4章 麻衣 3
その日の週末、命日が一週間後ということもあり、作戦会議と称して麻衣先輩が家に来た。
もともと来たいと言っていたこともあって私から誘うと、麻衣先輩は凄く喜んでくれた。今の麻衣先輩の家は空気が重くて、できればあんまりいたくないと漏らしていたから、誘うタイミングとしてもちょうどよかった。
「はじめまして、文歌ちゃんと同じ図書委員の、九条麻衣といいます」
お昼過ぎ、手土産を持って家に来た麻衣先輩は、とても大人っぽい恰好だった。白いブラウスに紺のスカート、フォーマルよりの恰好だけど、アウターのコートが可愛めで背の高い麻衣先輩似合っていた。私も少しだけお洒落をしたつもりだけど、麻衣先輩にはぜんぜん敵わない。
「あらあらまぁまぁ、ご丁寧に。こんなしっかりしてそうな先輩がいるなんて、文歌も安心ね」
「いえ、私の方が文歌ちゃんに助けられることが多いです」
「そうなの? 家じゃ全然そんな風じゃないんだけど。この前なんて……」
「お母さん! いいから麻衣先輩も上がってよ」
「お邪魔します」
お母さんの好感度をばっちりあげた麻衣先輩を部屋に案内する。葵くらいしか家に遊びに来たことがないから、麻衣先輩が自分の部屋に座っているのは少し不思議な感覚がする。
お母さんがお茶とお菓子を持ってきてくれて、(すぐ閉め出して)やっと落ち着く。
「いいお母さんね」
「ふつうの煩いお母さんだよ」
「文歌ちゃんがそんな風に言うの、なんだかおもしろい」
と麻衣先輩が笑う。いつもより声が明るくてなんだか安心した。
「麻衣先輩も麻衣先輩ですよ。そんなカッコいい恰好で来るなんて」
「文歌ちゃんの家だもの、きちっとしていかないとご迷惑でしょ?……って言いたかったけど、本当はあんまり服に興味なくて、セットアップは麻帆に選んでもらってたんだ」
「えぇ! そうなんですか!」
「私は服買うくらいなら本が買いたいんだけどね。麻帆は服が好きで、私もよく付き合わされたの。麻帆は文歌ちゃんと同じくらいの背丈で、私とは10センチ以上差があるでしょ? だから自分で着たいけど、着れなさそうな服をよく選んできてくれた」
麻衣先輩を見ていると、なんとなくその気持ちもわかる気がした。私もカッコいい系の服装なんて絶対無理だし。
「……麻帆の服、文歌ちゃんに着せたらますますそっくりになりそうなんだけどなぁ」
「……あの、冗談ですよね? 麻帆ちゃんじゃないですからね?」
「冗談よ、さすがにそこまで依存してない。……でも、ちょうどいいタイミングだから謝っておくね。文歌ちゃんに麻帆を重ねていたのは、否定できないから」
図書委員に入った当初から、麻衣先輩は私を気にしてくれていた。前々からどうしてだろうと思っていたけど、その理由がやっとわかった。
「前から似てるなって思ってたんだけど、前髪あげたらそっくりで驚いちゃった。麻帆もいつも前髪をピン留めしていたの。……この間初めて文歌ちゃんが前髪留めて来た時、実は少しだけ泣きそうになっちゃったくらい、気づかれなかった?」
「いえ、わかりませんでした」
「それならよかった。……あのね、その時に思ったの。文歌ちゃんならって……今考えても本当に身勝手で失礼なお願いだけど、私のお母さんを助けてほしいの。まだなんとかなってるけど、このままだと、近いうちにきっと壊れちゃう気がするから」
麻衣先輩が頭を下げる。保留にしていた返事をしなければいけなかった。
いっぱい考えたけど、今でもはっきりした答えは出ていない。麻衣先輩がぎりぎりなのは、疑いようのない事実。こんなに頼りなさそうな私に、ただ似ているという理由だけで頼るしかないくらいに。
今にも崖から落ちそうになって助けを呼ぶその手を、私は無視することなんて出来ない。
「……私なんかでよければ」
「文歌ちゃん」
麻衣先輩が顔を上げると、その眼の端には涙が浮かんでいた。
「ありがとう、ごめんね。ほんと、私、どうしたらいいかわからなくて。お母さんも心配だし、話しかけても全然私を見てくれないし、お父さんも頼れないし……頼れる人、誰もいなくて。でも良かった、文歌ちゃんがいてくれて」
