26話「蚩尤」
「_____戦闘中に思考の撹乱のために使ったり、情報収集のための尋問の時に使ったり、『枢衄』は結構使える闇魔法だね。闇魔法の中では習得難易度がそれほど高くないのもいい点かな。」
「...色々と使い勝手のいい魔法ではあるが......なんか嫌だな...。」
曖昧だが、そう答えさせてもらった。
少しだけ俺の表情は険しくなっているかも知れないな。
いくつかの魔法をアゼルに解説してもらった後、今は『枢衄』という闇魔法について教えてもらっている最中なのだが、
対象が克服出来ていない心の闇を強制的に発現させるという魔法であり、人によってはどんな魔法よりも強力に作用する可能性があるものだった。
「ふふ、そうだよね。絶望させるなら、魔法に頼らずに技術で絶望させる方がロマンがあるよね。えへへ//」
俺の言葉を都合良く解釈したアゼルは、口角を緩める。
一見すると無邪気な少女にしか感じないが、本質を理解している分、邪悪にしか感じない。
「......そうか?」
アゼルの言葉に、俺は疑問符を浮かべる。
ロマンと言われてもイマイチ同意出来ない。
目を閉じて脳内で戦闘シュミレーションしてみるが、敵が目の前にいれば絶望を感じさせる前に殺すイメージしか浮かばない。
俺は命を優先した合理的な戦術を選ぶが、アゼルはそのうえで戦いというもの自体を楽しんでいるのだろうか。
「話の続きに戻るね。この魔法の面白いエピソードだと、『枢衄』と光魔法の『癒恵』って言う、こっちは心を癒やす魔法なんだけど、それらを交互に使って心を弄ぶ遊びが悪魔の間で流行ったりもしたね。懐かしいなぁ...」
ふふ、と小さく微笑みながら、アゼルは過去の記憶に耽っている。
アゼルは、所謂ドSというやつなのだろう。
「相手側からすると最悪でしかなさそうだがな。」
自分がそれを受けた場合を想像してみるが、最悪の未来と僅かばかりの希望しか見えない。
「そうだね、言葉通り何人かの人間は後遺症が残って精神病を患ったりしたんだけど...それ以上にもっと面白いことが起きたね」
『わかるかな?』と言わんばかりに、こちらを試すように見上げてくる。
「推測するに...心の成長にでもなったんじゃないか?」
『枢衄』と『癒恵』の二つの後天的魔法術式の内容から、俺はそう判断した。
僅かばかりの希望とはこれのことだ。
「____ふふ、正解。僕達も完全に想定外だったけど、闇を克服しちゃって成長させるに終わることが多かったんだよね。交互に発動を1回として、回数が少ないと効果は期待出来ないんだけど、回数が増えていくにつれて指数関数的に成長する可能性が増大する感じだったかな。その御蔭で長時間遊べたりしたから、僕にとってはプラスだったかな。やっぱり、どうにかしようと全力で藻掻いている人間が一番人間らしいと僕は思うね。」
「......そうなんだな。アゼルの相手にとってはプラスなのか、マイナスなのか、判断のつけようがないのが嫌なところだな。」
強くなったと思ったら、逆にさらなる地獄を生む結果になってしまったのだ。
その先にある絶望はどれだけ心に来るのだろうか。
少しだけ気になって仕方がなかった
*
「___お兄ちゃん、あーーん......」
カグヤが卵焼きを箸で掴んで、こちらの口元に近づけてくる。
「なぁ、介護はもういらないと思うんだが...?」
昨日よりも体調が整っているからだろうか?
