第1話「世界の不条理と月の支配者の産声」
温かい...。
『修羅』に心臓を打ち抜かれて死んだはずなのに...全身から感じるのは穏やかな温もり。
水温が高い流れるプールの中にいるような感覚に近いが...実際は似て非なるもの。
体験したことがない感覚のため...言語化するのは無理そうだ。
このように、
意識は確かに存在している。
しかし......手を動かそうとしてみるも反応が起きることはない。
いや、そもそもの話......”腕が存在しなかった”。
いや、”体そのものが存在しない”と言う方が正しいか。
ただ意識だけが移動しているような状態......に近いと思われる。
今の俺には......思考をすることしか出来そうにない。
そんな状態にいるため、錯乱・混乱の状態に俺はいる。
......というようなことは意外にもなかった。
ただ自然に、その状態を受けて入れている自分がいる。
『まさか......天国にでも連れて行ってくれるのか?...いや、それはだけはないか。』
あまりにも穏やかな温もりであったため、俺はそう直感してしまうが
俺の行いは間違いなく世間一般が考える罪の重さに当てはめれば、大罪そのものだ。
殺害人数で言えば二桁は悠に超える。
正確な人数について知っているのは『修羅』や俺を逮捕するために尽力していた警察くらいなものだろう。
俺は正確な人数など思い出せそうにもない。
なぜ知らないんだ?
....か。その質問を、そっくりそのまま返したい。
1ヶ月前に捨てたゴミがどんなものであったか、皆は覚えているか?
______そうだろう。覚えていないことだろう。それと同じだ。
そんなことを覚えていても脳のリソースの無駄でしかないからだ。
当たり前だが、そいつらを殺したことに関しては一切の後悔も罪悪感も俺は感じていない。
俺が殺したような人間は、
殺人を犯したにも関わらず無罪放免になったゴミ。
従業員の給料の1割を数年に渡り難癖をつけて搾取し続けた上、長時間労働を強制させ続けたブタ。
自分は一切何もせずに過ごしている上に、両親に暴力をふるい続けていた寄生虫。
そんなものを殺したとしても、悲しむような人間は存在しないだろう。
だが...それでも俺がやったことは”大量殺人”という大罪の行為に変わりはない。
もし世間が言う地獄云々が真実であるならば、俺がこのような状態にいるのはおかしいはず......なんだが...。
だが世間の考えとは逆に、今の俺は穏やかなものに身を包まれているような感覚にいて、到底世間が想像するであろう地獄と違うことは明白だ。
『......地獄に行く道中の、最後の一息の空間.....かも知れない...か。なら、今はそれをしっかりと享受しておくのがベストだな。』
俺はそう結論を下したあと、意識と感覚を穏やかな温かさに全て任せることを選んだ。
考えても今の状態が変わらない。
藻掻こうにもそもそも手足どころか全身が存在しない。
そうであるならば、最後の一息くらいは何も考えずにただ浸っていればいい。
いつかの時に、あの時もう少し浸っていればよかった。
そう後悔しないようにするためだ。
後悔とはいつも遅れてやってくるもの。
だからこそ、自分がそう思った時にはすぐに行動に移すべきなのだ。
時間は有限だからな。
いつまでも現状が続くと思わない方が良いだろう。
*
体に......仄かに照りつける太陽の光を......感じる。
「______うん?.....た、太陽...なのか?どういうことだ?俺は......『修羅』に負けて死んだはずなんじゃないのか?」
強い光に反応した瞼をパチパチとさせながら、ゆっくりと上体を起こしていったあと、俺は右手でズキズキと痛む頭を優しく抑える。
眠っていた体が自然と覚めるように、意識が覚醒していくのを感じる。
状況に対して違和感しか感じない俺は、強迫的に状況を理解したい気持ちに迫られる。
首を動かし、周囲をざっと確認してみる。
正面にはダイヤモンドの輝きにも負けないほどに、太陽の光を反射して光り輝いている綺麗な大海が広がっており、後方には鬱蒼と生い茂る森が確認出来た。
『修羅』と最後に戦った場所と同じ風景_____”ではない”。
全体の景色は似てはいるものの、明らかに違うところを数カ所発見出来たからだ。
そんなことを認識しているさなか、俺はふと自分の体に違和感を覚えた。
「弾丸を撃たれて破壊されたはずの心臓があるな。.....どうなっているんだ?」
心臓が出血しているような感覚がなく違和感を感じたため、右手を撃たれたはずの心臓へとゆっくりと添わせて、意識をそれに集中させるために目を閉じる。
_____ドクン、ドクン、ドクン。
ゆっくりではあるが、確かに心臓が鼓動していることを右手を通して確認出来た。
凶弾によって破壊された心臓は、まるで何事もなかったかのようにその存在を維持し続けていた。
違和感はそれだけに留まらない。
「というか....俺の体はこんなにも細かったか?それに...視界も若干だが高いな。」
自分の手の平を眺めてみる。
地獄を生き抜くために鍛え抜かれた究極の合理的な体......ではなく、長身痩躯の俳優のようなスラッとした細身の体。
服の袖を捲り地肌を確認してみると、ただでさえ白かった俺の地肌はさらに白く美しくなっていて、”明らかに俺の体ではないことが明白だった”
それに...知らない傷跡が前腕には、いくつか存在していた。
「...意味がわからないな。死んで目覚めたら体が自分ではなくなっている...。一応......顔も確認してみるか。」
自分が自分ではないように感じた俺は、脅迫的な衝動に駆られ目の前に広がっている大海へと向かおうと、体育座りのような態勢から立ち上がろうとしたのだが...
突然...左の脇腹から激痛が、稲妻のように走ったため、その場で立ち止まることになってしまう。
「っ!??...痛いな...はぁ...というか...体も異様にボロボロになっているな.....」
上半身に着ていた服を捲ってみると、体に点々と刃物で切断したような痕や殴られて出来たのか、紫色の巨大な痣が存在していた。
俺はそれを見ながら、顔を顰めていることだろう。
「...ったく...分けがわからんな...。」
俺は溜息を吐きながら、激痛を無視するように海に向かって歩きはじめる。
痛くは感じるものの、俺が耐えられる許容範囲内の痛みだからだ。
しかし......それは無視出来るような痛みではなかった。
無理に動かしたのが駄目だったのだろうか?
ガラス片で抉られるような激痛が脇腹から......感じる。
「っ!??......痛いな......」
切断痕や痣を見てから数秒後、脳内がその存在に気づかずに、俺が目を通してそれを確認したことで、初めてその存在に気づいたかのように、急激に反応を示しはじめた。
あまりにも大きな痛みであったため、痣が出来ている部分を左手で抑える。
「とりあえず...まずは確認が先決だ。......休憩は後でもいい...」
強烈な痛みのため、立っているのでさえ大変苦痛な状態。
海岸という本来なら穏やかに過ごすであろう空間のはずなのに...俺の心も体も全く癒やされるような気配がない。
痣の部分を左手で抑えながら、戦争で疲弊した戦士のような足取りで海の方へと体を向かわせる。
数十歩ほど歩き、もうすぐ海に辿り着くというタイミングで体に走る激痛に俺は耐えきれず、砂浜に転倒してしまう。
だが______それで意識が消えるわけではないため、砂浜を這うように移動して、強引に体を動かす。
そして、俺は自分の顔を確認する。
「......そうだよな...”お前は......誰なんだ?”」
水面を覗き込むと、そこには俺の顔とは少し違う、美しい顔が映った。
顔の形はかなり整っていて、日本であればイケメンなどどちやほやされるのが目に見えているほどだった。
しかし...苦痛のためか、その表情は酷く歪んでおり”怖い・恐ろしい”という言葉の方が似合うほどだ。
「もう...訳が分からんな...。」
自分の現状が理解不能すぎるため、砂浜と海の境界線付近で俺は後ろに倒れ込む。
着ている服に水が染み込むが、そんなことはもはやどうでもよかった。
ただ状況を理解したかった。
どうしてこうなったのか。
それを誰かに説明してもらいたかった。
「....はぁはぁ...かなり疲労が蓄積しているな......なぜかは知らんが...このまま...眠るか......」
こんなところで寝るなど馬鹿のやる行いなのは理解している。
だが...そんなことすらも考えれないほどに、俺の体は疲弊している。
2日連続で一切の睡眠を取らずに、起き続けているような状態。
と言えばわかりやすいだろう。
そのまま目を閉じて、眠りに入ろうとした。
だが____天は俺に安らぎを与えることを許してくれなかった。
目を閉じて、意識が深淵に落ちる直前に脳に雷が直撃したかのような強烈すぎる激痛に見舞われる。
「ぐっ!?...はぁはぁ...いてぇ...」
あまりの激痛に、俺はその場でのたうち回る。
それで少しは激痛がマシになるものの......それでも痛みは殆ど変わらない。
雷が、超巨大なレールガンの直撃程に威力が変わるくらいの違いでしかない。
「っ....なんだ....こんどは....」
激痛が太陽に照らされた霞の如く、フッと消えた。
死んだのか?
