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綴文歌は人でありたい  作者: シキ


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4章 麻衣 6


 一つ頭を悩ましていたことがようやく片付いたと思ったら、次の週末には文化祭がある。

 今まで楽をしていたクラスも、流石に一週間前となるとちょっと忙しくなった。作業の合間、麻衣先輩のことが気になって連絡をしてみると、どうやらいろいろあって学校を休んでいるようで、落ち着いたら話そうとメッセージが届いた。

 麻衣先輩がいないまま、知らない男子と図書当番をしたり、私が一言も話せなかったりしながら日々が過ぎ、あっという間に文化祭当日を迎えた。


「いらっしゃいませー、焼き鳥はいかがですかー! なんとあの有名焼き鳥店『文九』の焼き鳥でーす!」


 葵の声は良く響く。可愛い売り子効果もあってか焼き鳥は飛ぶように売れた。なんとなく葵に声をかける男子が多い気がして、葵に質問してみる。


「私側に買いに来るのは大体運動部の知り合いだからね」

「そういうこと」


 そのすぐ後、運動部の男子が話しかけてきて焼き鳥5本頼んだと思ったら、葵は「もっと食べれる!」といって倍の4本を売りつけていた。恐ろしい商法だ。


「というかふみふみはどこかいかないの?」

「一人じゃつまらないし……」

「佐護君も当番だしねぇ」

「そ、そういうことじゃなくて!」

「じゃあ私と回る? 文歌ちゃん」


 そんな声が聞こえたと思うと、いつの間にか後ろにはいつも通り優しく微笑む麻衣先輩がいた。


「麻衣先輩! 来れたんですね、しばらく休むのかと思ってました」

「まだちょっと忙しいんだけど、さすがに文化祭くらいは来たいなって思って。今日は空いてるからさ、一緒に回らない?」

「ふみふみよかったじゃん。私も今日は離れられないし、せっかくの文化祭なんだから楽しんできなよ!」


 葵にはしっしっと追いやられてしまい、麻衣先輩と賑やかな学校を歩く。一人じゃぜったい怖くて入れない上級生のクラスでも、隣に麻衣先輩がいれば気にせず入ることができた。

 射的や輪投げなど、麻衣先輩は二人で遊べそうなクラスを回ってくれて、一緒に楽しむ。ちょっと疲れたところで宇宙人がパンケーキを焼いてます、という謎のコンセプトがあるカフェで一息ついた。

 店員は宇宙人を模した恰好で注文をとって、出された宇宙人パンケーキは普通のホットケーキの上にたっぷりのホイップクリームと、緑や紫といったケミカルな色のソースがかかっているものだった。


「文歌ちゃん、楽しい?」

「私、こういうイベントあんまり得意じゃないですけど、麻衣先輩のおかげで楽しいです」

「よかった。去年の文化祭はもう少し日程が早くて、その時は麻帆と回ってたの。あの時も楽しかったな」

「……もしかして、また代わりにしてます?」

「大丈夫大丈夫、今日はちゃんと文歌ちゃんと回ってるつもり」


 そう言ってパンケーキを食べる麻衣先輩に、私はちょっとだけ怪訝な視線を向ける。私としては麻帆ちゃん扱いはもう散々されているから、今更仕方ないかなとも思う。抱き枕とかにしなければ、だけど。


「それよりね、お母さんちょっと復活した」

「ほんとですか!」

「うん、なんか私に対して凄く優しいのが逆にちょっと怖いけど、でもでもちゃんとご飯も食べるようになったし、家の中も片付いたから効果はあったみたい。ほんと文歌ちゃんに頭上がらないよ」

「頑張ったかい、ありました」

「本当にありがとう」


 そういう麻衣先輩の表情は明るくなっていて、今は普通に文化祭を楽しむ余裕が出てきているみたいだった。私もほっとして怪しい色のパンケーキを口にする。あ、味は普通だ……。


「でもね、離婚はするって。というか、結構前からそうお話してたみたい」

「そうだったんですか」


 やっぱりそこまでは変えられなかったんだ、と思う。本当は麻衣先輩の両親も仲直りできれば一番だと思ったけど、結婚もしたことがない私には、離婚を話している大人の気持ちまで想像しきれなくて、どうしようもない。


「先輩、もしかして引っ越しとかするんです?」


 麻帆ちゃんが、いや、私も気になっていたことを聞く。麻衣先輩は紙コップに入ったミルクティーを飲みながら、特に言い淀むことなく答える。


「高校卒業まではしない。いろいろお話して、とりあえずお母さんと今のお家に住むことにしたんだ。で、お父さんが借りてるアパートの近くに私の志望校があるから、もしそこに合格したらしばらくお父さんの家から通わせてもらおうかなって。まだ先のことだからわからないけど」