カグヤのお世話という名目のその行為は、冷静になってみると意外と恥ずかしい。
母さんが慈愛に満ち溢れすぎた笑顔で見てくるのも...地味ではあるが嫌だったりする。
「駄目...なの......?」
太陽を浴びた向日葵から一変、萎れた向日葵のようにカグヤはしゅんとなった。
純真無垢な性格とわかっている分、感情には嘘偽りがないことを理解してしまうため、ものすごく罪悪感を感じる...。
「いや...駄目ではないんだが...」
後頭部を左手で掻きながら、どう対処しようか俺は頭を回転させる。
アゼルしかり、カグヤしかり、なぜここまで俺に拘るのか。
アゼルからすれば、愛しているものが自ら死を選んだ。
カグヤからすれば、愛していた兄と離れ離れになったことで兄がいない時の自分の脆さをと兄に対する深すぎる愛情を自覚した。
理屈としては理解出来る。だが、そこまで執着する理由が分からない。
ただ、隣にいて笑い合うだけでも十分だと思うんだが......普通はもっと欲張るのが人間の本質なのだろうか。
「その...なんだ、...あれだ。」
若干吃りながらも、なんとか思いを伝えようと俺は声に出す。
「...あれ?」
だがそんな思いとは裏腹に、カグヤは俺の言葉の意味を理解出来ず、首を傾げている。
正直な感想としては、言葉の真意を察してほしいところであったが...純真無垢なカグヤには無理だったか......。
良くも悪くも単純すぎる思考だ。
まぁ、それがカグヤを形づくっているため俺に文句などは言えない。
「どうせ、あーんされるのが恥ずかしいとかでしょ?素直になればいいのになー」
お米を口元まで運びながら、カグヤに察して欲しかった真意をアゼルにぶち撒けられる。
こういう時に、妥協しないところがアゼルらしくもあるが、言わないでほしいとも思ってしまう。
「えっ、そうなの?お兄ちゃん?」
「...いや、まさかな。」
この俺がそんなことで妥協するなどありえない。
「そうだ、一つ聞いておきたかったんだが、料理の最中に何かを落としていたようだが......怪我はなかったか?」
アゼルとの談話中、ガシャンという食器が落ちたような音が聞こえていたため、ずっと聞きたかったのだ。
話を逸らしているわけでは決してないぞ。 ______決して。
「......もうー、それも忘れてるぅ。料理の道具一式はゆーちゃんに創造してもらった神器製だから絶対に壊れなもん。」
カグヤは、リスのようにぷくっと少しだけ頬を膨らませる。
「ゆーちゃん...?」
入ってきた情報の意味が分からず、疑問がボソッと俺の口から零れる。
カグヤのお友達(化け物たち)と言えば、
高天原。八岐之大蛇。天逆沙嘘。九尾。四神達。そして......謎の灰色の髪の女の子。
最後のやつのことか?
「ユウ、蚩尤のことだよ。高天原に似て戦いが好きな妖怪だね。」
アゼルは俺の左耳にボソッと耳打ちをして、そう教えてくれた。
「......あぁ...そういうことか...」
蚩尤という言葉を聞いて、俺の中で鍵がハマったような感覚になった。
まず、灰色の女の子ではないことは確実だ。戦闘好きにしては肉体も精神も脆弱すぎる。
彼女はまた別の妖怪だな。
カグヤが言うゆーちゃんとは、中国神話に登場する軍神の蚩尤のことだろう。
蚩尤と言えば武器を創造する力を持っているし、能力も言葉の音も合っているため、蚩尤で間違いないだろう。
だが......その能力を食器や調理器具に使っていると?
しかも神器製を?
たまげたなぁ...。
「___助かった。ありがとな、アゼル。」
少しだけアゼルの方向に顔を向けてから、小さい声で感謝を伝えた。
「ふふ、どういたしまして。」
些細な変化に気づき、必要な情報をすぐに教えてくれるのは流石は相棒と言ったところか。
「なぁ、カグヤ。蚩尤を呼べたりするか?」
アゼルが撫ででほしそうに目をキラキラと輝かせているが、とりあえずは放置しておき、
二つの目的を達成したいため、カグヤにそう聞いてみる。
「えっ?.....うーん...呼べると思うけど......修行の邪魔にならないかなぁ...」
右手に持っていた箸を皿の上に置きながら、カグヤは視線を下に向けた。
「修行の邪魔に......か。」
カグヤがそのように心配するということは、
蚩尤は軍神らしく、修行そのものが趣味なようだ。
それも、カグヤが渋るほどであるため相当な部類に入りそうだな。
「悩む気持ちも分からなくはないが......しーちゃんと呼ぶくらいに仲はいいんだろ?多少呼ぶくらいなら、蚩尤も文句はないどころか、嬉しいんじゃないか?それに、そういう武人気質の人間は自分からというよりも、相手からの応答に答えて来てくれることの方が多い気がするぞ。」
忠誠心が高いやつは、そんなイメージがある。
主に呼ばれたので、参りました的なやつだ。
「そう...だね。最近どころか1ヶ月もあっていないし......うん、諦めずに呼んでみることにするね!!」
俺の言葉を聞いて吹っ切れてくれたようだ。
カグヤはいつもの満面の笑みを見せてくれる。
「あぁ......」
その一瞬の変わりようには、若干だが戸惑ってしまった。
それにしても......1ヶ月も会っていないとは。
俺の思っている以上に蚩尤というやつは武人気質なのかも知れない。
それだけ修行に熱心していると知っているからこそ、カグヤもそれを気遣って敢えて呼んだりしていなかったのだろう。
と、そんなことを考えている間に....
カグヤは召喚の体勢に入っていた。
「......巫女、みたいだな......」
どういう原理でカグヤが妖怪達を呼んでいるのかを俺は知らないが....
目をつぶり、両手を前で交錯させるように握り、何かを祈っている。
全身からは淡い光がカグヤを囲い込むように、神々しく舞っており、どこか幻想的な光景だ。
天照大御神と言えば、太陽、皇祖神、そして、巫女を併せ持つ存在だったはず。
その特徴が先天的魔法術式にも現れていたりするのだろうか?
