3章 桔梗 6
『桔梗』の名に苗字はない。
ただただ『魔女を封印する』その役割のために、『桔梗』は特別に育てられる。
魔女封印の『鍵』は代々女性に受け継がれる決まりで、陰陽の関係者は女児を産むことをほとんど強制させられる。心ちゃんのお母さんにも陰陽の血筋が入っていて、組織から言われて心ちゃんを産んだらしい。
「私が最初に生まれたのは運がよかったって。それじゃないと女の子を産むまで産まされるから」
中には男児しか産まれず、ノイローゼになって自殺した人とかもいたらしい。
無事女児が産まれた後、小学校までは普通に教育を受けさせられるが、小学校卒業の後は陰陽系列の中学に入学する。その時にはすでにランク付けが済んでおり、『桔梗』の名を継ぐにふさわしい20人ほどに選別される。
「20人もいるの⁉」
「20人どころか、候補はもっといるわよ」
その中学で集まった候補者はエリート教育が施される。今年は特に前『桔梗』が病に臥せ、役割を受け継ぐ可能性が高かったから、気合が入っていたらしい。
「その中から最終的に5名まで絞られて、おばあ様が亡くなる寸前に『桔梗』の名と、『鍵』を受け継ぐの」
話を聞いていると陰陽は相当な巨大組織らしく、学校もいくつかあるらしい。適当に受け継がれる魔女とは全然違うなぁと思ってしまった。
「『桔梗』は神社の中でほとんどを過ごすわ。いつか魔女が現れた時にあの場所に誘導して封印するために。今回は本当にたまたまだったんだけどね……」
「……佐護君は関係ない?」
「佐護? ……あぁ、あんな弱小神社の男なんて興味ないわ、陰陽の関係でもないし。でもあれよあれよとあそこに連れてくんだから、陰陽関係の刺客なんじゃないかと思ったくらい」
その言葉になんとなく安堵しながら、話の続きを聞く。
「後は、貴方が来てからの話よ。鍵をつかったけど封印は発動しないし、鍵はなくなっちゃうし。鍵がないことがばれて『桔梗』の名前を取られちゃうし。もう散々よ。あそこにいれば好き放題できたのに」
聞くに『桔梗』が頼めばなんでも買ってもらえたらしい、一時期は鰻重といくら丼を交互に食べていた期間もあるとか。それは甘やかせすぎな気もするけど……だからちょっと生意気な性格なのかな。
「えっと、一応確認だけどその陰陽とかお母さんから、意地悪されたりはしてないよね?」
「なによそれ、ママの悪口いうの?」
「いや、そうじゃなくて……え、じゃあなんで泣いてたの?」
「ステーキまた食べたいなって思って」
「えぇ……」
「仕方ないでしょ、もともとうち貧乏なんだから。今日の夜ご飯なんて半額の鶏むね肉だったんだからね」
贅沢三昧の反動で悲しんでいたようで、なんだか肩の力が抜ける。乱暴とかされてたらどうしようかと思ってしまった。
「そういえば桔梗ちゃんから『鍵』がなくなったってことはどうしてわかったの?」
「『鍵』を持った人が祠に触れると、祠が光るの。私は自分の中の『鍵』を感じることは出来るから、それが急になくなって不安になって……私が祠で試してるときに、光らないのをおじい様に見つかってバレた。でも陰陽の中では鍵は不滅って言われているから、今は誰かが持ってるんじゃないかって調査してるんだと思う」
心ちゃんの生活基盤は変わってしまったけど、今までの話を聞くにちょっと節制した方がいいんじゃないかな、と思いながらも陰陽の情報を整理する。
栞さんも陰陽とは昔から仲悪かったみたいだし、ずっと敵対し続けてたのかな? 現代までその戦いが続いているとは思わなかったけど。少し気になったのは、今となってはその『鍵』があることによって仕組みが動いていること。『鍵』を使うっていうより、『鍵』を維持することに価値があるように聞こえた。
「『鍵』は1つ?」
「いくつかあるわ。私は『桔梗』だったけど、『藤』とか、『桜』とか、全部は知らないけど。でも『鍵』がなくなったっていうのは初めてだから、今お爺ちゃんとかは大変だと思う」
今はまだ慌ててるだけなんだろうけど、そのうち魔女の仕業とかにされたら面倒そう。学校を持つような組織に追われるなんて無理だよぉ……。
「それより貴方って本当に魔女なの?」
「えっ?」
うんうんと考えを巡らせていたところに心ちゃんはそういった。
「私の聞いた魔女って、もっと背が高くて、恐ろしいほどの美人で、何百年も生きてて、世界を滅ぼす準備をしていて、でも陰陽がなんとかそれを阻止し続けているから今の地球が続いているって習ったんだけど。そもそも貴方ってそんな強そうに見えない、背も私と同じくらいでしょ? 子供っぽいし、眼鏡だし」
「眼鏡は関係ないでしょ」
子供っぽいのは認めるけど、中学生に言われるのは心外だ。さすがに心ちゃんより……なんか改めて見ると心ちゃん結構大人っぽいな、胸ももう私と同じくらいありそうだし……まだ中学生だからすぐに抜かされそうな気も。
「う、煩いなぁ! 私だって魔女歴2年なんだから!仕方ないでしょ!」
「……嘘、もしかして私と同じなの?」
「同じ?」
呆然とする心ちゃん。
その反応で私も重大な事実に気づく。
