3章 桔梗 1
夢を見ていた。
身体の熱はぐるぐると渦巻いていて、油断すると指先から漏れてしまいそうだった。暴れる熱をなんとか外に出さないようコントロールしながら、空をふらふらと泳ぐ。
見上げると厚い灰色の雲が勢いよく流れていて、風の音がさっきからうるさい。なんだか顔が冷たいと思ったら、いつのまにか滝のような雨が降っていて、服も体もべしゃべしゃに濡れていた。
そんな状態なのに身体は燃えるように熱くて、風に逆らいながら前に進み、いつしか風が渦巻く中心まで来ていた。雨風は少しだけ穏やかになって、ただ大きな力が渦を巻く。
その光景を見てやっと、どうして私がここにいるかを理解した。
手の平をその中心へと向ける。暴れる力を解放すると、今にも飛び出そうとしていた熱が逃げ場を見つけたとばかりに宙へ飛び出していく。それは白い極光となって、辺りを光で埋め尽くした。光の中、熱が抜けていく気持ちよさに酔っていると、少しずつ風は穏やかになり、やがて空にはぽっかりと穴が開いて星が見えた。
落ち着いた身体を抱きしめて、はぁと息を吐く。
「……やっとゆっくり寝れる」
朝、目覚まし時計の音で起こされる。カーテンを引くと雲ひとつない秋空が広がっていた。
なんだか昨日まであったムカムカした気持ちがすっかりなくなっていて、目覚めもすっきり。いつもはベッドで少し粘るところけど、パジャマを脱いで制服に着替える。
顔を洗って居間へ向かうと、お母さんは焼けた食パンを片手にテレビを見ていた。
「どうしたの?」
「あ、文歌おはよう。なんか台風が消滅したんだって」
「消滅?」
テレビを見ると、気象庁の偉い人が会見をしていた。昨日まで日本の南にあった大きな台風が、今日にはきれいさっぱりなくなってしまったらしい。こんな事象は初めてのことで、気象庁としてもなぜこのようなことが起こったのか究明を――
「でもよかったわねぇ、金曜日の研修中止になんなそうで。文歌楽しみにしてたでしょ」
「えっと……そうだね」
お母さんは朝ご飯の準備をしながらそう言ってくれたけど、心の中にはなぜか心当たりがあって、さっきまでのさわやかな気持ちはどこかにいってしまった。
「どこに行くって言ってたっけ? なんだか神社?」
「桔梗神社」
「そうだったそうだった。あ、ジャムいる?」
「いる」
ニュースが切り替わると、お母さんは朝ご飯の準備に戻る。その後ろ姿を見送り、ポツリと呟く。
「……夢じゃなかったんだ」
起きたらちゃんとパジャマだったし、ベッドで寝てたから夢かと思ったけど。
よーく思い出したら頬に当たる雨粒も、耳を切るような風の音も、ちょっとだけ現実味を帯びてきた。
なにより一夜で台風を消滅させるなんて、できるとしたらきっと私くらいだし。
「葵になんて言お……」
本当は凄いことをしてしまったんだろうけど、夢のような感じがして実感がない。葵と魔法を使わないって約束してたのに、まさか意識がないうちにそんなことしちゃうなんて思いもしなかった。
私は言い訳を考えながら、気持ちをごまかすようにいつもよりたくさんのジャムをパンに塗って頬張った。
「やっぱりふみふみがやったんだ」
学校へ行く途中、葵に台風の話をすると予想通りって顔をされた。
「私は夢だと思ってたんだけど……」
「ふみふみ、私魔法はなるべく使わないようにって言ったよね? そんなに研修楽しみだったの?」
「ち、違うよ! 研修が楽しみなのは、まぁ、その通りだけど……。最近分かったんだけど、あんまり魔法使わないとね、身体の中に溜まってくような気がして」
「魔力還元? してるんじゃなかったっけ」
「神社なくなってから、ちょっと回数は落ちたかな」
魔力還元でよく通っていた神社は、結局取り壊しとなってしまった。私と葵、それに神社の持ち主の家系である佐護君と、3人でお泊り会をしたのはつい最近の話で、今では立入禁止のテープが貼られている。
「……もしかして、魔法使わないのって辛いことだった? だったら私のせいってことだよね」
「ううん、葵のせいじゃないよ。私もこうなると思ってなかったから」
今思い返せば予兆はあった気がする。体温が少し高くなって、いくら走っても疲れないような、そんな気分がして。葵との週1回のランニングもちょっと長く走れるようになったからランニングの成果が出たかな? と勝手に思っていたけど、それも私の中にある魔力が無意識にサポートしてくれたのかもしれない。
「うーん、でもそうなるとふみふみが安心して魔力を出せる場所が必要ってことだよね……じゃないとふみふみが夢と思いながら破壊の限りを尽くす可能性だって」
「……冗談じゃなく本当にそうなっちゃうかも」
「もしかして結構ピンチ?」
葵は冗談半分で言ってくれたんだろうけど、今回の件のことを考えると破壊の限りを尽くす可能性も否定できなかった。
「しばらくは魔力還元長めにしようと思うけど、他にもなにか考えないと……葵との約束、守れなくてゴメン」
「いや、いいよいいよ! 私もそんなに負担がかかることだと思ってなかったから、こっちこそゴメン! 私に出来ることがあれば何でもするからね!」
「うん、頼りにしてるね」
葵はそう言ってくれるけど、私としては葵とした約束を守れなかったことが申し訳なくて少しへこんだ。