そう思ってしまったが......どうやらそういうわけでもなさそうだった。
その変わりに...俺の脳内に、存在しない筈の情景が鮮明に映し出された。
◆
『なんで....僕ばかりこの目に合わなきゃいけないんだ....。僕が一体...何をしたって言うんだ....』
俺の声とは少しだけ違うが....似ている声で、ある男が蹲っている。
『....もう限界だ...。僕はもう耐えられない.....。ごめんね...かあさん、とうさん.....カグヤ...』
目からは大粒の涙を零しており、少しだけ同情してしまう。
その男は、俺と同じように人生に対して絶望を抱いているのだろう。
『諦めるの?』
『___えっ?....君は...?』
誰かに見られていると思わなかったのだろう。
その男は、突然の声に心底驚いていた。
なんとも言えない表情を浮かべながら、その声の主は男の元に近寄っていった。
『僕は、アゼル。悪魔だよ、お兄さん。...もう一度聞くけど...”本当に人生を諦めるの?”勿体ないよ?』
悪魔とは思えない、美しい表情でアゼルと言ったその存在は、男に問いかける。
男は、言葉を聞いて一瞬___躊躇うような素振りを見せるも、すでに決心をしてしまったのだろう。
『......うん、妹には大変な迷惑をかけるかも知れないけど....僕は...それ以上に限界なんだ......。もうこの世界で生き続けられる気力がないんだ...。』
意志を曲げることなく、そう言葉を紡いだ。
『......そうなんだね。......君は面白い存在なんだけどなぁ。』
その男が死ぬ手前であるというのに、アゼルという存在は止めるような素振りを一切見せない。
だが...少しだけ”寂しそうな”感情が言葉に籠もっているのがわかる。
『面白い存在...か。それは......僕が君にとって最高の見世物だからだろう?......そんなことで興味を持たれても、僕は嬉しく感じないよ。』
アゼルの僅かな反応に気づけず_____いや、ボロボロの精神状態で僅かな感情を見抜けという方が鬼か。
『......君がそう言うなら、そういうことにしておくよ。で、...ここから少し大事な話しになるんだけど......”君の体を僕にくれないかな?”......もう死ぬんでしょ?だったら僕に、君の体を頂戴。実験に使うから。』
男の言葉を聞いて、一瞬悲しそうな表情を浮かべるものの、悪魔のように淡々とした表情に戻る。
『....それくらいなら構わないけど......その代わり...』
そこで男は考えるような素振りを見せる。
『...その代わり....?』
アゼルは男が続きを話しやすいように、流れを作った。
男はアゼルの言葉を聞いて、少し考え込んだのち...
『妹と家族を......お願いしたい...。皆が幸せに日常を過ごせるように......助けて上げてほしい....。』
その男は、最後の最後まで他者のために動き続けることを選択した。
前世では、せめてマシな生活にしてほしい。
それくらいの願望を言っても良かったはずだが......
男の言葉に、アゼルは目を細めて慈愛に満ちたような表情を見せ、満足そうにしていた。
『ふふ、それくらいならお安い御用だね。......じゃあ、契約は成立かな?......本来、悪魔との契約には絶大な痛みと対価を伴うんだけど......君は特別だからね、それは僕が肩代わりしてあげるよ。』
その言葉は......こいつにとっては福音に違いなかっただろうな...。
アゼルの言葉が想定外だったのだろう。
少しの間、男は目を見開き驚いたものの、すぐにその表情を変え、最後にとびっきりの笑顔を浮かべた。
『...ありがとう...アゼル......。...君は...家族と親戚以外で唯一......僕の味方だったよ...』
その言葉がこいつにとって最後の言葉になった。
満足そうな表情のまま_____息を引き取った。
アゼルは砂浜に倒れ込んだ男の頬を優しく触れながら、その瞳は......少しだけ涙を流しかけているように、俺には見えた。
淡い蒼の光...だろうか、それを手で優しく抱きかかえたあと、アゼルの体に吸い込まれていった。
『...あぁ、死んじゃったかぁ......。...勿体ないなぁ...”世界を救えるほどの器を持つ人間だったのに”。......それに...僕は結構君のこと好きだったよ。どれだけ虐げられても決して、家族や親しい人達に鬱憤を晴らすようなことをしなかったからね。......君は最後の最後まで、愚かで......でも、とっても優しい人間だったよ....。』
アゼルは最後に、名残惜しむようにもう一度だけ横になっている男の頬に触れた。
『......じゃあ使わせてもらうね、君の体。_______『転生召喚』。』
__________。
「......はぁはぁ....今の記憶は...アゼル?...カグヤ?...誰なんだ...お前たちは....」
脳が限界を迎えたのだろうか?
電源を抜かれた家電製品のように、一瞬で全身の力が抜けていき
俺は死んだように地面に倒れ込んだ。
そして......長い長い人生の旅路へと、俺は足を踏み入れた。
*
ゴォォォ...と波が移動している音が、俺の耳を癒やすように聞こえてくる。
俺はゆっくりと目を開けて、周囲の状況を認識していく。
「_____満月....か。......」
瞼を何度かパチパチとさせると、ぼんやりとしていて曖昧だった存在が明確に認識できた。
月だ。
それもあまりにも神々しく美しい輝きを放っている満月だった。
一切の叢雲に隠れること無く、その圧倒的な存在を漆黒の世界に顕していた。
小さな波の音を耳で感じながら、満月を見上げる。
日本人なら誰しもがわびさびを感じる場面だろう。
「......情けないな本当に...。今はただ立つことでさえ、厳しいというのに.....。正義を貫くことも出来そうにないな...。」
俺は全く状態が変わっていない自分の肉体に、絶望しながら小さく響かせるように声を呟いた。
右手を満月へと伸ばす。
当たり前ではあるが、その右手が月に届くようなことはなく、どれだけ掴もうとしても、触れようとしても、ただ空を切るだけに終わってしまう。
「......ったく...誰か説明をしてくれよ...。これが...地獄なのか?」
誰とも触れ合えず、体には強烈な痛みが走り続けるだけの時間。
無限地獄よりは多少マシだと思うものの...最悪な状況であることにかわりはなかった。
「あっ、起きたようだね。」
漆黒の闇の世界に、静かに響き渡るように...聞いたことがあるような、聞いたことがないような声が耳に響いてきた。
「...お前は...誰だ...?」
嫌な気配と直感したのか、体が自然と起き上がり、声がした方向に体を向ける。
その存在は顎に右手を当てながら、考えるように唸ったあと
「...『転生召喚』...初めてだったけど、成功した感じかな?目つきも言葉も...ユウとは全く違うもんね。」
と俺の質問に答えずに、一人でぶつぶつと小さく満足そうに呟いている。
あれやこれやとぶつぶつと呟いているので、俺は待つことにした。
_____10秒ほど静かに待っていると、こちらの存在に改めて気づいたかのように、目を見開かせながらこちらを見てきた。
「あっ、ごめんね。無視しているわけじゃないよ?...僕はアゼル。悪魔のアゼルだよ。よろしくね。」
少しだけ、表情を和らげながらそいつはそう話した。
満月の光に負けないほどの白銀の短髪、血の色よりも遥かに深い深紅の瞳、体型は14歳ほどの小さな体型の女の子だった。
だが......それだけが彼女の特徴ではなかった。
雰囲気...と言えばいいのだろうか?
