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18話「似た者同士」


夕食の時間。

一般的には家族揃って食べる、一人暮らしならテレビでも見ながらのんびり食べる、などが普通だろうか。

それについては見たことがないし、聞いたことも(ほとん)どないため、どのような事実なのかはよくわからない。


それくらい閉鎖的な環境に、俺が身をおいていたという裏付けでもあるのだろうか。

どこか張り詰めたような空気が常に家の中には存在していて、こっちの世界の家のように穏やかな雰囲気、楽しい雰囲気などは一ミリも入る余地がなかった。


「お兄ちゃん、はい、あーーん......」

妹......であるカグヤが、今日の夕飯の料理の一つであるハンバーグを一口大に切り分けてから、俺の口元付近まで持ってきてくれた。相変わらずカグヤが普段使いする箸だし......間接キスの概念はどこにあるんだろうか。


「.........」

俺はハンバーグを少しの間見つめたあと、それを食べた。

こっちの世界に来てから初めてのお肉のため、いつもより丁寧に味わうことにする。

口全体を使いながら咀嚼(そしゃく)し、味と食感を確かめる。

1910年代頃だと.....地球で言えば、牛肉食が浸透(しんとう)し始めた当たりだったはず。

そのため、冷凍技術などが当時では追いついておらず、鮮度を保つのが難しいものであったため、独特の獣臭が強く、濃い味付けをするのが一般的だったな。


「お兄ちゃん、どう?美味しいかな?」

俺がハンバーグを飲み込んだのを見計(みはか)らい、カグヤがそう聞いてきた。

心配そうにしていないのは、自分が作ったものではないこと(カグヤは勉強をしていたため)、母さんの料理が美味しいと理解していること、などが要因だろうか?自身の手料理であれば、心配そうな目でこちらを見てくるのが、手に取るように想像出来る。


「......めちゃくちゃ美味しい。母さんの料理が単純に美味しいのもあるが、カグヤに食べさせてもらった分も重なってあるしな、いつもの数十倍は美味しく感じる。」

若干繕いすぎな部分があるものの、9割は本当だ。ずっとピリピリとした環境だったからこそ純粋にそう感じている。

ミリアさんこと母さんの手料理は本当に美味い。

シルヴァさんこと父さんが取ってきた野菜達も、味や食感では地球には劣るものの、普通に美味しい部類には入る。調理も具材も1910年代とは思えないほどにレベルが高いのが、この家の特徴だろうか。


「ふふ、お母さんの料理5割、私の愛情が100割かな?!えへへ///。お兄ちゃんにそう言ってもらえると本当に嬉しいなぁ。」

ユウと少し間離れ離れになったことで、カグヤも日常のありがたみを感じているのだろう。その表情はどこか満たされているように感じる。


「それは......限界突破しすぎなんじゃないか?それだと母さんの料理が(かす)んでしまうと俺は思うぞ。」

単純計算でカグヤの愛情は、母さんの料理の20倍強いことになる。

ポジティブに捉えればそれくらい愛情があるということだが、ネガティブに捉えれば母さんの料理はあまり美味しくないように感じてしまう。


と、考えたものの、それは不要なことだった。

「大丈夫!それくらい、私はお兄ちゃんが大好きってことだもん。えへへ///」

と、俺からすれば聞いていて、とても恥ずかしくなるような言葉を、カグヤは躊躇(ちゅうちょ)なく喋った。

人によれば世辞(せじ)のにしか聞こえないかも知れないが、相手は純真無垢(じゅんしんむく)なカグヤだ。

その言葉に嘘が一切ないのを俺は理解している。


「兄を大好きになるのを俺は否定しないが......そんな調子で将来、彼氏は出来るのか?結婚は出来るのか?」

あまりにもカグヤの愛情が俺に向きすぎているため、そこが心配になってくる。


カグヤはうーんと唸り、視線を天井へと向けた。

「結婚かぁ......お兄ちゃんに言われるまで、考えたこともなかったなぁ......。告白されたことは何度もあるんだけど......全部断ってはいるね。私には他の男子よりも、お兄ちゃんの方が数十倍以上美化されて見えているから、興味は全く湧いてこないね!!」

