4話「回想 前編」
時間は今から少し前に遡る。
俺が森の中へと立ち去ってから、5分ほどが経過した頃だろう。
歩きながらこれからの行動目標を組み立てていた俺は、アゼルにそれを伝えるべきだと思った。
これから共に行動していく以上、俺の考えをアゼルにも共有させる必要があると考えたからだ。
情報を共有しておかないと、これからの旅路の中で必ず面倒くさいことが起きるからだ。
報・連・相...そんな言葉をいつか耳にしたが...いい言葉だ。
俺は言葉をある程度、脳内で整理してからアゼルに喋りかける。
「アゼル、これからの行動についてなんだが、まずは拠点の確保を目指そうと思う。」
拠点があるのと、ないのとでは心の中の安心感が桁違いに違う。
その安心感があるからこそ心には余裕が生まれる......というものが俺が地獄を通して学んだ経験則だ。
「えっ?拠点探しはもう大丈夫だよ、だってユウにはもう家があるでしょ?」
だが...そんな経験則虚しく、アゼルに刹那の速度で切り捨てられてしまう。
「はっ?家がもうある?何を言って_______......あぁ...こ《・》いつの家のことか。」
アゼルに言われた言葉が意味不明すぎたため、思考が混乱してしまったが、
改めて自分の右手をじっくりと眺めてみると、自分の右手ではないということを一瞬で理解できる。
......そうだ、俺はもう游ではなくユウなのだと。
そして俺だから(いや、数は少ないだろうが俺と似たような環境のやつが、他にもいるんだろうか?)こその考えだと思うが、家というものに対して、家という認識よりも檻という認識の方が遥かに割合を占めていたため、前の人格のユウの家があることを意識から完全に除外していた。
本来......家は家なのだ。
そんな当たり前のこともすらも『修羅』との戦いを始めてから......いや、そんな思いを抱いたことすら一ミリもなかった。
忘れていたということすらもなかったな...。
それならばと、俺は新しい目標をアゼルに伝えることにする。
冷静に否定されたため少し悲しい気持ちになってしまったが......拠点を探す手間が省けたため、そこまで落ち込むことはないだろう。
「なら、拠点の確保は達成したようなものだし、早速この世界についての情報収集を...」
「あっ、ごめんね。それもユウにとって大事だと思うけど......それよりもユウには優先してやってもらわないといけないことがあるね。」
「......優先してやらないといけないこと?」
またしてもアゼルに言葉を遮られてしまい、僅かに眉間にシワを寄せながら不機嫌気味に俺は問いかける。
しかし...アゼルが”大事だと思う”、という断定の言葉を言ってくれたのは意外にも嬉しかった。
肯定されることが少なかった人生だからこそだろう、少しの気遣いだけでも俺にとって凄くありがたいものに感じた。
だからこそだろう。
自分のことで精一杯になる気持ちもわかるが、相手の配慮にもっと気を配る必要があるだろう。
それに気付けるようになることで、人生に対するモチベーションだったりが上がる......かもしれない。
「うん、それも...ユウにとっては何よりも優先しないといけないことだね。」
淡々としているアゼルが珍しく重々しく言ったため、重要な話なんだな、と俺は直感した。
聞く姿勢をいつもより、少しだけ真剣にする。
一呼吸をおいてから、空間に響かせるように、アゼルは言葉紡ぎ出した。
「それは......”ユウの家族を守り続けること”。それが前のユウから今のユウに託されたもの。」
否定することを許さない、小さくも力強い思いを宿した言葉だと俺は感じた。
「それくらいなら別に構わないが......俺が何よりも優先すべきことなのがわからないな。」
アゼルが重々しく言葉を発したため、少し緊張していたが蓋を開けてみれば別に重い話ではなかった。
正直に言えば、拍子抜けといった状態に俺はいることだろう。
「これだけを言えば、確かに重要そうには感じないと思うけど...ユウが召喚される前の話を聞けばどれだけ重要なことなのか、理解出来ていると思うよ。」
重々しい雰囲気を消すことなく、アゼルは話を進めた。
「まず、僕がユウを『転生召喚』で召喚する前の話をするね。...僕は結構前から習得していた後天的魔法術式の『転生召喚』をずっと使いたいと思っていた。僕の友達がやっていたからね、僕もやりたいなぁって思っていたんだ。友達がやっていることが気になるアレだね。」
アゼルが少しだけ口角を上げながらふふっ、と嬉しそうに笑った。
話をしている途中でその友達とやらとの記憶を思い出したからこそだろう。
アゼルが楽しそうに話をしている途中ではあるだろうが......聞き捨てならない言葉を俺は聞いたため、割り込むように言葉を発することにする。
...さっきアゼルに二回も割り込まれたしな...俺も許されるだろう。
「僕の友達もやっていた、ということは、俺以外にも地球から召喚された人間がこの世界にはいると?」
少しだけ興奮気味にアゼルに訊いてみる。
もしこの世界にいるのであれば、会ってみたい気持ちがある。
何せ、本当に数が少ないであろう同じ世界を過ごした人間だからな。
まぁ.......そいつがクソ野郎だったら即座に『月天の輝塵』で抹殺することになるだろうが...
