19話「異常」
夕食の時間を終え、少しだけ自分の部屋で横になったあと、紆余曲折を経て、ある人物と俺は戦うことになった。
顎付近にめがけて高速で裏拳を振るう。
『月天の摂理』による肉体強化のバフ、そして魔力強化による重ねがけにより攻撃速度は、地球にいた時よりも3倍以上はあるだろう。
生身の人間が直撃すれば、肉体を魔力強化で補っていても致命的になるほどの威力。
だが......
それほどまでの速度と威力を持ってしても、アゼルにとってはジャブ程度と変わりはないようだ。
直撃する直前に現れた右手によって、何事もなかったかのように軽々と受け止められる。
大木すらも陥没させられる力をもってしても、有効打にはならないらしい。
アゼルは一切焦るようなことはせず、淡々と事実だけを話す。
「前よりも魔力が乗っているけど......まだまだ足りないね。ユウが乗せられる最大の12%くらいしか乗ってないよ。」
アゼルは余裕綽々とした態度だ。
戦いを始めてからかなりの時間が経過しているが、俺とは対極的に、アゼルの額からは汗が一滴すらも流れていない。
それならばと、俺は余裕そうな態度を崩す意思でアゼルに対して蹴り技を放つことにした。
予備動作も殆どないため、避けるのは不可能だ。
この攻撃を期に、少しでもアゼルの余裕を崩したいところ。
「っと。魔力の流れから攻撃の予兆が見えていたよ。」
視線を俺の瞳と交錯させていて、足の方などに気を向けることなどしていないはずだが、俺の攻撃が当たる直前に、まるで行動を知っていたかのように避けらる。
渾身の蹴り技を放ったが俺だったが、空を切るだけに終わったようだ。
「魔力の流れか......それは権能によるものじゃないんだな。」
構えはとらずに、全身を脱力させる。
権能を使った場合、例えばだが因果律を操作する『因果律の箱庭』を使用した時には、それを使用したと優しく教えてくれるのがアゼルだ。
だからこそ権能の名が出ない時点で、避けられた要因がアゼルの技術によるものだと推測出来る。
「うん。鋭い攻撃ではあったけど、『皇帝』相手には全く物足りないかな。個体差にもよるけど、あと10倍くらいの速度は必要だと僕は思うよ。」
一切繕うようなことはせずに、アゼルは事実だけを教えてくれる。
俺は顎付近に手を添わせて、視線を少しだけ下げる。
「10倍か。......当分時間がかかりそうだな。」
普通なら、10倍の攻撃速度がさらにいると言われれば、その数値に絶望するかも知れない。
だが、元々の俺の肉体が脆弱なことと、魔力の12%しか使えていないという点を考慮すれば、時間はかなりかかるだろうが、到達できない領域でないことがわかる。
「でも...そうだね、1年くらいあれば、ユウなら魔力操作を完璧に出来るようになると思うよ。ユウの学習能力は、普通の人間と比較しても推定値で6倍以上ある異常過ぎる速度だし、それに......ユウ(前の人格)の魔力操作の記憶と経験が、身体に刻み込まれているのも速い要因かな。2日で12%も魔力を使えるようになるなんて、僕でも不可能だしね。」
アゼルは褒めてくれている...のだろうか?
少しだけ淡々としていた表情を和らげてくれた。
......いや、前のユウのことを思い出してしまったのが要因だろうか、本当に一途すぎるやつだ。
「ちなみにだが......アゼルが魔力操作を完璧に出来るようになったのは、いつ頃なんだ?」
気になったので、俺は興味本位でアゼルに聞いてみることにした。
それを基準...にするわけにもいかないがデータは大いに越したことはない。
アゼルは、俺の言葉を聞いてから少しだけ目を瞑った。
過去の記憶を思い出しているんじゃないだろうか?
