キスの味
次月 鈴。16歳。
私は恋をしてしまった。
おそらく、過去の自分が見たら想像もつかない人に。
私には幼、小、中、高、ずっと一緒にいる幼馴染がいる。
名前は八条 柊。彼は昔から、いろんなところでみんなの王子様として活躍(?)している。そんな彼に私は恋をしたのだ。
今の今まで柊に恋愛感情を抱いたことは一度もない。じゃあ、なぜ好きになったのか。それにはちゃんと理由がある。
幼稚園の頃から中学の時まではずっと一緒にいたのに、高校生になってから関わる機会が減ってしまった。私は高校デビューに失敗し、友達があまりできず、隅っこで読書するような人間になってしまった。その一方で柊は、持ち前の顔面のせいで、1人になりたいのに、女子からも男子からもチヤホヤされる方になった。そのせいで私は勝手に遠い存在になった気がして、近寄りがたくなってしまった。向こうから寄ってきても、私は逃げてしまった。
そのせいで、ずっと一緒にいたのに、一緒に飯を食うことも、一緒に帰ることも無くなってしまった。
しかしこれが恋する理由となった。
今まで一緒にいたせいで、普段気にしていなかった仕草や表情、言動を気にするようになった。
細長い指なのにゴツゴツとした手。少し長い髪。綺麗な目。血色の良いきれいな肌。
近くにいると気づかなかったメロさに気がついたことによって、ときめいてしまったのだ。
* * * * *
ただ、クラスのヒエラルキーを見る限り、柊と私は月とスッポン。
この恋実らずじまいだなぁ。
なんて思いながら、人間失格の最後のページをめくった。
別に言わなくても良いだろうが、決してこの小説のようなドロドロとした恋を目指しているわけではない。あくまで本が好きなだけである。
「ねぇ。何読んでるの?」
数少ない友人の1人、藍那が話しかけにきた。この子も本が好きである。
「今人間失格読み終えたところ」
「どう?明治の文豪の作品は面白いでしょ?」
「あまり読んでこなかったから後悔してる」
「次何読むの?」
「まだ決めてない」
「それなら...氷の涯とか...蟹工船とか...雪国とか!」
「ちょっと話に癖があるからなぁ...」
藍那は癖のある小説と純愛物の小説が大好きである。
「まあ、1番のおすすめはこの人の『キスの味』かな」
「まあ、読んでみるか。でも私、キスとかそういう恋愛の小説読んだことないからなぁ」
「いいから。読んでみな」
私は押しに負けて図書館でその本を読んだ。
『ねぇ。ファーストキスの味って知ってる?』
『ん?どんな味なの?』
『甘酸っぱくて、全身がドキドキするような味なんだよ。...試してみる?』
私はこのセリフを見て本を閉じた。
小っ恥ずかしい!!見てらんないわこんなの。馬鹿げてる。こんなの嘘だ。
* * * * *
ある日、私は衝撃的なものを見てしまった。
柊の後ろを通った時、ふと携帯の待ち受けが目に入った。ショルダーハッキングをした訳ではない。たまたま目に入っただけだ。
なんと、待ち受けの写真が、文化祭で踊る私の写真だった。
文化祭には後夜祭という、自分の特技などを披露できる時間があった。その時に藍那と藍那の友達がダンスを披露することになっていた。
しかし本番1週間前に1人インフルエンザにかかってしまったらしい。その埋め合わせを私に頼んできたのだ。最初は丁重にお断りしたが、藍那がどうしてもと言うので、結局引き受けることにした。
私はあまり踊りが得意ではないため、どんなやつを踊るんだろうと不安だったが、たまたま好きなアイドルグループの曲を踊ることになっていたので、そのアイドルグループの曲の振りを全部覚えていた私はなんとか乗り切ることができた。
その時の私の写真が柊の待ち受けだった。
柊が私のことを好きだなんてのはありえない。でもそれを見てしまってから、私のことが好きなのかもしれないという、憐れな希望を抱くようになってしまった。
* * * * *
ある時、藍那が慌てて私のところへ来た。
「りんりん(名前が鈴なので)!大変!八条くん告白されてる!」
「え!?」
「ちょうど見える場所があるから、そこ行こ!」
私の心に霧がかかる。
私は心どこかで振ってくれると信じていた。
「私、あなたのことが好きなんです。付き合ってください!」
告白しているのは学年1のマドンナ、高嶺さんであった。
告白された柊はどこか申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん。俺、今誰かと付き合うつもりはないんだ。高嶺さんにはもっと素晴らしい人がいると思う」
振った...。
私はまず初めに安堵したが、すぐにその安堵は哀しみへと変わった。
高嶺さんには申し訳ないが、振ってくれたのは嬉しかった。まだ彼女になれる可能性はゼロじゃない。そう思えたからだ。でも柊は今誰かと付き合うつもりはないみたいだ。さっきまで可能性はゼロじゃないと思ったのに、すぐにその希望は打ち砕かれてしまった。
「りんりん。まだわからないよ。諦めちゃダメだからね」
「ありがとう。藍那」
私は藍那を抱きしめた。
* * * * *
柊と話すことがなくなって春が終わり、夏が過ぎ、秋を迎えようとしていた。
私はいつものように学校が終わると、藍那と途中まで一緒に帰り、別れた後はそそくさと自分の家へ帰った。私は寄り道をしない主義である。
自分の部屋で制服のままベッドに横たわっていると、突然インターホンが鳴った。
ドアスコープを覗くと、ドアの前にいたのは王子様もとい、柊であった。
家は近いけど、今まで直接家を訪問されたことはなかった。
「ど、どうしたの?」
「どうしたも何も、ちょっとお前に愚痴がある。今日親帰るの遅い日だろ?ちょっと家にあげてくれ。玄関でもいいから」
「きゅ、急に何?」
「いいから!」
私はまた押しに負けて、柊を自分の部屋にあげた。
いやどう言う状況!?
