4章 麻衣 2
司書の先生に図書室の鍵を返して、麻衣先輩と学校を出る。
麻衣先輩が案内してくれたのは、学校近くにある落ち着いたカフェだった。綺麗な店員さんが席へ案内してくれた席は、イスの背もたれが高くて個室のようにスペースが区切られている。内緒話をするにはぴったりな喫茶店だった。
「なんだか大人な雰囲気ですね」
と素直な感想を言うと、麻衣先輩もやっといつも通り笑ってくれる。
「私のお気に入りのお店なの。ハニーカフェラテが美味しいから、文歌ちゃんにも飲んでもらいたいな」
二人で麻衣先輩のオススメを頼んで、あつあつのハニーカフェラテが運ばれると、甘い匂いに安心する。麻衣先輩の表情も柔らかくなった気がした。
「まずこれ見てくれる?」
そう言って見せてくれたスマホの中には、高校の正門前で、制服を着た麻衣先輩が笑顔で立っていた。麻衣先輩の隣にもう一人違う制服を着た女の子が腕に抱き着いている。
「……もしかして、妹さんですか?」
以前、麻衣先輩に妹がいると話していたことを思い出す。
「そう、妹の麻帆。……今はもういないんだけどね」
「それって」
「1年前に、交通事故で亡くなったの」
「……そうだったんですか」
「自分で言っておきながら、もう一年になるのかって思っちゃった。もう少しで命日なの」
カップに口を付けて笑う麻衣先輩は、悲しそうな表情を我慢しなかった。
「二歳差だったんだけど、麻帆とは仲良くてね。お出かけする時はだいたい二人で出かけてた。友達の話を聞いてると、姉妹じゃ喧嘩ばっかりって話が多かったけど、麻帆とは喧嘩もしたことなくて、勉強もお洒落も上手な、私の自慢の妹だった。だから私も、麻帆の自慢の姉でいられるようにいろいろ努力できたの。今成績がいいのも、麻帆にみせても恥ずかしくないようにって意識があるからだと思う」
麻衣先輩は、その時を思い出すかのように話していた。いつも優しい麻衣先輩が言うんだもの、きっと優しくて、優秀で、可愛い妹さんだったんだろうなと私は想像する。
「もう一年だし、私はもうある程度割り切ってるの。楽しかった思い出ばっかりだし、今でも夢に出てくるけど、もう麻帆が戻ってこないっていうのは分かってるつもり。でも……ここからが本題なんだけど、問題は私のお母さんで」
「麻衣先輩のお母さんですか?」
「うん。直接の原因ってわけじゃないんだけど、その日は珍しくお母さんと麻帆が大喧嘩してね、麻帆が家から飛び出しちゃったの。それから家の近くの交差点で、一時停止を無視したトラックにはねられちゃって……事故が自分の責任だって思ってるみたいで、憔悴しちゃって、その日からほとんど外に出てないんだ。家のことは私がなんとかやってるんだけど、命日が近づくにつれてご飯も食べなくなっちゃって」
「……麻衣先輩、大変なんですね」
「あ、ゴメンゴメン! 心配かけたかったわけじゃなくて! 大変なのは大変だけど、私は大丈夫。友達もいるし、文歌ちゃんもいるし。……でも最近はちょっとだけ疲れちゃったかなぁ」
その明らかな空元気は、私でも嘘をついていることが丸わかりだった。私はなんて言ったらいいかわからない。
しばらくカップを傾けるだけの時間が続いた。好きだと言っていたハニーカフェラテを飲む麻衣先輩は、ちょっとだけリラックスできているみたいで椅子に背を預けていた。
やがてカップの中身もなくなってきた頃、私は気になっていたことを聞いた。
「麻衣先輩の状況はなんとなくわかったんですけど、それでお願いって」
「あのね、断ってくれていいから。……これ、見てくれる?」
スマホに表示されたのは、妹さん一人がアップされた画像だった。中学の制服のまま、クレープを食べているその顔は、なんだかどこかで……。
「文歌ちゃん、私の妹に似てるの。なんとかお母さんを元気にするの、協力してくれないかな」
その顔は確かに、私が前髪を上げた時と、どことなく雰囲気が似ている気がした。
その夜、私は葵の電話番号をスマホに表示したまま、ベッドの上に転がっていた。
いつもならすぐにでも葵に相談したかったけど、今回は麻衣先輩個人の話だから、そんな簡単に相談するわけにもいかない。