俺達人間とは違い、アゼルは悪魔だ。
それも1000年以上の時を生きている『皇帝』。
記憶の量は俺達よりも桁違いに多いだろうし、思い出す作業だけでも一苦労なんだろう。
「うーん......先に結論だけ伝えると、ほんの数年前だよ。」
「___1000年以上かかったのか?アゼルが?」
俺の予想だと速くて6年、遅くても12年くらいには完璧に出来ているだろうと推測していたため、ほんの数年前という言葉にはかなり驚いた。
だが......言葉はどこか意味深で、なんらかの理由があるのだろうと予測できだ。
そして、その予測は正しかった。
「少しだけ悪魔について話すね。悪魔は100年ごとにその階級を一つずつ上げていく。『騎士』から始まり、『伯爵』、『侯爵』、『旅団長』、『少将』、『中将』、『大将』、『公爵』、『君主』、『王』、そして.....『皇帝』へと最終的に至る。」
「待て待て......階級が多いな...。」
話の途中ではあったが、そうツッコミを入れてしまう。
えぇっと...『騎士』から始まり100年ごとに階級が上がるから...階級は全部で11個存在する。そしてその最終到達点が『皇帝』というわけか。
「あはは、だよね。でも『皇帝』以外の悪魔なんて全員雑魚だし、ユウが覚える必要はないかな。それくらい『皇帝』は悪魔の中でも別格だからね。」
アゼルはちょっとだけ自信を顕にしているのか、胸を張って、若干だが得意げな表情を浮かべている。
...胸はカグヤよりも小さいがな。
「確かにな、『皇帝』になると4桁を超えるもんな。そりゃ別格だわ。」
何がとは言わないが。
「......言葉の真意については問わないけど......僕が想像していることじゃないよね??」
アゼルは笑顔を見せてくれてはいるが、右手がおぞましいほどに力んでおり、今のアゼルなら、半径数メートルの大木ですらも余裕で粉砕出来るのではないだろうか?
「......悪魔であるアゼルが別格って言うなら、本当に強いんだろうな『皇帝』は。流石は俺の相棒だ、頼りにしているぞ。」
死ぬのは御免なので、アゼルを褒めることにした。ユウ大好きっ娘には世辞であってもこれが恐ろしいほどに効果を発揮してくれる。
「えへへ///頼りにしてくれてるんだね//ユウ」
先程の態度は、超空洞にでも捨ててきたのだろうか。
美少女らしさ100%の笑顔を見せてくれて、俺がアゼルにとって特別な存在なんだと理解出来る。
もう強くなることをかなぐり捨てて、アゼルとのんびり暮らすのでも悪くないのでは?
そう思ってしまうが、その未来になることは絶対にないだろう。
「アゼル......脱線していた話しの続きをしてくれ。階級の続きからだ。」
恋する乙女のように、一人で何かを妄想しているアゼルを現実へと引き戻すことにした。
頬を赤らめて、一人でぶつぶつと呪文のように唱えているし......聞いたら呪われそうだ。あと、妄想くらい俺が寝ている時に飽きるほどやってくれたらいい。
アゼルは数秒ほど思考に耽っていたが、こちらに戻ってきてくれた。
「えぇっと......続きを話すね。なぜかこれほどに悪魔の階級があるのかについてなんだけど......その理由は、100年ごとに僕達悪魔が保有することが出来る後天的魔法術式、後術だね。の上限が増えていくからだよ。最初はどれだけ強い『騎士』の悪魔でも66個までしか術式を持てない。僕のように『皇帝』の悪魔なら後術の上限が無限になるんだけどね。」
覚えることが多くて面倒くさいが、
100年ごとに階級が上がる。
階級は11個存在し、『皇帝』が最上位。
階級が上がるごとに後術......の上限が増える。
という三点を記憶していればひとまず問題ないだろうか。
それにしても......後天的魔法術式、名前が長いと思っていたがちゃんと略称もあるようだ。ならば、先天的魔法術式は先術になりそうだな。
「悪魔が保有できる後術の数に上限があるってことは......俺達人間にも、後術の保有上限があるのか?」
アゼルの言葉を聞いて、必要な情報を一つずつ丁寧に確認していく。
「うん、あるよ。だいたい多くても...100くらいが限界かな。それ以上は寿命が先にくると思うし、何よりもキャパオーバーしちゃうしね。ユウのように学習能力が異常に高い人間かつ、『持たざる者』の肉体なら200くらいはもしかしたらいけるかも知れないけど。」
......『持たざる者』。先天的魔法術式を持たない人間のことを揶揄する言葉らしいが、後天的魔法術式を多く持てるメリットがあるらしい。
「多くて100...か。80歳まで生きるとして、日数29200日を100で割って292日。
