5章 文歌 4
解けてしまった私は、記憶だけの存在になって地球の奥深くにいた。
そうなってやっと、私は魔女というものがどういう存在なのか理解した。今思えば、栞さんの残した知識は全然足りなかったんだなと分かる。なぜ魔女が人の中に生まれるのか、その本当の役割と意味を。その上で、私は許されないことをしてしまった。
歴史の改変。時間への介入。どちらも地球に対し大きな危険を及ぼす行為。それが許されるはずもなく、ただ断罪されるために私はどこかへ向かっている。
それでも私の中に後悔はなかった。葵を助けることができたなら、それで。
だからどんな罰でも受け入れるつもりだった。その罰が百年でも千年でも、たとえそれが永遠だったとしても。
空間に色が付き始める。どこまでも広がる真っ白の空間、一つのテーブルと二つの椅子が現れる。
その一つには栞さんが座っていた。
「はろー、お疲れ様。まぁ座りなよ」
いつもの軽い調子で、栞さんは空いている椅子を指差す。私が座り、栞さんがさっと手を振ると、テーブルの上には様々なお菓子が現れた。
「今度はちゃんと味もするようにしたから安心して」
そういわれ、カップを満たす黄金色の飲み物を口にすると、お茶やらお菓子やら果物やら、なんだかよくわからない味がした。
「どう? 気分は?」
「葵はどうなったの?」
「まずそれかぁ、普通この場所のこととかじゃないの?」
まぁいいか、栞さんは呆れたようにいいながら、カップを少し傾けた。
「君の目論見は上手くいったよ。時間は巻き戻り、葵さんの事故はなかったことになった。まさかあんなにためらいもなく自分を犠牲にしてまで、魔力を使おうとするとは思わなかったけど」
安堵する。それだけ分かれば私には十分だ。
「君も分かってると思うけど、時間の改変には危険が伴う。ましてや地球上に寄生する人に対して使うなんて、魔女がしてはならないこと。今ならその役割もわかるね」
そう問われ、私は頷く。
「私達は、人に対するストッパーだったんですね」
「そう。知的生命体……今回の場合は人のことね。人が地球を害する力を手にする前に、人を滅ぼすのが魔女の役割。だから魔女は、地球側の味方なの」
行き過ぎた技術は星をも滅ぼす。それを防ぐための抑止力として、星は人の中に一人、判断するものを作り上げる。それが魔女の所以、地球との契約。魔女はエネルギーを循環させながら、人を監視する。星に影響が及ぶほど危険な技術を生み出す予兆があれば、人類を滅ぼす。
「今となってはそんな関係ないね。他ならぬ魔女が地球に牙をむこうとしたんだから。っていうかこんなこと人に任せる仕事じゃないよね、そもそも」
それは栞さんの言う通りだと思った。けどそれに文句を言っても、それが世界のルールだからどうしようもない。
「それでここからが本題。今回、君は時間を操作した。たまたま上手くいったけど、これは少しのきっかけで星がなくなってしまうほどの現象で、つまり地球さんはとてもお怒りです。というわけで、君にはペナルティを受けてもらう……と言うところなんだけど」
真面目に話していた栞さんが、そこで言葉を止める。
「もともとは私が蒔いた種だから、そのペナルティもほとんど私が受けることになった」
「……どういうこと? それは私の分もってこと?」
魔法を使った私が悪いはずなのに。私の分まで栞さんが受ける理由がわからない。
「まぁそう思うよね。でも君は知らなくていいと思うんだ。これは私の問題で、君は巻き込まれた側だから」
「巻き込まれたって」
それきり、栞さんは黙ってしまった。このことに関しては何も言うことはないという意志をひしひしと感じ、それならと違うことを質問する。
「じゃあペナルティの内容って? ほとんどってことは私にもある?」
「君のペナルティは魔力のはく奪、これは当たり前だね。よく使ってた転移とかもできなくなるから、地道に歩いて移動しなさい。……重要なのはそれだけかな。まぁ違う問題はあるんだけど……」
「私、魔女じゃなくなるってこと?」
「そうだね。君はもともと魔法使いたくなかったんでしょ? こんな便利な力なのに珍しいね……ともあれ君にとっては元に戻るだけじゃないかな」
「……よかった」
「地球さんの寛大な処置に感謝するよーに」
栞さんの言うように、そこは素直に地球さんに感謝した。
「栞さんは?」
「……魔女の復帰、魔力の行使に大幅に制限を付けた、ね」
「そもそも栞さんって亡くなったんじゃないんですか?」
栞さんが血だらけになって倒れていたことを思い出す。
「亡くなったってことなら、君も同じようなものだけどね。ここではわかりやすいように人っぽく見せてるけど、実際は魔力だけで彷徨ってるだけだよ。この場所だってただのイメージだし」
「栞さんが生き返るってこと?」
そうなれば凄いことだ、と思ったけど、少なくとも栞さんは喜ぶような表情をしていなかった。
「生き返る……生き返るかぁ。まぁ表現としては間違ってないか。収まるところに収まったって感じかな。さっき言った通り私の事は気にしないで、魔女は慣れてるから。というか君も1年ちょっとで魔女辞めるなんて、とんでもないスピード退職だよねぇ」
「それは、ごめんなさい」
