5章 文歌 3
みんなが席についてそれぞれ飲み物を注文してから、佐護は話し出す。
「俺もずっと、何か忘れているような気がして」
と、佐護はテーブルの上にタツノオトシゴの形をしたキーホルダーを置く。
「これ、調べてみたらペアキーホルダーなんだ。一人で水族館行くのはまだしも、一人でペアなんて買うわけないだろ?ペアのもう一つのほうを誰かにあげたような気がするけど思い出せないし。それで考えたんだけど、少し前の研修旅行の時、俺と高崎と阿部のほかにもう一人いたような気がしないか?」
そう言われて葵も研修旅行を思い返す。記憶の中では3人で移動したことしか思い出せないけど、女子が私一人だけっていうのはおかしい。せめてだれかもう一人、私と仲がいい女子がいないとバランスが悪い。
「それで、コイツに連絡とったんだ」
「コイツじゃない、桔梗よ」
「あ、思い出した。研修旅行の時に後ろをこそこそついてきた子だ」
葵もそのことを思い出す。
「もともと神社繋がりで知ってはいたんだ、話したことはなかったけど。高崎が言った通りコイツ後ろから見てただろ? だからなんかその時見てないかとおもって。それで色々話を聞いて分かったことがあるんだけど、俺だけじゃ判断が難しくて。そのことでたまたま九条先輩と話す機会があったから、高崎も呼んでもらったんだ」
「っていうか私からしたらあんたたちの方が信じられないんだけど」
葵が座るも早々に、桔梗は機嫌悪そうに言う。
「なんでどいつもこいつも文歌のこと忘れてるのよ。あんたたち魔法でもかけられたんじゃないの?」
「ふみ、か?」
口の中で転がしたその名前に、なぜか葵は酷く懐かしい気持ちを感じた。
「つ、づ、り、ふ、み、か! ほんっとーに覚えてないんだ。やっぱり文歌が魔法使ったのかなぁ」
「あ、あの、桔梗ちゃん、魔法ってなに?」
「魔法は魔法よ、おとぎ話なんかじゃないからね」
桔梗は麻衣に対しても態度を変えない。三人はホットドリンクを注文した中、一人だけパフェを注文し食べながら、今までのことを話す。
桔梗は文歌と週に1度は会っていたこと。夜中までゲームをして遊んでいたこと、文歌は魔法を使えること。そして地球を滅ぼす魔女だったこと。
「ちょっと待て、地球を滅ぼすってなんだよ」
「地球を滅ぼすのは魔女で、文歌じゃないわ。文歌は魔女だけど、そんな度胸なさそうだったし」
「……言っている意味わかんねー」
「わからない、けど、ふみか……ふみかちゃんって名前は、なんかよく知ってるような気がする」
「わ、私も! 麻衣先輩と同じ感覚かも」
「それは、俺もそうかもだけど……にしてもなんで桔梗だけふみかのことをわかるんだ?」
その問に、桔梗は自慢するように答える。
「私の中には文歌が作った鍵があるの! だから忘れなかったんじゃない?」
桔梗はその後も文歌のことを話す。ゲームが弱い、とかホラーが苦手、とか関係ない話も多かったが、そのどうでもいい話でも、三人の中には文歌に会いたいという気持ちがどんどん膨らんでいく。
「ね、ねぇ。桔梗ちゃんはふみかの居場所、知ってる? できれば会って話したいんだけど」
桔梗のつらつら続く話を遮って、葵が言う。
「知らないわ。うちにもしばらく来てないし」
しかし桔梗の返事は三人の期待を裏切るものだった。ここまでいろいろ聞かせておいて、と喫茶店の一角に重たい空気が漂う。唯一の手掛かりだった桔梗も知らないんじゃどうしようもないと、三人が思っていた。
「じゃあ、本人に聞けばいいんじゃない?」
だから桔梗が言った意味を、三人は理解できなかった。
「え、どこにいるか知らないんだよね?」
「知らないけど聞くことはできるわ。説明は難しいんだけどね」
カラン、と空になったパフェにスプーンが落ちる。
「とりあえず今度の週末、うちの神社に来なさい」
週末、三人は言われた通りに桔梗神社へ向かった。
佐護と葵は二回目で麻衣は初めてだったが、そこまで遠いわけでもなく、朝から待ち合わせをして公共交通機関を使っても昼前には着いた。紅葉が名物の神社も、12月中旬となると葉は全て落ちていて、どこか哀愁漂う雰囲気となっている。
「来たわね!」
そう言って三人を迎えた桔梗は、巫女服の上に高そうなブランド物のコートを羽織っていた。
「ここでふみかちゃんと話せるの?」
「えぇ、こっちよ」
本殿を通り過ぎ、樹の間を通っていく。佐護にとってはここも二度目のはずだが、なんで通ったのかはやはり思い出せない。やがて見覚えのある小さな社が見えてきた。
「文歌の話だと、私の鍵はこの社の鍵なの。もともとこの社は魔女の捕獲装置で……ま、全部説明しなくてもいいか。みんな社を中心に手を繋いでくれる?」
気になることはたくさんある。でも今はふみかと会うことが一番大切だとだれもが思っていた。桔梗の言う通り社を中心に手を繋ぎ、小さな輪ができる。
「じゃあ、いくよっ!オープンッ!」
そんな声とともに、桔梗がなにかの言葉を口ずさむ。社がだんだんと発光しはじめ、やがてそれは目を開けられないほどの光になって、4人を飲み込んだ。