と超絶可愛い笑顔を見せてくれるものの、人によるだろうが、毒物でしかない。


「その言葉を聞けば、告白した男子達が全員泣くぞ......。」

いや......最悪の場合、その矛先(ほこさき)が俺の方に向いてくる可能性まである。

ユウのいじめの理由、一部ではあろうが嫉妬が理由のものもあったんじゃないんだろうか?それくらいカグヤという女の子は、男子からすれば高嶺の花に見えるし、感じるだろう。


「悪いことをしているなぁ、って思うんだけど......でも、無理に付き合ったとしても絶対に長続きしないし......それに、恋人の関係になるのは互いに好きになることが重要だと私は思うの。」


「......だな。互いが互いを補い合う関係だからこそ、様々な苦難を乗り越えていけるんだと俺も思う。」

実際には好きという感情がどういうものなのかを、俺は知らないため推測でしかないがそう返答する。


「うん......本当に辛い思いをさせているんだろうなぁ...って思うんだけど、好きって感情を抱かないから......肯定はどうしても出来ないんだよね。」

カグヤは視線を正面に移動させた。今、カグヤの脳内では告白された時の記憶が鮮明に呼び起こされているんだろう。


「___まぁ、それについては仕方ないな、カグヤが悪いわけじゃない。それに、正直に言えばカグヤに彼氏がいるのは想像したくない。」

あいつならこんなことを絶対に言わないだろうが、俺はユウであり游だ。

普通にカグヤのことを一人の女の子として認識しているからこそ、そのような思いが湧いてくるんだろうな。


カグヤは正面へと向けていた視線を、こちらへと向けてくる。

「もしかしてお兄ちゃん......私のことが好きとか?!、結婚したいとか!?......ちょっと恥ずかしけど......お兄ちゃんなら......いいよ♡///。私はお兄ちゃんのことが大好きだからね!」

と、世界に存在する兄達から嫉妬の槍が飛んできそうなセリフを俺はもらった。

先程のラッキースケベの展開もあったばかりのため、夜歩いている時に、後ろからナイフを刺されてしまいそうなくらいの幸運だ。


「それはそれで悪くないかも知れないが......」

俺はチラッと視線を左に向けてみる。

そこには俺とカグヤの会話を見守ってくれているアゼルがいるのだが......結婚という単語を聞いた瞬間に、『そんなこと、絶対に許さないからね?』的な強い強い視線を感じた。口元は笑っているが、目は全くと言っていいほど笑っていない。なので......無難(ぶなん)に答えることにする。


「やはり家族同士だしな。たとえカグヤに彼氏が出来たとしても、俺の妹である事実には変わりない。愛情が消えるわけでもない。それに......世界は広い。俺なんかよりも数倍、カグヤには相応(ふさわ)しい男がこの世界には山程いるだろうしな。」

言っていて悲しくなってくるが、これは事実だ。俺よりも強いやつ、勉強できるやつなんて世界にはゴロゴロといる。


「ぶぅぅぅぅ......私なら大歓迎なんだけどなぁ......」

カグヤは不満を漏らしたあと、サラダを一口分箸で取り、口へと運んだ。


「ユウにはもう、僕という最高の相棒であり、()()()()がいるもんね。......いつ結婚式をあげるの?ユウのためなら因果律を操作して、小国の国家予算くらいなら僕は貯めるよ?」