「いいよいいよ。君には魔女は向いていなかった、そういうことにしておこう。それで、さっき言ってた別の問題なんだけど……君を送り返すにも、位置がランダムになっちゃうんだよね」
「ランダム?」
「君は魔女の力がないまま送り返されるから、地球に流れる魔力の流れに身を任せて戻ることになるんだよ。つまり戻る位置が指定できなくて、戻ったはいいけど海の中とかの可能性が高いってこと」
「……なんとかなんないんですか?」
「こればっかりはね、私の魔女復帰にもちょっと時間かかるし、それまで待ってくれるなら私が復帰した後、地表から引っ張り上げることも出来るんだけど」
「復帰ってどのくらい……?」
「軽く計算して10年くらいかなぁ」
「うぇぇ……でもなんか微妙な時間ですね、絶対に待てないってほどでもない……」
「ここでのんびりしててもいいけどね。10年なんて割とすぐだよ」
それはあくまで栞さん基準の時間の流れだ。10年は長い、とくに高校生だった私にとっては。
でも地球のほとんどが海なのは当たり前のこと。もし今すぐ送ってもらったとしても、日本にたどり着くのなんて、宝くじで1等を当てるようなものじゃないかなと思う。
やっぱり考えてしまうのは、家族や葵たちのことだった。10年経った先、やっと現れた私を受け入れてくれるかな……でも無理して戻って、海の底深くで死ぬよりはマシな気がした。
「しばらくお話でもしてますか」
「それがいいと思うよ。ここ、過去の事ならなんでも再現できるから、一緒に遊ぼっか」
そうして私と栞さんは二人きりで、しばらく遊んで過ごすことになった。
栞さんの言う通り、この空間は過去の出来事であればなんでも再現することができた。戦国時代に行ってみたり、中世ヨーロッパに行ってみたり、富士山のてっぺんに登ってみたり。
そうしているうちに今までほとんど分からなかった栞さんのこともちょっとずつ分かってきた。意外なことに栞さんは私以上にゲーム下手だし、料理すれば絶品料理を作るし、世界の映画を片っ端から見てあれはよかった、そこはダメだったと話し合ったり。
「二人だとこんなに楽しいと思ってなかった」
と栞さんも言ってくれて、寝る必要ない私達は、思いつくままに遊び続けた。
そんな感じで、あっという間に2か月ほど経ったある日。
週に一度の将棋対決を栞さんとしている時に、栞さんが王を逃がそうとするその手が止まった。
「……驚いた」
「あれ栞さん。時間稼ぎ? 私はもう詰みまで見えてるのに」
「いや、違くて……ってまだ負けてないから。ここっ!」
「じゃあここ」
「う……くそー」
「栞さんって結局何年魔女やってたの? 将棋って結構昔からあるんだと思ってた」
「将棋なんて出てきたの最近だよ。1万年の間に同じようなゲーム沢山出てくるから、いちいち詳しいルール調べないし」
「いち……1万年? 栞さん、なんか聞く度に魔女歴長くなってない? 王手」
「そんなどのくらい前からやってるかなんて覚えてないよ……あ、負けました」
逃げ場がなくなった王に栞さんが負けを認める。これで4勝4敗。私は栞さん相手になかなかいい勝負を繰り広げられていた。
「先に5勝した方が勝ちって約束だったよね?来週が楽しみ~」
まぁ勝ったからといって特に景品もなにもないんだけど……勝敗があるってだけで、ちょっとやる気が出るから面白い。一応5勝した方が次の対戦ゲームを選べることになっているくらい。
次はどんなゲームにしようかな、とすでに勝った気のまま考えていると栞さんはなぜか宙を見上げていた。
「文歌、すっごい残念だけど勝ち逃げさせてあげる」
負けたときはだいたいお菓子をたくさん食べてストレス発散しているのに、その時の栞さんは将棋盤を消しただけだった。そして突然来週なんてないような言い方をする。
「文歌にお迎えが来てる。ぎりぎり辿れるくらいの細い魔力だけど、文歌一人を送るくらいならこれでも十分」
栞さんが指をくるりと回すと、私の身体が光になって消え始めた。
「え、そんな急に! まだ途中のこと沢山あるのに!」
「いつまで魔力が届くかわからないからね、それにしてもこんな地球の内側まで迎えをよこすなんて、文歌は大切に思われてるんだね。ちょっと羨ましい。私も長い間生きてきたけど、ここまでしてくれる友達はいなかったよ。大事にしなー」
「栞さん! しお……」
意識が遠のいていく。ゆっくりだけど確実に、地球の中心から地表へ引っ張り上げられる。だけど、それよりも栞さんを一人残すことが心配だった。10年なんてすぐって言っていたはずなのに、なんだか一人にさせちゃいけない気がした。でもその想いだけじゃ手は届かない。栞さんの姿はあっと言う間に見えなくなって、2か月ばかり毎日のように遊んで過ごした日々は、なぜか靄がかかったようにわからなくなってしまった。
「あれ?」
「ふみふみ……っ!」
気が付いたらもふもふしたコートに抱き着かれていた。わけがわからなかったけど、なぜか葵や麻衣先輩に泣かれながら抱きしめられているのは理解できた。
ここに戻ってこれたのは、きっと自分にとって嬉しいことなんだろう。そうなんだろうけど、私はなぜか悲しい気持ちのまま、ただ地面を見つめていた。




