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綴文歌は人でありたい  作者: シキ


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4章 麻衣 5


「あなた誰」


 それはいつもの教室。窓からは夕焼けの光が差し込んでいる。机の影が長く伸びる中、教卓の上には中学生の服を着たままの麻帆ちゃんが座っていた。


「……麻帆ちゃん?」

「私、あなたのこと知らない。知らない人とは話さないって、常識だと思うけど」

「そ、そうだよね! ゴメンなさい! 私は綴文歌。あなたのお姉さん、麻衣先輩と同じ図書委員で」

「ふーん、おねぇちゃんのねぇ」


 探るような視線、それは私が想像している麻帆ちゃん像とは、だいぶかけ離れた態度だった。


「……それで、何の用?」


 教卓の上で足を組んだまま麻帆ちゃんは言う。本当は麻帆ちゃんがお母さんと口論して、家から飛び出すちょっと前の映像を見られればいいなって思ってただけなんだけど、目の前には違った結果になっていて戸惑う。どうやら麻帆ちゃんの記憶は1年経ってもしっかりまとまっていたみたいで、それをまとめて救い上げたせいで麻帆ちゃんの人格そのものが目の前にいる……みたい?

 まさか死んだ人とちゃんと話せるなんて、と魔法の力に驚きながら、でもせっかくだからと話しかける。


「麻帆ちゃんがなんでお母さんと喧嘩したのかが知りたくて」

「チッ、なんでそんなこと話さないといけないの」

「そ、そうですよね!」


 今舌打ち、舌打ちされた! やっぱり麻衣先輩と話したイメージと違う……と思いながら一つ年下のはずの麻帆ちゃんに経緯を説明する。話しているうちにもともとむすっとした表情が、ますます機嫌悪そうになった。

 それでも、麻衣先輩が弱っているというのは伝わったみたいで。


「なんでそうなっちゃったかなぁ。ま、私が死んじゃったのが原因だから、私のせいかもしれないけど……絶対におねぇちゃんに教えないっていうなら、教えてあげる」

「う、うん。わかった」


 コクコクと頷く。


「ほんと? なんか口軽そうだけど……まぁいいわ。あなたの説明じゃお母さんが弱ってからお父さんとの離婚話が出たって感じだけど、離婚の話は私が生きてるときからすでにあったんだよね」


 と、麻帆ちゃんは私が思ってもみなかった話をし始めた。言葉が出ない私を気にせず、麻帆ちゃんは話を進める。

 麻衣先輩も言っていたけど、お父さんは仕事が忙しくほとんど家に帰ってこなかった。お母さんはそのことについてもともと不満を持っていたらしい。お父さんも帰ってこれないことには責任を感じていながら、責任のある役職についていたこともあって仕事の方を優先することが多かった。そのうち結婚という意味にお互いに疑問を持ち始め、離婚という言葉は二人の中でたまに出てくるようになっていた。でも離婚は二人だけの問題じゃなく、麻衣先輩も麻帆ちゃんもいるから、ちゃんと決まるまでは麻衣先輩にも麻帆ちゃんにも話すことなく、少しずつ話を進めていた。

 麻帆ちゃんがそれに気づいたのは本当にたまたま。ちょっと遅くなった学校帰り、ファミレスで話している両親を見つけて、なにしてるのかなと興味本位で盗み聞きしたことが始まりだ。その離婚話を聞いてすぐに麻帆ちゃんは両親のテーブルに突撃し、バレてしまってはと両親から正式に離婚の話をされた。


 「今思えば、私に話しちゃったのもあって離婚の話が進んだ気もする。きっと私達に秘密にしていたからぎりぎりお父さんもお母さんも繋がっていられたけど、私が知ってしまったことで、『いつか切る』つもりだった繋がりを、『今切る』ってことにした」


 その話の上で大きな問題は、どちらがどちらを引き取るかという話だった。子供は二人いて、すでに分別できる歳まで成長してる。だから一人ずつ引き取って新しい生活を始めようと思うのは自然な考えだった。

