5話 「回想 後編」
「......それが、今のユウの正義なんだね...。......あっ、そう言えば僕どこまで話してたっけ?」
先程まで俺が、自分の信念を再度確認していたことなど知る由もないアゼルは、淡々と会話を次へと進めた。
俺は、情緒をぐちゃぐちゃにかき乱されながらも、過去を振り返っていく。
「......俺が召喚される前、ずっと『転生召喚』を使いたかった。みたいなところまでだな。俺が冒頭で質問をしたから、あまり進んでいないな...。」
少し前の記憶を鮮明に掘り起こし、脱線しかけた話を戻す。
「そうだったね。......話の続きに戻るんだけど...『転生召喚』は僕が思っていた以上に条件が厳しい魔法術式だった。それが......先天的魔法術式を持たない人間...『持たざる者』でしか『転生召喚』の条件に当てはめれなかったことだね。先天的魔法術式は、その人間の骨から神経にまでその影響を及ぼしている。もしそんな体に、別の『持たざる者』ではない人間の魂を憑依させてしまった場合、元の魂の人間が持っていた先天的魔法術式の因子が、新しく入ってきた魂を異物と認識して、猛烈な拒絶反応を起こしちゃうんだよね...。」
「猛烈な拒絶反応......超急性拒絶反応に近い反応か...。」
昔に、何度か見たことがある豚の臓器を用いた異種移植の論文を、俺は思い出した。
「俺の魂を、先天的魔法術式を宿している他の人間に宿した場合、俺の魂が異物と認識されて拒絶反応を起こし、そして死亡する。......しかし『持たざる者』である場合は、先天的魔法術式を持たない器のため、拒絶反応を起こすことなく魂を憑依させることが出来るわけか...。そして...前の人格のユウは、『持たざる者』だったな。」
女が俺に対して『持たざる者』のくせに....などと言っていたことを思い出す。
この世界にとって『持たざる者』の存在は、ヒエラルキーの最下層に位置するはずだ。
魔法が当たり前の世界で、より高度な事象を起こせる先天的魔法術式がないことは、その時点で実質大きな枷を背負っているようなもの。
中には諦めずに、後天的魔法術式を多く習得、もしくは極限まで後天的魔法術式を極め、強さを得たものもいるだろうが...そんなものは指で数えられる程度の人数でしかないと俺は思う。
「うん......ユウにとっては嫌なことだったと思うけど、僕からすれば、それはありがたいことだった。でも......だからといって殺そうだなんて1ミリも考えなかった。...僕はユウを好きだったからね、でも......ユウは僕の想定以上の速度で精神に限界が来てしまった。僕の『因果律の悪魔』には『悪魔の豊穣』っていう回復系の権能もあるんだけど...これは肉体の損傷であれば直せるんだけど、精神までは直すことが出来ない権能だった......」
懺悔の気持ちがあるのだろう。
その声は、どこか弱々しく感じた。
「......ユウに干渉はしなかったのか?...お前なら行きそうだが....」
疑問があるとすればそれだった。
なぜそれほどユウに対して好意を寄せているのに、助けようとしなかったのか。
俺にはどうしてもそれが理解出来なかった。
アゼルは......少しの間、沈黙を続けた。
喋ろうとはせずに、ただ時間が経過することを待っている。
_______俺は月を見上げながら静かにその時を待つ。
催促をするようなことはしない。
相手が今だと思った時、それまではただ静かに待っていればいい。
それが......相手の話しを聞くときの一番いい態度だと、俺は思っている。
少し長い沈黙の末に、アゼルは漸く言葉を発した。
「そうだね...ユウの言う通り、干渉したいなぁとは何度も思ったよ。でも......僕はユウの心を癒やして上げられるような性格じゃなかったから......」
そう言いながら項垂れている姿は、性格からはとても考えられそうにないものであったため、俺は同情してしま...