まだ協力するって決めたわけじゃなかった。麻衣先輩にも考えさせてくださいと、保留を申し出た。知らない人相手ならすぐに断る内容だけど、麻衣先輩にはお世話になりっぱなしだし、疲れてしまった麻衣先輩をなんとかしてあげたい気持ちもあった。
そもそも私に麻帆ちゃんの役割が担えるのか、という問題もある。
似ているとはいえ本人じゃあないし、お母さんどうやって元気づけるのかもまだ決まってない。命日は来週の日曜日でまだ10日くらいはあるけど、そんな簡単に解決できそうな問題じゃない気がする。
魔法で解決するにしても、どんな風に使えばいいか思いつかない。
まず思い出したのは、以前佐護君の夢にお爺さんが出てきたことがあるお話。魔法を使えば麻衣先輩のお母さんの夢を操作することも出来そうだけど、それをするには麻帆ちゃんのことを知らなすぎる。どんな風に話すのかもわからないし、なんで喧嘩したのかもわからない。
そもそもなるべく魔法は使わないという葵との約束を、私はまだ心の内に残しているから……やっぱり何をするにも情報が足りないような気がした。
「やっぱり待つしかないかなぁ……」
お母さんを元気にするための作戦は、麻衣先輩が考えてくれる。文歌ちゃんに迷惑かけないようにしたいから、と言うけど、いっそ一緒に話し合い出来た方がまだ楽だったかもしれない。でも、麻衣先輩の家族間にどこまで入っていいかもわからない。
ただ麻衣先輩を助けてあげたい。本当はなんだって出来るはずなのに、でも麻衣先輩のことをすぐに助ける魔法は、今のところ考えつかない。そんなもやもやを胸に宿したまま、私はいつの間にか眠りについていた。
10月に入りすっかり長袖が当たり前になって、みんな上着を着始めるころ、私の高校では文化祭がある。
文化祭は二日に渡って開催され、それは麻帆ちゃんの命日のさらに一週間後だった。被らなくてよかったという想いと、なんだか準備をするにも集中できない想いをしながら、私はカラフルな厚紙を型に合わせて切っていく。
クラスの出し物は焼き鳥屋さんになった。クラスに焼き鳥屋さんの子がいて、材料から器材までほとんどレンタルしてもらえるらしい。お店の宣伝にもなる、とのことで亭主さんも乗り気で、他のクラスと比べてぜんぜん手間がなかった。用意するのは出店の装飾と、売り子をするときの衣装くらいで、たくさん用意された準備時間中にも、クラスにはなんだか間延びした時間が流れていた。
「ふみふみ、どーお?」
売り子用の衣装を着た葵が、その場でくるりと回る。青のラインが入ったパステルカラーのTシャツに、腰から下はエプロンを巻き付けている。いくつかの手作りブローチが葵の動きに合わせて揺れていた。
「わー! 葵似合うねぇ!」
「そうでしょう、そうでしょう。ふみふみも一緒にやりたかったんだけどなぁ」
「わ、私はいいよ……接客出来る気しないし」
「接客なんて慣れだよ慣れ! ふみふみも前髪上げるの慣れたでしょ? やってみないと出来るものも出来るようにならないんだから」
そういわれて、いつの間にか当たり前のように前髪を留めているピンに触れる。あれから数日も経っていないというのに、今では前髪を降ろしているとなんだか気になってしまい、ほとんど前髪を留めるようになっていた。
「っていっても今回はそもそもの店員役が少ないから難しいかぁ……着たら佐護君も嬉しいと思うのにね?」
「な、ななななに言って……」
最後にこそっと言われた言葉に慌てる。思わず教室の反対側を見るが、佐護君は男子のグループの中で笑っていた。
「まぁまぁ落ち着いて。文化祭、時間があえば一緒に回ろうね!」
葵は衣装の担当者に呼ばれて離れていく。ドキドキと跳ねる鼓動を落ち着かせながら、目の前の紙をみると直前まで切っていた部分がギザギザになっていた。
「……はぁ」
麻衣先輩のことはもちろんだけど、魔力のことだって、栞さんのことだって……佐護君のことだって、本当は考えないといけないのに。
こんなに学校生活って忙しかったっけと思いながら、私は新しい厚紙を取り出した。




