームの話をしているイメージ。部活はやってなくて、放課後になったらすぐに教室を出ていくから、学校の外でなにをしているかは知らない。テストで張り出される上位50人の中にはいないから、そんなに勉強は得意ってわけでもなさそう(私はその紙にぎりぎり載るか載らないかくらいの成績だから、毎回よく見ている)
特別カッコよくてクラスで人気ってわけでもない。一部の女の子が佐護君ってぶれなくていいよねー。と話しているのを聞いたことがあるけど、私にとっては……クラスの中では比較的話しかけやすい男の子って感じ。
そんな佐護君が私に話がある。今までのことを思い返してみてもやっぱり理由はわからない。無理やり理由をつけようとすると……葵のことが気になるから連絡先を教えてとか? かなぁ。
そんなことを考えているうちに、神社へ向かう石段の前に着いてしまう。脇にはカゴのついた自転車が一台停めてあって、きっと佐護君の自転車だろう。
石段を登る。告白のはずないと思っていても、一段登る度緊張してくる。考えても考えても思い当たる点は見つからなくて、なんだかよくわからなくなってきた……はっ! もしかして知らない間に佐護君の気に障るようなことをしていたとか? それが理由でぼこぼこにされたり?
ぐるぐると考えているうちに足が重くなってきたけど、石段はそれほど多くない。あっという間に鳥居の前までたどり着いてしまった。
見回すと佐護君は社務所の隣、私がよく魔力還元で座ってるベンチにいた。スマホをいじっているみたいで、私に気づくと手を軽く上げる。
「綴、さっきは変な誘い方して悪かった」
「だ、大丈夫。みんなの誤解解くのはちょっと大変かもしれないけど」
「それは俺から言っておくから心配しなくていい」
ほっと息をつく。佐護君は特に怒ってないようだし、クラスのみんなにも佐護君から話してくれるなら安心だ。私だったらたくさん質問されても上手く答えられる気がしない。
「よ、よろしく。誤解されたら佐護君も迷惑だろうし……そ、それより何の用?」
「迷惑ってわけじゃ……いや、用な。えーっと、なんて言ったらいいか……」
気になる内容を聞くと、佐護君はどうも言い淀む。
「……葵の連絡先なら本人に聞いた方がいいと思うよ?」
「葵? 高崎のことか? 連絡先なんて別にいらねぇよ……いや、康太は知りたいって言ってたか」
「康太? 阿部康太君のこと? そうなの!」
阿部君は佐護君と一緒のグループにいる坊主頭の男子だ。明るい性格だけどテストの後はいつも先生に注意されているから、成績が良くないことだけ知っている。阿部君と葵かぁ……葵ならもっといい人いる気がするけどな。
「あいつ野球部だから、外で見かけること多いんじゃね? ってそうじゃなくて」
話の流れが変な方向に行ってしまったようで、佐護君は仕切りなおす。まだ言いにくそうにしていたけど、決心したようでまっすぐ私を見つめた。
「綴ってさ、実は神様だったりする?」
「この神社に祀られているのは、実はちゃんとした神様じゃないんだ」と佐護君は切り出した。
話は佐護君のご先祖様の時代までさかのぼる。
昔、この辺りがまだ森で、獣道くらいしかなかった頃。狩りに来ていた佐護君のご先祖様は森の中で迷子になってしまった。ご先祖様は迷ったことに気づいてなんとか元の道に戻ろうとしたけど、どこまで歩いても不思議と出口は見つからなくて、どれだけ大きな声で助けを呼んでもなんの返事も返ってこなかった。いつもは鳥の声が常に聞こえるような賑やかな森は、その時だけは静まり返り、風が木々を揺らす音しかしなかった。
ご先祖様も明らかに異常な現象だと思いながらも、森を彷徨い続ける。川の水で喉を潤し、樹の上になる実でなんとか飢えをしのぎながらも、出口を探し続けて森の中を進んだ。しかし陽が沈み、日が昇り、また夜を迎え、朝になっても道は見つからず、ついには体力がなくなって動けなくなってしまった。
すっかり立ち上がる気力もなくなり、意識も朦朧としてきて自らの死を悟った時、ご先祖様の目の前がぱっと明るくなったかと思うと、そこに光り輝く神様が降り立った。
呆然としているご先祖様は一瞬死後の世界にいるのかと思ってしまっていたが、次に目を開くと森の入口にいて、ご先祖様を捜索していた家族に抱きかかえられていた。
ご家族の介抱もあってなんとかご先祖様は元気を取り戻し、その後、家族に山の中での出来事を話した。
「私はこの山の神に命を拾ってもらった、残った命は神に捧げる」
当時、信仰というものが今よりずっと当たり前だったのもあって、そのご先祖様の話を信じる人は多かった。ご先祖様を中心に全財産を投げうって神社を建て、それを守るために佐護の家系は神職になった。
