3章 桔梗 2
私の中にある魔力の箱。それは無限に魔力を産む。
その魔力は、私達人類が住む地球の栄養だ。地球は私が生む魔力を元に、今の海や、空や山や自然を維持している。もし私が一切の魔力供給を怠ると、地球環境はだんだんと悪化していって、いつの日か地球の自然は廃れ、人が住むことが出来なくなる、らしい。
そんな膨大なエネルギーを、普通の高校生である私が一手に担っている。
地球維持の活動をしていた先代の魔女、栞さんが死ぬ間際に力を全て譲渡し、私がその役割を引き継ぐことになった。
その時に同時に、私は人と別の存在になった。栞さんはそれを魔女と名乗っていたが、私は魔女じゃなく人のままでいたくて。だからなるべく魔力を使わずに日々を過ごしていた。
けどそれが原因で台風を1つ消しちゃうなんて、思ってもみなかったけど。
「はぁ……」
放課後、近くの公園のベンチで魔力還元をする。自分の内から生み出されるエネルギーを、地面……地球に受け渡す。最近は毎日やっても生み出す量の方が多くなっている気がして、ちょっと焦っていた。
「やっぱり神社より通り悪い」
神社は龍脈と呼ばれる魔力の通り道だったから、魔力還元の効率もよかった。龍脈以外の場所だと、例えば100の量を流しても50しか受け取ってくれないから、どうしても時間が掛かるし流す量も減ってしまう。
本当はもう一つくらい龍脈を見つければいいんだけど、葵と魔法を使わないと約束してから、進んで探すことは止めていたから、今だに代わりの場所は見つかっていない。
「やっぱりもっと違う方法で使わないとダメなのかなぁ」
なんとなく対処法は分かっていた。以前栞さんも言っていたけど、魔法として使えばいいだけ。
栞さんは魔女になってからいろんなところに行ってたみたいだし、世界中を渡り歩きながら、派手な魔法だって使っていたはず。
それが出来れば早いんだけど、私の中にはまだ葵との約束が生きていた。寝ぼけて台風を消すなんてことしちゃったけど、やっぱり魔法は使いたくない。葵の傍にいるために、それは諦めちゃいけない気がした。
でもそうなると結局、身体を満たす魔力の行き場所がなくなってしまう。
「どうしたらいいんだろ……」
流れる雲を見上げながら、魔力を流し続ける。流しているはずなのにいつまで経っても身体の中から魔力は減らない。この調子なら延々やっていても減ることはなさそう。
「……」
「綴?」
「わっ! ……佐護君?」
いつの間にか制服姿の佐護君がのぞき込んでいた。
「ぼーっと座ってるの見えたから気になって、大丈夫か?」
「あ、うん。大丈夫だよ。佐護君は今帰り?」
佐護君の隣には見慣れた自転車が置いてあって、前かごには鞄が雑に放り込まれていた。
「先生に見つかって手伝い頼まれて、いつもより遅くなった」
「もしかして、研修旅行の?」
「あぁ、意外と準備が多くて……あー、綴には相談しておいた方がいいか。隣いい?」
「あ、うん。大丈夫」
一人分の距離を空けて佐護君がベンチに座る。公園のベンチは神社のより長くて、佐護君との距離もちょっとだけ遠いのがなんでか気になった。
「研修旅行、中止になると思ったけど、なんとかやれそうでよかったな」
「もう天気予報も大丈夫そうだよね」
「台風がなくなるなんて不思議なこともあるもんだよな……俺が目的地決めたのもあるし、今回は助かったけど」
心の中でひとつ息をつく。佐護君は私が原因だとは思ってないみたい。……いや、普通私が原因だとは思わないか。
「それで相談っていうのは、康太がさ、もっかい高崎に告白するって言ってて」
「えー、葵より足早くなった?」
研修旅行は4人一組で実施する。私達のグループは葵と佐護君、そして佐護君と仲がいい阿部康太くんだ。
葵は付き合うなら自分より足が速い人! と言っていて、それに阿部君が挑戦をして葵に大差で負けている。あれから一ヶ月ぐらいしか経っていないけど。
「阿部君も相当葵のこと好きなんだね」
「最近話すことも多くなったしそのせいかな。俺は勝てるようになるまで辞めとけっていったんだけど」
「あ、でもそれって……阿部君が告白したその場所で葵が勝負が始めちゃわないかな?」
「やっぱ綴もそう思うか? 俺もそんなような気がして」
研修旅行の行き先は自分たちで決める。あくまで勉強だから、文化や仕事に触れないといけなくて、学校で用意してくれる選択肢の中以外でも、自分で許可を取れる場所なら選ぶことが出来る。
その中で私達は佐護君の案、桔梗神社を選択した。というのも住職さんが佐護君の知り合いで、なにやら普段見れない場所まで見せてくれるらしく、結果もまとめやすそうだからだ。
そこでいきなり競争が始まっても大丈夫なのかな?
「康太にも良いタイミングでふたりっきりにしてくれって言われてるから、タイミングはこっちで選べる。桔梗神社は結構広いから、人が少なそうなら神社内で済ませたいんだよな」
「住職さんに迷惑かけちゃわない?」
「優しい人だから先に言っておけば大丈夫だと思う」
その後も、阿部君の告白に関して作戦会議をする。失敗する告白のためにいろいろ相談するのは、なんというか変な気分だった。
「……なんで俺たちがこんなに考えないといけないんだ」
「私も思ってた」
うんうんとお互いに頷き合う。なんとなく悩みは一緒みたいな気がして、そこには謎の結束力が生まれていた。
「せっかくの研修旅行だし、アホは気にせず俺らは楽しもう」
「そうだね。私、桔梗神社結構楽しみにしてて……ちょっと調べてたら、紅葉が綺麗なんでしょ?」
「紅葉か、まだピークにはちょっと早いけど、オススメの場所があるから案内するよ」
「うん、楽しみにしてる」
……まるでデートのお誘いみたい、とちょっと思って恥ずかしくなる。佐護君もなんだか顔が赤いように見えた。それが分かってますます顔が見れなくなってしまう。
「そ、それじゃまた明日。……そういえば、体調大丈夫か?」
手を振ろうと片手をあげた私に、佐護君はそう言った。
「大丈夫、だと思うけど……」
「いや、昨日までなんか綴の周りで渦巻いてたからさ。ちょっと心配だったんだけど、確かに今は大丈夫そうだ」
「見えてた?」
「時々な」
佐護君はちょっとだけ特別で、私の魔力が見える。葵に言わせると『能力者』らしいけど、佐護君が言うにはそこまで凄い力じゃないらしい。私は凄いと思っているけど。
「今はどんな風に見えるの?」
「今は特に見えない。だから大丈夫だと思って」
「心配してくれてありがとう」
「いや、気になっただけだから……じゃあな」
佐護君の背中が見えなくなるまで手を振って、すとんとベンチに座りなおす。
「そういえば魔力還元忘れてた」
佐護君に気づいてからいつのまにか接続を切っていた。でもさっきまでの憂鬱な気持ちはいつの間にか無くなっていて、なんだか胸の中が暖かい。
「研修旅行、楽しみだな」
阿部君の告白でさえ、ちょっとしたイベント扱いをして、私は足をぶらぶらとしながら週末に想いを馳せた。