一見すると美しい美少女にしか見えないが...纏っている雰囲気は『修羅』よりも遥かに重厚だった。
ヘタをすれば死ぬ。
そうすぐに直感出来るほどに、漂う雰囲気は化け物と遜色なかった。
それがやつの本質であり特徴だろう。
やつ顔を顰めた俺に感心したような表情になった。
「へぇ...汚い連中だと、僕のこの姿を見ると...欲望に塗れた汚濁よりもさらに汚い瞳でジロジロ舐めるように見てくるんだけど...君は違うね。僕が人間にとっては、遥かに格上な存在であることを瞬時に理解している。別に威圧するような素振りは一切見せていないつもりなんだけど...君の直感はとても冴えているね。」
「......お前と対面して、そう感じれない人間がこの世界にいるのか?......そいつはもはや救いようのないゴミだな。」
俺は、アゼルの言葉に対して吐き捨てるようにそう呟く。
これほどの化け物を前にして、そんな状態でいれる精神。もはやよく今まで生きれていたな、そう褒めてやってもいいほどだ。
「あはは、ユウも面白い人間だったけど...君は彼とは違うベクトルで面白い人間のようだね。ふふ...流石はユウだね。最後の最後にこんなプレゼントを用意してくれていただなんて...うん、もっと好きになっちゃいそうだよ///」
若干......艶冶な雰囲気を醸し出しながら、アゼルはそう呟いている。
好きとは言ったものの、その表情は”悪魔の如く歪んでいる”。
間違いなく...いいことでないことは明白だった。
「...お前のことは一旦後にしてくれ。それよりも......俺に状況を教えてくれ。何が......どういうことなんだ?」
アゼルが一人感傷に浸り出したため、強引に割り込むようにそう話しかける。
これ以上、思考の世界に入ってもらうのは面倒なのだ。
「あっ、そう言えばそうだったね。どこから話せばいいのかな......。まずはそうだね、簡潔に状況をまとめれば...”君という存在を、君が存在した世界とは違う世界に僕は呼んだ”。そう言えばいいかな?」
「俺がいた世界とは違う世界に呼んだ...?...輪廻転生...とは違うのか?」
あまりにも非現実的すぎる言葉ではあったが、それほど混乱することなく冷静に返答をすることが出来た。
これが目覚めた直後でれば...もっと混乱していたのは言うまでもないだろう。
「輪廻転生......確か東の小さな島国で存在した考え方...だったね。うーん...それとは少し違うかな。”君の記憶と技術を継承したまま”君はこの体に転生したからだね。だから...君の記憶は完全に残っているんじゃないかな?」
アゼルにそう言われた俺は、目を閉じて自分の人生を幼少期から今まで辿ってみる。
「______だな。...全て残っている。」
何十秒かをかけて、特に鮮明に残っていた記憶を久しぶりに思い出した。
両親により、虐待といきすぎた教育を受け続けた日々の記憶。
両親をこの手で殺害した時の感触と感情の記憶。
共に正義を語り合った同士達の記憶。
そして、『修羅』に敗北した記憶。
その全てが鮮明に残っている。
「その表情...君もユウと同じで、世界の不条理をずっと受け続けていた人間なんだね。....うん、ユウの転生体としては...完璧な存在だね。」
淡々としていた表情を少しだけ和らげたアゼルの表情は、体型相応の微笑ましい可愛いものだった。
「なぁ...一つだけいいか?」
アゼルの表情に一瞬だけ心を奪われかけたものの、すぐに平常心に戻りどうしても先に解決しておきたい問題を排除することにする。
「えっ?...うん、何かな?」
急な疑問調にアゼルが唖然とした表情を浮かべるものの、俺と同じ用にすぐに平静になり、目を細め口角上げ、興味深そうな表情を浮かべる。
「この体の”元の”持ち主の名前は、ユウと言うのか?」
「うん、そうだけど......それがどうかしたの?」
アゼルにとって意外すぎる質問だったのだろうか?
質問の意図を理解出来なかったアゼルが、首を少し横に傾けながら頭上に『?』を浮かべている。
「いや...”俺の名前も”ユウだからな。少しだけ元の持ち主に共感を抱いているだけだ。」
同じ趣味、同じ誕生日、同じ苗字、同じ正義などなど。
人間というのは自分と同じものを持っている存在に好意を抱く生き物なのだ。
「へぇ...君の名前もユウなんだね。...存在が似た者同士しか...『転生召喚』では呼び出せないのかな...」
アゼルは再び顎に右手を当てながら、思考に耽り始めた。
あれやこれや、斯々然々......地球では聞いたことがないような単語のオンパレードだった。
しかし...あっ、と声を上げると同時に、苦笑いを少し浮かべながらこちらを見てきた。
「...また話が脱線しちゃったね。次に...君の先天的魔法術式についてなんだけど......ふふ、流石はユウだね。...名前は『月の支配者』。...最強と最弱を併せ持つ...まさに表裏一体の究極の先天的魔法術式だね。」
口角を少し上げながら、アゼルはどこか不気味そうな...嬉しそうな...そうなんとも形容しがたい表情でそう口にした。
俺は、眉間にシワを寄せながら
「......先天的...魔法術式?...先天的という言葉から推測するに...それは生まれつき持っているものなのか?」
他にも疑問があるが、まずは基礎になりそうなことから聞き始めていくことにする。
こういう時は焦らずに地盤を固めるのが意外と最善の道だったりするのだ。
「生まれつき......半分正解で、半分不正解だね。先天的魔法術式は”遺伝”と”精神”の二つを核にして、魂が編み出すものなの。そして...大事なのは後者で揚げた精神の方だね。生まれつきもっているものと...遺伝だね。それと数年以上の歳月をかけて構築した自己精神を統合して魔法術式は完成する。わかりやすいたとえだと...遺伝が器で、精神はその器に入る物体......と言ったところだね。」
最後に絶妙に理解出来そうで、出来ない具体例を出してくるアゼルであった。
「......遺伝に、精神、そして、それらを統合して生まれるのが先天的魔法術式か。...魔法...術式?...この世界には、”魔法”が存在するのか?」
もっと根本的な部分を聞くことを忘れていたようだ。
雷に撃たれたかのように脳内にミサイルの如き速度で電流が走り、すぐにアゼルに質問をぶつけていた。
アゼルは、俺の目を見開いた表情を見てニヤニヤしたあと
「”この”世界には、という言い方から察するに......ユウがもともと存在した世界には魔法がなかったんだね。そして、質問についてだけど......確かにこの世界には魔法が存在するよ。ユウが想像しているであろう、火や風、雷などの物理現象を操作できるものに始まり、精神を操るような魔法や因果律を操作するような魔法まで。魔法で出来ないことなんてないほどに、この世界には多様な魔法が存在しているよ。」
アゼルが、両手を使い小さな炎を灯したり、そよ風を発生させたりしながら、そう説明してくれた。
「魔法......か。そうであるならば...これからの動きは、地球以上に慎重かつ合理的なものにせざるを得ないな。」