好きな人が自分の家にいる。
なぜか緊張して心臓の音止まんない。昔は一緒にここでゲームしたのに。
好きな人と2人きり。
よくない妄想が頭をよぎる。が、その妄想をすぐ処理して、無かったことにした。
「なあ。鈴。なんで最近、俺に冷たいんだ」
「へ?」
「最近俺のこと避けてるだろ。前みたいに話してくれよ」
「いや、それはなんというか」
「なんだよ」
「最近さ。柊、すごい人気じゃんか。私みたいな陰の存在とは違う存在じゃん。私だって昔みたいに話したいのに、人気になるから話しかけにくくなっちゃった。いや、柊のせいじゃない。人気になるから、なんて言ったけど、悪いのは勝手に壁を作って避けた私」
何か言いたげだったけど、私は話を続けた。
「私、柊のこと好きなの。好きでたまらないの。離れたせいで好きになっちゃった」
私は嘘をついた。
好きになったのは離れてからなんかじゃない。
ずっと前、柊と会った時からもう好きだった。
「なんだ。嫌われてなかったんだ」
そう言って柊は私のことを優しく体で包んでくれた。
「俺も鈴の事を好き。出会った時から。でも伝えられなかった。鈴に嫌われるんじゃないかって思ってた。鈴。顔あげて。俺、鈴のこと好きだ。俺と付き合ってくれないか」
私の目から涙が溢れた。
「いいの?付き合うつもりはないんでしょ?」
「なんでそれを?」
「私見てたの。高嶺さんに告白されてるとこ」
「なんで見てるんだよ。恥ずかしい。付き合うつもりがないって言ったのは嘘だよ。その方が諦めつくかなと思って言っただけ」
「私でいいの?」
「鈴じゃないとだめ」
「わかった。これからもよろしくね。柊」
〜数十分後〜
「携帯の待ち受け見たんだけどなんで私?」
「可愛いからに決まってるでしょ?鈴だって俺の写真待ち受けにしてるじゃん」
「バレてるのかそれ」
「当たり前でしょ?俺は鈴のことたくさん知ってるよ」
「恥ずいからやめて」
私たちは少し冷静になった。
冷静になると、またあの感情が芽生えてくる。
部屋に2人きり。これは少し、不埒な事をしてもいいんじゃないのか!(バカ)
いかん。私としたことが。全く冷静になってないじゃない。
でも、隣にいる柊を眺めてるとやっぱり考えてしまう。そのゴツゴツとした男らしい手を握ったら、どうだろうか。ふっくらとした唇はどんな感触なんだろうか。
よくない妄想が頭の中で飛び交っている。
秋でもまだ暑さが残る。お母さんは秋だからと言ってエアコンを禁止されている。さすがの暑さに柊も耐えられないご様子。汗が喉仏を伝って流れ落ちる。それもまた妄想を促進させる。
こんな妄想をするようになったのも、全部藍那のせいだ。あんな馬鹿げた小説、読ませるなよ。
「今日はもう遅いから帰りな」
私の頭がオーバーヒートする前に家に返さないと。
「なぁ。もうちょっといてもいいか?」
「...。いいよ」
いや。よくないって。何言ってんだ。私のバカ。
「汗止まらない」
「暑いね。この部屋」
「その汗じゃないの。柊が隣にきてから変な汗が止まらないの」
「変な汗?」
「ねぇ柊。ひとつ、頼んでもいい?」
「うん。いいよ」
「キスしてもいい?」
柊はきょとんとした顔で、見つめてくる。
私の顔はみるみる赤くなっていった。
言ってしまった...。勢いに任せすぎた...。これも全てあの本のせいだ。
「ねぇ。鈴が恥ずかしがるのは違くない?」
そう言って柊は手で顔を隠して、そっぽを向いた。
耳が真っ赤っかだ。
「そう言う柊も照れてるじゃん」
「照れるに決まってるだろ!バカ!」
もう勢いに任せて言ってしまえ!
