15話「最上位の悪魔」
妹とお風呂に入るという初めての経験。
半妹半他人という世界でも絶対に類を見ないであろう存在との、だ。
妹だからこそ湧き出る感情。
他人だからこそ湧き出る感情。
その感情を同時に知れるということは、合理的な側面から考えるとかなりありがたいこと。
何せ......俺は女子に対して湧き出る感情をあまりにも知らないからだ。
だが......勿論のこと問題もある。
その状態にいる人間が、その状態に慣れているもしくは、適応できる人間でないと混乱してしまうということだろう。
恋愛を幾多の数してきたもの。
女子と触れ合うことさえ殆どしてこなかったもの。
その差は明白。
そして俺の場合......そのどちらにも当てはまらない人間だった。
妹はいないし、女子との関わり合いも殆どなかった俺にとってこの状態は、普通に女子とお風呂に入っているという感覚の方が遥かに強く、ドキがムネムネしてくるのは言うまでもない。
自分の理性を保つことで精一杯だった。
「お兄ちゃん?顔が赤いよ?大丈夫?」
カグヤが覗き込むようにこちらを見てくる。グイグイとこちらに寄ってくるが、その分俺も横に移動する。2.5畳の浴槽は皆の想像以上に広い。
「大丈夫......ではないな。」
俺はカグヤと視線を合わせないように、壁の方へと視線を向ける。
九尾で上半身を隠しているとは言え、カグヤは何も身に着けていない状態だ。
相手が男なら兎も角、隣にいるのはカグヤだ。
問おう。
この状態の時に、平静さを保てる男がどれだけこの世界にいるのだろうか?
......否。
この世界にそんな男は絶対にいないだろう。
「お水持ってこよっか?」
大丈夫ではないという俺の言葉に敏感に反応したのだろうか?
さらに身体をグイグイと寄せてくる。
当たり前だが肌が触れ合わないように、朱雀を盾として展開しておく。
「いや、いい。それよりも......」
「それよりも......?」
「少しだけ......離れてくれないか?」
もう我慢の限界だった。無理に決まってんだろ。なんでこんな至近距離で会話しているんだ?
なんで俺はカグヤと風呂入っているんだ?
なんでカグヤは隣に俺がいても恥ずかしがらないんだ?
もう問い質したいことで一杯だった。
そんな軽い気持ちで言葉を発したのだが......
「えっ?......ご...ごめんなさい......お兄ちゃん......。でも......お兄ちゃんがいなかった間......ずっと寂しくて......ずっと私が悪いのかなって......お兄ちゃんがいないと、こんなに寂しいんだって......ずっとそう思ってて......だから......久しぶりに再会した分......甘えたいなって思って......ごめんなさい......我儘言って.....」
受け取りては俺の想像以上の解釈をしてしまった。
身体を小刻み震わせているのか、僅かではあるが水面に波紋が広がっていた。
......くっそ......俺にはわからないんだ......女子との関わり合いが。
妹という存在との向き合い方が。
だが、下を向き、目を潤々とさせているカグヤを見れば、このままでは駄目なことは俺でもわかる。
カグヤが発露してくれた言葉には、とてつもない重みがあった。
俺だからこそ、その重みは簡単に理解出来るはずだろ。
「悪い。そういうつもりで言った言葉じゃない。だが......どうしても言いたいんだ。俺は、カグヤの何も身に着けていない姿に、あまりにも耐性がないんだ。カグヤが悪いんじゃない、俺に耐性がないことが悪いんだ......。」
カグヤが一緒に風呂に入ろうと言った理由。
恥ずかしい気持ちを抱きながらも、一緒に入り続けた理由。
それは、俺がいない間に感じた寂しい、悲しいと言ったマイナスの感情をプラスの感情で埋めたかったのが理由のようだ。
「本当に...?私は......悪くはない...?」
カグヤは沈んだ表情をみせ、声色は僅かにだが震えていた。
「あぁ、本当だ。」
これ以上不安にさせないために、目を合わせて真剣に答える。
嘘偽りない俺の本音だ。
だが......俺はもうユウではなく游だ。
ユウなら.......いや、あいつであってもカグヤの心癒やすことは出来なかった。
なぜなら、あいつも自身もとっくに限界を迎えていたからだ。
だが、だからといってお前は大丈夫なのか?と言われてもすぐに肯定出来ないのが現実だった。
「そっか......よかったぁ......」
カグヤは俺の言葉を聞いて、嫌われているとでも認識してしまったのだろう。
純真無垢すぎるがゆえに、言葉の裏の真意を読み解く力がカグヤにはあまりにもない。
気を付けて発言をしないと、地雷を踏む可能性がアゼルよりも高い。
「キューちゃん、私......お兄ちゃんに嫌われていないって。よかったぁ....」
ユウも、カグヤも、アゼルも、本当に危うかったな。
今のカグヤの状況、ユウとアゼルの状況、俺が介入していなければ崩壊していた可能性が非常に高かった。
そう考えると......俺が憑依転生したタイミングはベストであったと言える。
だが、本当に......偶だったのか?