と、あまりにも展開が先を行き過ぎている言葉を、キッシュを食べながら話される。さも当然かのように言うのは、いかにもアゼルらしいな......。


「いや、俺は絶っっっっ対にアゼルとは結婚しない。未来永劫どんなことがあってもな。」

アゼルと結婚しても、いい未来が想像出来ないからだ。それに...絶対に束縛とかしてくるタイプだろ、アゼルは。


「なんでよー、カグヤに対しては悪くないかも...とか言ってたくせにー......」

アゼルがジト目でこちらを睨んでくる。頬を食べ物を詰め込んだリスのように膨らませていて愛くるしい。やはりアゼルは結婚相手というよりも、家に一緒に暮らす小動物くらいのポジションが丁度いい。


「ふふ、現状だと私の方が一步リードしているね!!アゼルちゃんには悪いけど、お兄ちゃんだけは絶対に渡せないよ。」

俺の言葉を聞いたカグヤが自信を持ったのか、アゼルに喧嘩を売るような言葉を喋った。


「へぇ......それは僕に対する挑戦状として、受け取ってもいいのかな?僕は悪魔だよ?....狙った獲物は、絶対に逃さないからね。」

と『皇帝(アーク)』としてのプライドに火が付いたのだろうか...。

俺を挟みながら蒼い火花を二人は撒き散らしている。


「ちょっとだけ......縁側にでも行くか。」

二人がバチバチと火花を散らしていて今にも喧嘩(と言ってもワチャワチャとするだけだが......)が起きそうだったため、逃げることを俺は選択した。逃げるという選択肢はダサくない。それも一つの大事な選択肢の一つだ。



_____今回の夕飯は、俺が久しぶりに帰ってきたということもあり、大変豪勢な料理かつ、人数も多いため(高天原(こうてんげん)天逆沙嘘(あまのさこ)九尾(きゅうび)八岐之大蛇(やまたのおろち)四神(しじん)達もいるからだ。)、台所の側にあるテーブルで食べるのではなく、リビングに存在する位置で言うとテーブルの南側か。

に存在している大きな畳の上で食べている。


相変わらず、八岐之大蛇と青龍(せいりゅう)が今度は食べ物に関して、どちらが食べるのかで争いをしていたりして、この家には静かな時というのがないんだなぁ......と、いい意味で思ったりもした。


「____うん?」

縁側へと移動すると、ポツンと体育座りをしている女の子が一人居座(いすわ)っていた。

灰色のボサボサとした長髪、目の下には大きなクマが出来ていて、初めて抱いた印象は不健康・不清潔というものだった。


「隣......座るぞ。」

少し座りづらかったものの、アゼルとカグヤの所にいるよりもマシなので、怖気づくようなことは一切なかった。


「.........」

女の子はチラッと一度だけ、こちらを視界に収めたが、全く興味がないのかすぐに視線を正面へと戻した。

今日は、叢雲に隠れていて月が見えない日だ。風はあまり吹いていないものの、日本と比べると寒い夜だ。

少し前にいた環境とは打って変わり、縁側はとても静かな空間だった。

後方から喧騒(けんそう)は聞こえてくるものの、ラジオ感覚に近い。

楽しく賑やかな環境も好きではあるが、俺の(しょう)にはこちら側のように、静寂かつ人が少ない環境の方が合っている。


「皆と一緒に...夕飯を食べないのか?」

彼女の方に向きながら、そう問うてみる。

縁側に居ても妖怪たちが何もしに来ないのは、この女の子もカグヤの妖怪の友達だからだろう。漂う雰囲気も人間や魔物ではなく、妖怪の雰囲気特有の”そこにいるようでいないような曖昧な感覚”だしな。