「で?どうなの?返事は?」
「...いいよ。目瞑って」
えっいきなり!?
「ちょ、まだ、まだ心の準備が」
「そっちから言い出したのに。それはなし。ほら、目、瞑って?」
「ひゃ、ひゃい」
私は目を閉じた。
暖かくて柔らかい唇がそっとふれる。
「目、開けていいよ」
どうしよう。私、柊とキスしちゃった...。
「何、口ぱくぱくさせてるの?」
「い、いや、ちょっと感動」
「感動って」
微笑む柊は美しかった。
あの小説は、甘酸っぱくて全身がドキドキする味だって。やっぱり嘘だ。
全身が脈を打つ。暑い。暑い暑い。暑すぎるよ。
* * * * *
「ねぇ!りんりん。最近八条くんと仲良いね。もしかして...。そう言う事!?」
「藍那。あの小説さ、馬鹿げてて、私は嫌って言ったでしょ?」
「そうだね。ちょっとショックだったよ」
「それは本当ににごめん」
「で?あの本がどうしたの?」
「やっぱり、あの本嫌いじゃない。あの本に出会わせてくれてありがとう」
「何急に...。え?」
藍那がきょとんとし始めた。
「え、え、え?もしかして、付き合った上にキスまでしたの!?」
「ちょっ!声がでかい」
「ご、ごめん。で、どうだったの?味は?」
「味?あの本はやっぱり馬鹿げてるわ」
「さっき嫌じゃないって言ってたじゃん」
「嫌じゃないだけで馬鹿げてはいる。ファーストキスに味なんてないんだよ」
「味がないの?」
「その代わり、味覚は覚えてなくても触覚が覚えてくれるよ」
「ハハハ。何それ。急に小説チックになるなよ」
私のファーストキスに味なんてなかったよ。
* * * * *
「なあ。柊」
友達の海都が話しかけてきた。こいつは中学からの同級生である。
「その上腕の絆創膏。なんかあったのか?」
「いやぁ。噛まれちゃって。歯形が消えないから」
「そりゃ大変だ。犬とか猫は甘噛みのつもりでも、人間からしちゃ結構痛いもんな。お前ペット飼ってたっけ?」
「いや、飼ってないよ」
「じゃあ、どっかの友達の犬か。あっ。そういえばお前、次月さんと付き合ったらしいな。どんくらい経ったんだ?」
「え?あぁ。11月からだから4ヶ月経ったかな。て言うかなんで知ってんの?ずっと黙ってたのに」
「いや、昔から仲良かったのに、高校に入ってからずっと離れ離れだったじゃん。でも最近また仲良くなったからなんかあったなと思って」
「察しがいいね。困っちゃうわ」
「まさか、じゃあもうキスとかしたんだ」
「ニヤニヤすんなよ。気持ち悪りぃ」
「で?どうなの?おいおい、なんだ恥ずかしそうにしやがって」
「...したよ」
「え?」
「え?」
「いや、まじでしたの?」
「したよ!わかってて言ったんじゃないのかよ!?」
「しらねぇよ、そんな事。まだしてねぇよ!待ちだったわ。味は?味はどうだったの?」
「味ィ?味か...。味ねぇ...」
「え?覚えてねぇの?」
「なんか、衝撃の方が強すぎて、味なんか覚えてねぇよ」
「なんだよォ」
「まじ最悪。ほんと言い損だわ」
「えっ。ちょ待って!てことはその歯形って」
「しーっ」
「はい」
ファーストキスの味なんか気にするやつ、初めて見たかもしれねぇ。
俺のファーストキスは甘酸っぱくともなんともなかったわ。そんなんよりも鼓動が高鳴るのを感じた。
こんにちわ、こんばんわ。初めまして。雨樋朔と申します。
ある漫画を読んでいたら、自分もキスについて書きたくなっちゃったので書いてみました。
今回はファーストキスについて書いて見ました。
巷でファーストキスの味はチェリー味、レモン味、いちご味なんかをよく聞くと思います。でも、実際は味なんてしないよなとずっと思ってました。
キスの味を感じるのは、相手が好きで胸が高鳴ったり、愛情が溢れたりして感じるものであって、実際には味なんてものはないのかな、とも思ってます。
ちなみにこんなに偉そうなことを言ってる私は、一度もしたことないので、解像度はとんでも無く低いと思いますw
まあ、少女漫画っぽく仕上げられたと思うので、よしとしましょう。
好評だったらまた恋愛ものを書こうかなと思います。
ちなみに自分はこう言うのを書くと小っ恥ずかしくなるので、更新はずっとずっと先かもしれません。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
まだどこかの作品でお会いしましょう。
以上、雨樋でした。