あまりにも出来すぎている気がする。
俺が生まれたのも......俺がこの世界に転生したのも......誰かに運命付けられたものだったのか?
_____いや、流石にそれは言いすぎか。
「お兄ちゃん、考え事...?」
考えに集中したいが、今はそれよりもカグヤの方を優先させた方がいいか。
「あぁ、可愛すぎる妹にドキドキしない方法を脳内で模索していたんだ。」
「えぇー本当かなぁー?本当はアゼルちゃんのごとでしょー?」
カグヤは身体をグイグイと寄せてきながら、上目遣いでこちらをニヤニヤしながら見つめてくる。
カグヤの表情......顔文字でよく見る、ωのような口の形になっている。
その表情はどこか繕っているような感じがするものの、それを指摘する必要はない。
「......ふっ。」
「あっ、今笑ったね!?図星だったんでしょー?」
「......そうかもな。よく気がついたな。流石はカグヤだ。」
本当は、ωのような口元が面白かっただけだが、それは俺だけが知っていればいいだろう。
恥ずかしい気持ちよりも、褒めたいという気持ちが上回ったのか、言葉を伝えながら自然とカグヤの頭部に左手を伸ばしていた。
「えへへ///私はお兄ちゃんの妹だもん、どんなことでもお見通しだからね!」
「俺の秘密までお見通しするのはやめてくれよ......?」
カグヤの言葉にどこか冷や汗を感じた俺は、恐る恐る喋っていた。
「えー?ふふ、それはお兄ちゃん次第かなー?」
「まじかよ......。」
とりあえず...誠実に生きることを意識しておかないと...。
カグヤしかりアゼルしかり妙に観察眼が鋭いしな。
「お兄ちゃん、もっと撫ででよー!」
グイグイとアゼル同様、こちらの左手に対して頭を強く押してくる。
「鸚哥か。お前もアゼルも......」
そう呆れながらも俺が動きをやめないのは、ひとえにカグヤの笑顔が見たいからだろうか。
「えへへ///」
一切の抵抗をせずにカグヤはナデナデを受け入れてくれている。
可愛い。超可愛い。
アインシュタインが相対性理論構築よりも、カグヤを優先するレベルで可愛い。
心の底からそう思う。
______この思いが妹に対して向ける感情なのか。
それとも、一人の女の子に対して向ける感情なのか。
それは、今の俺には判断出来なかった。
*
「ねぇ...お兄ちゃん......」
「うん?、どうした?」
カグヤのナデナデを終えてから5分ほどだろうか?
その間は、特に会話が弾むようなことがなく(俺が女子との会話に慣れていないため)ただ水が動く音だけが浴室には響いていた。
あまりにも静寂な空間かつ、九尾+朱雀の能力の影響もあったことで、意識が落ちかけたほどだ。
そんなタイミングで、カグヤから会話のボールが飛んできたのだ。
流石はカグヤだ。妹として完璧すぎる。
「___________」
だが.......俺がボールを投げ返してもカグヤから返球されることはなかった。
ボールは確かに届いている。何せこんなにも近いからな(物理的に)。
ということは......どう返球するのがいいのかで迷っているのだろう。
「カグヤ、今日一緒にお風呂に入ろうって言った理由。カグヤが感じた寂しい・悲しい感情を埋めるためなのは確かだろうが......俺の体を癒やしたかったって気持ちもある、そうだろ?」
カグヤが返球しにくいのであれば、周りの空気を返球しやすいような空気にすればいい。優しいカグヤだからこそ、こう思ってくれているはずだ。
実際....朱雀と九尾のお陰だろうが、『黎明の審判』の影響が僅かにだが弱まったように感じるしな。
「......うん。でも......それは建前だと私は思うよ。私はただ......お兄ちゃんの温もりを感じていたかっただけなの。初めてこんなにも長い間、お兄ちゃんと離れ離れになって......初めてこんなにも絶望感と虚無感を感じて......お兄ちゃんと再会した時......本当に嬉しかったんだぁ......何度も願ったよ、もう一度会いたい。もう一度その身体に触れたい。もう一度温もりを感じたいって。......ごめんね、ちょっと......気持ち悪いよね......」
否定......は出来ない。
先程の態度はどこへ?