 そして両親の間ではお父さんと麻衣先輩、お母さんと麻帆ちゃんというパッケージがすでに決まっていたという。

 麻衣先輩は家事もできるし、お父さんが帰ってこなくても家を回せる。麻帆ちゃんも家事はある程度出来るけど、また中学生だし、お母さんといた方がなにかと安心だろう、と。


「どう思う?」


 そこまで話して、麻帆ちゃんはいきなり私に問いかける。


「えっと、うーんと」

「私はそれがムカついた」


 私が答える前に、麻帆ちゃんはそう言った。

 偶然ではあるけど麻帆ちゃんにバレていることもあり、離婚後の生活については三人で話し合うことが多かった。まずそのこと自体、麻帆ちゃんは不満だった。


「これは家族の問題で、おねぇちゃんも当事者のはずでしょ。でもなんでその話の中におねぇちゃんはいないの? なんで勝手にお父さんの家政婦みたいになることになってんの? おねぇちゃん今の学校楽しそうなのに、お父さんに付いていったら転校しなきゃいけないかもしれないじゃん。なにおねぇちゃんの意見も聞かず勝手に決めてるんの?」


 麻帆ちゃんはお母さんと過ごすことが決まっていたから、お母さんとは自然にその先の話しをすることが多くなった。でもそこに麻衣先輩はいない。

 最初は子供に迷惑かけないようという配慮だったはずなのに、いつの間にか決めることは全て決まってしまっていた。


「こんなの、おねぇちゃんが可哀そうすぎるでしょ……」


 その声から、麻帆ちゃんが麻衣先輩のことを本当に大切に思っていることがわかった。私は一人っ子だから、その気持ちは全部わからないかもしれないけど、同じくらい仲が良い姉妹がいて、麻帆ちゃんみたいに考えてくれるのなら、それはきっと、とても心強いんだろうなと思う。


「……はぁ。私、本当に死んじゃったんだ、おねぇちゃんともう会えないのか……文歌、ここまで話してあげたんだから、絶対おねぇちゃんの希望を叶えなさいよね」

「約束する」

「じゃあこう言ってやって。私のどうしようもないお母さんに――」




 日曜、深夜。私は初めて麻衣先輩の部屋にお邪魔した。

 麻衣先輩の家は二階建ての一軒家で、私はお母さんに挨拶もせず、玄関から二階にある麻衣先輩の部屋までこっそり入った。お母さんは居間からほとんど出てこないみたいで、夜だというのに明かりも消えている。麻衣先輩も一緒にいても辛いだけだから、最近は最低限しか顔を合わせないらしい。

 そんな麻衣先輩の部屋は、イメージ通りの部屋だった。小さな本棚には文庫本がいっぱい詰まっていて、その上にシンプルでおしゃれな雑貨が飾られている。机にはノートパソコンと、テキストが綺麗に並んでいて、整理整頓がしっかりしている。思わず私ももう少し片づけた方がいいかなと思ってしまうくらいだった。

 そんな部屋の真ん中で、私は麻帆ちゃんの服を着て、麻衣先輩に薄くお化粧をしてもらっていた。


「麻帆ちゃん、化粧もしてたんですか?」

「私の影響もあっていろいろ揃ってたからね。うちの学校でも校則じゃ禁止されてるけど、うっすらしてる人の方が多いでしょ?」


 そうなんだ、と同じ高校生のはずなのに思ってしまう。私も少しは化粧品持ってるけど、教えてくれる人もいないし、お母さんもまだ早いという。

 あの時、記憶の中で会った麻帆ちゃんは、お化粧してたのかな。

 自分に自信たっぷりな麻帆ちゃんを思い返す。麻衣先輩は私に似ていると言ったけど、麻帆ちゃんのことを知れば知るほど、似てなく思えてくる。

 本当に私でよかったのかなっていう思いは、今でも捨てきれていない。でもすぐ目の前でお化粧をしてくれる麻衣先輩の表情は真剣で、どこか余裕がない気がした。きっと麻衣先輩は今の環境に溺れる直前で、藁をも掴む思いで私なんかにお願いしてきたんだろう。

