6話「違和感」
........回想シーンなのに、何か足らなくね?
そう勘づいた頭の切れるそこのお前。
......君のような勘のいいやつは嫌いだよ。
まぁ、それについては......アゼルが弱っちかったっていうことで許してほしい。
「_____よし、やっぱりカグヤの家に向かうのはもう少し先にしよう。戦略的休憩が今の俺には必要だ。思考の整理もまだ終えていないしな、今の時間に帰宅するのはやめよう。」
俺がこの世界に転生してから1日も経っていないが、あまりにも莫大すぎる情報量が俺を襲っているのを忘れないでほしい。
いくら量子力学のディラック方程式、数学のリーマン曲率テンソル、天文学でのチャンドラセカール限界の計算などをしたことがある俺とはいえ、脳が熱暴走しかけているような状態だ。
そんな状態の時にカグヤの家に向かったとしても...夜のため迷惑になることは目に見えているし、俺が眠すぎるため、思考がまともではない状態の時にカグヤと出会ってしまうため、『......何だお前?本当に妹か?』などどキツイ言葉を投げかけてしまいそうだからだ。
「本当は、カグヤちゃんに会うのが恥ずかしいからでしょ?ユウももっと素直になればいいのになぁ。」
少し前までは涙を流していて、弱々しかった少女でしかなかったはずだが......そんな面影を一切感じさせない態度だ。
まぁ...こっちの方がアゼルらしいため、それについてはとやかく言うつもりはない。
「......まさかな、俺がそんな低俗な理由で行動に移さないと思うか?...ないな。前世は......いや、前世という言葉は少し違うな......ややこしい。前の世界では『満月の殺人鬼』や『月下の処刑人』と言われた男だぞ?久しぶりに家族に会いに行く程度......まぁ、俺の家族ではないが......に緊張する理由などないな。」
俺は、アゼルの言葉に対して淡々と返答をする。
その程度で緊張しているようでは、世界の不条理を破壊するなど出来ないしな。
だからこそ、自分に言い聞かせるようにそう言葉を発した。
アゼルは俺の本音を見抜いたのか、僅かに口角を上げて、ニヤニヤとしている。
「ふふ、なるほどね。......今のユウにも、可愛いところがあるんだね!うん、”今の”ユウだったら僕も安心して、前のユウの後継者として任せられるよ。」
泣いたことで、ストレスを吐き出しスッキリしたのだろう。
今のアゼルは先程よりも遥かに調子がいい。
だが...そんなアゼルとは対極的に、俺の気分は少し落ちている。
「はぁ......本当に面倒くさい契約を残していきやがって......家族ってそんなに大事なのかよ......。」
俺は少し前に聞いたアゼルの言葉を思い出して、再度深い溜息をつく。
アゼルが『転生召喚』の母体としてユウの体を貰う対価として、前のユウは家族が安心して暮らせることを対価として願ったらしい。
それくらいなら別にいいのでは?
と思うかもだが......なぜか不明だが俺まで対象として含まれているらしく、アゼル曰く俺もその契約内容を厳守する必要があるらしい。例として、俺が前のユウの家族を見捨てるような行動は出来ないし、ある程度の強い意志がない上での行動であれば、俺の行動よりも、家族のために行動することが優先されてしまうらしく......
端的に言えば、自分のこれからの人生に常に制約が出来てしまったようなものだった。
その上...この契約はかなり重く、契約を破ってしまった場合、俺とアゼルはとてつもない災難に合うらしい。
......家族を守る、家族を自分よりも優先する、考えただけでも吐き気がする言葉だ。
そんなこんなで、俺の気分は無限地獄よりもさらに深いほどに最悪だった。
「ユウの気持ちを代弁すると......今のユウにとって家族はどうでもよかった存在。前のユウにとって家族は自分よりも大切にする存在。そんな感情がぶつかりあっているせいで、自分がどうすればいいのか迷っている。......でしょ?」
そんな最悪の気分であるにも関わらず、アゼルは俺を慰めるようなことはせずに心を抉ってくる。
「......人の心を勝手に暴くな、悪魔め......『月天の輝塵』で焼き尽くすぞ。」
心の本音を暴かれた腹いせに、アゼルにナイフのように言葉を突きつける。
間違いなく...今の俺は冷静さを欠いている状態だった。
だが...仕方ないだろ...。
魂が消えてもなお刻まれていた、ユウの家族に対する強い思い。
それが俺の中の記憶とぶつかりあっているような状態だった。
.......そんなことなら...文字の記憶を残しておいてくれよ......。
俺の中に残っている前の人格のユウの記憶は、家族の思い、いじめて受けての痛みと絶望だけであり、俺が一番欲しかった文字の記憶が一切存在していなかった。
まぁ......もし記憶の全てを継承するようなことになった場合、俺の脳細胞が情報過多で死ぬため、そこまで強く文句を言うことは出来そうになかった。
そんなことで思考に耽っていると、アゼルが翅を使って俺の頬をパタパタと叩いているのを感じた。
「ユウ、何か考え事をしていたようだけど......僕に喧嘩を振ったのは忘れてないよね?」