しかし名もなき山の神への信仰を集めるのは、有名な神様がそこら中にいる日本では難しい。そもそも佐護のご先祖様の信仰が過剰なだけでできてしまった神社だから、代を継ぐごとに神社はさびれていき、今ではあまりお金も掛けないで最低限の管理しかされなくなってしまった。
「今管理してるのは俺の爺さんで、ひい爺さんからその話を何回も聞いてるからその話も信じてる方なんだけど、俺の父さんがまったく神社とかに興味なくてさ、何を祀っているかもわからない神社なんて潰してしまえって言ってるんだ」
「神社って勝手に潰して大丈夫なの?」
「どうなんだろうな。神様を反故にして呪われるなんてテレビじゃよくやってるだろ。だから俺としては反対なんだけど……ここまで寂れさして今更っていう気もあるんだけどな」
「それもそうだね……」
ベンチからは神社を見渡すことができるから、寂れた様子はよくわかる。柱はぼろぼろだし、しめ縄も薄汚れて一部は切れてしまっている。お賽銭箱はよく見ると誰かが破壊したのか一部に穴が空いてそのままだ。
本殿は建物の造りをなんとか保っているけど、ちょっとした地震が起こればすぐに崩れてしまいそうな見た目だった。
「これは信じてもらわなくていいんだけど、実は俺、お爺ちゃんゆずりでちょっとだけ霊感みたいのがあるんだ」
「幽霊が見えるってこと?」
「いや、そこまでじゃない。良い場所とか嫌な場所とかがなんとなくわかるってくらい。根拠はないけど、嫌な空気が家に取り巻いてるなーと思ったらその家で事件が起きたり、あの宝くじ売り場にいい気があるなーと思ったらちょっとした金額が当たったり」
「え、凄い。佐護君って実はお金持ち?」
「いや、当たるのは3000円とかで、年1回あればいい方だから小遣いの足しになるくらい。でも外れることの方が少ないから、俺個人としては信じてるんだ」
ふと思えば、今の私なら当たり宝くじを買うくらいならできる……かな? 透視に近いことができるから、スクラッチくじとかなら……まずはその当たりくじを探すところから始めないといけないけど。
「それでさっきの話に戻るんだけど、綴はなんていうか、時々近寄りがたいことがあって。気が綴を中心に渦巻いてるっていうか? たまに眩しく感じる時があるんだ」
「私が?」
「それにたまにここ来てるだろ、俺も家の方向こっちだから、帰り神社に寄るの何回か見かけててさ。でもこんなとこ来るの学校の生徒でも綴くらいだから、もしかして山の神とかが綴にとりついてるのかもって思ったり」
「なるほどね……」
山の神は関係ないけど、きっとその正体は私の中の魔力だ。私以外に特別な力を持つ人なんていないと思っていたけど、こんなに近くにいるなんて。初めて出会った視える人に私は内心感動していた。
「というか、ここら辺の話笑い飛ばしてくれないと俺も困るんだけど……」
「え、はっ! そうだよね! 違うから!」
「今からでも膝ついた方がよかったりする?」
「そんなことしなくていいよ、神様じゃないから!」
魔力はそんな見え方なのかと感心していただけなのに、まるで佐護君の話を肯定しているみたいになってしまって、佐護君は苦笑いしていた。
「俺もまさか神様が学校通いしてるわけないと思ってるから半分冗談。ただ、最近爺ちゃんが本格的に体調悪くなって今じゃ寝たきりだからさ、この神社がなくなるのも近いかなと思って。もし神様と話せるなら、神社を潰すことをどう思ってるのか聞いてみたかったんだ」
「……ゴメン、力になれそうになくて」
「いやいや、綴が『実は神様だから潰さないで』って言いださなくてかったよ。これだけ放置してるんだから、神様が見てたら絶対罰とかありそうだし」
冗談めかして佐護君は言う。真面目に返事をしてしまったのがちょっと恥ずかしかった。
「佐護くんは、ここをなくしたくないの?」
「そうだな。俺、父さんが仕事で忙しい時はよくお爺ちゃんに預けられてたんだ。そんな時はよくここで遊んでて……思い出の場所ってやつなのかもな」
その視線は寂れた神社に向かっていて、その目は過去に思いを馳せていた。佐護君としてはやっぱりここがなくなるのは寂しいのだろう。
「変な話してゴメン。爺ちゃん倒れてから俺もちょっと気が落ちててさ。笑わないで聞いてくれて助かった」
「そんな、佐護君がここに思い入れがあることは十分伝わったし」
「綴が神様じゃなくても、話を聞いてくれて助かったよ。……やっぱ一応手合わせとこうかな」
「だ、大丈夫だよ。本当にそんなんじゃないからっ!」




