4章 麻衣 4
文化祭も二週間前となれば、準備も本格化してくる。
放課後に残る人達も多いし、廊下の隅や空き教室には作りかけのダンボールが集まっていた。
私達のクラスは早々に準備を終わらせてしまったのもあって、文化祭期間、授業の最後の1時間を準備時間として当てられるけど、ほぼ自由時間のようになっていた。
「ねぇねぇ、3年生のクラスで面白いことやるんだって」
本を開きながら、でも麻衣先輩のことで気もそぞろになっていたところに葵が寄ってくる。
「面白いこと?」
「学校のいろいろなところに指輪を隠すんだって。指輪には色つきガラスがつけてあってね、学校祭が終わる前に男女で同じ指輪を持っていけば景品がもらえるだって!」
「……ふーん」
「うちの学校って恋が叶うーみたいなジンクスないでしょ? だから素敵だなって」
「素敵だとは思うけど……お互いに探さないといけないってこと?」
「探し方に制限はないらしいから、一人で二つ探して、片方を告白する時に渡すとか? 指輪のトレードもOKらしいし」
……それならそんなに難しくないのかな?
「素敵な企画だよねー」
「その指輪って何種類くらいあるの? たくさんあるのかな?」
ちょっと興味が出てきて聞いてみる。
「同じ色はなくて30組分だったかな? だから30色」
「……多すぎじゃない?」
「それはちょっと思ったけど、それくらい障害がないとね! それを知った上で、同じ色の指輪を渡されたら……キュンとするでしょ?」
確かに同じ指輪を探して、渡してくれる佐護君を考えると……と自然に佐護君の姿を思い浮かべてしまって頭をぶんぶん振る。
「私が一緒の色の指輪を探して、ふみふみにプレゼントするぜ……」
「なにその話し方……ってさっき男女って言わなかった? 私と葵でもいいの?」
「言ったっけ? とりあえず同じ色の指輪持っていけばだれでもいいらしいよ」
「じゃあもし阿部君が葵にって指輪二つ揃えてきたらどうするの?」
「指輪をかけて競争かな? 私に勝ったら指輪を片方返してやろう」
「なんかいつの間にどっちも葵が持ってることになってない……?」
そんな話をしているうちに一日はあっという間に過ぎていく。よく考えたら佐護君ってそんなことするタイプでもないしなとも思い直した。
今回の作戦会議も私の部屋でする。麻衣先輩は手土産の他に大きな紙袋を抱えてきた。
「麻帆の服、着てみてくれない?」
その中には私が買いそうもない、明るくカラフルな服が詰まっていて、本当に麻帆ちゃんと私って似てるのかな……と改めて思ってしまう。私のタンスの中はシンプルな服ばかりで、色も黒とかグレーとか落ち着いたものばかり。だからこそ麻帆ちゃんの服はなんだかきらきらしていて眩しかった。
期待の視線で見てくる麻衣先輩を廊下に待機させて、指定されたセットアップを着てみる。確かにサイズはぴったりでそれでいて可愛い。鏡の前に立つ私まで、なんだか明るそうな表情をしていた。
「……いいですよ」
麻帆さんはゆっくり扉をあけると、私を見た途端ぼろぼろ泣き出した。
「麻、麻帆~!」
「わぁ!」
泣いたままの麻衣先輩に、ぎゅっと抱きしめられる。背の高い麻衣先輩に抱きしめられると、すっぽりと全身抱え込まれるような感じがして、おまけになんだか良い匂いがしてどきどきしてしまう。
「う、うぅ……麻帆……麻帆」
けどそんな気持ちもつかの間、麻衣先輩が本気で泣いていることがわかると、おずおずと私も麻衣先輩に手を回したのだった。
その後麻衣先輩に死ぬほど謝られ、改めて作戦を話し合う。結局最初に考えていたお母さんの枕元に立ってみる作戦になった。夜だったら顔も分かりづらいし、麻衣先輩が言うにはお母さんは喧嘩のことを後悔してるんじゃないかって予想してたから、それを許してあげるというのが私の役割だ。