話しながら、次から次から溢れている涙を麻衣先輩は手で拭う。そんな限界でも麻衣先輩は私に笑ってくれていた。
麻衣先輩が落ち着いてから話し合いをする。といっても、麻衣先輩が考えた案は一つだけだった。
「私が麻帆ちゃんの恰好して会うってことですか⁉」
「ちょうど命日があるし、その日の夜中、枕元に立ってもらうとかがいいかなと思ってるの。お母さん、やっぱり麻帆に謝りたかったんだと思うんだよね。喧嘩別れになっちゃったし」
「大丈夫ですか? 普通に考えてホラーですけど……」
「今のお母さんならたぶん信じると思う」
「病院とか連れて行った方がいいんじゃ?」
「前は通ってたんだけど、最近はぜんぜん家から出なくなっちゃったからなぁ」
聞いてみるとほとんど廃人のようになってしまっているらしい。入院とかした方がいいんじゃないかな……。
「そういえばお父さんはどうして頼れないんですか?」
「お母さんがあの状態になってから別居状態なの。もともとお仕事が忙しくてあんまり帰ってこなかったけど、今は会社の近くでアパートを借りてる。 私は時々会ってて、でもこのままじゃ離婚することになるって言ってて。最低限の支援はしてくれるんだけど……主に金銭面ね」
「もしかして、今回のお話に関係したりします?」
「結果的には……関係あるかな? 上手くいってお母さんが元気になったら、離婚の話もなくなるかも」
「責任重大過ぎません……?」
「本当にゴメンねぇ、お父さんの話は気にしなくて大丈夫だから! 別にお父さんと仲いいわけじゃないし、離婚したから会わなくなることもないと思う! 今のお母さんを支えてくれないのは、ちょーっと怒ってるけど」
麻衣先輩の話を聞きながら他にも方法がないかお話をするけど、なかなか案は出てこない。
来週の土曜日、命日の前日にもう一度作戦会議をすることにして、夜ご飯の前に麻衣先輩は帰っていった。
お母さんが麻衣先輩のことを聞きたがるのを流しながら、夜ご飯を食べてお風呂に入って自分の部屋に引っ込むと、考えるのはやっぱり麻衣先輩のこと。
私は魔法を使えば結構簡単に解決するんじゃないかなと思っていた。もし麻衣先輩のお母さんが喧嘩のことを気にしているのなら、その記憶を幸せなものに書き換える。もしくは封印してしまえばいい。
人の記憶域をいじったことはないけど、人の中にも魔力――私から供給した力があるから、それに働きかければ出来ないことではないと、私の中の感覚が言っている。
そうすることで麻衣先輩も元気になって、麻衣先輩の両親も離婚しないで前と同じく過ごせるなら、それをする価値は十分あると思う。
でもそれは最終手段で、今回はお母さんが回復する過程も重要な気がした。
いきなりお母さんが麻帆ちゃんが亡くなる前に戻ったら、それはそれで心配だろう。しかも麻帆ちゃんとの書き換えた記憶を話しはじめたら、元気に戻った、ではなく本格的に壊れてしまったと判断される可能性がある。
だから私と麻衣先輩となにかをして、その結果改善した。という理由付けをちゃんとしてないといけない。
それともう一つ、人の記憶を動かすのは多量の魔力を使うという問題もある。
私の眼が良くなった理由は、きっと身体が魔力に馴染んだから。
台風を消しちゃったのもそうだし、前回の桔梗ちゃんの一件も、それまでほとんど使っていなかった魔法をたくさん使ってしまった。
魔法は使えば使うほど身体に馴染む。前までそうじゃなかったのに、今なら軽い転移なら日常生活でもつい使おうとしてしまうことがある。
それは人から遠ざかること、魔女へとなること。
麻衣先輩のためとはいえ、魔法を使えばますます人から遠ざかることになる。葵の隣を歩くのも、難しくなっていく。
成長して大学生になった葵と、今の高校生のままの私を思い浮かべる。見た目が全然変わらない私。それでも葵の隣にいることが、私はできるだろうか。
「魔法はやっぱりダメ、かなぁ」
ついつい魔法に頼りたくなる気持ちを無理やり押さえつけて、私はそう呟く。麻衣先輩を完璧に助けるなら、魔法は必要不可欠と思いながら。