「……なんで?」
その声は久しく聞いていないような気がして、一言だけでも葵は泣きそうになってしまった。
いつの間にか周囲は黄色の葉で染められている。そんな紅葉真っ只中の場所に、文歌がいた。
「ふみ、ふみ?」
その姿を見た瞬間、記憶が蘇る。一緒に走った記憶も、カラオケの記憶も、研修旅行の記憶も、いなかったはずの場所に文歌が現れる。今となってはなんで忘れてしまったのがわからない。それが魔法によるものだとしても、絶対に忘れては駄目だった。
ふらふらと文歌に近寄り、葵は自分より少し小さな背を抱きしめる。
「ゴメンね、ふみふみ。わたし、忘れてた、ふみふみのこどぉ!」
「わっ! な、なになに。どうしたの葵!」
叫んでいるのか泣いているのかわからない声で葵はわんわん泣いた。最初は苦しそうにしていた文歌も、葵が本気で泣いていることがわかって、その背中をぽんぽんと叩く。
文歌が大泣きしている葵に困っていると、その視線の先には麻衣と佐護が見えた。麻衣は泣きながら手を広げあきらかに順番待ちをしていて、佐護も泣いてはいないがちょっと鼻を赤くしている。記憶の中の文歌にはなにがなにやらわからなかったけど、少なくとも麻衣先輩も受け止めなきゃいけないんだろうなと思った。
一通り再会を喜んで、みんなで輪になってその場に座り込む。
「つまりここのふみふみは、研修旅行のすぐあとのふみふみってこと?」
「そうだよ。私の先代の魔女、栞さんがそうしたみたいに、私もここに記憶を埋め込んだの。いつか私の力を継いだ人が、封印されそうになったら困るかなって。何年先のことかわからなかったけど、こんなに早く使われることになるなんて」
文歌はそう言って笑った。そこには記憶の通りの文歌がいて、それぞれ安堵する。
「それで、みんなで来たっていうことはなにか事情があるんだよね……?」
「そうなんだよ、ふみふみ! ふみふみがいなくなっちゃったの!」
「高崎それじゃわかんないだろ、たぶんきっかけは」
「葵さんの交通事故、だね」
三人が文歌の記憶を呼び起こしたと同時に、事故の記憶も蘇っていた。同じ時間帯のはずなのに、各々葵が轢かれた記憶と轢かれなかった記憶のふたつが存在している。葵の中では轢かれた記憶は夢のような感覚だけど、あれもなんとなく現実なような気もした。
その話をすると、文歌は悲しそうに眉を顰める。
「きっと、葵を助けるために全力で魔力を使ったんだと思う。たぶん……時間を巻き戻した、とか?、あとトラックのタイミングをずらした」
「文歌ちゃん、時間も操れるの? 魔法って……魔女って凄いんだね」
「でもその代わりに、私の存在自体を使っちゃったんじゃないかな。栞さん……あ、さっきも言ったけど、私の先代の魔女の人ね? にはまだ未熟って言われてたから。今の私じゃ時間なんて操れないと思う。でもきっとそのくらいしか葵を助ける方法が思い浮かばなくて、私以上の力を使うために、私を代償にした。だからみんなの記憶の中からいなくなったんだと思う」
「……ふみふみ、そこまでして助けてくれなくてもいいのに。助かってもふみふみがいないなんて、辛すぎるよ……」
「ごめん、葵。それは出来ない。目の前で葵が死んじゃいそうになったら、今の私でも絶対そうすると思う。……あ、もちろん麻衣先輩も、佐護君も」
あとから付け足された二人は苦笑する。
「俺も高崎と同じ気持ちだけど、綴ならそうしそうっていうのはなんとなくわかる」
「そうだね、文歌ちゃんはそういう人だから」
「それはわかるけどぉ!」
「文歌、私は? 私は?」
「もちろん、桔梗ちゃんも!」
桔梗もそう言われて嬉しそうにしていた。なんだかんだ週1で遊んでいるから、桔梗としても文歌はすでにいなくては困る存在になっていた。
「それで、綴はどうしたら戻るんだ?」
原因がなんとなくわかって、その問題を佐護が言う。
「……わからないや。私、その魔法使う前の私だから」
それは当たり前の答えでもあった。ここにいる文歌がその魔法を使うのは、佐護とのデートの後。限界を超えて魔法を使ったことがない、今の文歌には想像がつかない。
「でもね、出来ることはあるよ」
と文歌は言う。
「成功するかはわからないんだけど……人の魔力はね、地球を巡るの。だから、ここにある私の魔力を使って同じ魔力を探せば、地球の中を巡る私を追えるかもしれない。前に亡くなった人とお話したことがあって、その時も似たようなことしたんだ」
その言葉に、何か思い当たって麻衣が顔をあげる。文歌は笑顔だけで答えた。
「……もうあんまり時間がないね。私の魔力、少しだけ残しておくから、みんなで社に手を当てて、私を探してくれる? 上手くいけば魔力になった私が答えるかも」
周りの紅葉が色を失っていく。空間が分解されていって、文歌の姿もだんだんと見えなくなっていく。
「ふみふみ、もし上手くいかなかったら……」
そんな中、葵が小さな声でそう言う。その言葉に文歌は囁くように答えた。
「自分で言っといてなんだけど……葵の呼ぶ声に、私が返事しなかったことある?」