その場合はそいつの運がなかったってことにしておこう。
「地球...ユウが前に住んでいた世界とは違う可能性もあるけど......うん、その可能性は否定出来ないね。と言っても後天的魔法術式の『言語翻訳』を刻んでいるから.......どこの世界から来たのか、細かく聞かないとわかんないんだけどね。話す言語が同じになっちゃうし......」
アゼルがはぁ...と大きな溜息をついた。
「...『言語翻訳』...?」
初めて聞く単語に、自然と俺の口から言葉が零れていた。
知らない言葉のオンパレードに、流石に脳が限界を迎えてくるが...これくらいなら屁でもない。
母さんからの行き過ぎた教育の果てには、量子力学の偏微分方程式を解くことなどもざらにあったからだ。
この程度でねをあげると、
『もっと出来るでしょ!?、出来なかったからご飯抜きだから!!』
と母さんから言われる未来が見えている。
「『言語翻訳』は、相手が話す言葉を自分がもっとも理解している言語に変換する魔法だね。これを、同じく後天的魔法術式の『術式の刻印』でユウの脳に刻印することで、ユウは元々住んでいた地球...の言語で僕と会話が出来るようになっているはずだよ。」
俺は無意識に体の前で腕を組み、夜空へと視線を向ける。
「なるほど....、『言語翻訳』と『術式の刻印』のおかげで、俺はアゼルと会話が出来るようになっていたんだな...。地球に似た星だからこそ、言語も似たようなものが形成されていると思っていたが......言語とは文化そのもの。魔法があることで形成される文化にも違いが出るだろうし......流石に言語まで同じとまではいかないか。そうなると、文字の読み書きが地獄だな...。」
アゼルの説明してくれた『言語翻訳』には少しだけ欠点がある。
それもかなり面倒くさいものが。
アゼルは少し言葉を躊躇っていたようだが、どうしようもない現実であると認識しているからこそだろう。
ゆっくりとではあるが言葉を紡いでいった。
「...うん、ユウの想像通り。『言語翻訳』はあくまでも言葉を話す時に響く空気の振動を、脳内で干渉して変換しているにすぎないからね......紙に定着した文字を変換するのは無理なんだよね...。」
とアゼルが無念そうに話すが......別に出来ないことはないだろうとも、今の話を聞いていて思えてくる。
「アゼル、少しいいか?『言語翻訳』があるならば、字形を自動で翻訳してくれる後天的魔法術式もこの世界にはあるんじゃないのか?もしあるなら、それもプラスして『術式の刻印』すればいいんじゃないか?」
俺は直感で湧いて出てきた疑問を、そのままアゼルに伝える。
これであれば、この世界で言葉に関しての勉強をする必要生が殆どなく、瞬時に日本語に変換できるためより便利そうだとは思うが......何かしら出来ない理由でもあるのだろうか?
アゼルは俺の言葉を聞いて、翅を少しだけ顎付近に添わせた。
「確かに、ユウの推測通り『字形翻訳』って言う字形を翻訳する後天的魔法術式が存在するんだけど........。」
それまでスムーズだったアゼルの言葉が_____そこで停滞する。
「うん?なら別にそれも刻印すれば......」
そこまで言葉を言いかけていた俺だが、アゼルのある言葉を忘れていたのを、そのタイミングで思い出した。
そして、なぜスムーズだったアゼルの言葉が停滞したのか。
その理由も把握した。
「なるほどな......”脳に刻印する”ってことは今、俺の脳内にはそれの回路が組み込まれているわけで、それ以上脳の言語野に術式を刻印してしまった場合、脳の言語野がオーバーフローを起こすわけか。」
なぜ『字形翻訳』を刻印しなかったのか。
それの答えに俺は辿り着いた。
実際の細かい理由までも特定できたわけではないが......脳に刻印するという点からそう推測出来た。
「うん、当たりだよ。今のユウの脳には、ユウが起きているとき限定だけど、常時発動で『言語翻訳』が発動している、脳がオーバーフローを起こさない少しギリギリの状態だね。そんな状態の言語野に『字形翻訳』までも刻印しちゃうと、脳が焼き切れて言語障害を引き起こすんだよね。って、僕の友達が実験して確かめたらしいから確実だと思うよ。」
アゼルは何事もなかったかのように、淡々とそう喋ったが...
実験?
「何やら嫌な言葉を聞いたような気がするんだが...気のせいか?」
「えっ?気のせいじゃないよ?本当にそれで一人死んじゃったからね。『あっ、死んじゃった......けど...まぁ、いっか。また召喚すればいいしね。』的なノリだったね、結構残虐な性格だからね...実験台になった人は気の毒だね。」
「おいおい......そいつがクソ野郎ならまだしも、善人だったら最悪だな...。」
最悪の場合を想定してしまい、鳥肌が立つ感覚を感じ、少しだけ気分が悪くなってくる。
そんな俺の感情の機微を敏感に察知したのだろう。
「......ユウって、結構容赦のない冷徹無慈悲の人間かと思っていたんだけど...意外と倫理も兼ね備えているの?」
とアゼルが質問をしてくる。
俺は深い溜息をついてから、アゼルの俺に対する認識を改めることにした。
「あのな...勘違いしているかも知れないが、俺はただ殺戮がしたいだけの殺人狂じゃない。俺が殺す対象は、あくまでも俺自身が世界の不条理と断定したようなクソ野郎ばかりだ。善人までも殺してしまっては世界が悪い方向へと進んでしまうからな。だからこそ......前の人格のユウのようなやつは死んでも殺しはしないだろうな。」
俺はアゼルに、自分の心の軸を再度伝える。
これは俺の中でも絶対に変わることがない軸だ。
これが変わるということは、もはやその存在は俺とは言えない。
この軸を変えることは、宇宙に存在する物理定数を弄くることに匹敵する行いだ。
自分に嘘をついてはならない。
もしそれをしてしまっては、俺は両親と同じようにクソ野郎になってしまう。
自分が信じた信念を、俺は貫き続けるだけだ。
それが...親に対する、唯一の抵抗だと俺は思っているからだ。