アゼルの言葉を聞いて、俺が初めて思ったのは魔法に対する感想などではなく、未来に起こすであろう行動の慎重性と合理性についてだ。
「ふふ、ユウらしい言葉だね。うん、ユウの想像通りこの世界はユウがいた世界とは根本的に全く違う筈だよ。魔法を使えない一般人にすらも負けるほどの弱い術者から、一人で国家を滅亡させるほどの術者まで。この世界には多種多様な術者が存在している。魔法がない世界と魔法が存在する世界では、命の消えやすさが天と地ほどに差があると思うよ。」
......俺の直感は、どうやら間違いではないらしい。
弱者から始まり、天を揺るがすような大災厄を内包したような人間まで。
地球以上に、この世界には実力格差が存在していそうな雰囲気だ。
「一ついいか?...先天的魔法術式とやらについてなんだが...それを俺が持っているように、感じないんだが...それは、全員が持っているんじゃないのか?」
遺伝と精神の二つで決まるのであれば、存在の有無については議論する必要はないだろう。
なぜならその二つが全ての人間が持っているものだからな。
そう確信していたからこそ、そんな質問をアゼルに投げかけたのだが、アゼルからの返答は完全に俺の予想外のものだった。
「一つずつ解消していくね。ユウの魂......”今の”ユウにだね、には先天的魔法術式が確かに刻まれているよ。ユウが気絶している間に、僕の『因果律の悪魔』の”権能”の『万象解読』を使ってユウのそれについて解析したからね、間違いはないよ。......もう一つの疑問に行くね。ユウが思っている通り、全員が持っているように感じると思うけど......極稀に先天的魔法術式を持たない人間もいるよ。____君が憑依する前の人格のユウは、その極稀の分類に入る人間だった。」
アゼルが後半になるにつれて...徐々に寂しそうな悲しそうな...そんな表情になっていったのを俺は見逃さなかった。
...”権能...”という言葉が気になるものの、今はそれについて質問するような雰囲気でないことは直感で理解出来た。
「なるほどな。......どこの世界にも...不条理があることに変わりはないようだな。」
まだまだ知らないことが多いものの、一つだけ確かなことがある。
それは______世界、文明、時代、それらが俺が過ごした地球と違おうとも、不条理というものは存在するということだ。
「凄い意味深な感じだけど......前の世界でいろいろあったの?」
俺の言葉の僅かなトーンの変化を見抜いたアゼルが、何かを察したかのようにそう静かに呟いた。
「あぁ、いろいろとな。......表面上はキラキラした尊敬を集めていたような人間にも薄汚い真実があることを知った。平気で弱者を傷つけるような存在がいるこを知った。強者には媚びへつらい、弱者には強気になる、そんな存在がいることを知った。......世界には...不条理が溢れている、俺はそれを掃除しなければならない。世界は理想だけでは動かない、世界には”悪”と呼ばれるような行為をしたとしても、やらなければならないことがある。それが俺の生きる理由でもある。」
体がボロボロであるものの、しっかりと俺の正義をアゼルに伝える。
これは俺にとって何よりも大事なものであり、絶やしてはならない正義だと認識している。
「あはは...!どんな人生を歩んで、そのような結論に至ったのかはわからないけど...僕はその考え、大好きだよ。ふふ、流石はユウだね。僕を嫌っているようだったけど...最高のプレゼントを用意してくれていたんだね。」
恍惚とした笑みを浮かべるアゼルは、まさに......悪魔そのものだった。
だが...恐怖が湧き出ると同時に......少しだけ、”可愛い”。なぜかそう思ってしまう自分がいた。
*
「じゃあ、これからユウの術式の『月の支配者』について解説を....」
気分が少しいいのだろうか、恍惚とした笑みのまま、アゼルが話を続けようとしたのだが......
何者かの存在に気がついたのだろう。
アゼルがその存在がいる方へと視線を向けた。
俺もアゼルの反応を見て、自然に体を後方へと向ける。
ガサッと草むらを掻き分けるような音が響くと、四人の男女の姿が現れた。
「____おいおい...こんなところで彼女と二人きりとは......いいご身分だなぁ、ユウ。」
四人のリーダーらしき大柄の男が、いきなり現れるや意味不明な事を言ってくるため、俺はすぐにやつの言葉を否定しようとしたのだが......
『もう...もうやめてよ......痛いよ......』
......うん?......あぁ......お前の記憶か。
やつを見た直後に、前の人格の記憶が流れるこんでくる。
殴られたときの、じんじんするような猛烈な痛み。
泥水をかけられた時の、悪臭や嫌悪感、冷たさ。
罵詈雑言を吐かれたあとの、精神的な心の痛み。
そんな痛みが、大柄の男を認識してからの数秒後に、映像と共に俺の体を駆け巡った。
「あはは!だよね、『持たざる者』のくせして生意気。」
大柄の男に続くように、金髪の女からもそんなことを言われる。
彼女に、『持たざる者』に、そもそも誰なんだ?、などと聞きたいことが山程あるな......情報量を一気に詰め込んでくるな、ノイズめ。
俺は、不快感を顕にしながらアゼルに問いかける。
「あいつらが誰か...アゼルは知っているか?」
”ユウの記憶”に...やつらのような存在がいたような、いなかったような...正直かなり曖昧でしかないため、ユウを好きだったアゼルなら知っているだろうと思った次第だ。
まぁ...前のユウと何らかの関係を持っている人物達なのだろう、それも”最悪な意味”での。
...くらいは推測出来る。
アゼルの方を見てみると、恍惚とした笑みを一気に崩していて、一切の変化がない虚無だった。
「......知ってはいるけど、興味がないからどうでもいいよ。適当にA、B...後ろの二人は...まぁ...A、Bの奴隷みたいなものなんじゃないかな。...僕はユウ以外に興味がないから。」
心底どうでも良さそうにアゼルがそう話してくれた。
後方の二人...前の二人とは対称的に、この状況に対して怯えているようにみえる。
「そうか、...じゃあな、お前ら。夜道に怖がって、家に帰れないとかクソガキみたいなことを言うなよ。」
まだ、体調がすぐれない中でこんなゴミと会話するなど...時間というものに対して絶対にやってはいけないことだ。
それに、もう夜だ。あいつらもこんなところで時間を潰すわけにはいかないだろう。
だからこそ俺は、やつらにそう話しかけたのだが......もちろん、ゴミ共がそんなことを言われればどうなるかなど、明白だった。
「おいおい、ユウ。お前彼女が出来たからって調子に乗るんじゃねぇぞ。」
そういいながら、全く怖く感じない目つきでこちらを睨んでくる。
......なんらかの魔法を発動したか?
やつの手の平に大きな火球が出現している。
それにしても......こいつ沸点低いな。炎も出すし......水素かよ。
「アゼル、あの馬鹿は一旦無視しておいて......あれが先天的魔法術式...なのか?」
アゼルが教えてくれた知識を元に、俺は考え込むように、眉間に少しだけシワを寄せながらそう問いかけるが....
