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綴文歌は人でありたい  作者: シキ


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5章 文歌 1


 すっかり寒くなって、分厚いコートを着ている人が多くなった頃。

 地元では有名な待ち合わせスポットの前で、過去最上級に可愛い!(葵談)恰好をした私は一人立っていた。


「どうしてこんなことに」


 呟くもその言葉を拾ってくれる人は周りにいない。不安でついきょろきょろと見回すけれど、周りには私と同じようにお洒落をして誰かを待っている人しかいなかった。その中にうまく溶け込めているのか、そんなことばかり考えてしまう。

 やっぱり葵に付いてきてもらえばよかった、と何度も考える。というか実際にそうお願いしてみたけど、「さすがにそれはどうかと思うよ」と呆れた顔で断られてしまった。

 まだ約束の時間まで30分もある。ちょっと早く来すぎたかもと足元から伝わる寒さに後悔しながら、なんでこうなってしまったかを思い返していた。




 ことの発端は、まだ記憶に新しい文化祭でのこと。

 3年生のクラス出し物で、学校中に隠されたペアリングを見つけて、二人で持っていけば景品を貰えるというイベントを行っていた。

 そこで偶然私と佐護君はペアリングを片方ずつ見つけて、景品を貰おうと3年生のクラスへ行ってみると、ずらりと並べられた景品は一つも減っておらず、なぜかクラス内にはお通夜みたいな雰囲気が流れていた。

 どうやら、30種の指輪をペアで探すのはちょっと難易度が高すぎたらしい。見つけてもらえるようクラス側もいろいろヒントを出したけど、文化祭初日、待てど暮らせど指輪を揃えたペアは来ない。

 そんな雰囲気の中私達が指輪を持っていったものだから、3年生の先輩達から初めてのペアだ! ともてはやされ、ジュースやらお菓子やらを渡されお祭り騒ぎとなった。文化祭終了時間が近かったのにもかかわらず、今までの空気を取り返すように大騒ぎし、それは先生が怒りにくるまで続いた。

 最終的に「一番良い景品だから!」ともらったのが、大型水族館のペアチケットだった。

 とはいえさすがに私と佐護君の二人で行く、という選択肢は最初に出なかった。佐護くんは私と葵で行けばいいと譲ろうとしたけど。


「二人で勝ち取ったんだから二人で行ってきなさい!」


 そう言い出したのは葵で、私達は思わず顔を見合わせた。勝ち取ったも何も偶然で、と説得しても葵は受け取ってくれず、逆にその場で佐護君と日程を決めることになってしまい、今日に至る。


「綴、待たせた」


 思い返しているうちに声を掛けられた。待ち合わせスポットにある大きな時計は、まだ待ち合わせ時間よりも20分ほど早い。


「わ、私が早く来すぎただけだから」

「それでも悪かった。あんだけ言われたのに……」

「言われた?」

「いや、なんでもない。寒いしとりあえず移動しよう」

「あ、うん」


 そこでようやく、私服姿の佐護君を意識する。

 服はモノトーンカラーでまとめていて、長めのコートはいつもよりも大人っぽく見えた。学校の時とは違って髪も整えているようで、なんだか非日常ということを強く意識してしまう。男の子の服装はあんまりよくわからないけど、私と出かけるのに気を使ってくれているのは間違いないようだった。


「あ」


 その背中を追いかけようとした瞬間、佐護君は何かに気づいたように立ち止まりこちらを振り向く。


「……な、なに?」


 なにかおかしいとこでもあるかな。葵に付き合ってもらって服はおろしたてだし、麻衣先輩に化粧も教えてもらったから私的には頑張ったはずだけど……。でもでも、気づかないところでなにか変なとこあるかもだし。


