16話「0.1秒」
「俺はそろそろ......出ることにする。」
まだアゼルが戻って来ていないが、これ以上長風呂をするのも面倒くさい。
朱雀と九尾の力も身を持って体感出来たしな(何か違うような気がするが....)。
これ以上お風呂に入っていても二つの意味で身体に悪い。
「...........っ。」
カグヤは俺の言葉に答えず、ただ水面へと視線を向けるだけだった。
まだ一緒に居たいというよりも、何かを話したいという感じだったが、それを言葉にするようなことはしなかった。
口を硬く結んでいて、何かを我慢しているような感じだ。
俺は、カグヤの方をチラッと見てから、最後にもう一度だけ肩までお湯に浸らせる。僅かながらに存在している、名残惜しいという感情を落とすためだ。
「_____カグヤは、まだ入っているか?」
身体を少し起こしてから、再びカグヤの方へと視線を向ける。
「......うん、もう少しだけ。それに......お兄ちゃんと一緒に出ても、迷惑をかけちゃうしね。」
少しの間思案したあと、そう話してくれた。
「それは......否定出来ないな。」
カグヤに言われて初めて気付いたが、もし同じタイミングでお風呂から出た場合、脱衣所でカグヤの裸を見てしまうことになる。
目を閉じて、カグヤが着替えを終えるまで待機していないといけないため、カグヤはそんな俺を汲んでくれたのだろう。
「じゃあ、先に上がらせてもらう。朱雀はカグヤに預けておく。」
浴槽から立ち上がり、盾として頑張ってもらっていた朱雀をカグヤに渡す。
1年分くらいのナデナデをさせてもらったため、当分朱雀からは拒否されても問題ないくらいだ。嫌がるような素振りも一切なかったため、元々撫でられるのが好きな性格かも知れないな。
冬場に一緒にしてほしい妖怪ランキング堂々の1位だ。
「うん、ありが......っ!?/////」
カグヤが俺の姿を見たあと、ものすごい速度で首を壁の方へと向けた。
後ろから表情を見ているため、よくはわからないが頬が赤く染まっているように感じる。......なんだ、どういうことだ?
「......あまり長風呂して、のぼせないようにな。」
カグヤには九尾と朱雀が付いているため、その心配は不要であろうが一応伝えておく。
「う、うん////」
そう言い終えるなり、カグヤは口元付近までお湯に浸らせていた。
そんなカグヤの姿に少しだけ疑問を抱きながらも、脱衣所へと続く扉を俺はゆっくりと開けた。
扉を閉めたあとは、一度深呼吸を行い、自分の体全体に意識を向けることにした。
「_____『黎明の審判』の影響はまだ残っているが......数時間前に比べれば影響がかなり弱まっている。日が沈むごとに影響が限りなく0に近づいていくようなものか。」
身体に意識をむけることで分かるが、夜に近づくにつれて重りがなくなっていっているような感覚だ。
もうすぐで太陽は地平線の彼方に沈む頃合いだろう。
太陽が完全に沈んだその時『黎明の審判』は『月天の摂理』へと変化して、俺は最強になる......んだろうか。
あの時の高揚感は今でも鮮明に覚えている。......アゼルにはボコボコにされたが。
「......とりあえず......着替えるか。」
いつまでも裸のままでいるわけにもいかない、カグヤに迷惑をかけるしな。
僅かにであるが面倒くさい気持ちを抱きながらも、着替えの準備を始める。
白色のタオルを一つ手に取り、頭部から足にかけて適当に拭いていく。
芸能人や俳優などは、こういうところを抜かりなく丁寧に行うのであろうが、俺は手間をかけないタイプの人間だ。
今の俺を見れば顔を青ざめる人間が少なからずいるだろうが......すまんな、世界にはこういう人間もいるのだ。
世界は皆が思う以上に広く、そして深い。
「それにしても......帰るの遅いな、アゼル......。」
髪の毛に付いている水分を、白色のタオルで雑に拭き取りながら考える。
アゼルがこの場から消えてから、すでに30分以上の時間が経過している。
カグヤ曰くアゼルは悪魔の中でも最上位個体の『皇帝』らしいが......心配なものは心配だ。
しかし......