「なんだ、そっか……私達が追っていた魔女はもういないのね」
「一応私も魔女なんだけど」
「なんかあなた弱そうだし、地球を滅ぼそうなんて思ってなさそう」
確かにその通りだけど、面と向かって言われてしまうとなんだか癪に障る。
それはそれとして、どうやら陰陽側には栞さんが亡くなったことが知られてないみたいだった。私があの神社で出会ったとき、栞さんは血だらけで、それは陰陽側の攻撃を受けたからじゃないかな? ってなんとなく想像していたけど、その予想はどうやら違ったらしい。
陰陽側がまだ栞さんが生きていると思ってるなら。そうなるとますます陰陽には今の状態を続けてもらった方が都合が良さそうだった。心ちゃんがいうには、私と栞さんの外見はかけ離れてるみたいだし。少なくともその役割が私に継がれてるってことは気づかれないだろう。
そこで、いい考えを思いつく。
「ね、心ちゃん。桔梗神社に戻りたくない?」
「そりゃ戻りたいわよ。ママのご飯も嫌いじゃないけど、やっぱり味気ないし。来週解禁される限定ケーキとか食べたかったのに!」
「うん、そうだよね。美味しいものもっと食べたいよね……だからさ、私と取引しない?」
その取引は、私が初めてした『魔女らしい』取引で、心ちゃんはすぐに引き受けてくれた。
一月後、改めて心ちゃんの場所へ転移すると、心ちゃんの居場所は狭い団地ではなく神社近くの一軒家へと戻っていた。
「あ、文歌だ。相変わらず突然ね」
ゲーミングパソコンの前、高そうなチェアに座って、ゲームの画面から目を離さず言う。
「無事戻れてよかったね」
「うん、バレないかひやひやしたけど、ぜんぜん問題なかったわ。元の生活に戻れてママも喜んでたし」
どっちかというと元の生活は団地の時の生活なんだろうけど、と思いながら、心ちゃんの中の『鍵』にほころびがないかを調べた。
私がやったことは、『鍵』の偽装だった。『鍵』といってもそれはただ魔力の塊に近い。あの祠には対応する鍵穴のようなものが作られていたから、その鍵穴と似せた『鍵』を私が作って、心ちゃんの中に埋め込んだ。
一度なくなってしまった『鍵』が復活するのは今までになかったことだろうけど、なくなることも初めてだろうし。『桔梗』がいないのはそれはそれで困ることもあるだろうから、きっと成功すると思っていた。陰陽が使う術も、もともとは地球の力から引っ張ってきているのは栞さんから教えてもらってたし。判別方法も祠が光るかどうか、というそれ一点だけだったから、ごまかすのは簡単だった。
「あー! 負けた!」
画面の中に『END』という文字が浮かんで消える。桔梗ちゃんは冷めたようにコントローラーを手放した。
「それで、私は陰陽の情報を渡せばいいんでしょ? 魔女が出たってまだ報告してないから、陰陽には知られてないと思うけど」
「情報はなにか気になるのがあったらでいいよ、前の魔女が生きてるって思わせることが大切だから」
「了解。それでこの生活が続けられるなら、いくらでも黙ってるわ。でもそうねぇ、なんにも報告しないのも悪い気がするし……なんなら政界の情報とか興味ある? 陰陽派閥の何人かが議員らしくて」
「いらないいらない」
なんか恐ろしい情報が飛び出してきて、私は耳をふさぐ。さすがに国家ぐるみで追われたら国を出ざるを得ない気がするから、ますます桔梗ちゃんに手を貸してよかったと思う。
「なんでも買ってもらえるのはいいけど、ここって暇なのよね、あんまり若い人は神社になんて来ないし。だからたまに遊びに来なさいよ」
「うん、そのつもり」
「それでこそ共犯者、ね」
にっこりとほほ笑んで手を差し出す桔梗ちゃんに、私もその手を握りしめた。
心ちゃんと話した後、だれもいない桔梗神社へと転移する。
桔梗ちゃんとも友達(共犯者?)になれてよかったけど、今回の件で一番嬉しいのはこの桔梗神社に来れたことだった。
「本当に佐護君には感謝しないと」
適当なベンチに座って、いつもの地面に足をぴったりとつける。いつものように気持ちを落ち着かせて、魔力の箱を開いた。
桔梗神社は佐護君の神社よりもずっと、魔力還元の効率がよかった。
龍脈は神社をすっぽり覆うような大きさで、私がいくら魔力を流してもするすると飲み込んでくれる。一気に地面の奥底、地球の中心まで届くような感覚がして、魔力が溜まって火照った気持ちもあっという間に落ち着きを取り戻す。
熱が引きすっきりした視界の中、ついつい思い出してしまうのは佐護君のことだった。
あの祠の前で、佐護君はなんて言おうとしたんだろう。その言葉に都合のいい想像をしてしまうけど、私なんか、という気持ちもある。
そもそもそうなったとして、私はなんて答えればいいんだろう。
佐護君になんてぜんぜんふさわしくなくて、もしかしたら人じゃないかもしれないのに。
もし魔女じゃなかったら、もっとシンプルに考えられたのかな。というのと、魔女じゃなかったら佐護君と仲良くなってないかもしれないな、という気持ちがせめぎ合いながら、私はひらひらと紅葉が落ちる姿を見つめていた。