結構覚えるのが大変なんだな、後術は。」
この数値は、後術を覚える努力をし続けたものが到達できる数値だろうし、殆どの人間は多くても10〜30個程度しかなさそうだな。
「大変...なのもあるけど、単純に才能の面も大きいからかな。僕達悪魔なら時間をかければ9割以上の後術を習得出来るけど、人間は多くても2割くらいが限界だしね。それに、人によって雷系統の魔法がかなり習得できるけど、炎系統と水系統の一番弱い後術ですら習得出来ないなんてざらにあるからね。」
「そうなんだな...。場合によっては『火炎球』すらも覚えられない可能性があるのか......。」
そう思うと少しだけ悲しくなってくる。後術が学問という形であるものの、才能がない人間にはそもそも土台にすら立てないわけだ。
『持たざる者』かつ、後術の才能にも恵まれない人間は、実質詰みみたいなものだな。戦術がありえない程に限られてくる。
「そうだね、本当にこれは個人差が出ると僕は思うよ。炎系統だけをめちゃくちゃ極めれる人間もいれば、雷系統と水系統の後術を少しだけ極められる人間もいれば、全体的に極められることが可能なオールラウンダー型の人間もいるしね。」
「____なるほど......俺の場合なら......オールラウンダー型が一番理想だろうか。」
『月の支配者』の能力には、月の満ち欠けにより魔法と権能の出力が上昇する力がある。
満月の場合に『火炎球』を撃てば、温度を1000度くらいだと仮定しても666000℃になり、最初に習得する(かも知れない)魔法ですらも、戦略兵器級の威力を発揮出来るしな。
それ以上の温度なんて不要だろうし、様々な系統の魔法を使える方が、俺の戦術の幅が遥かに広がるだろう。
「そっか、ユウの場合だと『月の支配者』の月の満ち欠けによる出力増加があるもんね。『風撃』なら速すぎて見えない斬撃みたいになるだろうし、雷系統魔法の一番弱い技の『雷撃』でも、少し弱い程度の雷くらいの威力になるしね。」
アゼルはどこか呆れたように、事実を羅列していった。
もちろん俺も自分のことながら聞いていて呆れてくる。
なぜ初級も初級の後術が、戦略兵器級の威力になるのか。この事実を知った者は、全員目が飛び出すほどに驚くだろう。
だが____その分の対価として、朝の時だけであるが俺は世界最弱になる。
強いのは強いけど、素直には喜べないし、安心感も何一つとして抱かない。
「それに、今の話は初級の後術を基準で考えている。中級、上級の後術が習得出来るのであれば、さらに威力は増大していくと思うし、ユウにはそれくらいポテンシャルがあるってこと。だから......まずは、僕に勝てるくらいには強くなってね。」
もしアゼルが普通の女の子なら、かっこよく、『あぁ、当たり前だ。』などとキザなことを言えるのかも知れないが、『皇帝』ということを知った今では、そんなセリフを言える筈もない。
「アゼルに勝てるくらいか......。無理って否定するのはありか?」
勝てるというのがどういう定義なのかにもよるが、アゼルの先術である『因果律の悪魔』は防御能力が世界最高レベルに高い。
それを保有しているやつを、戦闘不能状態にするのが勝つ条件の場合、実質不可能と同義ないからだ。
だが...アゼルはそんな俺の思考を見抜いたうえで、
「もちろん、駄目だよ。だって僕のユウだもん。僕より強くないと困るよ、そうじゃないと...ユウにかっこよく助けてもらう、って展開にならないでしょ?」
......どこからツッコんだらいいのかわからないな。
「まず......俺はお前のものじゃないぞ。それに、俺がアゼルを助ける展開なんて絶対に訪れないだろ。そもそもの話しだが、アゼルは強すぎるしな。」
悪魔の最上位個体『皇帝』は、アゼル曰く小国であれば滅亡させられると言っていたくらいだ。そんなやつがピンチに陥るってどんな状況なんだよ。絶対にありえないだろ。『因果律の悪魔』も保有しているなら、尚更だ。
「確かに...実際この世界の99%くらいは僕の相手を務められないし......『皇帝』になって初めて後悔したかも....」
アゼルは、はぁ...と深い溜息をついた。
間違いなく、そんな理由で『皇帝』になったことを後悔するのはアゼルだけだろうな。
ユウが好き過ぎるあまり、理性が崩壊しているように感じる。
「というか....俺を好きになるのは構わないんだが....人間じゃなくて同じ種族の悪魔を好きにはならないのか?」
人型でいることも多いため、アゼル=人間という認識があるが、本当の種族で言えば悪魔であり、人間を好きになるということは、人間が魚を好きになるくらい異常なことではないのだろうか?
