25話「魔法大全」
ポカポカと陽気な温かみを感じながら、ただぼーっと横になっている。
聞こえるのは、アゼルと俺の呼吸音、階下からの生活音、そして家の外からの子供達の元気そうな声だ。
「子供達の喧騒も、悪くはないな。」
子共達の純粋な生き様は、俺とは無縁なため少しだけ憧れを抱いたりしている。
現在、『月の支配者』の『黎明の審判』が発動しており、体調としては眠りにつく30分ほど前の状態に近いだろうか。
そのため、起床したばかりではあるが、行動したいなどどは思わず、横になっていても気持ちいいと感じるくらいだ。
身体を脱力させ、視界から入る情報を遮断するために目を閉じ、アゼルの目覚めを静かに俺は待っている。
「____俺が寝ている時は、どんな状態なんだろうな......」
一緒に寝始めたからこそだろうが、そんな疑問が湧いてきた。
そんなアゼルといえば、魘されているわけではなく、蕩けたような表情でスヤスヤと眠っているため、リラックスしてくれているのがわかり、嬉しい限りだ。
しかし......股の近くで擦り付けるように顔を動かすのだけは本当にやめてほしい。
心配しているような事態にはならないように、意識を切り離そうとしているが、若干15歳の人間が耐えれるのかと言われれば、難しいという他に言葉は出ない。
アゼルが起きてくれるのを、それを耐えながら待ち続けるだけなのだが......
勿論、時間を無駄にするわけにもいかない。
あと15分ほど経過すれば、強引ではあるが覚醒を促すつもりではいる。
それでプンスカ文句を言われるかも知れないが、その点に関しては問題はない。
俺の体に抱きついて眠っているアゼルが完全に悪く、文句を言われる筋合いはないのだ。
「___うん?」
そんなことを考えていると、アゼルの身体に大きな動きがあった。
強引に起こすという思念が伝わったりしたのだろうか。
「____うぅん....ふわぁぁぁ......」
どうやら目覚めたらしい。
小さな欠伸を出しながら、ゾクゾクと鼓膜を震えさせるような声を発している。
朝一番のアゼルは、こんな声を出すのか。
「_____ふふ、ユウぅ......まだ寝てるの?......起きないとイタズラしちゃうよ?」
全身を這うように移動した感覚が伝わってきたあと、アゼルは俺の左耳にそう囁いてきた。
俺が寝ているからこそ、溢れ出した隠れた一面だったりするのだろうか?
心臓の鼓動がドンドンと早くなりそうだったが、理性で強引に抑え一定のリズムを保たせながら、寝たフリを続けることにした。
アゼルがどんな言動をするのか気になるのだ。
「ユウはカッコいいな......」
アゼルの柔らかい手の感触が、神経を通して伝わってくる。
どうやら、右手で俺の頬に触れているらしい。
仄かに温もりを感じる。
アゼルと言えば、握力が数トン以上ある筈なのだが、今触れている手からは到底そんな力を持っているとは想像出来ない。
身長相応の少女の柔らかい手の感覚だった。
「ふふ、愛おしいなぁ......なんでこんなにもかっこよく感じるんだろう......ユウがいれば他はどうでもいいなぁ......将来は二人きりで過ごそうね。」
脳内に直接語りかけてくるような声で、狂愛ぶりを顕にしてくる。
興奮しているのか、密着しているからこそ、アゼルの心臓が速く鼓動しているのが伝わってくる。
そのうえ、艶めかしく息を吐き出してくるため、理性というダムが決壊しないようにするだけでも大変な作業だ。
「その時になったら......僕の秘密を打ち明けるね。」
「っ......______」
諦観。絶望。哀愁。
どんな言葉も当てはまりそうにないアゼルの声が聞こえてきた。
秘密......か。
軽い秘密とは思えないし、聞けるのは当分先になりそうだな。
*
「___あっ!お兄ちゃん、おはよう!」
リビングに顔を出すと、
パァァっと満面の笑みを浮かべながらカグヤが挨拶をしてくれた。
母さんも、おはよう。
と不思議と耳に透き通るような声で挨拶をしてくれた。
父さんの姿は確認出来なかったため、外で農作業でもしているのだろうか。
「あぁ、おはよう。カグヤ、母さん。」
アゼルが先に降りてから5分ほど。
寝たフリを終えて、漸く俺は起床をさせてもらった(?)。
カグヤは今日も変わらず元気そうであり、俺の中に残っているユウの残滓が喜んでいるような気がする。
今は、母さんと一緒に朝食を作っている最中なんだろうか?