「……もし麻衣先輩転校したら寂しいなって心配してたので、よかったです」

「転校は考えられないかな。私、結構この高校好きだから。文歌ちゃんもいるしね」


 その返答に、麻帆ちゃんがいたらきっと喜んでくれるかなと想像する。やっぱり会いにいってよかった。


「でももう大学のこと考えてるんですねぇ」

「私はやりたいことなんとなーく決まってるから、まだ候補がいくつかあるだけなんだけどね。ちゃんとした進路希望調査も3年生になってからだと思うし」


 と言いながら、やっぱり麻衣先輩は私よりもずっと大人なような気がした。一人で行動するのが怖くて、葵にひっついていた私よりもずっと。

 でも、そんな麻衣先輩を助けることが出来てよかったという気持ちも大きくて、そこだけは少しだけ自信を持てた。


『ここで限定イベント! ゾンビキングとのじゃんけん大会を行いまーす! 今教室にいる人は立ってくださーい』


 和やかにお話しているところに、そんな声がかかる。麻衣先輩は面白そうに立ち上がり、ほら文歌ちゃんも、と言われ私も立ち上がる。


『ゾンビキングに勝った人だけ、立っててくださーい。あいこと負けは座ってくださいね! ズルはなしですよー。それではジャーンケーン!』


 その掛け声に、慌てながら手を上にあげた。




 学校祭もあと30分、早いところでは明日に向けての準備をしているクラスもあって、明日もあるけど、校内にはどことなく終わりの空気が漂う。

 麻衣先輩はクラスの片付けに合流して、私は一人廊下を歩いていた。麻衣先輩のおかげで今日は楽しいことばかりだった。時間が過ぎるのを嫌だなと思ったのは初めてかもしれない。


「そろそろ私も戻らないと」


 きっと私のクラスでも片付けをしてるだろうし、手伝わないといけない。そう思って踵を返すと、佐護君が一人で歩いているのが目に入った。


「佐護君、なにしてるの?」

「いや、クラスの片付けもう終わったから、ふらついてた。葵のおかげで売り切れるの早かったな」

「そうなんだ、じゃあ葵と阿部君とかどうしてるの?」


 そう聞くと、窓の外を指差す。

 夕焼けの下、グラウンドには何人かの生徒が集まっていた。かすかに聞こえた、よーい、どん! という声とともに、ふたつの影が飛び出す。その影のひとつが、ぐんぐんと距離を引き離していって、ゴールする。


「葵、またやってるの?」

「なんか勝ったらデートしてもらえるらしくって、康太とかその辺の運動部が挑戦してるらしい」


 グラウンドから結構離れているはずなのに、ここまで楽しそうな葵の声が聞こえた気がした。

 その後3人、4人と挑戦されても、そのペースは変わらない。


「凄いなぁ、葵」

「伊達に高校生1位じゃないよな」

「明日に響かなきゃいいけど」

「高崎なら心配なさそうだけどな」


 明日は私、葵、佐護君、阿部君の四人で文化祭を回る約束をしている。少しだけそんな心配をするも、佐護君は気にしてなさそうだった。


「あっ」


と佐護君は何かを思い出したようで、ズボンのポケットを探る。


「そういえばコレ、いるか?」


 と差し出されたのは、小さな指輪だった。


「3年のクラスで指輪を集めるイベントやってるみたいで、たまたま手に入ったから。同じ色の石ついてないと意味ないらしいけど」


 その小さな指輪を見て、私も慌てて自分のポケットを探る。


「私もこれ、持ってて……」


 それは私がゾンビキングとのジャンケンイベントでもらった指輪だった。私と佐護君の手に乗っているそれは、デザインはまったく同じで、てっぺんについている石も今の夕焼けと同じオレンジ色をしていた。

 ちょっとだけあっけにとられた佐護君は、そっか、と言って指輪をポケットに戻す。佐護君が時計をみるのにつられると、文化祭の終わりまであと10分残っていた。


「……せっかくだから、行ってみるか」

「実は私も、何貰えるか気になってたんだ」


 なにか気恥ずかしい空気の中、私は佐護君の隣に並ぶ。恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちがいっぱいで、こんなにたくさんの気持ちをもらっちゃっていいのかな? と行き場のない気持ちを胸に、たまたま手に入ったポケットの中の指輪に感謝した。


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