「だってぇ...弱いやつばっかりなんだもん......それに生理的に無理だし、気持ち悪いし......求めてくる理由が僕の身体だし......鬱陶しいし、身の程知らずだったから全員皆殺しにしたよ。」
ただ愚痴を言うだけに終わるのかなー、って思っていた矢先に全員皆殺しにした発言。....こいつ...やっぱり悪魔じゃねぇか。
「だが......わからなくはないな。アゼルは性格は悪いかも知れないが、外見だけで言えば可愛いと思うしな。ババ____じゃなくて、技術や知識も凄いだろうし、そういう意味ではカグヤと同様に、アゼルもモテるやつなんだよな.....。」
ある単語を発しかけた瞬間に、左の耳元に何かがよぎったような感じがしたが、普通に山風の勘違いだろう(耳元をよぎったのはアゼルの技の『風撃の刃』だろうか......)。
「そ、ユウの言う通り。だから、ユウは僕と結婚するの。」
だからの前の文章はどこに行った?相変わらず超空洞にモノを捨てることが習慣化しているようだ。
「どうしてそうなるだ......。」
必要なプロセスを完全に除外している。
もっと普通は...長い時間をかけて結婚に至るものなんじゃないのか?知らないが。
「だって....こんなに可愛くて....強くて....何よりも一途で.....そんな女の子は、一生ユウの前には現れないよ?」
最後の最後にいらない言葉を添えられたが、ババアといいかけた分のお詫び(?)として許しておく。
「そうだな、そこだけ切り取れば聞こえはいいが...」
俺はアゼルとの記憶を掘り起こしてみる。
『因果律の悪魔』で弄ばれた記憶ばかりが鮮明に記憶されていて、結婚したいなんてことは一ミリも思わない。
男、いや人間としての尊厳がズタズタにされ、煽られて、一切の攻撃がゴミ・雑魚技扱いで......そんな記憶ばかりがあるやつと、どうすれば結婚したいなんて思うのだろうか。
「つれないなぁ....ユウのためだったら、なんでもしてあげるのにぃ......」
アゼルは俺の前までトコトコと歩いて来た。
上目遣いで一度視線を交錯させたあと、身につけていた服の一番上のボタンを外して、鎖骨の部分を目の前で顕らにした。
結婚はしないと強く否定したものの、目の前にあるその景色から、俺は目を離すことが出来なかった。
「........っ」
ボタンをじっくり、ゆっくりとアゼルは外していき、次のボタンを外すと胸が見えるところまで来てしまった。
あと少しでみえる、未来の景色に完全に心を奪われてしまう。
心臓の鼓動はうるさく鳴り響き、周囲から聞こえる環境音を完全にかき消した。
「_____これ以上は、駄目だよ。......ふふ、どう?気になったでしょ?」
アゼルはボタンにかけていた手をゆっくりと離した。
囁くような、脳内に直接響くような、そんな声だった。
完全にお預けを喰らった俺の心には、もどかしさだけが残った。
*
「脱線していた話の続きに戻るね。」
服のボタンを閉じたアゼルがそう喋るが、
お預けをくらい、心にもどかしさだけが残った今の俺には、そんなことはどうでもよかった。
ただ、心の中に開いたこの穴を、どうにかしたい気持ちだけでいっぱいだった。
女子からお預けをくらうことを人生で初めて経験したが......恐ろしいほどに胸が締め付けられるものなんだな......。
これに耐えられる漢がいるのなら......俺は、そいつのことを尊敬するかも知れない。
「悪魔は階級が上がるごとに、後術の上限が増える。これはどの階級からの上昇の時にでも言えることなんだけど......それとは別で、増えるものがある。それが保有可能な魔力量の総量だね。『大将』までは、生まれつきの素質による魔力量なんだけど、『公爵』以上の階級にまで上がると、魔力総量の限界値が増えるんだよね。『公爵』以上からは階級が上がるごとに魔力総量が上昇していって、『皇帝』にまで階級が上がれば、『大将』の時と比べても魔力総量が丁度6倍になるよ。」