「今、朝食を作っているから待っていてね!一緒に食べようね!!」
「...あぁ。いつも、助かる。」
どうやら正解だったようだ。
感謝を伝えたあとは、椅子に座っているアゼルの隣席へと移動する。
「おはよう、ユウ。」
「あぁ、おはよう。」
椅子の背もたれの部分を手に取り、後ろに引きながら、言葉を返す。
今日のアゼルは、いつものゴスロリのような衣装ではなく、動きやすさを重視した軽装だった。
キャミソールが見える、オフショルダー...と言えばいいんだろうか?
両肩を大きく露出させていて、少しだけ目のやり場に困る。
「......服装、...似合っているな。」
少しだけ存在する恥ずかしい気持ちを押し殺しながら、褒めることにする。
記憶の片隅に、女性は外見を褒めると喜ばれるという謎の情報があったため、それを実践してみようと考えたのだ。
「...え?そ、そうかな...?」
「あぁ、俺の主観だが...似合っていると思うぞ。」
お世辞ではなく、本当にそう思っている。
ゴスロリの服装はどこか悪魔らしさがあったが、
今の服装からは悪魔らしさは殆ど感じられず、友達弄りが好きそうな中学生。
くらいにしか感じないため、どこか新鮮な気持ちだった。
「あ、ありがと...」
珍しく狼狽しているのか、前髪を人差し指と親指で弄ったり、視線を下に向けたり、そっぽを向かれてしまった。
間違えたか?
と一瞬思ったものの、アゼルの横顔からは、頬がほんのりと赤みを帯びているのがわかり、意外と喜んでくれているようだった。
「___ところでなんだが......それは、どんな内容の本なんだ?」
アゼルの外見もそうだが、それと同等以上に気になるものがアゼルの目下に存在している。
それは、見開かれた大きな本であり、ずっと興味を惹かれていたのだ。
大きさ、分厚さ共にかなり大きく、ページ数は2000を超えそうな量だろうか?
「えっ?......えぇっと...これは『魔法大全』って言うノストラーダ財閥が発行している、後天的魔法術式を編纂した図鑑だよ。40000イリスする高価な図鑑だけど、最新の後天的魔法術式の情報を確認出来るから、世界でもかなりベストセラーになっていたりするね。毎年新しく改稿されて発行されるから、その都度僕は購入しているよ。内容自体も丁寧だから、僕はこれで6冊目かな。」
俺の方に身体を向け、表紙を見せながらそう丁寧に教えてくれた。
そして、読んでいたのは本の正体は、後術の図鑑だったようだ。
ノストラーダ財閥とは、初めて聞いた単語ではあるが、日本の三井や三菱。アメリカのロックフェラーやデュポンと似たような存在なんだろうか。
また気になることが一つ増えてしまったな。
「ユウ、考え事?」
「...あぁ、ノストラーダ財閥についてな。まぁ、気にしないでいい。」
財閥という巨大な存在と出会うことなど、無さそうだしな。
今は適当に流しておけばいいだろう。
「うん、わかった。なら、折角だし一緒にこれを読まない?僕が隣で教えるから、ユウが好きそうな所を教えてくれたらいいよ。」
そう喋り終えたあと、その分厚すぎる本を俺が取りやすいような位置に持ってきてくれた。
片手で受け取ると落とす可能性があるため、しっかりと両手で受け取る。
「重っ...」
両手で持っているとはいえ、ここまで重く感じるとは......。
鉄アレイを持っているのと遜色ないな。
本を丁寧に受けとあった後は、机の上に置き適当にパラパラとページを捲ってみる。
「相変わらず、読めないことに変わりないか......。」
哀愁を漂わせながら、俺は小さく絶望した。
どうにかして言語の早期習得を目指さねばな。
改めてそう決意したあとは、それを確認してみる。