探しに行きたくても、ここは地球とは違う異世界。
地理だけで言えば、俺はこの世界でも類を見ない程疎い。
そんな状態の時に、まだ理解を深められていないアゼルを探しに言っても、迷子になった挙げ句、アゼルに見つけてもらうという未来が見える。
ある程度年月が経っていれば、◯◯にいるかも知れない。と推測出来るが、如何せん俺はこっちの世界に来てから一週間も経っていないのだ。
どれだけ無謀なことかは、頭のいい人ならわかってくれるはずだ。
「心配ではあるが、家の中で静かに待っておくのがベストか。」
そもそもの話しだが、アゼルは今の俺よりも遥かに強いやつだ。
俺がアゼルの心配をしても意味は殆どない。
それに、『ユウが心配してくれているのに、死ねないよね。』
的なノリで、どんな死の淵からでも帰ってきそうな予感がするしな。
「それにしても......これ、結構いい生地を使っているのか?それとも......何某かの技術だろうか......」
母さんが用意してくれていた寝間着は、白色のゆったりとしたものだった。肌ざわりとしては____コットンに近いだろうか?
1910年代だが、現代の地球と殆ど変わらない技術だ。
「着心地も......それほど悪くないな。」
上はボタン式のゆったりとしたもの、下はゆるいズボンとシンプルなものだ。
腕をあげる、足をあげるなどの動作をしてみるも、違和感がない。
身体の構造に合わせて丁寧に作られている。
地球の技術レベルと比較しても、そこまで違いがないのは本当に凄い。
「カグヤー。すまん、待たせたな。俺はもう消えるから、あまりに長風呂しないようにな。」
先程までのボソボソとした声ではなく、ハッキリと浴室内にいるカグヤに伝わるように喋る。何度も忠告するのはうざいかも知れないが、心配なのだ。カグヤならその気持を十分に理解してくれるはずだ。
「う、うん!も、もう少したら、出るね!」
カグヤの声、かなり吃っているが......大丈夫だろうか?
心配になってくるが、俺がずっとここにいても迷惑でしかない。そのため、颯爽と風呂場から立ち去ることにした。
「ふぅ.......別の意味で疲れたなぁ......二階で少しの間横になるか。」
風呂場から退室し、廊下に出てから、右手を心臓付近に添わせてみる。
ドクン、ドクン、ドクンと15kmマラソンを終えた時程の心拍数だった。
やはり......俺の想像以上の負担になっていたようだ。あまりにも女子に対する免疫がない。
「ユウ、久しぶりのお風呂は堪能出来た?」
「うぉっ!!???......びっくりしたぁ.......」
急なミリアさんこと母さんの声に、ビクッと身体が大きく跳ねた。
俺が風呂場から出るタイミングよりも、少し遅いタイミングで母さんがトイレから出てきたようだな。
家の構造の説明になるが、玄関から見て一番奥側にお風呂とトイレが並ぶように存在しており、お風呂場の出口がトイレの出口よりも手前側にある構造にこの家はなっている。
そのため、お風呂場から出るタイミングとトイレから出るタイミングが絶妙に噛み合ってしまうと、今のような状態になってしまうのだ。
「ふふ、ユウも、カグヤと同じくらい可愛い。カグヤももう何十回もやっているのに今だに慣れないもの。そうだ、カグヤの身体昔に比べて成長していたでしょ?」
両手を前で合わせながら、可愛く(?)そう喋るが内容があまりにも酷い。
「ゴホッ!、ゴホッ!......」
何を言い出すんだこの人は。
いや、そうだ、俺は游であってユウなんだ。それを意識しないと......。
「大丈夫、ユウ?顔が少し赤いけど......はっ!まさか、カグヤに手を出しちゃったの?それはお兄ちゃんでも駄目だぞ〜。」
咳き込む俺の背中を優しく擦りながらも、意味不明な事を囁いてくる。
「しない。そんなことは絶対にしない。性犯罪で捕まるなんて御免だからな。......ま、また、あとで。」
そういい終えるなり、俺は母さんから逃げるような足取りで二階の自分の部屋へと直行した。もう心臓が限界だった。
「一人称が僕から俺に......思春期の訪れかしら、ふふ。」
ミリアは、ドタドタと逃げるように二階へと向かったユウを見て、静かに子供の成長を感じていた。
*
「ふぅ......カグヤの性格、あれは完全に母さん譲りのものだな。」
二階へと上がり、今はベットの上で横になっている状態だ。
部屋の明かりは、壁際に取り付けられている魔法陣?と呼ばれるものに魔力を流し込んでおき、魔法陣に魔力を纏わせた手をかざすだけで、明かりのオン・オフが可能な仕組みであり、自動ではないにしろかなり便利なものだ。
今は、考え事をしたい気分だったため、部屋の明かりは消してある。
「......異世界......か。」
天井へと伸ばした手に、魔力を纏わせる。
紫色をしているそれは周囲に拡散することなく、俺の右手に漂っている。
「地球では......俺はどうなったんだろうか。......いや、死んでいるから『修羅』からしても、俺が憑依転生したなんて一切思わないだろうな。」
俺は纏わせていた魔力を身体の内側に引き込ませるようなイメージを意識する。
魔力は少しずつ身体に染み込んでいき、数秒ほどで纏わせていた魔力は全て右手から消えた。