あまりにも纏っている空気は重々しい。
もはや狂気と何ら変わりない。
ユウにとってカグヤが心の要であったように......
カグヤにとってもユウは心の要だったのか。
ユウはそれに気づいていたが、カグヤはそれに気づけなかった。
いや......それに気づけと言うのは酷だろう。
なぜならそうしないようにしていたのがユウ本人だからだ。
「でも......許してほしいの。....本当に...本当に.....ずっと心配していたんだからね.....」
ユウはカグヤに迷惑をかけないように、心配をさせないように配慮していたが、それは完全に間違いだったな。
確かに、カグヤからすればカッコいいお兄ちゃんも好きではあるだろうが.......真に好きなのは、話したくない思い、知ってほしくない思い、それを相談してくれる兄ではないのだろうか?
今のカグヤの姿を見て俺はそう確信した。
「悪い、......その間、本当に心配をかけたな。お前の気持ちまで......考えてやれなかった。」
俺の責任であって、俺の責任じゃない。少しだけ複雑な心情だ。
「ううん、お兄ちゃんは悪くないよ。これは私の問題だからね......。でも、一つだけ約束して。......もう......いなくならないで......私を置いて......遠くにいかないで......」
カグヤは涙を流しそうだった。
それだけでも、心が限界に近かったことが手に取るようにわかる。
兄という存在が消えて、湧き出てきた感情。
それを清算し、自分の心を強くさせる。
今のカグヤにはそれが必要だ。
だが......どうしても言わないといけないことが一つだけある。
「肯定したいところだが、それは無理だな。」
俺はきっぱりとした態度で、カグヤの言葉を否定した。
「どうして?やっぱり......私が弱いから......?」
「...違う。これに関しては俺の問題だ。人間である以上、全てを理想通りに動かすことは出来ない。どれだけ可能性を高めたとしても、100%にはならない。絶対とは言えない。だからこそ......これからは、当たり前の日常をカグヤには大切にしてもらいたい。勿論......俺もできる限りの努力はするからさ。」
心の強さで言えば、俺も何ら変わりはない。
ただ、生まれてからの数十年の間で心の強くするしかなかっただけのこと。
こう伝えることが、今の俺に出来る最大のものであるはずだ。
「......うん......私も......頑張る」
この世界は、地球以上に理想通りに動くことが出来ない。
運が良ければ老衰で死ぬかもしれないし、運が悪ければ明日に俺は死ぬかもしれない。
超常的な力と存在が蔓延るこの世界は、地球以上に命の重みが軽い。
俺の言葉は、今のカグヤには辛いかもしれない。
だが......大丈夫だ。
カグヤなら必ず......その現実を受け入れることが出来る。
闇に落ちても立ち上がったものは強い。それを俺は身を持って知っている。
今はただ、カグヤを信じてやることしか俺には出来ない。
*
今、お風呂に入ってから30分以上が経過した頃だろうか。
家のお風呂には、時計付きのモニターがあったためどれくらいの時間入浴しているのかを正確に知れたが、ここはまだ1910年代。
流石にモニター付きのパネルは設置されていない。
そのため推測でしか答えることは出来ないのは許してほしいところだ。
「というか......アゼルの身体は魔力で生成しているらしいが......自然に髪の毛が落ちたりするんだろうか......。DNA鑑定をしたらどういう結果になるんだろうな......。」
朱雀をナデナデしながら、ふとそんなこと考える。
魔力で生成した髪の毛はどのような判定を受けるんだろうか。
魔力で身体を構築しているのに、人と同じように心臓の鼓動が聞こえるのはなぜだろうか?
魔力で身体を生成する。
簡単そうに聞こえるが、細胞レベルで身体を構築するには相当な演算能力が必要ではないのだろうか?
