3章 桔梗 5
その後の研修旅行は、特に問題なく進んだ。
みんなで葵セレクトのレストランでランチをして、普段は行かない街でショッピングし、また葵が調べたカフェでデザートを食べながらおしゃべりして、帰りのバスでは話し疲れた葵の寝顔を写真で撮ってみたりした。
それはこれ以上ない、とっても楽しい研修旅行だった。
だからこそ、今日のことは今日片付けたかった。両親が寝静まった深夜、私はまた制服に袖を通す。お昼行った桔梗神社を思い浮かべ、魔力の箱を開けると、次の瞬間には桔梗神社の社務所前に立っていた。
そこから桔梗さんの痕跡を辿る。桔梗神社を出て、5分くらい歩くと巨大な一軒家があって、どうやらその三階に桔梗さんはいるらしい。
その部屋目掛けて、また私は飛ぶ。
しっかりとカーテンが閉められた部屋はとても暗い。それでも大きなベッドの中に桔梗さんが寝ているのは分かった。一応誰か呼ばれたらやだなと思って防音の魔法を張ってカーテンを開く。
「……ん~、眩しいよぉ、おじい様」
月明かりが桔梗さんを照らす。可愛いパジャマに、熊のぬいぐるみが床に放りだされている。明るくなってわかったけど、桔梗ちゃんの部屋の雰囲気は思ったよりも幼い感じだった。ピンクの小物が多くて、そこら中にぬいぐるみが置いてある。学習机に置いてあるのは中学数学の教科書で……。
「え、中学生?」
「う……ん? きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
甲高い叫びが部屋に響く。防音の魔法を張っておいて本当によかった。
「ま、魔女! 私を殺しに来たんでしょ! そうはさせないわ! 私にはまだ奥の手があるんだから!」
「あー、えっと、ね。ちょっと落ち着いて、私はお話を」
「地球の敵! 私が守るの! おばあ様と約束したんだから! えっと、あっと、これ!」
桔梗さん……いや、桔梗ちゃん? が手にとったのは、木で出来た杖のようなものだった。
「これさえあれば! 私を守って、おばあ様!」
杖の先を私に向けるけど、特になにも起こらず。ぷるぷると震える杖の先を、私はつまんで取り上げる。その杖には確かになにかの魔法がかかっているようだけど、その発動には引き金を引く力が必要みたいだった。そして今の桔梗ちゃんはその力を栞さんのトラップで奪われている。
「あっ……」
何の抵抗もなく、するりと抜けた杖を持っていると、桔梗ちゃんは万策尽きたのかじわじわと目じりに涙を浮かばせた。
「えっと、お話、しにきたんだけど……これも返すから、泣かないで」
泣かれてしまうとなんだかこっちが悪いみたいで(住居に無断侵入してるから悪いんだけど)、えぐえぐと涙を零す桔梗ちゃんを宥めるのに、小一時間かかった。
「それで、何が聞きたいの」
すっかり目を赤くした桔梗ちゃんは、それでも強気な口調のままだった。私より年下、ということが分かってから、強がっているのもなんだか可愛く思えてしまい、ニヨニヨしてしまう頬をなんとか押さえつける。
「あなたのお婆さんは白夜って組織だったの?」
「陰陽よ。白夜なんて聞いたことないわ」
祠があった場所は変わっていないはずだから、きっと白夜が陰陽の前身なんだと予想付ける。まぁこれはただの確認だ。重要なのは次のこと。
「それで、なんであなたは私を狙ったの?」
「……おばあ様から、そう言われたから。それが『桔梗』の使命だから」
桔梗ちゃんのお祖母ちゃんの名前も『桔梗』らしい。桔梗神社では代々『鍵』を受け継ぎ、その所持者が『桔梗』の名前を持つことになる。
「私も、去年まではもともと心って名前だった」
「改名したってこと?」
「ただの改名じゃない、私は名誉ある名を受け継いだの!」
桔梗ちゃんのお婆さんが亡くなる時、その『鍵』は最も適性のある子に受け継がれる。それが今の桔梗ちゃんで、そのための勉強をたくさんした。と桔梗ちゃんは話す。
「魔女は地球を滅ぼすんでしょ? だから私が、貴方を封印しないといけなかったのに……もう終わり。私の一族も、地球も」
「……そう教わったの?」
「そう、そうよ! そもそもなんで地球を滅ぼそうとするのよ! そんなに弱っちい見た目の癖に!」
最後はただの悪口で流石にムッとしたけど、どうやら『魔女』についてはずいぶんと私の認識と違うらしい。