彼女は視線を少しだけ上げた。

「......私があそこに居ても......雰囲気を壊すだけですから......」

俺とは視線を合わせようとはせず、ただまっすぐと前を向きながら話した。

言葉のトーンからは、本当にそう思っているのが伝わってくる。

漂う雰囲気はカグヤとはあまりにも違う、ドス黒い、どんよりとしたものだ。

だが......不思議と隣に居ても違和感がない。

それどころか、故郷のような懐かしささえ感じる。


「......ネガティブすぎるな。......可愛いのに勿体ないと思うぞ。」

髪の毛がボサボサ、目の下には大きなクマ、猫背のような姿勢は、可愛いという言葉からは程遠いが、それでも十分に魅力的な部類に入ると思う。

清潔さに気を使えば、アゼルといい勝負をしそうな程だろうか。


悪意は一切なく、本当にただそう思ったのだが、彼女には別のように聞こえたらしい。

「......可愛い、可愛いって......女誑(おんなたら)しですか......?......気持ち悪いので、死んでください.....。」

左目でこちらを見ながら、淡々とした口調で恐ろしいことを言ってくる。


「酷いな......俺じゃなかったら心がかなり傷つくぞ......。まぁ、可愛いという単語を言い過ぎていたのは確かにあるな。じゃあ......えぇっと......お前は全然可愛(かわい)くないぞ。女子なのに魅力ゼロだ。カグヤの方が100倍可愛い。」

女誑しと言われるのはもう御免(ごめん)なので、変わりに(?)罵倒することにした。


「......なんでそうなるんですか......あなたの方こそ酷いんじゃないですか?......」

感情の機微が(ほとん)ど見えなかった彼女が、誰の目から見てもわかるほどに悲しんでいた。(わず)かに涙目にもなっているし......いや、死んでくださいって言ったのを俺は忘れていないからな?


「...よくわからないやつだな。褒めれば罵倒され、罵倒すれば悲しんで。......何を求めているのかさっぱりわからない。......あまり相手に対して理想を抱き過ぎないほうがいいぞ。お前の理想通りに動いてくれる人間なんて、カグヤくらいしかいないだろ。」

あまりにも非合理的すぎるため、どうしようか判断に迷った挙げ句、そう喋ることにした。これも一種の経験。こいつからすれば(つら)いだろうが......俺が悪いわけではないしな。


「......うるさいです......そんなことくらいわかってますよ......」

声に多少であるが、怒気を含ませていて、俺に対して不満を抱いているのがわかる。抱きかかえていた両腕に力を込めていて、自分の領域にこれ以上踏み込むなという無意識の顕れも観察出来た。