「DNA鑑定...?っていうのはわからないけど......魔力で肉体を自由自在に変えられるのは便利だよね。いいなぁ....アゼルちゃん...」
...そうか、DNA鑑定は1950年代から急速に基盤が出来始めていくくらいだ。
魔法があるとはいえ、1910年代であればまだ技術としては確立されていないか。
「カグヤの体型も......十分いいと思うぞ。」
カグヤの意識をDNA鑑定から逸らしたいため、そのように喋ることにした。
女子は自分の体型を気にすると、同士達から聞いたことがある。
なので、そのように褒める(?)ことにした。
「お兄ちゃん......それ完全に変態の発言だよ...?アゼルちゃんと私になら問題ないけど、絶対に他の女の子に言っちゃ駄目だよ?」
今まで距離を縮めて来ていたカグヤが、ジト目でこちらを見ながら、僅かに距離を開けた。
「そうなんだな......。うーむ......まだまだ学習が必要だな、当分の間は。よし、アゼルを対象にしよう。あいつなら......まぁ、許してくれるだろ。」
最悪の場合、褒めればどうとでもなる。それがアゼルというユウ大好きっ娘に刺さる最善の対策だ。
「あっ、そう言えばお兄ちゃん。アゼルちゃんは種族で言えば吸血鬼なの?人型になったりコウモリの姿になっていたりしていたり
ど......。」
「吸血鬼?......あぁ、ブラム・ストーカーやシェリダン・レ・ファニュの創作に登場する血を栄養とする怪物だったか。悪魔がいるなら、吸血鬼もいるか。アゼル自身は......自分のことを悪魔と言っていたぞ。」
初めて自己紹介をした時のことを克明に思い出す。
あいつはこう言っていた。『僕はアゼル、悪魔だよ。』的な感じだっただろうか?
「悪魔かぁ......」
カグヤは悪魔という言葉を聞いて少しだけ不安そうな表情を浮かべる。
九尾に抱きついてる腕にさらに力を込めていた。
恐怖、不安を軽減しようと無意識に身体が反応しているんだろう。
「ねぇ、お兄ちゃん。アゼルちゃんなんだけど......先天的魔法術式を持っているよね?」
どこか真剣なトーンでカグヤは話してくる。嘘を付くことを許さない、っと言っているようにも感じる。
「...あぁ、『因果律の悪魔』とかいうチートみたいな先天的魔法術式をアゼルは持っている。正直、戦闘で勝てる未来は全く見えないな。」
カグヤにそう喋りながら思い出すのは、アゼルにボコボコにされた記憶だ。
アゼルの『因果律の悪魔』は、火力だけで言えば俺の『月の支配者』には遠く及ばない。
だが、防御能力・支援能力という点で見れば世界でも相当な部類に入る術式だろう。回復系の権能あるらしいし、あまりにも隙がなさすぎるというのが俺の見解だった。
「ってことは......アゼルちゃんは悪魔の中でも最上位個体の『皇帝』だね。......流石はお兄ちゃん......『皇帝』が人間と友好的にしている話しは、指で数えられるほどしかないもん。」
カグヤはどこか尊敬するような眼差しでこちらを見てくる。
「『皇帝』?最上位個体って言葉からして少し嫌な予感がするな。......そんなに強いのか?」
「うん、『皇帝』は悪魔が1000年の時を生き続けることで至る悪魔の極地って言われている。悪魔は先天的魔法術式に覚醒するまでに1000年の時がかかる。けど......その分能力はとても強大になるの。1000年の間、後天的魔法術式だけで生き延び続けたからこそ、先天的魔法術式に覚醒した『皇帝』に勝てる者はいないって呼ばれているくらいだしね。」
カグヤの言葉のトーンは重い。
その情報だけでも、『皇帝』という個体がこの世界にとってどれだけ脅威なのかが理解出来る。
「そうなのか......。アゼルに対して、ただの変態だとしか思っていなかったんだが......1000年以上の時を先天的魔法術式なしで生きているのか、それは普通に凄いな。いや、待てよ。ってことは......アゼルの中身はただのババアか。」
1000年以上の時を生きているということは、そういうことなのだ。
「あっ!、お兄ちゃん、それ絶対に言ったこと後悔するやつだよ!?アゼルちゃんなら絶対に認識していると思うよ!??」
バシャバシャと水しぶきをたてながら、カグヤが詰め寄ってくる。
「大丈夫だ、カグヤ。流石のアゼルでもそこまで分からないだろ。」
「えぇー本当かな?アゼルちゃんなら千個以上、後天的魔法術式持ってそうだし......意外とバレているかもだよ?」
「いや......ないはずだ。そんなことは......ないはず......。____なぁ、カグヤ。......もしアゼルと喧嘩になったら......助けてくれませんかね......?」
相手が妹であるというのに、下手に出るというプライドもクソもない態度だ。
だが、カグヤを味方に付けれるだけで俺の生存率は50%ほど上昇するため、必要なことだ。
「いやだよ。だってお兄ちゃんが完全に悪いもん。女の子にババア発言は流石の私でも擁護は出来ないね。」
カグヤはプイッと横に向き、俺と視線を合わせようとしてくれない。
「......まぁ、大丈夫だろう。......多分。」
そう言いながらも心のなかでは、一応謝罪の言葉と態度を考えておく。
ババアと言った直後、ブルッと背筋が凍るような感覚に見舞われたからだ。




