2章 佐護 5
この神社に祀られてるの、私の知り合いみたい。
もちろんそんなこと佐護君には言えず、数日が過ぎた。まだクラス内から時々もてはやされることもあって、神社へ誘われたりもない。
佐護君の神社の件も、いろいろ考えるも結局良い案は思い浮かばなくって、いつの間にか季節は秋に変わっていた。
私達もようやく長袖を着始めた、ある日のこと。
「えー、佐護はお爺さんが亡くなったため、今日明日は休みだ」
朝のホームルームで、先生は事務的にそう言った。
周りの人もそんなに反応せず、すぐにいつもと変わらない授業が始まる。その中で私は、神社を見つめる佐護君のまなざしを思い浮かべていた。
「ふみふみなんだか元気ないね」
「そうかな」
「そうだよー、ご飯の進みもいつも以上に遅いし」
お昼になって、いつも通り葵と一緒に食べる。
お弁当をあっという間に空にして、もぐもぐと追加のパンを食べる葵にそう言われた。
「悩みがあるなら聞くよ?」
「ありがとう。でも大丈夫」
私と佐護君の噂もいつの間にかなくなって、葵とも一度だけ作戦会議をしたきりだから、私が何に悩んでいるかは予想つかなかったようだ。私も、なんとなく悲しい気持ちがあるだけで、説明はしづらいんだけど。
「あー、ふみふみが秘密にしてる! 昔はなんでも私に話してくれたのに……大人になったんだねぇ」
「なにその反応……葵だって秘密にしてることあったでしょ?」
直近だと陸上部のこととか。でもあれは、私に心配かけたくなくて言わなかっただけなんだろうけど。
「そう言われるとそうだね。私達もお互い大人になってるってことなのかなぁ。大人かぁ……ね、葵は将来の夢とかある? 私はもちろん50m世界新なんだけど」
そう聞かれて、私は将来の夢がそもそも決められるのかな? と思った。栞さんとの話で、これから魔力が馴染むにつれ、様々なことが出来るようになる。その中で、一番の問題は見た目だ。栞さんが何百年も生きていてその姿が20歳くらいに見えるように、私もう成長しないんじゃないか? という意識が強く根付いてしまっている。
もちろん世間には背が低い人もいるけど、さすがにこのままだと子供っぽ過ぎる。もしこのままの姿で20歳とかになって就職できるのかな? 大した夢もないまま年齢だけ重ねていって、私だけ葵に置いていかれるみたいで、それはなんか、やだな。
「ふみふみ? 昼休み終わっちゃうよ?」
「あ、ほんとだ……」
いつの間にか手が止まっていた私は、急いで残りのお弁当を口に詰め込む。まだ高校生のうちはいいかもしれないけど、それは魔女に馴染むとかよりもっと直近の問題で、栞さんにでも相談してみようとスマホの中にメモをした。
「佐護君」
「……綴か」
その日の帰り、なんとなく神社へ寄ってみたら喪服姿の佐護君がいた。ベンチに座ってぼーっとしていて、私が目の前にくるまで気づいていなかったみたいだ。
少し距離を空けて、隣に座る。
「ご、ご愁傷様、です」
「あぁ」
何を言ったらいいかわからなくて、ただ佐護君の隣にいる。でも今の佐護君にはそれが必要そうな気がして、なにか聞いたりしなかった。そのうち、ぽつりと佐護君が口を開く。
「……爺ちゃん、ずっと寝たきりだったんだけど、今日の朝いつの間にか逝ったみたいでさ。お医者さんも苦しまなかっただろうって言ってくれて……死に際としては、きっと良い方だったんだろうな」
「お葬式とかはもういいの?」
「残りは明日だ。今日もいろいろ準備があるらしくって、両親が忙しそうにしてるよ。俺は邪魔になりそうだから抜け出してきた」
「……神社は、どうなりそう?」
「まだ決まってないけど、そのうちなくなるんじゃないかな」
「そっか」
「爺ちゃんと父さん、最後まで意見が合わなかったから、その辺だけは父さんも清々してるんじゃないかな。残してるだけで維持費もかかるみたいだし、そのお金を他のところに回したいんだって前から言ってたから」
「どうしようも、ならない?」
「俺が反対してもどうしようもない。俺が我儘言ってるだけだしな。きっと父さんの言い分の方が正しいんだよ」
それはきっと正論で、佐護君の言っていることは大人で、でも佐護君の気持ちは入っていなかった。子供が大人の話に介入しても聞いてくれない。佐護君はそう思うことで、自分を無理やり納得させているような気がした。
私も佐護君にあんなに神社を壊したくないんだよねって聞いておきながら、魔法を使わないでなんとか神社を残す方法は、いくら考えても浮かんでこないまま。
やっぱり魔法がないと私にはなにも出来ないのかな。今の佐護君は見てられないほど弱っているのようで、とても心配だった。せめて、ちょっとでも元気づけてあげられれば。
葵と約束したから、魔法はなしで、私ができること。なにか、なにか……。
神社を見ていて、ふと子供の時に葵と参加したあるイベントを思いつく。私はよく考えないまま、そのアイデアを口に出していた。
「お泊り会……」
「……え?」
「ね、ねぇ、お泊り会とかどうかな? この神社で!」
「…………は???」
佐護君の返答は、まさしくその通りの返答だった。
「へー! 楽しそうじゃん!」
葵は開口一番にそう言った。行動力の塊みたいな葵はとんとん拍子に計画が組み、その次の土曜日、太陽が落ちきる前の夕方。
「うわっ、ほんとにいる」
大きいバッグを背負ってやってきた佐護君は、先についていた私達を見てそういった。
「失礼な! 女子二人と一泊なんて男子の夢じゃないの?」