「まだ、地球に対して心残りがあるが......不思議と未練はないな。」
もしこれが、両親が生きている状態であれば未練があったかもしれない。
だが......俺の人生を破壊した両親をこの手で殺した上、最後も『修羅』に殺される形ではあったが、俺が慢心したのが敗因だった。
成し遂げたのかと言われれば、肯定は出来ないが、やれることはやったはずだ。
日本にどれだけの影響を及ぼせたのかは知らないが、ある程度の人間に対しては世界の不条理を理解させられたはずだ。
「術式の解明、魔力操作、世界の知識の学習、文字の読み書き。やりたいことは山程あるが......それよりも......優先してやるべきことが一つだけあるな。」
お察しの通りだが、”カグヤは、俺がユウではないことに気づいている”。
お風呂に入っている間、何度も違和感があったが、それについて、俺に問い質したいというのが理由だろう。
なかなか話すことが出来ないのは、違和感を確信しているものの、俺の身体はユウそのものであるため、自分の確信が正しいのか、間違っているのか、カグヤの中で曖昧になっているんだろうな。
「母さんと父さんは全く気づいていないようだし......気づいているが言わないだけか?......いや、そもそも、普通は違和感を感じても自分の子供に、別の人格が憑依転生したとは思わないか。」
『転生召喚』の母体には、先天的魔法術式を持っていない『持たざる者』の器が必須であり、『持たざる者』は世界には極少数しかいないらしいし......魔法がある世界とは言え、そのような結論に母さんたちが辿り着く方がおかしい。
カグヤが気づけたのは、それだけ兄のことが好きだったからだろう。
「______漸くか。」
チラッと窓の方へ視線をむける。
今、太陽は完全に地平線の彼方へと消え失せた。
それと同時に身体から湧き出るのは圧倒的な力の奔流。
頭痛、虚無感、倦怠感などは完全に消滅して、高揚感が洪水のように溢れてくる。
太陽は沈み、月が昇る。
『黎明の審判』は『月天の摂理』へとその権能を変化させた。
「さて......少しだけ運動でもしてくるか。」
身体からは縛っていた鎖が消えたような、枷から解放されたような感覚だ。
身体に少しの力を入れるだけで、横になっている体勢から起き上がれる。
「とりあえず....『月天の輝塵』だけは使用しないようにしないとな。満月の時の出力補正は666倍だが......今日は何倍なんだろうな。」
窓を経由して、空の景色を眺めてみる。
まだ太陽が沈んだばかりということもあり、月はまだ見えそうにない。
「というか......自分の術式なのに、細かな情報を知れないのはおかしいだろ。......いや、待てよ。カグヤ自身も自分の術式についてよくわかっていないと言っていたな。ということは......解析系の権能、相当珍しい力なんじゃないのか?」
アゼルは俺には九つの権能があると言っていたが、現状わかっているのは二つしかなく、あと七つも能力があるとは思えない。
「ということは......権能は最初から全て使える状態だが”アゼルの『万象解析』のような解析系の権能で、そのような力があることを教えてもらい自覚する”もしくは、”何らかのきっかけ(解析系を除く)を得て自覚する”の二つのパターンが考えられるな。」
それならカグヤが自分の術式について詳しく分からないと言った辻褄が合うし、『皇帝』の先天的魔法術式が強大になる理由もわかる。解析系の権能はそれだけ珍しいものなのだろう。
「まぁ......自分の力なのに、知らないというのは少しおかしな話だがな。」
これについては、アゼルが帰ってきた時に教えてもらうことにしよう。
俺だけで考えても答えには辿り着けないだろうしな。
*
「あっ......」
俺が階段を降り終えたタイミングで、風呂上がりのカグヤと丁度鉢合わせる形になった。カグヤは俺の顔を見たあと、頬を僅かに赤らめて視線を逸らした。
「お兄ちゃん......どこか出かけるの?」
チラチラとこちらを見ながらも、視線を合わせようとはせずに、質問を投げかけてくる。風呂上がりのカグヤは、また違った雰囲気を醸し出しており、男子の9割(俺は除く)が一撃でノックアウトされてしまうだろう。
「あぁ、少し運動でもしよう、って思ってな。というか......よくわかったな。」
カグヤには運動をしに行くとは一言も言っていないし、状況だけ見ても二階から降りてきただけで、俺が何をしようとしているのかはわからないはずだ。
リビングに行くかも知れないし、トイレに行くかも知れないしな。
「だってお兄ちゃんだもん。それに......外に行きますって顔をしているよ。」
さも当然のことのように話してくる。表情からもなんでそんなことを聞くの?的な表情をしている。
「そう見えるのか?表情に出したつもりは一切ないんだが......流石はカグヤだな。」
カグヤはアゼル同様に、ユウに対しての観察眼が凄まじく高いやつだ。
多少怖いと感じるものの、それがカグヤやアゼルであると認識していくしかないのだろう。
「私はお兄ちゃんの妹だもん。なんでもわかるし、なんでも知って.....っ////」
話をしている途中で、恥ずかしなったのだろうか?