「いや、あのな。……似合ってる」

「……え」

「今日の服」

「……ほんと?」

「うん」

「そ、そっか。よかった、です」


 待ち合わせ場所からさほど離れていないのに、二人で立ち尽くす。まさかそんなはっきり言ってもらえると思ってなかったから、嬉しくて、恥ずかしすぎて、顔を上げられない。


「佐護くんも、か、かかかかっこいいと思う、よ」


 沈黙に耐えられなくて私の絞り出した感想に、佐護君はちょっと笑ってくれた。


「……それならよかった、じゃあ行くか」

「うん」


 先を進む足元だけ見て、私はその背中を追いかけた。




 そんな初々しい二人の後ろ姿を、遠くから見守る二人組がいた。


「もう! ふみふみ歩くのゆっくりなんだから、佐護君ももっとゆっくり歩かないと!」

「文歌ちゃんがほんとにデートだなんて……」


 一人は文歌の親友、高崎葵。そのデートを無理やり決めた時から、絶対に見守る! と決意していた。

 もう一人は図書委員で文歌の先輩、九条麻衣。文歌が慌ててお化粧を教えてと言ってきた時から怪しく思い、学校内では割と有名人である葵に接触しデートのことを知った。聞いてしまえばいてもたってもいられなくなり、葵と共に『文歌見守り隊』の一員となった。


「追いますよ、麻衣先輩」

「うぅ……わかった」


 文歌が男の子と二人で歩いている。ということにすでにショックを受けながら、麻衣もその後を追う。遠目で見える二人はどことなく恋人同士のようで、ただただ麻衣の胸は締め付けられていた。


 休日の電車は込み合っていた。そんな中、佐護は一つだけ空いていた席を見つけ文歌に座らせる。


「ふみふみを座らせるのは+10ポイント、と」


 それを見て、葵は手元のメモ帳に何かを書き込んでいた。


「それなぁに?」

「佐護君がふみふみに相応しいかポイントです。100点満点で、とりあえず80点以上はほしいですかね?」


 そのメモを麻衣がのぞき込むと、50点スタートで、一番最初に-20点と書かれていた。


「これは?」

「ふみふみを待たせた-20点です。佐護君には言っておいたんですけどねー、ふみふみは待ち合わせ時間より30分は早く来るから注意してって」

「文歌ちゃんそんなに早く来るの?」

「ふみふみ心配性だから、すごい早く出るんですよ。私はもう慣れたんで、本当の待ち合わせ時間から30分ずらして約束したりしてますけど」

「そうなんだ……私も気を付けよ」


 隣の車両に見える二人はぽつぽつと話をしているようで、時折文歌が口に手を当て笑っている。

「+5点……と」


「佐護冬弥君? だっけ? 文歌ちゃんとはクラスでも仲いいの?」

「私はもう付き合っちゃえばいいんじゃないかなって思ってるんですけど、ふみふみの自己評価の低さと、佐護君の奥手が重なってなかなかうまくいってないですね」


そのコメントに、麻衣の心はますます重くなる。


「……邪魔しちゃダメかな」

「ダメですよ! ふみふみの事が好きなら、ふみふみの幸せに協力してください」

「だってだって、絶対私と遊ぶ時間少なくなるでしょ」

「それはそうかもしれないですけど、ダメです」


 そう言いながら、こんなに入れ込む先輩いたんだと葵は内心驚いていた。

 文歌は臆病な性格で他人のことをとても気にする。そのせいで一人で頑張ろうとすることが多く、気概だけはあった。だから個人競技、特に勉強は得意な方であるけど、複数人でやらないと難しいことは、控えめに申し訳なさそうに頼ってくる。その姿がどうにも可愛いというのが葵の評価であった。

 文歌自身は信じないけど外見も悪くない。眼鏡を外し、前髪をピン留めするようになってからは可愛さに拍車をかけている。沼る人は徹底的に沼るだろうなとは思っていたけど、その最たる例がすでに葵の目の前にいた。