アゼルは少しだけ考えるような素振りを見せたあと、
「先天的魔法術式...ではないね。あれは後天的魔法術式の一種の『火炎球』だね。後天的魔法術式についてなんだけど...こっちは”学習”と”才能”によって得られる魔法のことだね。あいつが発動している魔法は、僕らのような高位種族を基準に考えればかなり弱いけど...人間の基準からすれば強力な魔法だし、使い方によっては結構応用が聞く上、才能よりも学習の比率が大きい。人間が一番使う魔法の一つだね。」
と新しい単語も交えながら、そう説明してくれた。
それにしても......『火炎球』が雑魚技とはな...。
地球人からすれば、数百度を悠に超えるそれは過剰すぎるんだがな。
流石は異世界。パラメータの数値が数桁違う。
「......先天的魔法術式に、後天的魔法術式か。さらに警戒しなければならない事象が増えたようだが...それは俺にとって完全なマイナスじゃないな。」
そうマイナスでもあるが...プラスでもあるのが後天的魔法術式のいい所。
”才能”...という言葉が気になるものの、学習を通して得られる以上、努力をすれば俺でもかなり魔法を使えるようになるかもしれない。
ここは時間をかけてでも、速い内に成し遂げておくに限る。
勉強は得意なため、かなり楽しいものになりそうだ。
「おいおい、後天的魔法術式の基礎中の基礎の『火炎球』も知らないのかよ...とうとう頭まで馬鹿になったんじゃねぇんだろうな?」
「あはは!才能もない上に、馬鹿だなんてもはやゴミじゃん!」
と心の弱い人間であれば、間違いなく精神を壊されるような言葉を言われるが...それは認識次第でどうにでもなる。
誰かにとってナイフでも、俺にとってはただの空気だ。
「......ねぇねぇ、ユウ。あいつら..殺してもいい?ユウが殺そうとしなかったから手を出していなかったけど...今のユウなら僕の気持ちも理解してくれるでしょ?いい観察眼持っているみたいだしね。」
アゼルが、上目遣いで俺に可愛くそう聞いてくる。
ようにみえる。
実際は......かなり怒っているな...これ...。
殺意マシマシのオーラがダダ漏れかつ、右手が恐ろしいほどに力んでいた。
一見美少女にしか見えないアゼルだが、悪魔という種であることを忘れてはならないな。
俺は少しだけ思案したあと___
「うざくはあるが...別に殺すほどの存在じゃない。あれはどこにでもいるノミやゴミと同じだ。わざわざ意識して殺す必要なんてない。そうだろ?」
あいつらの存在は...”まだ”そこら辺にいる有象無象と同じ。
そんなものに俺達の大事なリソースを割く必要などない。
時間の無駄でしかない。
「...確かに、それもそうだね。」
俺の言葉を聞いて納得したのか、殺意マシマシだったオーラが和らいだのを感じる。
俺がアゼルの方に体を向けていると...嫌な直感を感じたため、大柄の男達がいる方向に体を向けると____俺の正面するメートル手前に、火球が存在していた。
「っ!?......っと。いきなり人に向けて火球なんかを撃ってくるんじゃねぇよ...。脳みそに寄生虫でも詰まってんのか?」
火球は等速直線運動の軌道を描き、後方数十メートル先にある岩に炸裂していた。
俺はそれを直撃しなかったことに安堵しながら、やつの脳みその出来に驚愕していた。
なんでこんなやつが、こんな危ない魔法を使えるんだよ...。
この世界を創造した神がいるなら...その真意を問いただしてみたいものだ。
大柄の男(A)は、俺に技が直撃しなかったことに苛立ちを見せ、チッ!と強く舌打ちしていた。
「...貴族であるこの俺、シャレル=グロードに向かって...ノミだのゴミだの...覚悟は出来ているんだろうな?ユウ?」
我慢の限界を迎えたのだろう...いや、とっくに迎えているか。
大柄の男(A)が、なんの恐怖も感じない殺意らしき視線をこちらに向けてきながら、新たな火球を手の平に生み出していた。
俺は火球から視線を外さないまま、アゼルに問いかける。
「なぁ、アゼル。あの魔法に対抗する術を俺は持たないのか?」
回避で懐には潜り込もうと思えば行けそうだが、それはここが地球である場合の話しだ。
ここは地球とは違う魔法が存在する世界。
何も知らない今の状態では、受け身に徹するのが正解だ。
だが...勿論それだけではいずれ俺が押し切られることは明白。
だからこそ...俺が持っているであろう、先天的魔法術式とやらを使うべきタイミング...なのではないだろうか?
「ちょっとまってね____あと数分で完了すると......思う。」
アゼルの深紅の瞳が俺を射抜いたあと____猛烈な不快感に襲われ、それを6秒ほど体感したあと、不快感は唐突に消えて、アゼルがそのような事を話した。
何かをしていることは確定であるが...今はそれを話している場合ではない。
「あと数分...か。初めての戦闘は......まぁ、あれくらいの敵で十分だろう。」
長時間なら無理だが、数分程度であれば大柄の男程度の攻撃を捌くのは用意な話しだ。
それさえ凌げれば......俺が負ける筈はない......と思われるが...一つ懸念点があるのが問題だろうか。
「雑魚のくせに構えやがって...俺に勝てると思ってんのかよ。......舐められたもんだな!...お前ら三人は手を出すんじゃねぇ。俺があいつを一人で叩き潰す!」
俺が大柄の男に対して、構えを取ると余裕そうだった表情を崩して、こちらを親の仇の如く鋭く睨んでくる。
さらに邪魔だと言わんばかりに、後方にいる三人を手で払いのけるような仕種をした。
二人は怯えながら後方へと下がり、Bは軽い調子で後方へと下がる。
「わかってるって。それに...あいつ如きに私達が手を出せば過剰すぎるでしょ。死なせちゃ駄目だよー。」
シャレルが負けるということを一切想像していない、あくまでも映画を鑑賞するような感覚に近い。
......完全に舐められているような態度と言葉だが...
まぁ...いいか。別に何かが減るようなことでもないからな。
「ユウ...大丈夫なの?死ぬかも知れないよ?」
親しい仲間が死ぬことを心配するかのような....というよりかは、お気に入りのおもちゃが無くなるような感じに近い心配だろうか?
少し直感でも曖昧にしか感じ取れない表情をアゼルが浮かべている。
俺は先程の衝撃を思い出しながら、言葉を紡ぐ。
「......だな。火球の直撃を喰らえば、死ぬのは確実。だからこそ......アゼルには、俺が死ぬ可能性のある攻撃を直撃しそうになった時だけ、どうにしかしてもらいたい。死なない程度の攻撃では手を出さなくていい。......頼めるか?」
警戒心を一切解くことはせずに、アゼルに頼み事を伝える。
アゼルは俺の言葉を聞いて、少しの間考えたあと
「うん、わかった。初めての戦闘......楽しみに見物させてもらうね。安心して、”死には”させないから。」
まっすぐな視線を俺に向けながら、そう伝えてくれたため、死ぬことはない。そう直感することが出来た。
悪魔......その言葉から思うに、対価などを言われそうであったが、それもなさそうだ。
それについて少し心配していたんだが......前のユウには感謝しないとな。
それも要因の一つになっているだろうしな。
シャレルは意外にも待ってはくれていたが...水蒸気爆発の一歩手前の如く、ストレスが限界を迎えているようにみえる。
「さっさと終わらせろよ。ぶつぶつと......彼女との最後の会話は終わったのか?...安心しろよ、お前を叩き潰したら、そいつを俺のものにしてやるよ。」
そういい終えるやいなや...
汚い舌なめずりをするせいで、悪魔であるアゼルが超巨大ゴキブリを見たかのように絶句していた。
俺にとっては別にどうでもいい話なのだが、一つ訂正するべきことがある。
「勘違いするな。こんなやつを彼女にするわけないだろ、それ以上醜態を晒すな。」
誰がこんな化け物を彼女にするんだ?
どうせ最後の最後で地獄を見るのが目に見えている。
こいつは....多分そういうやつだ。
...多分な。
「ユウ...結構辛辣...。」
アゼルが好きな人に降られた人間と似たような仕種と表情をして、悲しい気持ちを表しているが...