頬を真っ赤に染めて、首をブンブンと動かして何かの雑念(?)を払っているようだった。『見てない、見てない、見てない、...///』とぶつぶつと喋っている。
「......20分後くらいには戻るつもりだ。」
そんなカグヤに疑問しか抱かないものの、ヘタに俺から聞くのも変な感じなので、これについては、カグヤ自身から教えてもらうことにしよう。
「えっ?う、うん!丁度その頃にはご飯も出来ていると思うよ。気をつけてね、お兄ちゃん。」
まだ、どこか恥ずかしそうにしながらも、そうやって見送ってくれるのは嬉しいものだ。
「あと、そ、その......お、お兄ちゃん。風呂から出る時は......スーちゃんにちゃんと守ってもらってね!!行ってらっしゃい!!」
顔を両手で抑えながら、パタパタと逃げるようにリビングへと入っていった。オールインワンシャンプーの香りとは違う、別の香りが俺の鼻孔を擽った。仄かな金木犀の香りに近かったな。
「スーちゃんに守ってもらう?何を言って......あぁ......そういうことか。」
俺は自分の股間付近に視線を向けた。
浴槽に浸かった時のカグヤの顔の位置、俺が浴槽から立ち上がった時、丁度カグヤの顔付近に、俺の股間部分がくるくらいだったな。
つまるところ。
見てしまったのだろう。
......あれを。
*
「よし......ここくらいまで移動すれば、周りに迷惑にはかからないし、静かに一人で特訓出来るな。」
俺が着いた場所は、マレーナ郊外にある森だ。
カグヤの家からは2kmほど離れており、静かに一人で特訓する程度であれば最高の立地だ。ちなみにだが、移動には2分ほどの時間がかかった。
20分後くらいに戻ると言っているため、特訓と言っても15分程度しか取れないのが残念なところだろうか。
「時間はあまり取れないし......単純な魔力操作でも練習するか。丁度いいサンドバッグがここには沢山あるようだしな。」
周囲には俺の背丈よりも遥かに高い木々、岩、などが存在している。
ぜひ殴ってください、ぜひ蹴ってください、そう言われているようなものだ。
「まずは......普通に殴ってみるか。」
魔力で肉体強化をせずとも、『月天の摂理』が俺にはある。
肉体能力が6倍になるらしいので、それの威力を試してみたい。
迷うことはせず、手始めに一番近場にあった木に向かって正拳突きを叩き込んでみることにした。
「_____っ.....『月天の摂理』で肉体が強化されているとはいえ、元々の肉体があまりにも脆弱だな。前の俺の体と比べても2.5倍程度の威力しか出ていない。」
ドンと大きな音が響き、それに反応した生物達の声が僅かに遅れて俺の耳に入った。殴った箇所は少しだけだが陥没していた。
普通ならこれでもかなり強いほうではあるが、
ガリガリではないものの、細いという部類に入るのがユウの肉体だ。
『月天の摂理』で強化されているものの、まだまだ弱い部類。
この程度ではアゼルの足元にも及ばない。
「次は......魔力を右手に纏わせた状態で殴ってみるか。」
『月天の摂理』。シンプルではるが、やはり強い権能だ。
今は細く弱々しい身体だが、筋肉をつければその分威力もさらに跳ね上がるしな。
次は、先程横になりながらやっていた事をもう一度行う。
右手の先に魔力を纏わせるイメージを意識する。
そのまま魔力を纏わせた状態をキープし、先程殴った場所に対して、もう一度正拳突きを叩き込むことにした。
俺の拳が木にぶつかると同時に、ドンッ!!と先程よりも大きな音が周囲に響き渡った。木には大きな亀裂が走り、何度か殴れば木が折れそうな程になった。
「今の威力だと......前の肉体の3倍以上は確実か。まだまだ成長の余地がある段階でここまでの威力を出せるのであれば、上々か。」
右手の甲を見てみるが、少しかすり傷が出来ている程度だ。
これなら俺よりも先に、木が限界を迎えるだろう。
「さて、次は蹴り技を________誰だ。」
蹴り技を試したかったが、森の奥からガサガサと草むらを掻き分けるような音が聞こえてきたため、音が聞こえる方向に身体を向けて、右手を前に出して構えの体勢を取る。
俺よりも強い何かであることを想定し、『月天の輝塵』を放つ意識も一応だがしておく。
お餅細胞に侵食されたどっかの馬鹿が、術式を制御していた云々言っていたため、出力にミスってここら一体が消滅した場合は、あの馬鹿野郎のせいにすればいい。
そんなことで少し覚悟を決めていたのだが......