「私は、魔女の力がないとそれこそ地球が滅びるって聞いたんだけど……」
「嘘よ、そんなの。魔女が自分を守るために言ってるんでしょ」
首をひねる。そもそも私の知識も栞さんから受け継いだものだけど、栞さんの話を100%信じきれるかと言われると、ちょっと微妙だった。栞さんは人にあんまり興味なさそうだったから、桔梗ちゃんが言っているのが地球ではなく『人』を滅ぼすという意味の滅びであれば、絶対にしないと確信が持てない。
ただ、桔梗ちゃんが言うことを素直に飲み込むなら、それこそ私が地球を滅ぼす存在ってことになっちゃうし……。
うーんと悩んでいる合間にも、桔梗ちゃんは涙を零すのを我慢していた。私もちょっと考える時間が欲しい気がした。
「あの……ちょっとこっちも考えたいから、また来てもいい?」
「嫌っていっても来るんでしょ」
「そうかも、ごめんね」
「別にいいわよ。私はもういないかもしれないけど」
「どういうこと?」
「『鍵』がなくなっちゃったから、私の役目はもう終わったってこと」
その言葉の意味を詳しく聞きたかったけど、桔梗ちゃんはそれきりだんまりになってしまった。また来るねと残して自分の家に転移する。私は言葉の通り一晩、今ある情報を整理することにした。
研修旅行のまとめは、思いのほか忙しかった。
というのも葵は事前の調査、佐護君も日程表と旅行中の役割、そして私は旅行後のまとめだから、その通りといえばその通りなんだけど。
もちろん葵も佐護君も(阿部君も少し)協力してくれたけど、授業が終わってからやることになったから一週間くらいかかりきりになった。
研修旅行で学んだことは先生にも提出して、最終的に新聞のようにまとめる。壁にずらりと並んだ新聞の中で、私達が書いたものは内容も構成も一番よかった気がするから達成感はあった。それに今までほとんど葵と二人で行動していたけど、なんとなく4人でいることが多くなって、私の学校生活はより楽しくなった。
そんな研修旅行も片付いたとある日の深夜。
桔梗ちゃんと話してから一週間くらい経っちゃったけど、私の中でもある程度聞きたいことは整理できたから、もう1度桔梗ちゃんの部屋へ転移する。けどそこには何もない、空っぽの部屋があった。
一瞬転移先を間違えたかと思ったけど、カーテンのない窓から見える景色は間違いなく桔梗ちゃんの部屋だ。
『私はもういないかもしれないけど』
ふいにその言葉が頭の中で響く。そこまで深く考えていなかったけど、もしかして桔梗ちゃん的には、あの日の出来事は転機だったんじゃないだろうか。
一度外に出て、地面に魔力を張り巡らせる。一度会った人なら探すのはそんなに難しくない。人も地球の魔力に影響されながら生きているから、それを伝っていけば見つけることができる。
5分ほどサーチをして、反応があった場所に飛ぶ。目の前に現れたのは、団地の一角だった。階段を昇って3階、そこからたぶん3番目の扉。『姫野』という表札がかかっていた。
鍵を開けることなく、魔法で扉の向こうへ転移する。静まった部屋は小さく、居間と思われる部屋ではテーブルを隅に寄せて女の人が布団の中で寝息を立てていた。
テーブルの上にはビールの缶がそのまま転がっていて、おつまみがお皿の中に残っている。
居間から続く部屋は1つしかなく、その部屋の先へ転移すると、4畳くらいの小さな部屋で桔梗ちゃんが布団の中で静かに泣いていた。
その部屋には悲しみの感情が充満していて、なんだかつられて私も泣いてしまいそうだった。もらい泣きしてしまう前に防音の魔法をしっかりとかけて、前と同じようにカーテンをあける。月は団地の影になってしまい、部屋の中は暗いままだった。
「……ママ、起こしてないわよね」
「大丈夫、部屋に防音の魔法かけてるから」
「……意外と話が分かる魔女なのね。私が聞いた魔女って、もっと傍若無人だったはずだけど」
桔梗ちゃんが起き上がる。前とは違って古びたパジャマを着ていた。
「前と違いすぎてびっくりした?」
「うん、もっと詳しく聞いとけばよかった」
「聞いてもなにも変わらないわ」
「それでも、もう少し聞かせてくれる? 桔梗ちゃんのこと」
「いいわよ。でも話すのは『桔梗』じゃなくて、『心』のことだけど」
それから心ちゃんがしてくれた話は、およそ現代日本にはそぐわない内容だった。