そして_____この会話を()に長い沈黙の時間が始まった。


彼女は一言も声に出さずに、ただ自分の腕の中に(くる)まっていて、自分以外の全てを拒絶しているようにも見えた。

俺はそんな彼女を見ても、離れるようなことはせずに、ただ静かに隣に居座り続けた。

一緒に居たいと思うような相手じゃない。

だが......不思議と隣に居ても違和感がないのも確か。

離れたください、とは一切言われていないため問題はないだろう。


「________どうして......私から離れないんですか...?」


高天原も毎日このように黄昏(たそがれ)ているのだろうか...なんて考えていると、彼女から声がかかった。

先程含んでいた怒気は消えていて、どこか悲しそうな、嬉しそうな、なんとも言えない声の調子だった。


「......隣にお前が居ても違和感がないからだな。なんなら......どこか安心している節まである。」

座っていた姿勢を少しだけ楽にしたあと、取り繕うようなことは一切せずに本音を伝えた。


「安心......ですか?私に......?」

両腕に込めていた力を弱めて、初めてこちらに興味を持ってくれたようだ。

半分しか見えなかった彼女の表情の全貌を、(ようや)く確認出来た。


「あぁ。多分......どこか似たようなものを、お前から感じたからだろうな。」

『修羅』と出会ってからは、自己を出すことが増えたような気がするが、それ以前はただ勉強と技術取得の繰り返しの毎日であり、自己というものがあったのかさえ不明だった。

その時の自分と彼女が似ているように感じたからこそ、隣に居ても違和感がなかったのだろう。子供の時に構築された感性は、そいつを形作る器なのだ。


「......そう......ですか。......」

彼女は自身の表情を隠すように、首を少しだけ下げた。

顔の大部分が隠れているため、詳しいことはわからないが(ほほ)が赤みを帯びているような気がする。


「っ......寒いな......。」

俺達の身体を横切るように寒風が移動した。

寒さは体温を急激に奪っていき、自然と口からは言葉が零れていた。

縁側という場所の都合上、壁という遮蔽物がないため、外からの風がダイレクトで伝わってくる。


季節は夏ではあるものの、地球に比べると少しだけ寒い。

1910年代ということもあり、そこまで化石燃料を燃やしていないだろうし、温暖化前なんだろうな。


「......俺は先に戻る。......風邪(かぜ)、引かないようにな。」

体勢を起こしながら、彼女にそう伝えておく。

妖怪だろうし、人間と同様に風邪を引くのかどうかは不明だが、心配なものは心配だ。日本人というか、人間としてのさがなんだろう。


「......うん......」

言葉はどこか曖昧だったものの、心配しているという気持ちは伝わったように感じたため、俺は畳の間へと戻ることにした。




   *




ネガティブ女子と会話した俺は、再び畳の間へと戻った。

縁側とは違い、温度が一定に保たれているリビングでは、寒さを気にする必要はない。

温められた空気は俺を優しく包み込み、冷えた身体を芯から暖めてくれた。


喧嘩(?)を終えたのか、カグヤとアゼルは談話をしていて、後ろからでもわかるほどに楽しんでいる。

それとは対極的に、八岐之大蛇と青龍は依然(いぜん)として戦いあっており、いただきますをしてから15分以上の時間が経過しているが、二人が料理を食べているところを、今だに見たところがない。

俺が縁側にいる間に、食べていた可能性があるかも知れないが、今の様子を見るにずっと戦っていたんだろうな......。


「あっ、お兄ちゃん、おかえり!どこに行っていたの?」

カグヤとアゼルの近くまで行くと、カグヤから声がかかった。

二人...と俺の取り皿の上には、具材が丁寧に盛り付けられていて、俺が縁側にいる間によそってくれていたのだろうと推測出来る。


「少し、縁側にな。」

畳の定位置に腰を下ろしながら、カグヤの質問に答える。

取り皿に盛り付けられていた具材は、ハンバーグ、キッシュ、ナポリタン、ポテトサラダなどであり、その量があまりにも多すぎるため、見ているだけで満腹中枢が刺激される。


「なぁ...これ、全部俺が食べるのか...?」

それに視線を向けながら、カグヤに対して問いかける。どれくらいの量かと言うと......kcal計算で1000は(ゆう)に超えるくらいだろう。


「ふふ、もちろんだよ!お兄ちゃんには、いっぱい食べてもらわないと!」

カグヤが身体をこっちにグイグイと寄せてくる。

言葉は完全に建前で、多分お世話をしたいだけなんだろうな......。ということがわかる。


「ふふ、それは僕も同感だね。ユウには精力をつけてもらわないとだし......」

アゼルが精力をつけるとかいう単語を話すと、どこか意味深にしか聞こえない。

上半身から下半身へと指を添わせてくるし......アゼルと結婚するのだけは絶対にやめよう。毎日がやばいことになる未来しか見えない。


「ねぇお姉ちゃん......私もあーんしてほしいよぉ......」

隣ではなく、下側から女の子の声が聞こえてきた。

机の下から現れたのは天逆沙嘘のようだ。カグヤに上目遣いで可愛くおねだりしている。

カグヤがお姉ちゃんということは......俺は彼女のお兄ちゃんになるのだろうか?

血が繋がっていないため、カグヤのように妹という認識は抱かない。

体型=年齢ではない可能性もあるが......彼女の年齢は10歳前後なのだろうか?


