24話「寝顔」
「____相変わらず、朝は嫌だな......。今なら吸血鬼達の気持ちも分かる...。」
ズキズキと頭部からは痛みが走るうえ、数十時間完全絶食をした時のような倦怠感も感じる。
ヘタな体内時計よりも正確なそれには、少しだけ嫌悪感を抱く。
どうやら、今日も今日とて無事に朝を迎えたようだ。
「今日で転生してから3日目......か。」
少しだけ眠気混じりに、俺は言葉を零した。
仰向けのまま、両肘を外に張り、両手を後頭部の下に回す体勢で、物思いに耽ける。
仄かに照りつける太陽光と小鳥の囀りによって俺の意識は目覚めた。
現在、西暦1910年7月28日木曜日。
昨日の夜とはうって変わり、空には積雲が点々と散逸している快晴の天気だ。
所謂、運動日和というやつだろう。運動好きならテンションが上がる日だな。
そんな天気のせいなのか、元からなのか、耳を澄ませると下の階からは、人が動いているような足音や扉を開閉する音が微かにだか聞こえてくる。
壁に掛かっている時計に視線を向ける。
「普通、1910年代なら農村部にはまだ、壁掛けの時計は普及していないくらいなんだがな。考えられる可能性としては、この家が富裕なのか、それともこの世界の文明が早く進んでいるか、のどちらかか。...まだまだ疑問は尽きそうにないな。」
そんなことを喋りながら、針の位置を確認する。
時刻は6時2分31秒を指し示しており、少しだけ早い起床と思われた。
農村に住んでいる人達は、早く起きるのが一般的なのだろうか。
「_____昨日に比べると体調はマシだが......やはり、『黎明の審判』の影響は無視出来そうにないか。」
天井へと右手を伸ばしながら、恨めしそうに右手を凝視する。
俺の先術(先天的魔法術式のことだ)である『月の支配者』は、夜の間だけ最強になる術式という、多分だが珍しい術式だ。
朝の間は『黎明の審判』が常時発動し、夜になると『月天の摂理』へと変質し、そちらが常時発動する形になる。
完全に術式を使いこなせているわけではないが、夜であれば相当に強い部類には入る術式だろう。
しかし、それの対価としてなのか、朝があまりにも弱いというのが『月の支配者』の弱点だった。
夜、最強だった時間の代償として、朝はこの世界でも類を見ないほどに最弱になるからだ。
だからこそ転生3日目は、術式の代償の体感を知りたかったため、夜に行動せずに睡眠を取った。
使った分だけ反動が来るのか、それとも使っていなくても反動が来るのか、それを知りたかったからだ。
だが、ふと疑問に思ってしまう。
「いや、待てよ。『魔力活性剤』をアゼルに飲まされたわけだから......実験の意味はほぼなかったんじゃないか?」
それが問題だった。
『魔力活性剤』は昨日の深夜にアゼルから貰った飲み物だ。濃縮した魔力の液体らしく、疲労回復を促進してくれる効果があるらしい。
だが、1本120mlで1万イリス(イリスのレートは日本円と同じだと認識していて問題はない)する破格の代物ではあるが。
それを飲んでしまったがゆえに、どれくらいの反動がくるのかを分析出来そうにないのだ。
というか、それ以前にアゼルとの模擬戦もやってしまったため、実験は完全に失敗に終わったと言っていい。
しかし_____そこまで落ち込むことはなかった。
「効果としては_____十分すぎるほどだな。」
あまりにも胡散臭かった『魔力活性剤』の効果を実感出来たからだ。
『黎明の審判』による効果の頭痛や倦怠感などはズキズキと感じるものの、模擬戦由来の筋肉痛は恐ろしい程に感じない。
アゼルとの戦闘は、いくら魔力強化で肉体を補っていたとは言え、現状の肉体レベルからすればあまりにも過負荷なものだった。
腕を挙げる、足を動かすと言った日常の動作ですらも困難になることを予想していた分、『魔力活性剤』にはかなり助けられた。
鍛錬を一日でも多くやりたいからな。当分の間は重宝することになるかも知れないな。