「ユウ、あーーん...」
アゼルが箸で掴んだ菠薐草のおひたしを、俺の口に入れようとしてくる。
「いや、遠慮しておく。」
俺はそれを左手でブロックする。
どさくさ紛れにアゼルがやってくるが、もちろんお断りさせてもらう。
「むぅ...ケチぃぃ...」
もういいもん。と一言呟いた後、俺が食べる予定だったそれを自分の口の中へと放り込んだ。
ちょっとだけ不機嫌にさせてしまったが、問題はない。
アゼルは何度か撫でるだけで機嫌を直してくれるという、コスパ最強の性質を持っているため、今は放置しておいても問題はない。
そんなこんなでアゼルと格闘(?)しながら、カグヤのことを見守っていると
無規則に周囲を舞っていた淡い光は、人の形となり、
その場に顕現した。
「______姫。馳せ参じにまりました。」
恭しくカグヤの側で跪き、カグヤに対する忠誠心をそいつは示した。
「___こいつはまた......」
その雰囲気に心が気圧されているのか、瞬きすらも惜しむほどだ。
何もない空間から現れたのは、木造建築には到底似つかわしくない全身を漆黒の鎧に身を包んだ2mを超える人型だった。
身体から溢れ出る覇気は凄まじく、全てを圧殺するほどの圧倒的な威厳に満ち溢れており、
軍神と言われても納得も余地しかないほどだ。
「しーちゃん、久しぶりー!!」
しかし、カグヤにはそんなことはお構い無しだ。
相手が軍神であろうとも、友達というものに変わりはなく、本心から嬉しそうに包容しに行っている。
「仲睦まじいとも思うが......なぜだか危ない光景にも見えるな。」
体格差で言えば60cm以上離れているうえ、相手が全身を漆黒の鎧に包んでいることもあり、
蚩尤には悪いが客観的に見た場合、変人が少女を誑かしているようにしか見えないのだ。
「ふふ、だね。あっ、ユウも僕を抱きしめる?今なら絶賛、無料キャンペーン中だよ。」
「......まぁ...検討しておく。」
俺は肯定も否定もせずに、そう答える。
なんと便利な言葉なんだろうか。
将来という不確定なものに対して、事前に伏線を張っておけるようなものであり最強の言葉だ。
「王、お久しぶりでございます。」
「うん?......あ、あぁ...。」
カグヤとの包容を終えたのか、今度は俺の側まで来てから跪き再び忠誠心を見せてくれた。
だが、蚩尤から久しぶりと言われても俺からすれば初対面だ。
跪く必要などなく、対等に接してほしいものだ。
「僕は、アゼル。ユウのお嫁さんだよ。よろしくね、蚩尤。」
俺と同じように、蚩尤とは初対面であるアゼルが挨拶を交わす。
「おい...あたかも真実のように情報を捏造するな。」
ドン、と少しだけ強めにチョップをかましておく。
アゼルと結婚した記憶など、1アトメートルも存在しない。
「......」
鎧に身を包んでいるため、どのような表情をしているのかわからないが......
目の前の光景に唖然としている感じだ。
困惑しているのか、蚩尤は時が止まったかのように停止している。
そんな静的な蚩尤とは対称的に、
カグヤは、うんうんと首を縦に振って頷いており、あたかも自分の方が相応しいと言いたげだった。
「蚩尤も、御飯食べていく?」
そんな混沌とした情勢であるにも関わらず、母さんは何一つ変わることはなく、蚩尤に質問をぶつけている。
母さん、意外と図太いな...。
「......母上様がそう仰るのであれば......有り難く頂戴させていただきます。」
蚩尤は母さんの問いに悩みながらも、渋々と肯定の意を示した。
自分なんかが一緒に食べてもいいのだろうか......なんて考えていそうだ。
「そうか、それならカグヤとアゼルがあーんしたいらしいから、蚩尤が変わりにやってもらっておいてくれ。 じゃ、ご馳走様でした。」
俺は朝食を残さずに食べ終えたため、先にご馳走様をさせてもらう。
「あっ!? お兄ちゃん、一緒に食べようって言ったのにー!?」
会話や蚩尤に夢中で、俺があーんをくらわないようにコツコツと食べていたことに意識が向かなかったようだな。
「どうやら一緒に食べるという言葉の定義で互いに差異があったようだな。次からはわかりやすく伝えるんだぞ。 ......料理、美味しかった。」
あーんの回避、そしてカグヤの妖怪召喚を見ること。
二つの目標を達成できたうえに、カグヤと母さん共同の朝食も食べれたのだ。
大変満足させてもらう結果に終わった。
「じゃ、じゃあ、お昼ごはんは一緒に食べようね!あーんさせてね!」
椅子から勢い良く立ち上がり、家の外にも聞こえるほどの声量でそう言われる。
「......考えておく。」
そう一言だけカグヤに伝えてから、俺はそそくさと二階へと逃亡させてもらった。
将来のことは、将来の俺に任せておこう。