アゼルはそう一言だけ喋ったあと、俺の左肩からパタパタと飛び立ち7mほど距離をあけて、人型へと姿を変身させた。
「覚悟は出来てる、ユウ?」
アゼルは嬉しそうに頬をほころばせる。
丁度いい遊び相手を見つけたような......そんな表情だった。
「......さっきは負けたが......今回は勝つさ。いつまでも負ける俺じゃないぞ。」
俺は一切怯むことなく右手を前に出して構える。
そうして再び、俺とアゼルは小競り合いをすることになった。
なんか.......ずっとアゼル戦っている気がするな......。
*
「『悪魔の証明』っと。」
アゼルが小さく権能の名を呟くと、アゼルによって世界に流れるはずだった運命は書き換えられ、新しい世界へと書き換わる。
俺は無理なことを承知で、抵抗をしようと考えたが......いつものように数秒経過しても、鳥が激突してくることもなければ、大木が倒れてくるようなことも起きなかった。
「...どういうことだ...?不発か?」
そのため、無意識にそう口から言葉が零れる。
アゼルが権能を発動したが、不運なことが起きなかったため、俺は唖然としていていたが...完全に間抜け同然だったのは馬鹿でもわかるだろう。
俺が認識出来ない死角から音が聞こえた直後、ドンッ!と右側から強烈な衝撃に見舞われる。
「っ!??」
俺は空中に吹き飛ばされながら、刹那の思考時間で衝撃の主が狼だと認識した。
しかし......認識出来たのはいいものの、突進された威力を相殺出来なかったため、重力に従うように吹き飛ばされた体を地面へと叩きつけられる。
「はぁ...はぁ......今度は...狼かよ...」
俺は地面に体を預けながら、体に酸素を供給していく。
アゼルは、トコトコと大の字に倒れ込んでいる俺の元に来てから、その場にしゃがみ込んだ。
「ふふ、今回も僕の勝ちだね。さっきの戦いよりも魔力を使えていたようだけど、僕に勝てるようになるのは当分先かな。ユウは、当分の間僕のおもちゃになりそうだね。」
アゼルは、囁くの声でそう呟いた。
文句を言ってやりたくなった俺だが......視線を動かしてしまうと、アゼルのスカートの下が見えてしまうため、アゼルの方は向かずに、丁度俺の真上に存在する月へと視線を向ける。
「ったく......なんでこんやつに俺は負けるんだ......『修羅』......お前でもこいつには勝てないぞ......世界っておかしいな......」
もし今の俺と全盛期の『修羅』が共闘したとしても、アゼルには手も足も出ないだろう。
わかりやすいものだと...握力はkgを超えて余裕でtに到達するレベルの肉体をアゼルは持っている。
その上、『因果律の悪魔』とかいうあまりに使い勝手がよすぎる先天的魔法術式。
もはや手のつけようがないのは言うまでもない。
「ふぅ.....疲れた...少しだけ寝させてくれ...。いい時間になったら起こしてほしい...。」
アゼルの言葉を聞くよりも先に限界が来た俺の体は、自然と瞼を閉じていた。
「えぇ....仕方ないなぁ...」
アゼルが俺の髪の毛を触り、透き通るような声でそう呟いたのを認識した瞬間、
____俺の意識は、プツリと落ちた。
*
あぁ......面倒くさい......。
眼前広がるのは......天文学のN体問題の『月と地球と太陽の3つの星がどう動くか?』
を人間の手であればどこまで解けるのか、を確かめようとした時の光景だ。
単純な足し算、掛け算をするだけだが、数十億回以上計算する必要があり、誰がどう考えてもこれを人力で解こうと思わないだろうが......
ふと気になった俺は、一度それに挑戦してみたことがあった。
結果だけ先に言えば......地獄でしかなかった。
計算の途中に『自分とはなんだろうか?』だったり『世界とはそもそも何なのか?』などの哲学的な問を考えるようになっていったのは今でも鮮明に覚えている。
またこの地獄をやらないといけないのか?
いやだ、いやだ...こんな地獄はもう懲り懲りだ......。
誰か助けてくれ....
「____ウ、ユウ。いつまで寝てるの?」
_____うん?誰だ...?誰かいるのか?
気になった俺は、藁にも縋る勢いで、その存在を掴もうと手を伸ばした。
「うんっ///」
......うん?なぜか艶めかしい声色の少女の声が聞こえる。
モニュモニュ......くせになる気持ちよさだな...これ...。
前に旅行(理由は母さんが俺に対して、物理の講演会を受けろと言って来たため、旅行と呼べるのかは不明だが、俺にとっては家から抜け出せる時間であったため、旅行にしか感じなかった。)に行った時の帰りに、白い猫と触れ合ったのを思い出す。
ふわふわとした毛並みと、ポカポカと伝わってくる体温は触れていてとても心地よかったのは今でも覚えている。
今の感触は、それに匹敵するほどによいものだった。
ずっと触っていたいという願望に支配される程に。
「ねぇ......別にいいんだけど......早く起きて、もう朝が来ちゃうよ?」
またしても聞こえてくる少女の声は、どこか呆れているように感じた。
ったく....今はこの感触を楽しみたいってのに...声をかけるんじゃ..........あっ、そうか、そういえば......アゼルと一緒に行動していたんだったな......