「だが......肉体とは違って、魔力操作はどうしようもないか。」
右手に視線を向けながら、険しい表情を浮かべる。
夜のように魔力を纏わせるようなイメージを持ってみるが、
数秒の間は夜のように操作できるものの、すぐに周囲に溶け込むように魔力が散逸してしまうからだ。
もっと集中すればさらに時間を伸ばせるかも知れないが、頭痛や倦怠感などのデバフを与えられている状態では、効率が悪く、何よりも集中する必要性があるため戦闘中に隙を見せてしまうことになる。
そして、魔力操作が出来ないとなると、重要な問題が発生することにもなる。
「____朝の戦闘では、戦うというよりも生き残るというものに近くなるか。」
右手で握りこぶしを作りながら、さらに俺の表情は険しくなる。
『月天の摂理』が発動している夜、『黎明の審判』が発動している朝であまりにも落差が激しい。
現状でも、総合的に見れば100倍以上の実力差が夜と朝の間で生まれている。
そのため、さらに問題が発生してしまう。
それは____夜と朝で、俺の実力に雲泥の差が出来ることを俺とアゼル以外に悟らせてはいけない、ということだ。
これは俺の生死に関わる問題であり、絶対に教えてはいけない部分になる。
「後は......アゼルのように解析系の力を持っているものと、極力戦わないようにすることだろうか。もし、それによって情報が広まりでもすればその時点でも詰みか。」
天井へと視線を上げて、深い溜息を吐く。
心配しすぎだろうと思うかも知れないが、これくらいで丁度いいのだ。
攻撃という点において、『月の支配者』はこの世界でも類を見ないほどの力を発揮する。威力計算をしてみても、到底一個体が出していい出力を超越しているからだ。
だが、その分の反動は絶大だ。
朝は妹であるカグヤにすら肉体能力で劣る。
そのうえ、単純な魔力操作すらも不可能。
『月天の輝塵』を発動しようものなら最悪の場合、自爆死する可能性すらもある程に。
そのうえ、夜の間は逆に威力が強すぎるゆえに、俺が守るべきものすらも巻き込んでしまう可能性が非常に高い。
つまるところ_____『月の支配者』は恐ろしく面倒くさい先術だと言う結論に達する。
「というか......アゼルはどこに行ったんだ?」
自分の考えに集中していて気づかなかったが、隣にいる筈のアゼルの姿がないことに漸く違和感を抱いた。
周囲を見渡してみるが、その存在を確認出来なかった。
アゼルの性格的に、先に一人で動くとは思えない。
あのユウ大好きっ娘なら必ず一緒に行動しそうなものだが......昨日の悪ふざけが原因だろうか。
珍しく感情的になっていたし、嫌われていないといいな。
「なら、もう起きるか。」
そうなると、トイレに行っているか、先に起きて朝食の手伝いでもしている可能性が高いか。
アゼルはああ見えても地味に優しいやつだ。
階下から聞こえてくる物音は、一人だけのものとは到底思えないしな。
そう考えた俺は、ベッドから足を出そうとしたのだが......
何かが足の間に挟まっているように感じたため、動きが止まってしまった。
「うん?」
何かを感じた俺は、身体に掛かっている布団へと目線を向けた。
なぜ今まで気づかなかったのか。
そこには間違いなく”何かがいる”であろう膨らみがあった。
「まさか......」
恐る恐る右手で布団を捲ってみる。
流石に想像しているのとは違うだろうが......いや、外れたら外れたで少し怖いか。
そんなことを思いながら、捲った結果。
「____すぅ......すぅ......えへへ///ユウー、好きぃ...///」
幸せそうに眠っているアゼルの姿があった。
...楽しい夢でも見ているのだろうか。
苦しんでいそうな感覚は微塵も感じない。
悪夢に苛まれているというわけではなさそうなので、無理矢理起こす必要などはなさそうだった。
その点は安心だ。
自分のベッドの中に女の子がいるというわけのわからない状況なのには驚いたが......