実際は、あまり悲しくないんだろうな。
直感ではあるがそう思ってしまう。
......地球という場所で得た悪魔というレッテルが残っているのが原因だろうな...。
考えるのをやめて、全神経をシャレルへと向ける。
水蒸気爆発直前だったシャレルは....意外にも爆発する臨界点を超越して、逆に冷静になっていた。
「覚悟しろよ、ユウ。泣いても、俺は絶対に攻撃をやめねぇぞ。地獄ってやつを教えてやるよ。」
こいつと対面して初めて......”怖いな”。そう思ってしまう自分がいた。
魔法なのか、はたまたそれ以外の何かなのか...それを知る必要もあるな。
「それはこっちのセリフだな、シャレル。あいつの痛みと絶望を倍にして返してやるよ。.....処刑する。」
有象無象だったやつは、一線を越えた。
死ぬ可能性が十分にあった技を、俺に使ったのだ。
ただ穏便に済ませていれば、やつが死ぬようなこともなかった。
やつは不条理という存在に、自ら駆け上がった。
やはり......クソはクソにしか至れない。
俺は、地球での経験とこちらの世界でのシャレルとの対面を通して、
そのような結論に達してしまった。
*
大気を切り裂き、俺は高速でシャレルの元へ向かう。
冷気により耳や指先が痛いものの、銃弾を脇腹に受けた時に比べれば遥かにマシな痛みだ。
まずは、シャレルの動きを観察しつつ、この体に慣れていくことにしよう。
「ちっ!ちょこまかと動くんじゃねよぉ!」
シャレルの動きは、ただ大きな体格だけを使った大振りであるため全く怖さを感じない。
『修羅』のような力を利用したような技術も一切ない。
やつの大振りを躱し、懐に潜り込むと同時に脇腹に拳を叩き込む。
「グッ!?...舐めんじゃねぇ!!」
直撃した直前は痛がったものの、すぐに攻撃に移してくる。
右足を使い、俺の顎めがけて蹴りを放とうとしてきたため、当たるギリギリでそれを躱す。
しかし......僅かにこの体に慣れていなかったのか、靴の先端部分が、鼻を掠めた。
俺は距離を取りながら、先程感じた違和感を探る。
「もっと痛がると思っていたんだが......魔法による影響か?」
シャレルの体格は確かに大柄ではあるが...肉体がものを言わない世界だからこそだろう。
地球の基準で当てはめれば、まだまだ大柄であるとは言えない...かも知れない。
だからこそ、魔法を使って痛みを軽減したり、防御したりしている可能性がある。
アゼルが言うには、魔法で出来ないことはないらしいからな。
俺が地球で得た経験。
それがこの世界では通用しないことの方が遥かに多い。
それを改めて実感させてもらった。
「ったく...全く”魔力を使っている”気配もないくせして......一体どんな魔法なんだ...?」
怒りに任せて突撃してくると思っていたが、やつは冷静に何やら分析しているご様子だった。
俺は、困惑しているシャレルに対してすぐにツッコミをいれる。
「魔法なんて使っていない。そもそも...魔力とやらも魔法とやらも俺は知らないからな。」
俺はつい先程、この世界に生まれた赤子のようなものだしな...。
それらについて知っている筈もないし、使えるわけもない。
ただ知識としてそのようなものが存在するということだけを知っているにすぎない。
「魔力も...魔法についても知らないだと?......今度は、記憶喪失にでもなったのかよ、ユウ?」
俺が嘘をついているように感じなかったのだろう。
やつは心底驚いたような表情を浮かべている。
俺はやつの言葉に淡々と返答をする。
「記憶喪失じゃない。ただ本当に知らないだけの話だ。だからこそ、そんやつに魔力やら魔法やらを使うのか?...プライドがあったもんじゃないな。貴族としての地位も落ちたものだな。」
シャレルの怒りをさらに増幅させるような言葉をぶつける。
こういうタイプの人間は、馬鹿にされることがなによりも怒りになると知っている。
それも、相手の地位がその人間にとって低ければ低いと思えるほどに効果は増していく。
「てめぇ......!素直に聞いてやってりゃぁ馬鹿にしやがってよぉ...!『倍加』+『火炎球』!!」
やつが大気を裂くように大声でそう宣言すると____一つだけであった炎の球体が二つに増加し、俺に向かって高速で飛来してくる。
火球の衝撃波を受けた俺は、回避したその場から数メートル吹き飛ばされる。
「っ!??....ぐっ....いてぇな......」
一つは回避出来たものの、もう一つは地面に叩きつけるように放たれていため、余波の熱と衝撃波によってかなりの傷を全身に負ってしまった。
「まさか...本当に魔力についても忘れたのかよ。...そうなんだったら...例え肉体の技術があろうが関係ねぇな!!!」
そう叫ぶと同時に、巨体からは想像も出来ないほどの速度で俺の間合いに侵入してくる。
「ちっ!...面倒くさいな...」
シャレルに技術はないものの、力だけは無駄に存在している。
威力、速度も回避反応の限界に近く気を抜けば即死の状態だった。
俺は、一切気を抜かずやつの動きだけに全神経を集中させて、ダメージを最小限に受け流し、捌いていたのだが...
「ぐっ!???」
体の脇腹に出来ていた痣に、突然激痛が走ったため、やつの拳を受け流すことに失敗してしまい、右腕で頭のガードは間に合ったものの一撃で再起不能なほどに右手が破壊されてしまった。
「ユウ...大丈夫?腕の骨折くらいなら僕治せるよ?」
アゼルが俺の隣にトコトコと歩いてきて、手に緑色の淡い光を宿しながらそのような喋った。
....手の光...多分、それをかざせば骨折を治すという神業を出来るんだろうか?
アゼルならそんなことをしてしまうと、俺は直感した。
「大丈夫だ。言っただろ?俺が頼んだのは、俺が死ぬ可能性のある攻撃が直撃しそうになった時だけだ。骨折くらい問題はない。」
俺はアゼルの手助けを否定する。
もしそれに頼ってしまえば、今後このような時があった時も回復に頼ってしまうのは明白。
頼む時は本当に緊急時の時だけでいい。
それが将来、俺を強くしてくれる要因の一つになる。
アゼルは何か言いたげな雰囲気を醸し出しながらも
「そういうことなら...わかったよ。......」
しぶしぶ、そう折れてくれた。
流石は悪魔だな。
話が早い。
こんな時にゴタゴタと話している暇はないからな。
俺はやつと再び視線を合わせて、構えを取る。
右手を出すような構えを先程はしていたが、右手が再起不能になってしまった以上、左手を前に出す構えに変更せざるを得なかった。
「右腕が破壊されたにも関わらず諦めないのかよ。...まぁいい。舐められた分のツケを倍にして返してやりてぇからな。...勝手に死ぬんじゃねぇぞ。」
そして____地獄の時間が始まることになる。
*
シャレルと俺の戦闘は...意外にも数分程で終わりの兆候が見えて来ていた。
「____はぁはぁ....流石にこの体じゃあ...無理だな...。」
シャレルに首元を掴まれながら、俺は呼吸をするだけで精一杯だった。
あれから2分ほどしか経過していないものの...俺の体はあまりにもひどくボロボロだった。
もし首元を離されたとしても、立つことすら困難な程。
体の全身から凄まじいほどの痛みが走り、生きている状態をキープするだけでも俺にとって精一杯の状況。
生殺与奪が完全に握られたような状態だった。
「まさか...本当に魔力の使い方すらも忘れるとはな......。くだらねぇな。...サンドバックの代わりに出来ねぇじゃねかよ。」
俺とは対極的に、シャレルはまだまだ余裕が残っている状況。
もはや、誰の目から見ても俺の敗北は明らかだった。
_____________
召喚された矢先に......こんなにもボロボロな状態にされるとはな......人生とは、やはり不条理そのものだ。
どこの世界であろうとも、何一つとして平等じゃない。
ユウの記憶を通して、体験した”この世界での15年”。
その記憶は、俺の不条理に対する怒りのさらなる燃料となった。
......『努力してこなかったから』。
殆どの人間がその言い訳ばかりをして、俺達弱者を見捨てた。
......そんな言い訳は、ただ現実に蓋しているだけだ。
そもそもの話し、”努力しなければ、強くはなれない”。
この結論に達するまでに、どれだけの経験と環境が必要だと思っている...!
改めて言ってやる、世界は不条理だ。何一つとして平等じゃない。
人は一人で生きているわけじゃない。
大勢の影響を受けて、漸く一人前に成れる。
個人の努力だけで変えられる未来など、ごく僅かなものでしかない。
そんなことも知らずに...ただ欲望のままに生きている人間が嫌いだ。
才能や環境に恵まれ...ただ日々を惰性に過ごしている人間が嫌いだ。
俺がここに来るまでに...どれだけの苦痛と絶望に耐えたと思っている...!!!
