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13話「お風呂」


「はぁ......疲れたぁぁぁ......」

カグヤは右手に持っていた鉛筆をテーブルの上に手放し、まだ片付けていない開きっぱなしの問題集の上にだら~んと身体を()せた。

休憩を(はさ)んでからさらに1時間20分ほど、カグヤは勉強をし続けた。

『お兄ちゃん...お兄ちゃん...お兄ちゃん......』とカバディのように、言っていたのは少しだけ狂気的なブラコンの素質を持っている予感を、俺に与えたのは言うまでもないだろう。


「ここまでよく頑張ったな、カグヤ。国語の問題集を終わらせて、数学の問題集も残り1割をきった。流石にここらへんで切り上げよう。」

もう少しで数学の問題集が完了するが、()()()ここで終わらせる。そうすることで次の勉強のハードルが下がる。ツァイガルニク効果という敢えて未完了にすることでより強く記憶にとどめて、やる気を残しておく心理の応用だ。


「えぇー、もうちょっとだけやらせて...あとちょっとだから......!」

テーブルに伏していた身体をガバっと起こし、手放していた鉛筆を首を動かして2秒ほどかけた探して、右手に持ち直し、再び勉強の態勢になった。

脳が限界に近いが、あと少しで終わるという事実がカグヤの限界を無理矢理(やぶ)ろうとしているのだろう。


「それ以上はやりすぎた、わざわざ100%の力をこんなところで出す必要はない。70%くらいをキープすればいい。短期的に物事を見る必要はない、長期的に物事を見るんだ。」

カグヤの頭を優しく撫でながら、言葉にしてきちんと伝える。

無理にやっても効率的には動けないし、休憩を挟む方が長期的に見た時の生産性が高い。ある程度は限界を超えることは成長に欠かせないが、限界を超えた限界を超える必要性は勉強というものには不要でしかない。


「でもぉ......」

俺の言葉を聞いて、カグヤは少しだけ躊躇(ためら)うような気持ちを見せるも、問題集から目を離そうとはしなかった。

どうしても最後まで解きたいのだろう。残りの問題数も20問を切っているしな。

その気持は分からなくはない。


「それ以上やるなら俺は宿題を手伝わない。あと......今、宿題を切り上げたら、今日だけだが、一つだけカグヤの願い事を叶えてもいい。」

俺が受けてきたような教育は、特殊な人間にしか適応出来ない。カグヤにはそのやり方は合わない。用意しておいた最終手段をカグヤにぶつけることにした。


「え!?本当に!?じゃあ、やめる!」

効果は絶大だった。

先程までの攻防はなんだったのか言わんばかりに、カグヤは鉛筆をポイっと投げて、問題集を高速で片付け始めた。

......どんだけブラコンな妹なんだ......。カグヤは......。

と呆れるものの、少しだけ嬉しい気持ちがあったりもしなくはない。


投げられた鉛筆の顚末(てんまつ)についてだが、数分前に戦いを終えて、カグヤを側で見守っていた八岐之大蛇(ヤマタノオロチ)青龍(せいりゅう)が、どちらが(ひろ)うのかでまた争いを勃発させていた。家に被害が出ないことを前提にして、出せる最大の出力で身体をぶつけ合っていた。

お前ら......もう、一周回って仲良しだろ。


「うぅんーーーはぁ......///よく頑張ったぞぉ、私!」

若干艶冶(えんや)な雰囲気を醸し出しながら、カグヤは両手を上に伸ばしていた。肺に大量の空気を入れたことで、上半身のある部分が強調されるように膨らんだため、視線をすぐに別の場所へと移動させた。


「コーちゃんおいでー。」

カグヤは自分の膝の上を右手でポンポンと叩きながら、コーちゃんこと白虎(びゃっこ)を呼んだ。

俺の膝の上に座っていた白虎は、カグヤの声を聞いてすぐに身体を起こして、カグヤの膝の上へと向かった。

もふもふ毛並みの白虎がいなくなったため、若干だが悲しい......。


「うーん///もふもふぅ......癒やされるぅ......」

右手で優しく白虎の身体を撫でてあと、両手で優しく白虎を持ち上げて、自分の頬にもふもふとした毛並みを(こす)り付けていた。

白虎は嫌な顔一つもせずに、カグヤの行為を受けて入れていたため、カグヤの優しさがそれだけでも十分にわかった。妖怪たちからも心の底から愛されているのだろう。


「いいな......それ。少しだけ......(うらや)ましい......」

カグヤに勉強を教えている合間に、朱雀(すざく)以外の妖怪達の身体も撫でていたが、今のカグヤのようなことはしていない。

......してみたいなぁ、とは思うものの俺からすれば初対面......であって初対面じゃないという意味不明な境界にいるため、どうしようか迷った挙げ句、結局やらなかったのだ。


「僕なら大歓迎なんだけどなぁ......むぅぅ.....」

アゼルがボソッとそう呟いたが、あまり興味が湧いてこないのはアゼルだからだろう。カグヤ←白虎←俺←アゼルというあまりにも一方通行すぎるのが現状だ。


「カグヤー、お風呂()いているけど入る?」

俺達が勉強を終えたタイミングを見計(みはか)らい、母さんからはそう声がかかった。

母さんは夕飯の準備をしていて、今日は俺が帰ってきた記念に豪勢に料理を振る舞ってくれるそうだ(中身はユウではなく、(ゆう)なのが申し訳ないところだな)。

記憶が曖昧すぎたり、忘れていたりしていたため、名前を知らなかったが、勉強の合間に、

『ミリア、今日の夕飯は何かな?』という父さんの言葉と、

『シルヴァさん、畑からトマトをいくつか持ってきてもらえる?』という母さんの言葉から、両親の名前をそれぞれミリアとシルヴァということを知った......というか思い出した...?でいいだろうか......。


「うん、入る!今日はかなり疲れたから長風呂(ながぶろ)するねー!」

パァァっと神々(こうごう)しい笑みを見せながら、カグヤは母さんの質問に返答していた。

本当に...笑顔が素敵な妹だ。不可説不可説点(ふかせつふかせつてん)を献上したい程に。


「じゃあ、お兄ちゃんも一緒にお風呂に入ろっか!」


「_____はっ?」


今なんて言った?