俺は、数時間前の記憶を呼び覚まして、音速に匹敵する速度で状況を把握した。
「......悪い......寝すぎたよう....だ...?」
瞼を何度か意識的に開閉させることで、曖昧だった視界が明瞭へと変わっていき、自分の手の位置をしっかりとこの目で確認した。
「......あっ......悪いな......」
自分の右手が、アゼルの膨らみを掴んでいたため、俺は謝罪をしながらゆっくりと離す。
......名残惜しい。
そう思ってしまうのは、男としての本能だろう...。許してくれ、男は女性に弱いのだ......。
俺が名残惜しそうに、それを見ていると......
アゼルは、両手で前をガードするような姿勢になり、ジト目でこちらを見てくる。
「ユウはエッチだね。まだ出会ってから1日も経っていない、少女の膨らみを揉むんだね。......他の女の子にやっちゃ駄目だよ?」
「......言われなくてもやらん...。性犯罪で捕まるのはごめんだし、そもそも俺にはお前がいるしな。」
右手でアゼルの頭を、なぞるように優しく撫でる。
うんっ//、とアゼルが出した艶めかしい声が、脳内を稲妻の如く刺激してきたため、一瞬だけ精神が猿になりかけたような気がするが......気のせいだろう。
気のせいだと思いたい。俺は健全な男子であると。
「もうしょうがないなぁ...///」
アゼルの頭を撫でていると、もっとしてほしいのかグイグイと頭を寄せてくる。
......なんだコイツ......可愛いな......。
もっと撫でていたいものの、ずっとこうしているわけにもいかないため、アゼルから手を離す。『......物足りないよぉ...』とアゼルが呟いたが、聞かなかったことにしておく。......また、あとでな...。
「さて、じゃあそろそろ..........」
アゼルから手を離したあと、服に付着していた土を両手で少し払い落とし、カグヤが住んでいる家に向かおうと考えた直後、ズキン、と痛みが脳内に走った。
それと同時に、なぜかは不明だが、体の奥底から湧き出るように焦燥感が溢れ出してきた。
手をじっくりと眺めてみても、微細ではあるが少し震えているのがわかった。
アゼルはそんな俺をジッと見たあと、何かに気づいたのか目を開かせた。
「あっ、そう言えばそろそろ夜明けの時間だったね。...じゃあ早く移動しないとだね。......大変なことになる。」
アゼルは、一度空へと視線を向けてから再度俺の方へと向いたあと、
具体的にどう大変なのかを説明する前に、人型からコウモリへと姿を変身して、俺の左肩へと停まった。
「なぁ、アゼル。その大変なことっていうのは一体何なんだ...?」
アゼルが嘘を付いてるようには感じず、何か大変なことが起こることを知っていそうであるため、それを聞きたかった。
「説明...するよりも身を持って体感した方がいいと思うよ。...大丈夫、死にはしないからね。早くカグヤの家に向かおうよ。」
アゼルは結局、どう大変なのかを答えてはくれず、体全体を俺の頬に当ててきて移動を催促してくるだけだった。
どうやら...言葉で教えてくれることはないらしい。
俺はアゼルの邪魔にならない程度に、軽くストレッチをしてからカグヤの家に向かうことを決める。
なぜこのタイミングで?と思うだろうが...
ストレッチを行うことで、体温が上昇し、呼吸器や循環器系の活動が高まり、酸欠の防止や怪我の予防を期待できる。
最初は多少面倒くさいと感じていた俺も、無理のないストレッチを運動前後に取り入れることで、活動の効率が飛躍的に上昇したのを実感している。
だからこそ、焦るようなことはせずにゆっくりと動作を行っていく。
特に肩甲骨を中心としたストレッチを行い、体の状態を運動のモードへと移行させていく。
______数分ほど時間をかけて余裕を持って行い、最後には腕を背中側に伸ばす動作を15秒ほどしてから、ストレッチを終える。
「ユウ、もうすぐ夜が明けるよ。それまでにはカグヤの家に辿り着いてね...?」
先程まで変なことを言っていたアゼルだが、今は少しだけ真剣なトーンだった。
どこか重々しい空気を感じた俺は、すぐに行動することを決断する。
「......どういうことか不明だが......それはまた後でだな。......あと10kmほど。すぐに辿り着いてやるさ。」
まだ違和感が拭えないものの、睡眠をとったおかげだと思うが魔力の使い方を少しではあるが、意識的に使えるようになった。
違和感があるならば、それを魔力で補ってやればいいだけの話だ。
俺は魔力の配分を少しだけ下半身にまわしてから、地面が少し陥没するほどの力で、目的地へと行動を開始した。