こんなところで......終われない
俺は誓った
世界の不条理を破壊すると。
仲間に、そして、俺に自身に。
......よこせ。
俺にもっと力を......世界の不条理を破壊するほどの力を......!!!!!
俺は、心の中でそう叫んだ。
わざわざ声に出す必要なんてない。
心の中だけでもいい。
その叫びが、俺の体を、心を、奮い立たせてくれる。
『___ふふ、二つの世界を通して...あなたの正義は真に確立されましたね。あなたがこの世界に与える影響...ふふ、とても楽しみにしていますね。”これは”もうあなたのものです。...存分にその力を振るい、あなたの正義を私に教えてくださいね。私はずっと...あなたを見ていますよ、ユウ。』
「っ!?......誰だ...?」
俺がそう心の中で強く叫んだ直後、脳内に直接語りかけてくるように、あまりにも広大無辺の美しさを宿した声が聞こえてきた。
困惑した果てに、
俺は無意識に夜空に浮かぶ満月へと、視線を向けていた。
一瞬ではあるが____俺の違和感を消し去るように、俺が視線を満月に合わせた瞬間、その神々しい光をいつもの数倍輝かせてくれたように感じた。
そして....それと同時に全身から、とてつもないほどのエネルギーが湧いてくるのを俺は感じた。
「っ!???なんだ!?、何をしやがった!?」
シャレルは突然俺の首元から手を離して、やつが無意識に取っている間合いの3倍程離れた。
突然すぎる俺の状態に、アゼルもシャレルの取り巻き達が驚いたような表情をしていて、その光景に目を奪われていた。
「これが...魔力...?...魔法...?...なのか?」
俺は体の奥底から溢れ出るエネルギーに唖然としながらも、冷静に分析をはじめる。
......肉体は以前とは比べ物にならないほど遥かに軽く、痛みも和らいでるのを感じる。
「これがユウの....『月の支配者』...僕の想像以上の力......」
驚きながらも、アゼルは冷静に今の俺を分析していた。
俺はそれをチラッと見ながらも、自分の体に意識を向ける。
「何が起きているのかは不明だが......どうやらまだ戦えるのは確かだな。」
手をグパーグパーさせてみたり、足を上げてみたりの動作をして自分の体の変化を確認していく。
そして......距離を空けたシャレルの方へと視線を向ける。
「なぜだ......お前には先天的魔法術式はなかったはずだ!......後天的魔法術式にもそんな魔法はない......ずっと...隠してやがったのかよ!」
シャレルは俺の状態に身を震わせながら、精神が折れないように俺に言い聞かせると同時に、自分にも強くそう言い聞かせていた。
そうしなければ...自分を保てないんだろうな。
俺はそれを直感したからこそ、主導権を奪い返していくターンに入る。
「先程の威勢は...どうやら飛んだらしいな。...くだらない、傲慢になるからこそそうなるんだ。なぜ学ばないのか...俺には全く理解できないな。」
貴族...やつのその言葉は嘘ではないだろう。
後方にいるわなわなと怯えている三人と比較しても豪華な服であることは確実。
如何にも貴族が羽織っていそうな、豪華絢爛な装飾が服には施されている。
「まぁ、いいか。どうせ今から死ぬんだしな。」
俺は、処刑前に気軽にストレッチをする。
「なぁ、アゼル。これが...俺の『月の支配者』の能力なのか?」
アゼルは俺には『月の支配者』という先天的魔法術式が刻まれていることを教えてくれた。
後天的魔法術式は経験によって得られるとアゼルは言っていた。
ならば...今湧き出ているこのエネルギーは、『月の支配者』であると推測出来るだろう。
「えっ?...う、うん。『月の支配者』の......常時発動型の権能『|月天の摂理』...の能力だね。”夜の間”常時肉体能力と魔力抵抗力を超向上させる能力......だって。『万象解読』で解析したら、そんな結果が出たよ。」
アゼルの深紅の瞳に見つめられたあと、
再び不快感を数秒感じたものの...すぐにその感覚は引いていき、いつもの調子に戻った。
どうやら......この感覚はアゼルによって俺の何かが解析されている時に感じる感覚のようだ。
俺はアゼルの言葉を聞いて、魔法術式の可能性を思考する。
「単純なものではあるが......かなりいい能力だな。」
肉体能力は言わずもがな。
強ければ強いほどいい。
そして...”魔力抵抗力”という言葉。......言葉から推測するに魔力に対する抵抗の強さだろうが...
権能...アゼルは魔法と権能という言葉を使い分けているように感じる。意図的なものであると推測するならば...この魔力抵抗力が強ければ強いほど、魔法と...権能から受けるダメージ...を軽減してくれたするのだろうか?
例えば...シャレルの『火炎球』の威力を下げるとかだろうか?
......結論を出せそうにないな...。これについては、あとでアゼルに聞けばいいだろう。
そう結論を下すと同時に、アゼルがさらに言葉を紡ぎ出した。
「でも......どうやら『月天の摂理』だけが権能じゃない見たい...。普通...多くても5個〜6個程度なんだけど...『月の支配者』は九つの権能を持つみたいだね。」
と『月の支配者』に関する、新しい情報を開示してきた。
俺は、その言葉を聞いて再度思考に耽ける。
「九つ......か。『月天の摂理』だけでも十分強いと思ったんだが......さらに八つの権能があるのか。これから......楽しみだな。」
俺の『月の支配者』は......この世界でもかなり強力な性能を誇りそうだ。
この力があれば...世界の不条理を容易に叩き潰して行けるだろうが......慢心する気は一ミリもない。
......『修羅』、お前は最後に、俺に最高のプレゼントを用意してくれたようだ。
お前に殺されたことで、俺はさらに強くなったぞ、『修羅』。
俺はそんなことを考えながら、目の前の敵に集中することにした。
「さて...死ぬ覚悟は出来たか?シャレル?」
まだ『月の支配者』について理解を深められていないものの、この状態であれば、やつに遅れを取るようなことはないだろう。
やつの動きのクセは完全に見抜いている、まだまだ問題がありそうだが......強力な手札をいくつも持っているようにも感じない。
せいぜい一つか二つほどだろう。
「どうせ...魔法によるハッタリだ!......お前が俺に勝てるなんざ、ありえねぇんだよ!!」
やつが雄叫びを上げながら、構えらしきものを取るが......自分の理性を強引に曲げているようにしか俺には感じなかった。
「ハッタリ......か。...そこまで愚かだとはな。まぁいい。数分も経過していればいかに自分が愚かな存在であるのかを、理解していることだろう。」
*
満月の下、俺はシャレルと戦いという名の、実験をしている最中だ。
「どうした?その程度の実力なのか?先程までの余裕はどこに行ったんだろうな?」
やつの大振りと火球を”わざと”ギリギリで回避し、やつの余裕を崩していく。
当たりそうで当たらない。
その現実がやつの余裕を無くしていく。
「ちぃっ!だが、てめぇもただ回避しているだけだろうが!そんなんじゃ、いつまで経っても変わらねぇよ!」
やつが我武者羅に攻撃してくるが、全く恐怖を感じない。
威力と速度はあるものの、軌道がわかりやすく、もはやどうすれば攻撃が直撃するのかわからないくらいだ。
「ただ回避しているだけ...ね。」
一つだけやつに文句を言ってやりたい。
こっちは、この世界に来てから初めての戦闘なんだぞ?
そんな簡単に間合いを詰められるわけないだろ。
お前が持っている手札を全て明かしてもらえるまではな。
それだけじゃない。
俺がやっていることは、『月の支配者』が他にどのような権能を持つのかを知りたいことだ。
己を知ること。それはとても大事なこと。
それを疎かにしては、強くなるなど不可能。
だからこそ......