 だったら、私だっていい加減覚悟しないといけない。そのために麻帆ちゃんと話したんだから。


「……あの、先輩」

「なに?」

「もしよかったら、これからも時々私にお化粧教えてもらえませんか?」


 麻衣先輩の手が一瞬止まって、またすぐに動き出す。


「もちろん、まかせてよ」


 丑三つ時。

 私は麻衣先輩の視線を後ろに受けながら、暗い居間の扉を開いて、一人中へ入った。

 動揺や緊張を、この時だけはと魔法で押し込める。もし魔法の助けがなかったら、部屋の中に入った段階で緊張で涙ぐんでいたかもしれない。

 部屋の中は荒れていた。テーブルの上にはカップ麺やコップが置かれたままで、雑誌やティッシュがそこら中に破れて落ちている。夜なのにカーテンもひかれてなくて、月明かりが部屋を照らしている。

 そしてその明かりの下、割れたテレビの前のソファでお母さんが微かに息をしていた。

 麻衣先輩のお母さんは、一目でその消耗の酷さが分かる。頬はこけ、髪はぼさぼさで、着てる服も適当だった。麻衣先輩の話によると、命日だというのにお墓にもいけなかったらしい。

 一応いつでも魔法を使えるように準備をして、憔悴した身体をぽんぽんを叩く。

 眠りは浅かったみたいで、その瞼がゆっくり開き、虚ろな視線がこちらを向いた。


「………………まほ?」

「……うん」

「……まほ、本当に? 麻帆! 麻帆!」


 お母さんはこちらにつかみかかるように、だけど足がもつれて倒れてしまう。起き上がれないまま、ただ麻帆ちゃんの名前を呼ぶ。


「まほ、ゴメンねぇ、麻帆……許して、お母さんを、麻帆」


 麻衣先輩からは、お母さんからなにか言われたらただ許してあげてほしいと言われていた。きっとそれでもいいかもしれないけど、私にはちゃんと、お母さんに伝えるべきことがある。倒れているお母さんの前にしゃがみ、麻帆ちゃんとしてその言葉を囁く。


「おねぇちゃんと、今までのことを全部話して。そしたら仲直りしてもいい。そうじゃないと、許さないから。絶対、許さない」


 お母さんは目を見開いていた。その言葉がちゃんと届いたことを確認して、強制的に眠らせる。ひとまず、私の役割はこれで終わり。

 居間の扉を閉じて二階へ戻ると、麻衣先輩が心配そうに待っていた。


「……どうだった?」

「どうでしょう、でも麻帆ちゃんと勘違いはしてくれました。もう眠ってしまったので明日の反応を待つしかないでしょうか」

「……そっか」


 力が抜けたのか、麻衣先輩はその場にしゃがみこむ。慌てて私はその身体を支えた。


「文歌ちゃん、ありがとう。後はどうなっても私が頑張るから、文歌ちゃんは気にしないでいいからね」

「それでも、麻衣先輩が限界だーって思ったら言ってくださいね」

「ん、わかった。あの、じゃあ早速なんだけど、今日抱きしめて寝てもいい? 麻帆とは小さい頃よくそうしてて」

「え、う……」

「……やっぱりダメ?」


 麻衣先輩の上目遣いは、同性の私でも全然可愛いと思ってしまう威力があって。本当になんでこの人、私を頼ってたんだろう……。


「きょ、今日だけですからね!」

「ありがと」


 せっかく布団を一組用意してくれたのに、それを使わないで麻衣先輩と一緒のベッドに入ることになる。もちろん私は寝れるわけもなくて、麻衣先輩の体温を感じながらため息をついた。この時ばかりは、眠らなくても平気な魔女の力に感謝した。

 数時間後、日が昇ると私は朝早くに麻衣先輩の家を出た。上手くいくにしろ、いかないにしろ、麻衣先輩にとってハードな一日になるはずだろうけど、私を抱き枕代わりにしたせいか麻衣先輩はとてもご機嫌で、おまけになんだかツヤツヤしていた。

 なんだかとても疲れた気がした。そのせいか葵の声が聞きたくなったから、祝日でも当たり前のようにやっている朝のランニングに合流する。葵は相変わらずのテンションで、その声を聞いてもの凄い安心感が胸の中を満たした。ほんと一家に一台葵がほしい。

 ゆっくりと走る朝のランニングはいつもの日々が戻ってきた気がした。



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