「確かにな、アゼルの性格じゃあ無理だろうな。」
しまうことなく速攻で肯定する。
こういう時は『そんなことない!』と強く言葉を返すのがセオリーだと思うが、そんなものは百億光年先の宇宙の彼方に置いて来てある。
「ちょ、ちょっとユウ...それは酷くないかな...?」
「俺は事実を言っているだけだ。お前は一見すると優しそうに見えるが......それは”ユウ”という存在のために優しく振る舞っているだけであって、他者に対しては容赦しない性格だろ?」
現に、俺がシャレルに対して殺そうと決めるよりも早く殺そうとしていたのはアゼルだ。
もし俺が殺してもいいと言っていれば、確実に殺しに行っていただろう。
こいつは”ユウ”という存在に、心を左右されてしまう悪魔なのだ。
「......そう言われると...そうだね、ユウの言う通りかも知れない...。だからこそ僕は...優しすぎるユウに接することが出来なかった......のかな...。僕とユウの考え方はあまりにも対極すぎたからね......」
「......なるほどな、その気持ちは分からなくない。俺もクソ野郎には、優しく接することが出来なかったからな......」
そう言いながら鮮明に映像として流れるのは、ゴミ共の悲鳴と叫びだった。
今までずっと快楽に耽けていた分、少しくらいは絶望をしておけと映像越しに思ってしまう。
「それは違うんじゃない?」
「えっ?_______そうかもな......」
一切の笑いのないアゼルの指摘に、精神にかなりのダメージが入る。
バシュ!と大きなSEが脳内で再生された。
「まぁ、簡潔に言えばユウが好きすぎて、どのように喋りかければいいのか分からなかっただけだろ?......乙女と変わらないな....」
俺は左肩に乗っているアゼル(コウモリの姿)を左手に持ち、右手全体を使いながら毛並みを優しく撫でる。
もふもふ、もふもふ、とした感触が手先から伝わりとても癖になりそうだ。
「ユウ......本当に容赦ない性格......僕以外だったら泣いているよ...?」
アゼルは抵抗することなく、俺の行動を受けて入れてくれる。
「別に泣けばいいだろ、泣きたいときくらいはな。感情で流す涙には、ストレス物質のACTHやコルチゾールと言った物質が多く含まれている。これらを体外に流すことで、体内のストレスを物理的に下げてくれる。さらに、涙を流すことでロイシン・エンケファリンという痛みを麻痺させて、精神を安定させる物質が脳内には分泌される。泣いたあとにスッキリするのは、これが理由だ。涙を流す反応は、一瞬の冷却機能そのものだ。涙を流したい時は流せばいい、別にダサいことでも、変なことでもない。大切な反応の一種でしかない。...まぁ、悪魔であるアゼルが人間と同じかどうかは不明だがな。」
俺は涙についてアゼルに教えて、涙を流すことが大切なことであることを伝える。
「女に対しては泣くな、とか言ってたくせに......」
コウモリの姿のアゼルがぷんぷんと怒りながら、上目遣いでこちらを見てくる。
怒っているが、何せサイズ感が手の平サイズでしかないためありえないほど怖く感じない。
「......それは......あれだ、あいつが俺の怒りゲージを上昇させただけであってな......俺は一切悪くないぞ。」
今では少し言い過ぎたか?と思うものの、それでも半分以上は女のせいであるという事実は変わりないはずだ...多分な。
「はぁ......前のユウは優しすぎたけど......今のユウは面倒くさいなぁ......まぁ、僕はそれでも好きだけど......。」
アゼルは再度、はぁ...っと大きな溜息を吐いた。
「まぁ、これで少しはスッキリしただろ?今回の場合は、単純にお前が悪かった。強引にでも行けば未来は変わったかも知れない。......お前がどれだけユウと対極的な性格であれ、味方であることに変わりはなかったからな。」
人間以外の生物とここまで深い話をしたのは初めてだが......人間と殆ど変わらない心に少しだけ”心を解剖してみたい”という欲求が湧いてくるが、それは今、海馬にぶち込んでおくことにする。
「強引に行けば....かぁ....。じゃあ......これからはそうするね。」
何かを決意したかのように、どこか強い意志を感じさせる言葉だった。
まっすぐと合わさる視線からも、それは伝わってくる。
「あぁ、そうだな。俺もそれが一番______」
俺もそれが一番いい、と言おうとしたタイミングで、それをキャンセルするかのように、ムギュッと柔らかい感触が俺を包みこんだ。
「おい、アゼ_____...少しだけだぞ。」
人型に変身してから、体を預けてくるアゼルを、俺は離すことが出来なかった。
まだ話の途中でもあったが......それでもだった。
アゼルの瞳からは、悪魔とは到底呼べないような涙が零れている。
俺の服をギュッと手で握り、悔しさを露見させているように俺は感じた。
「ごめんね......ユウ......また......いつか......必ず会おうね......」
悪魔という存在......それについての認識が変わった。
そう確信できる、アゼルの懺悔の言葉だった。