先程から、色々とやってみてはいるものの、特に反応が湧き出るようなことがないため、多少困惑しているのはここだけの秘密だ。
「お前も...『火炎球』ばかりでつまらないな。貴族の名が廃れるんじゃないか?」
自分のことはこれ以上どうにも出来なそうなので、俺はやつが持つ手札を炙り出すことにした。
「...だったら...見せてやるよ!『倍加』+『炎天球』...『混合する炎天』!」
『火炎球』を生み出すと同時に、今度は二つを合わせ圧倒的な熱量を内包した火球がこちらに向かって飛んできた。
直撃すれば死ぬ。
死の気配を感じた俺は、”無意識に”火球に向けるように手を翳した。
何か出来るわけじゃないことは知っている筈だ。
だが...まるで”何か出来る”と思い込んだかのように自然とそうしていた。
「あれは...『月天の輝塵』の光...!?...まずい、『因果の転移』!」
アゼルの焦るような声が聞こえた直後_____世界は白い光に包まれることになった。
*
漆黒世界の沈黙を破るように、シャレルの声が空間を裂くように聞こえてくる。
「馬鹿な...『混合する炎天』を相殺された...だと!?」
白い光が散逸し、無傷である俺の姿をシャレルが認識すると同時に、今までにないほどの声量で驚きを見せた。
絶対に俺を屠ることが出来ると確信していたからこそ、その現実はシャレルに絶望という二文字を与えることになってしまった。
「アゼル......今、俺は何かしたのか?」
そして、やつ以上に驚いているのは俺だ。
やつが先程放った技は、数千度を超えた火力を有していた。
しかし...なぜかそれを防げている現実がある。
「......うん。さっきユウがやったのは...ユウにとって攻撃の要になる『月天の輝塵』だね。1gでTNT換算6tのエネルギーを持つ、粒子を生成する能力だね。......でも、本当にさっきは危なかったね。僕が『因果の転移』で威力を下げていなかったら、ここら一帯の数百メートル以上が吹き飛んでいたよ?」
首を少し傾け、上目遣いで可愛くそう話すアゼルだが...話している内容は全くと言っていいほど可愛くない。
「数百メートル以上が吹き飛ぶ?そんなに危ないことをしたのか、俺は?」
白い光が漆黒の世界を照らす直前、
俺の手の平から小さな淡い蒼白い光を放った粒子が放たれたのを俺は認識していた。
アゼルが放った言葉をもう一度繰り返すが......1gでTNT換算6t。
物理を勉強している人間であればあるほど、絶望する数値だろう。
だが...数百メートル一帯が吹き飛ぶような威力になるのか?
計算しても...それほどの威力はないはずだが...。
俺が疑問そうにしていると、タイミングよくアゼルが新しい情報を開示してくれた。
「ユウの疑問を解消するね。『月の支配者』は、夜だからこそその強さを発揮できる魔法術式なの。それを担っているのが...”月の満ち欠けによる、魔法と権能出力の増加”だね。今夜は満月でしょ?...夜かつ満月の下にいると...ユウの出力に補正がかかって、666倍になるからね。だから...1gで約4キロトンくらいの威力にまで膨れ上がるね。」
1gで4キロトンか...もはや意味不明すぎる力なのは言うまでもない。
そして...出力の666という数字。
”悪魔”であるアゼルに召喚されたからこそ...この数字になったのだろうか...?
関係がないとは思えないな......。
このまま少し思考に耽りたいものの、今はそれを行うタイミングではないな。
「___月の満ち欠けによる...魔法と権能出力の増加...か。それも『月の支配者』の権能の一部なんだな。」
俺は自分の術式にさらに強い感心を寄せる。
『月の支配者』を使えば...”世界から不条理を無くせる”からだ。
「権能...とは少し違うかも。術式そのものに組み込まれている能力と言った方が正しい......?...僕にもイマイチよくわからないな......。でも...一つ確かなことは、ユウは自分の意志でその影響を無効化出来ないし、逆もしかりで誰もユウのその能力を封じれない。権能でも魔法でもない特殊な力。......凄く特殊な魔法術式だね、『月の支配者』は...。」
アゼルの言葉を聞いて、俺は自分なりに『月の支配者』整理していく。
「なるほどな...その力も『月天の摂理』に近いものを感じるな。」
違いと言えば、月の満ち欠けによって左右されるのと、補正がかかるバブに違いがあるだけだな。
俺は、思考を一旦やめる。
先程の感覚を思い出しながら、粒子を生み出すイメージを行う。
「......よし、生成出来たな。これに...4キロトンのエネルギーか。こんなに淡い光の粒子でしかないんだがな。」
光の粒子は、俺の思った通りに動いてくれる。
人指し指を右に移動させると、粒子も右に動き。
左に移動させてもその通りに粒子は動いてくれる。
なんだか...可愛いな、これ。
動かしていると、意外と癖になる。
次は、その粒子を消すイメージを行ってみる。
「......よし、消すことも可能なようだな。....面白いものではあるが、難点は威力が強すぎることだな...。」
満月の下で放たなくても、威力は1gでTNT換算6tだ。
人間に向けて放つような代物ではないことは明白だろう。
「まだ戦うか?シャレル?」
俺はズボンのポケットに手を入れながら、体をブルブルと震えさせている、シャレルに対してそう問いかける。
もはや貴族としての威厳など微塵も感じず、生まれたての子鹿にしか見えない。
......奈良公園のシカ...可愛かったな...。
そんな余裕を抱く俺とは対称的に、シャレルは一人現実逃避をしていた。
「俺が......俺が...お前に負けるなんざ、ありえねぇんだよ!!!」
気が狂ったのか知らないが、やつは自分の体の恐怖を誤魔化すように突撃をしてきた。
もはや防御するという考えを一切持っていない。
ただ、殺意の衝動のままに動いているだけだった。
「そうか______残念だ。」
俺はただ心の内に虚しさだけを秘めながら、
やつの心臓を、右手で貫いた。
やつが我武者羅に力んでいた力を利用させてもらうことで、豆腐のように簡単に右手でやつの心臓を貫けた。
「がっ......ゴボッ..._____」
生暖かい感触が右手を通して伝わってくる。
俺はそれを感じながら、強引にシャレルの心臓から右手を引き抜く。
シャレルの瞳から光が消え、重力に従うようにその身は地面と叩きつけられた。
「____っ!?、シャレル!シャレルー!」
遠くで見守っていた金髪の女が、人間だったそれに寄り添い、声をかけていた。
「もうそいつは死んでいる。無駄なことをするな。エネルギーの無駄遣いだ。」
戦闘を終えて静かに満月を眺めていたかったのに、邪魔をされたため女に対して、そのように強い言葉を喋ってしまう。
そいつは、こちらをキッと睨んだあと____悲しそうな表情を浮かべ始めた。
「別に...殺す必要はなかったでしょ!?どうして...どうして!____っ!???」
なぜか喚いているそいつがうるさかったため、俺は首元を掴み、視線を強引に合わせた。
「お前たちが被害者ヅラをするな。今まで俺達弱者に対してやってきた行いを、忘れたのか?お前に喚かれても、俺の心は何一つとして動かされない。」
ユウの記憶....前の人格のやつだな。
の記憶を、なぜか自分のことのように思い出すことが出来る。
”憑依”転生という言葉通り、俺は、前の人格のユウの記憶と俺自身の記憶の二つの記憶を持っている。
前のユウが受けた物理的な痛み、精神的な痛み。
その全てを俺は鮮明に受け継いでいる。
前のユウが受けた痛みは絶大なものだった。
話すだけでも、吐き気がしてくる人間もいる程に。
だからこそ、疑問が湧いてくる。
なぜ、そんな状況であったにも関わらず、やつは一切の反逆をしなかったのだろうか?
そんな疑問が。
女が喚いていることよりも、シャレルが死んだことよりも、
ただ、その理由だけを知りたい。
俺はそんな思考だった。