「でも......私はお兄ちゃんのお世話をしないと......」

判断に迷っているのか、俺と天逆沙嘘を交互に見たあと、決断を下せないのか俺の方を見て助けを求めてくる。カグヤの性格だからこそ、俺のようにすぐには決断出来ないのだろう。


「天逆沙嘘を優先すればいい。俺も昨日に比べれば幾分(いくぶん)体調はマシだしな。また別の機会にでも頼むことにする。」

帰ってきたばかりだからこそ、絶好のお世話出来るチャンスだとカグヤは認識しているはずだ。

ならば、今ではなくても問題はないと思ってもらえればいい。そうすれば天逆沙嘘のお世話をするという判断を下せるだろう。


その考えは、俺の推測通りの結果を生んだ。

「......うん!わかった!絶対だからね!!約束だよ?」


「あぁ、約束だ。」

カグヤが小指を出してきているので、所謂(いわゆる)指切り拳万というやつだろう。

文字通り約束を破ると、拳骨一万回と針千本飲ますという、到底(とうてい)この世のものとは言えない拷問だ。

エリザベート・バートリーが青ざめるレベルだ。


そんなわけで迷った末に、カグヤは天逆沙嘘のお世話をすることになった。


「ふふ、ユウ...好きぃ......///」

カグヤが天逆沙嘘に意識を集中させてからすぐに、アゼルは俺の体に自身の頬を擦り付けてきた。抑圧されていた感情が解放されたような気分だろう。

甘えん坊な兎みたいだ。


「なぁ、アゼル。カグヤから聞いたんだが......アゼルは悪魔の最上位個体『皇帝(アーク)』なのか?」

お風呂で聞いた、この世界の悪魔の知識についてアゼルに問うてみる。


アゼルは擦り付けるのをやめて、上目遣いのまま話してくれた。

「___うん、そうだよ。僕は最上位個体『皇帝(アーク)』の悪魔。普通に生きていたら1000年の時が経過していてね、急に『因果律の悪魔(バルバトス)』に目覚めたからとても驚いたよ。あの時の感情は今でも鮮明に覚えているね。」

言葉を話し終えたあと、アゼルはコップに注がれているお茶を一口飲んだ。

ぷはぁ......//と一動作ですら無駄にエロさを感じる。

というか...絶対に(わざ)とだろ...。


「1000年かぁ......。凄いなぁ......。」

長さで言えば10世紀と同じ。

地球を基準にするが、1000年だとしたら平安時代から現代までをアゼルは生き続けているわけだ。技術や経験などは他の生物と比べても比較にならないほどに洗礼されているだろうな。


......あと、ババアなのは確定したな。


そう心の中だけで呟いたのだが......

「ねぇ、ユウ。今、僕のことババアとか思わなかった?」

俺の心の中を見透(みす)かしたかのような言葉をぶつけてくる。


ブルッと背筋が震えたものの、淡々(たんたん)と答えることには成功した。

「いや、そんなわけないだろ。アゼルのような美少女に対してババアなんて言葉を俺が言うと思うか?前に、化け物って言葉でアゼルを怒らせたばかりだぞ?合理的じゃないだろ?」


「......ふふ、それもそうだね。『皇帝(アーク)』って単独でも小国であれば本当に滅亡させられるからね。そんな僕に対して、ユウがそんなことを言うはずないもんね。」


「......だな。」

俺が肯定すると同時に、アゼルは左腕に抱きついてくる。

どうやら......お風呂の会話は聞かれていなかったようだ。

いくらアゼルでも流石にそこまで無理だろうしな。今回は俺が賭けに勝ったようだ。


そう心のなかで勝利を確信していると、アゼルが俺の耳元で言葉を(ささや)いた。

「......言ったよね?僕がいない時にお風呂の中で?......僕が、わからないとでも思ったの?......安心して、ユウ。......ちょっと(つら)いだけだから。」


「......手を抜くとかはしてくれるのか......?俺は...人間だぞ......?」

もうどうしようもないため、人間という悪魔と比較すれば圧倒的に脆弱な種族であることを伝えておく。


「ふふ、大丈夫だよ。......死にはしないからね。」

体の芯から凍え、震えるような声だった。

皇帝(アーク)』としての格。それを初めて理解した時だった。




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