「詳しくは聞いてませんけど、麻衣先輩はふみふみに助けてもらったんですよね? だったら次はふみふみに協力してあげないと。間違っても邪魔なんかしちゃいけないですよ」

「……うん、そうだよね。それはわかってるんだけどね……麻帆がデートしたらこんな気持ちなのかなって」

「麻帆?」

「ううん、なんでもない」


 そんな話をしているうちに目的の駅へ着く。多くの人に紛れる文歌たちを、見失わないように二人は追いかける。




 その水族館は比較的新しく、県内では一番大きい。その分入場料高めだがこの辺でデート、となるととりあえず候補にあがってくるような、そんな場所だった。

 水族館に入る時には文歌の緊張もやっと和らいだみたいで、佐護と話しながらゆっくりと水槽を見て回る。


「はぁ……文歌ちゃんほんと可愛い」

「わかります、無邪気な笑顔が本当にいいんですよね」

「コンタクトにしたのは英断ね……やっぱり佐護君を意識してってことなのかな」

「……まぁそうなんですかね?」


 葵は魔力で治ったことを知っているけど、もちろん麻衣には言わない。


「気になる人のためにコンタクトにするなんて。その努力の方向が佐護君に向いていることが羨ましくなってきた。なんだか呪ってあげたいような気持ち」

「まぁわからないでもないですけど、一応佐護君も私のクラスメイトなので呪わないであげてください」


 楽しそうに、穏やかに進む二人を遠目に、せっかくの水族館だというのに水槽も見ずに葵と麻衣は後をつける。

 デートは順調に進む、定番のイルカショーでは目を輝かせ、クラゲが漂う水槽の前ではちょっといい雰囲気になり、併設されたレストランでは遠慮する文歌を宥めながら、佐護がお昼代を出していた。

 それを見ていた葵は、佐護くんは他の男子よりなんだか落ち着いているな、と思った。けどそれは、佐護が小さいころから神社の神主をしていたお爺さん含め、神社関係者と多くの時間を過ごしていたからであり、佐護も佐護でクラスの一般的な高校生とは少し外れていたからだった。

 麻衣から見ると、佐護はちょっとリードが大人すぎてなんだか癪に障ったが、何もかも心配になって行動できない文歌にとって、そのリードは安心できるものだった。

 最後の売店で、佐護は文歌から離れて小さなキーホルダーを買う。それは文歌がちょっと気にしていた、タツノオトシゴのキーホルダーだった。目の部分にはオレンジ色のクリスタルがはまっていて、佐護は帰りの電車の中でそれを文歌に渡す。


「うーん、完璧すぎますね」


 葵のメモには最初の-20点以降マイナス点はなく、100点になってからもいくつかの加点がされていた。


「本当に私より年下? 私のクラスにもあんな男子いないけど」

「ちょっと佐護君のこと侮ってましたね……」


 まるでお手本のようなデートに、二人は文句の言いようもない。


「でもふみふみはそのくらい丁寧な人の方がいいかも。怖がりだし、いろいろ考えちゃうし」

「今日が始まる前はなんであんな男子がって思ってたけど、今はなんで付き合ってないんだろうって思ってる自分がいる……なんだか悔しい」


 文歌たちの後をつけて、自分たちの街へ戻ってきた。最近はすっかり陽が落ちるのが早くなってきて、暗くならないうちに解散するようだ。

 文歌と佐護は駅前の大通りを進む。もちろん佐護が歩くのは車道側だった。


「……もういいんじゃない?」


 ふと、麻衣がそう漏らす。


「そうですね、最後くらいは二人きりにさせてあげますか。たぶんもうなにも起こらないと思いますけど……」


 文歌もすっかり気を許しているようで、デートの最初よりも口数が多かった。きっとこのまま佐護が送り届けて今日のデートは終わり。葵は夜に文歌と話す約束はしているけど、ノロケばっかりになりそうだなと思った。


「私もそろそろ帰りますね。麻衣先輩、今日はありがとうございました」

「葵さんと話せて楽しかった。また文歌ちゃんのお話しようね」

「はい、また話しましょう! ではお気をつけて!」


 歩行者信号が点滅を始めたのを見て、葵は急いで渡るために走り出す。




 それは、ただタイミングが悪かっただけだ。

 葵が麻衣に手を振っていて、前をよく見ていなかったこと、歩行者信号が点滅していたこと、黄昏時という、もっとも事故が発生しやすい時間帯。

 そして左折する大型トラックが配送遅れで急いでいたこと。

 運転手からはまさに飛び出したように見えただろう。全力でブレーキを踏む、しかし踏んだ瞬間には、ドン、という音と共にトラックに小さな衝撃が走り、運転手は青ざめた。



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