そのためには見た目からということで、麻帆ちゃんの服で着せ替え人形をさせられる。最終的に麻帆ちゃんが良く着ていたという花柄のブラウスと藍色が綺麗なスカートに決まった。おずおずと、他の服あげようか? と言われたけど、私の趣味と全然合っていないから遠慮した。
「そういえば気になってたんですけど、なんで麻帆ちゃんとお母さんは喧嘩していたんですか?」
「それが分からないんだよねぇ。麻帆って怒ることほとんどなかったし、お母さんも話してくれないし……」
自分の服に着替えて、麻衣先輩が手土産でもってきたカステラを食べながらそんな話をする。
「でもお母さんが仲直りしたいのってそのことなんですよね?」
「だと思うんだけどね……ごめんね、はっきり言えなくて。成功しても失敗しても、文歌ちゃんは気にしなくていいからね。その後は私が頑張るから」
「心配ですけど、やるからには失敗は考えないようにしましょう。それに麻衣先輩も頑張りすぎないでください。急に学校来なくなるとか嫌ですからね。話聞くくらいしか、出来ないかもしれないですけど」
「えへへ……ありがと、文歌ちゃん。……もう一回だけ、抱きしめてもいい? 麻帆、なかなか抱きしめさせてくれなくて」
「…少しだけですよ」
「ありがとう! ……これこれ、このサイズ感……」
なんとなく失礼なことを呟きながら麻衣先輩に抱きつかれる。そうすると麻衣先輩の背の高さとか、胸の大きさとか、腰の細さとか、全部が全部わかってしまって、自分の子供っぽい体形が嫌になってしまう。
きっと、だから麻帆ちゃんは抱きしめさせなかったんだろうな、と会ったこともない麻帆ちゃんの気持ちが分かった気がした。
麻帆ちゃんの服を一式置いて麻衣先輩は帰っていった。命日はもう明日で、決行も明日の深夜、つまり日曜から月曜日にかけてになった。幸い月曜は祝日でお休みだから、麻衣先輩の家にお泊りして勉強を教えてもらうという名目にしている。お母さんには麻衣先輩からその提案を話してもらうと一発でOKを貰え、失礼のないようにと釘をさされた。
その日の夜、私はどうしても気になることがあって深夜になって一番近い栞さんの記憶に転移する。そこは隣町のコンビニで、暗い中煌々と光る看板の中に記憶が埋め込まれていた。
看板に手を当てて、その記憶を掘り起こす。
「栞さん」
「おー、いらっしゃい」
深夜のコンビニ。時代は私の頃をそんなに変わらないようで、コンビニメーカーも変わっていなかった。コンビニの壁に体重を預けている栞さんの手には、大量のコンビニ袋が引っ提げてある。
手にはホットスナックのチキンがあって、栞さんはもぐもぐと口を動かしていた。
「そんなにいっぱい何買ったの?」
「チキン」
「……もしかして、全部?」
「そうだよ。今日はクリスマスなんだけどさー、どこのチキンが一番美味しいか決めようと思って」
「……それ、クリスマスに女の人がやること?」
「うぐ、なかなか刺してくるね……名前は?」
「文歌」
何度目かわからない自己紹介をする。栞さんの性格もなんとなくわかってるし、ちょっと適当に話すくらいの方が栞さんは嬉しそうにする。
「まだこのコンビニある? 文歌はどれが一番好き?」
「私はセヴィンのチキンが好き、一番脂っこくないから」
「なるほど? 買ってあったはず……」
がさがさとコンビニ袋の中からホットスナックを取り出して、その場でかじりつく。
「……確かに。スタンダードな塩味って感じだよね。でも私はファミミ派なんだよなぁ」
がさがさとまた袋からチキンを取り出す。
「それで? 今日はどうしたの?」
「あ、そうだった。聞きたいことがあって、死んだ人の記憶って辿れる?」
「大変だけど、あんまり時間経ってなきゃできるよ」
その返答にとりあえずは出来そうだと息を吐く。
「一年前は?」
「それくらいなら大丈夫じゃないかなぁ。最低限相手の情報を知ってなきゃいけないけど。死んだ人の魔力も、地球の中で循環するから辿っていけば見ることは可能だよ。さすがに100年くらい経っちゃうと散り散りになって難しいけど」