「いや、まぁ……うん。認めはしないからな? でもだからこそ本当だとは……」
「律儀に準備しておいて~?」
「……綴、なんとか言ってやってくれ」
「葵を止めるのは難しいかな……でも来てくれてありがとう、佐護君」
本当は半分来てくれなくても仕方ないなぁと思っていたけれど、佐護君はちゃんと予定の20分前に来てくれた。それがなんか嬉しくて私は佐護君に笑いかける。
「……ま、まぁ綴には世話になったし」
そんな佐護君は、そっぽを向いて答えてくれた。
「おや、おやおや?」
「葵、なにがおやなの?」
「いいから、開けるぞ」
小さな鍵を手に、なぜか少し顔を赤くした佐護君が神社へ向かう。その後を葵が楽しそうについていくのを見て、やっぱり言ってみてよかったと思った。
私が計画したのは、神社でのお泊り会だ。小さい頃、市立図書館で一泊するイベントに葵と二人で参加したことがあって思いついた。
高校生にもなってお泊り会なんて、と自分でも思うけど、きっと佐護君に必要なのはここでの楽しい思い出だ。今はお爺さんが亡くなって神社も壊される予定で、佐護君にとってはないないづくしだけど、神社が壊される前になにか新しい思い出を作れないかと思った。
といってもさすがに私と佐護君だけで神社に泊まるのは良くないから、葵も呼んだ。私達はお互いの家に泊まるという口実ができるし、ふたりきりだと私が耐えられる気がしないし……葵はいるだけでその場を明るくさせてくれるから、こういう時にもうってつけだ。
もともと室内はそんなに汚くなかったけど、佐護君がもう一度掃除してくれたようで、神社の床はピカピカだ。三人では使いきれないほど広い空間がそこにはあった。
本殿だけは水も電気も止まっていなくて、少し暗いけど明りもついた。その下で葵が持ってきたレジャーシートを広げて、私達はそこで夜ご飯にする。持ち寄ったスーパーのお惣菜やお菓子、ジュースで乾杯して、他愛のない話をする。
今までそんなに話したことがなかった佐護君も、三人だけのこの状況なら私も話しかけることができた。私達女子とは違って、男子グループは独特の世界があって聞いていて知らないことがたくさんだ。
「そういや康太が高崎の連絡先知りたいって言ってたけど」
「康太君? 康太君って50m何秒? 私より速い?」
「いや、わかんないけどさすがに高崎よりは遅いんじゃないか?」
「じゃあ私より速くなったら教えるって言っておいてよ」
「え、それでいいのか?」
「佐護君、葵は高校生記録もってるんだよ?」
「……実質教えないって言ってるもんじゃん」
「教えないとは言ってないってー。私はね、私より速い人にしか興味ないの」
と阿部君の失恋? が勝手に決まったり。
「現文の先生と数学の先生、付き合ってるらしい」
「えーなにそれなにそれ! 初めて聞いたー!」
「数学の先生って、すごく真面目な感じだけど……」
「あぁ、んで現文の方が頼りない感じだろ? なんか家に通い詰めて世話してやってるんだって」
「いいなー、私達に隠して付き合ってるってことでしょ? 秘密の恋じゃん!」
「秘密にされなくても、興味あるかって言われたらそんなにだけど」
「それをあえて秘密にするからいいんだよぉ!」
「数学の宿題っていつも難しいから、簡単になったりしないかなぁ?」
「恋して問題まで甘くなるってコト!? それいい!?」
「いやどういうこと?」
と噂話で盛り上がったり。
それは、私にとってもすごく楽しい時間だった。ここが神社だって忘れてしまうくらいで、いくら話しても話は尽きない。
いつの間にかお惣菜もお菓子もなくなって辺りがすっかり暗くなると、私達は近くの銭湯に出向いた。その銭湯は昔からあって、この辺に住んでいれば一度はお世話になる。佐護君は番台さんをしているおじいちゃんとも顔なじみみたいで、私達を連れていることをからかわれていた。
銭湯はお婆ちゃんしかいなくって、私達が入るとなぜか話しかけられた。私は上手く話せないから代わりに葵に話してもらって、私も少しだけどお話しをした。お婆ちゃんならクラスの人よりも怖くない。
私はそんなに長くお湯につかっていられなくて、お話に花が咲いている葵より先に銭湯を出る。服を着て先に外へ出ると、佐護君が銭湯の前で待っていた。
「おまたせ、待った?」
「いや、そんなでも……」
私を見た佐護君がふいに固まる。
「どうかした?」
「い、いや髪上げてるの初めて見たから」
「あっ! えっと前髪、長いから。家だったら寝る時は上げてて……」
そういえば忘れてた。やけに視界が広いと思ったら、普段と同じく髪を上げたからだ。おでこもすごい出てるしなんだか恥ずかしい……。
「……その方がいいと思うけど」
慌てて直そうとした私に、そんな声が飛び込んでくる。
「そう、かな」
お風呂に入ったせいもあるけど、なんだか顔が熱い。佐護君の方をなかなか見ることができない。佐護君もそっぽを向いてくれているから、気づかれてないといいけど。
「いやー、そうだよねぇ。私もふみふみは磨けば光ると思ってるんだよぉ。佐護君もお目が高い」
「ひゃあ!」
「高崎、いつの間に……」
私に後ろから抱き着く形で、葵が合流する。
「ちなみに~、眼鏡をとるともっと可愛かったりします。気になる?」
「……」
「ちょっとぉ! 葵ぃ!」
なんとか振りほどこうとぐるぐる回るけど、葵にがっちり抱き着かれていて振りほどけなかった。佐護君もちょっと気になるような素振りしないでよぉ!