アゼルが丁寧に解説してくれているが、脳のリソースの80%くらいがアゼルの聖域により奪われていたため、いつものようにすぐに返答出来なかった。
「えぇっと......『大将』までは生まれつきの素質で....『公爵』以上からは階級が上がる度に魔力総量が...えぇっと...増えていって、アゼルのように『皇帝』になると『大将』の時よりも6倍にまで増える......か。」
脳内細胞は俺の思考を優先するよりも、アゼルのボタンの下の景色を空想する方に全力を注いでいる。
......違う......違う......これは罠だ。
これ以上は踏み込んでいけない領域だ......。
俺は首を高速で横に振りながら、脳内に存在する雑念を振り払う。
「アゼルが言った結論の意味が漸く理解出来た。つまり、魔力総量の絶対値が変わるから、魔力操作を完璧に出来たのは『公爵』の時でもあり、『君主』の時でもあり、『王』の時でもあり、『皇帝』の時でもあるわけか。」
魔力の総量が増える度に、魔力操作の感覚が変わるだろうしな。
そういう意味では、アゼルが魔力操作を完璧に行えるようになったのは、数年前であるという理屈が通じる。
「そういうこと。最初の時は数十年以上かかっちゃったけどね。だからこそ......ユウの成長速度は異常だと言える。神様から寵愛をもらっているくらいにね。」
どこか意味深にアゼルは発言した。
「神様......ね。」
そう言われて最初に想像するのは、お餅の使者こと、自分のことを女王だと錯覚している馬鹿野郎のことだろうか。
まぁ、あいつのことを神様と言えるのかは正直なところ微妙だ。
お餅細胞に脳細胞を侵食されているのか、単純な足し算すらも間違えるほどであり、どうにかして頭を良くさせようとカリキュラムを構築している最中なのだが......なぜか頭が良くなる未来が見えず、苦戦しているのが現状。
「.......。」
少しだけ顔を上げて、夜空に浮かぶ月をみる。
雲から顔を出すタイミングと丁度重なり、満月から少し欠けたようにみえるその姿を視認出来た。
傾城傾国、羞花閉月......本当に美しいフォルムだ。
「......ユウは本当に月が好きなんだね。その感情を僕に向けてくれたらいいのになぁ......」
アゼルの声が聞こえたため、月から視線を逸らす。
こちらの服の裾部分を引っ張りながら、アゼルが構ってほしそうに、媚びた視線をこちらに向けて来ていた。
「それは絶対にないな。月は俺にとって、ある意味ではアゼルよりも相棒のようなものだしな。」
狂気にも執念にも近い、心の奥底から湧き出てくる思いだ。
この思いは誰にも変えられるものではない。
「......月を破壊すればいいのかな......」
アゼルが俺の言葉を聞いて、プクッと少しだけ頬を膨らませたあと、夜空に浮かぶ月へと視線を向けて、恐ろしい言葉を発していた。
「それは物理的に無理だろ......。というか壊さないでくれ。流石の俺でも手を出すぞ。」
好きなものを目の前で壊すと言われて、怒らない人間は流石にいないだろう。
「手を出す?......それはそれで......ちょっといいかも......」
どういう脳の構造になっていれば、そのような結論に達するのか、教えてもらいたいものだ。俺の言葉を拡大解釈するのはやめてもらいたい。
「とりあえず、それを一旦置いておいてくれ。......まだ戦いの最中だったはずだろ。」
正直に言えばもう終えたかったが、アゼルの妄想を止めるにはこの手段しかなかったため、少し躊躇うような気持ちもなくはなかったが、そう話しかけることにした。
「あっ、そうだったね。......じゃあ、あと1時間くらいやっちゃおっか。」
「......まじかよ...。」
俺に拒否権はない。
なぜなら____この戦いは、俺がアゼルに対してババアと言ってしまった罰だからだ。