「そっか、ありがと」
「どーいたしましてー、それにしてもあと一歩って感じだね?」
栞さんの視線が、私の頭からつま先までを往復する。
「一歩? 何がですか?」
「魔力と身体がどれくらい馴染んでるかってこと。まだ完璧じゃないけど、最近魔力が綺麗に流れるようになってない?」
「そういえば……ついでにそのことで聞きたいことが」
魔力の箱の話をする。今まで自分の中にあった魔力の発生源がいつの間にか無くなってしまったこと。その代わり、自分の中で綺麗に魔力が循環していること。視力が回復して、怪我がすぐに治るようになったこと。思い返してみると、最近は魔力が溜まって身体が熱くなることがなくなったからそのことも。
「それが馴染んだってことなんだよ。今まで魔力の発生源は、文歌の中にはあるけど、あくまで別の存在だったんだ。私が渡した力が、私の名前がついたまま入ってたってこと。それを文歌が使うことで、私のだった魔力が、文歌の魔力に染められる。自分の魔力になったから、身体の中で魔力が暴れることもなくなったんだよ」
「それって……」
つまり、もしかして。まだ栞さんの魔力だったら、私から切り離すこともできた?
「でもちゃんとした魔女を名乗るなら、もう少し時間が必要かな? 精進あるべし」
「まだ段階があるの?」
「あるよ、そこまでたどり着いたらもう何でもできるから楽しみにしておいて。私の経験からアドバイスするなら、そこに至る前に今の交友関係は清算しておいた方が良いかも?」
交友関係、と聞いて一番初めに思い浮かぶのは、やっぱり葵の顔だった。
「それってどういう――」
「でも私もまだ若かったからなぁー。今となってはそう思う、ってだけだから。あんまり真に受けなくてもいいよ。きっと人それぞれ、魔女それぞれだから。私の先代の話も全然知らないし」
そう言われて、栞さんを魔女にした存在がいることに気が付く。地球が今まで続いているということを考えれば当たり前のことだけど、栞さんも私と同じ、ということを考えていなかった。
「栞さんは魔女になって後悔しなかったの?」
「どうだったかな」
もぐもぐと口を動かしながら、栞さんは遠くを見ていた。いつから生きているのかわからない栞さんは、魔女になって私と同じように後悔しかなかったんだろうか。
「……もう忘れちゃった、大昔のことだから」
その遠くを見る視線は、私じゃ想像できないくらい遠くを見ているようだった。私がそこに視線を向けても、紫色にぽつぽつと光る点しか見えない。けど、栞さんにはもっと違うものが見えているような、そんな感じがした」
「……そういえば栞さん。前に300歳くらいって聞いたけど、サバ読んでるでしょ」
「あれ、バレた? 数えるの面倒だからいつも適当に答えてたんだ」
「もー」
「まぁいいじゃん? 私はどんな年齢でも美人だし?」
「そういう問題じゃ――」
「ない」
と言い切った時、栞さんはもういなかった。目の前の光景は全然変わってないけど、夜の住宅街に光る看板の中には、もう記憶はなくなっていた。
ふと、無性に葵の声を聞きたくなって、スマホに手を当てる。けど時刻は深夜2時を表示していて、起きてるわけないかと鞄にしまう。
栞さんと話すと分かることも多いけど、わからないことはもっと増える。だけど、今集中しないといけないのは麻衣先輩のことで、それにはやっぱり麻帆ちゃんの記憶が必要だった。
本当に、それでいいのか。
私は私に問いかける。魔女になることと、麻衣先輩のことを天秤にかけ、どちらに傾くかを考えてみる。……正直、心の中ではわかりきっていることだったけど。
誰もいないコンビニの影に移動する。日本語ではない言葉を小さく唱え、地面から魔力の手を広く伸ばす。魔女のこととかその他気になることを一旦全部忘れて、一年前にいたはずの麻帆ちゃんを追いかけた。