「____うん?......高天原か?」
草むらを掻き分けて現れたのは、カグヤのおじいちゃんこと高天原だった。
左手には1.8mを超える大きな日本刀を持っていて、佇まいからだけでも只者ではないことを理解させられる。
縁側でお茶を飲んでいる時とはまるで違う。
勝てる勝てないの次元ではなく、生きていることを理解するだけでも精一杯な程だ。
「どうしたんだ、俺に何かようか?」
相手が高天原だとわかったため、警戒レベルを下げるものの、構えを解くような真似はしない。それほどまでに高天原から放たれる覇気は凄まじい。体感だが、アゼルよりも強いんじゃないだろうか、そう思うレベルだ。
「.........。」
やつは、俺の質問には答えず、ただ黙っているだけだったが、
左手に持っていた日本刀を側にある木に立てかけたあと、どこから取り出したのか不明だが、一本の日本刀を俺に向けて放り投げてきた。
刀は放物線を描いたあと、丁度俺の目の前に突き刺さった。
「......よくわからないが......いい刀だな。」
目の前に突き刺さった刀を、俺は右手でガバッと抜いた。
軽く素振りをしてみるが、前に使っていた刀よりも遥かに業物だった。
「それにしても....結構重いな、この刀。5kgくらいはありそうだな。」
体感的には前に刀を持っていた感覚にかなり近い。
『月天の摂理』がある状態で感覚的に近いということは、この刀が相当重たいものであるということがわかるだろう。
「で、この刀を渡してくれたが......一体何をするんだ?」
刀を渡してくれたはいいものの、理由がわからない。俺に素振りでもしろと言うのか?
「.........少し、気を引き締めよ。」
「うん?どういうこと........っ!!!??」
気を抜いていなかったのは間違いなく正解だった。
瞬きを一度だけした前後で、恐ろしいほどの速度で間合いにつめられていたからだ。
目を開けている時は、13メートルほど離れていたはずだが、まぶたを閉じて再び開けるまでの0.1秒程度の時間で、俺の間合いに高天原が入り込んでいた。
「どこかおじいちゃんなんだよ......ただの化け物じゃねぇか.....!」
警戒をしていたのが功を奏した。本当にギリギリではあったが、高天原がいつの間にかもっていた日本刀を刀で受けることが出来た。
しかし、ギリギリで刀を受けれたものの、右手にはじんじんとその余波が残っている。
距離を取って、高天原を観察してみるが本気を出したような素振りはない。
ただ普通に移動して、刃を振ったような感覚。
呼吸と変わらない、あまりにも自然すぎる動作だった。
「『月天の摂理』万々歳だな......。」
肉体能力が6倍になる。
単純な能力に聞こえるかも知れないが、その実体は皆の想像以上だ。
神経の伝達速度も比例するように6倍になっているため、以前の俺であれば反応すらできなかった速度も、今では多少早い程度にしか感じないくらいだ。
「おいおい....まだやるのか?....ってまだ一度の攻防しかしていないか。」
高天原は再び構えの態勢をとった。
構えには一切の隙がなく、飛んでくる弾丸でさえ切り落とせそうなほど。
高天原の覇気はあまりにも凄まじく、一度の攻防だけでも命の危機を感じる。
視線が交錯したあと、その場から高天原は消えた。
「______っぶね!ったく、0.1秒で間合いをつめてくんなよ......!」
またしてもギリギリではあったが、受けることに成功した。
実体としては消えたというよりも、ただ高速で移動しているだけ。
だが......その速度が尋常ではない。
そのくせ、どういう理由なのか不明だが衝撃波は発生しないし、音も殆ど聞こえない。
『月天の摂理』が発動していないと、あまりの速さにテレポートしているのではないか?という思考に至るほどじゃないか?
「まだ構えを解く様子もないし......ったく......もう少し手加減してくれてもいいのによ......」
あと何度続くのかわからない攻防に、絶望しか感じないが、高天原に俺を殺す意思が一切ないため、それだけが唯一の救いだった。