手で触ってみた紙の感触としては、カグヤが持っている問題集とは違いサラサラとしていて、頑丈で、ページを捲りやすい材質であり、本気で力を入れているのがわかる。
40000イリスについて高いと思うかも知れないが、そんなことはないだろう。
1910年代なら情報端末なんてないだろうし、情報というものは今よりも遥かに価値があるもののはずだからだ。
それをこの値段で入手出来るのであれば、相当なシェアを獲得しているのは当然だな。
魔法や魔力と言った力を応用することで、この値段を実現していると思われる。
本の内容としては文字の多さは当たり前だが、魔法陣や数式らしきものの記載が多く、学習と才能によって決まる後天的魔法術式らしさを感じるものだった。
「____そうだな......例えばなんだが、これはどういう魔法なんだ?」
捲る手を止めて、このページに記載されている後術についてアゼルに聞いてみることにした。
言葉は魔法により問題ないが、文字の読み書きは現状だとどうしようもないため、アゼルに文字を言葉に翻訳してもらう必要性があるのだ。
「これは_____闇魔法の『魅了』だね。精神がボロボロになった対象、もしくは自分よりも意志力が弱い対象を精神的に支配する魔法だね。悪魔とか淫魔が使うことが多い、精神系魔法の基礎とも言えるものだね。......ユウのエッチ......」
そう解説を終えるや否や、ジト目でこちらを見てくる。
まるで汚物でも見るかのように。
...アゼルの脳内でどのような思考をしているのかわからないが......ジト目でこちらを見るのはやめてもらいたい...。
相棒とは言え、アゼルは女の子だ。そういう視線は意外と心臓にグサッと刺さったりするんだぞ...。
と心の中で文句を垂れ流しておく。
「聞いた俺も悪いが、アゼルに言われたくはないな。」
平然を装いながら、淡々と言葉を投げ返す。
「えぇー、そうかな?」
どこ吹く風と言わんばかりの態度で、アゼルは意地悪そうな笑みを浮かべてくる。
「妖艶さを見せてきたりしているように感じるんだが......気のせいか?」
...あっ、とボソッと呟いたあと、立場が悪くなったのに気づいたアゼルは_____
「......気のせいだと思うよ。それよりも、僕がもっと教えるから、次の魔法に行こうよ。」
身体をグイグイと押し付けながら、上目遣いでそう言ってくる。
状況が悪くなった途端に、可愛いさをアピールするのはどうなんだ?
無駄に可愛いアゼルの態度や表情は、責める意思を疎がしてくるため非常に厄介だ。
現状、この術に対抗する手段を俺は持ち合わせていない。
「...あぁ、そうだな。」
俺が肯定すると、アゼルは嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた。
まぁ、『魅了』についてはそれ以上聞く必要性を感じなかったし、問題はないか。
「ふふ、じゃあ次だね。例えばこの魔法なんだけど_____」
そんなこんなで、アゼルとの会話は続いていくことになる。
1000年の時を生きているアゼルだからこそだろうが、魔法に対する知見が凄まじかった。
話を聞いているだけでも、自身の好奇心が猛烈に刺激されているのを感じたため、大変有意義な時間だったことは言うまでもない。
しかし......カグヤの包丁捌きだったり、皿を落としたりなどの凡ミスが重なるせいで、集中できたのかと言えば嘘になる。
察するに、『羨ましいな...』なんて料理の最中に思っていたのだろうか......。
そんなカグヤを知ってか知らずか、アゼルがさらに身体を密着させてくるせいで、『あぁ、これが水面下での争いなんだ......』なんて考えたり、考えなかったり。
今日も今日とて、平和な一日(?)になりそうな予感を俺は感じた。