それ以上に、人生で初めて生で誰かの寝顔を見たような気がする。
「あまりにも無防備すぎるように感じるが......それだけ安心しているということだろうか。」
アゼルを起こさないように、そっと自身の身体を動かす。
その後は、心の底から湧いてきた謎の好奇心に従うように、寝ている人間(厳密には悪魔だが)に色々と試してみることにした。
まずは手始めに、髪の毛を撫でてみることにする。
最近、というかこの世界に来てから、地球で生きた15年よりも遥かに多く撫でているような気がする。
C触覚繊維(優しく撫でると心地よく感じる・感じてくれるのは、これが原因だったりする。)を刺激する行動であるため、リラックスしてくれるだろう。
「うん......うぅーん.....えへへー」
かなり前に野良猫を撫でた時のことを思い出しながら、優しく銀色の長髪に触れる。
1秒間に数センチほどを動かすのがコツだ。
艶々とした潤いのある髪の毛は、触っているだけでも気持ちがいい。
そんなことを思考しながら何度かやっていくと、幸せそうだったアゼルの表情は、徐々に蕩けていった。
どんな夢を見ているのか、アゼルのような『万象解読』のような力があればわかるかも知れないが......残念ながら俺にそのような能力はない。
しかし、アゼルにとって至福の時であることには変わりはなさそうだ。
抵抗するような素振りはないため、続けても問題はなさそうだ。
次は、ほっぺたを人差し指で突付いてみる。
「うん....?.....えへへ///......」
僅かにだが、アゼルの眉間にシワがよった。
寝ているとは言え、感覚は伝わるのだろう。
だが、それでも嬉しそうなことに変わりはなかったようだ。
数秒後にはすぐに蕩けたような表情に戻っていた。
「寝ているやつはこんな反応を示すんだな。なんというか、クセになるな。まだまだやりたいところだが、これ以上やったらアゼルの機嫌を損ねるかも知れないし、ここで終えるか。」
いくらアゼルとはいえ、ラインは意識しないとな。
一応女の子ではあるため、嫌われるのは男としては普通に嫌だ。
男は女性に弱い生き物なのだ。
なので、アゼルを起こさないようにベッドから出て行動に移したいのだが、
「...アゼル、起きてくれ。」
身体をそっと揺さぶり、意識の覚醒を促す。
自然に起きてくれるのがベストだが、すまん。今の態勢は少しだけ不味いんだ。
股にアゼルの顔があると想像してくれれば分かりやすいかもしれない。
起きてくれないだろうか、そう念じながらそっとアゼルを揺さぶり続けるが
「うーん......もうちょっとだけ......」
アゼルは小さな声で呟きながら、より強く右足に抱きついてくるだけだった。
見ている夢が、アゼルにとって嬉しいものであるため覚醒したくないのか、単純に眠りが深い体質なのか、多分前者だろうが......どうしたものか。
グリム童話の『眠り姫』は、王子のキスで100年の眠りから覚めたという話らしいが......
「___それはなしだな。」
おかしな思考を首を横に振りながら払う。
だが、すぐに切り替えることは出来なかったようで、無意識にアゼルの唇へと視線を向けていた。
薄いピンク色、潤いのありそうな艷やかさがそこにはあった。
とても綺麗で女性らしいものだと俺は感じた。
......いや、違う。違うだろ。
そもそもキスをして起こすという思考がおかしい。
疲れているのだろう。
深夜に馬鹿野郎と会話をしたせいで、馬鹿が移っているんだろう。
俺はそう強く言い聞かせた。
自分との格闘を終えた後は、再びアゼルの方へ視線を向ける。
今はスゥスゥと可愛く寝息をたてており、穏やかな表情をしていた。
「無理に起こすのも......悪いか。」
そう言葉を口にした俺は、起こしかけていた身体をもう一度ベッドへと預けた。
強引にやろうと思えば出来る。
だが、どうしてもそうしようと思わなかった。
何が原因なのかは分からない。
でも、分かる必要性もない。
時間はまだたっぷりある。
静かに横になる時間があってもいいだろう。