一緒にお風呂に入る?

半妹半他人の女の子と?

無理に決まってんだろ。顔が真っ赤になってまともに思考が出来るわけがない。

母さんの閉鎖的な学習スタイルのせいで、俺は女子(じょし)に対してあまりにも免疫がない。アゼルは人間ではないため、そこまで気にすることがなかったが......カグヤは別だろ......。間違いなく浴場(よくじょう)だけに欲情(よくじょう)してしまうかも知れない。


「いや、お風呂は(せま)いだろ?俺達二人で入るのは絶対に無理だ。それに......俺は身体を広く伸ばしたい性格なんだ。だから......一人で入ってきてくれ。俺はぜっっっったいに一緒に入らない。」

脳内スパコンを使い、光速に匹敵する速度で言い訳を考えてそのまま伝える。


「問題ないよぉー、浴槽の大きさは2.5畳くらいあるから足も伸ばせるよ。それに......お兄ちゃんは今日だけだけど、一つだけ願い事を叶えてくれるんだよね?じゃあ......一緒にお風呂に入ってね!」


2.5畳の広さの家庭風呂って何なんだ?広すぎだろ。

浴槽のサイズって普通1畳くらいじゃないのか?


「いや......ハイゼンベルクの不確定性原理によると、位置と運動量を測定することが出来ないように、カグヤと俺の願いを同時に叶えることは出来ないんだ。シュレディンガーの猫のように、カグヤが一人で入る未来か、俺が一人で入るかの未来しかないんだ。つまり......同時に成立しないというわけだ。量子力学的に。」

俺は自分でも何を言っているのか意味不明だと理解しているものの、カグヤにはそう伝える。兄としてユウの後継者として、間違いなくそこは踏み込んではいけない領域だ。


「はいはい、お兄ちゃんの言い訳は聞きませーん。一緒にお風呂に入ろうねー!」

カグヤは俺の言葉を聞くようなことは一切なかった。

強引に俺の身体を引っ張って、風呂場へと連行させられる。


「......大丈夫だ......目をつぶればいいだけだ......。」

カグヤに身体をグイグイと引っ張られながらも、俺はすぐに最善の案を生み出した。


月天(ルミナス・)の摂理(セレスティアル)』の効果が付与されていない現状かつ、魔力制御が『黎明(ヘリオス・)の審判(セレスティアル)』の影響でさらにままならない状態の時では、魔力で肉体を強化したカグヤには勝てないらしい。


......俺.....これで世界の不条理を破壊出来るのか?


アゼルがいないと......本当に詰みだったな。


そう確信した瞬間だった。




   *




「___お兄ちゃん、私は先に行っているね!」

心の底から嬉しそうなカグヤの声が聞こえてくる。十日ぶりにユウと再会したということが、さらに拍車(はくしゃ)をかけているような感じがする。


「あぁ......。」

どう反応していいのかわからなかった俺は、自然とそう返答していた。


カグヤが浴室と脱衣所のドアを開閉(かいへい)したことを確認してから、閉じていた目をゆっくりと開ける。

一緒に連れて来ていた朱雀と九尾(きゅうび)の姿が確認出来ないため、一緒に浴室に入ったのだと推測出来る。


「ユウ......どうするの?あとで僕と一緒に入る?」

アゼルが若干気持ち悪いトーンで話しかけてくる。どんだけユウのことが好きなんだよ。


「いや、それだったらカグヤと入る。」

俺は0.1秒にも満たない速度で否定させてもらう。


「むぅぅぅ......まぁ、いいけどぉ......ユウが一人で入っている時に突撃すればいいだけだしね。」

そのようにアゼルと会話をするものの、カグヤには既に何でも一つだけ願いを叶えると言ってしまっているため、一緒にお風呂に入らないという選択肢は俺にはない。当たり前だがアゼルとお風呂に入るということについては否定させてもらう。というか......突撃してくるな、お風呂侵入罪で起訴(きそ)するぞ。


「...というか......お風呂に入るのも久しぶりだな......。」

『修羅』との戦いが始まってから、(ほとん)どの時間を森の中で生活していたため、自然の湧き水などで身体を綺麗にしたりなどはしていたが、温水が溜まっている浴槽に入るのは本当に数カ月ぶりくらいだった。

(たま)に、ド田舎だと俺の存在を知らない人間が多いため、そこを見つけては、風呂場に直行していたりしたため、1年ぶりというわけではない。)


「ユウの肉体......結構傷だらけだね。」

長袖のシャツを脱ぐと、無数の傷が刻み込まれた身体を確認出来だ。

脱衣所に設置されている鏡の前に立ってみると、その凄惨(せいさん)さがさらに()()りになった。

......よくぞここまでされたものだな。


「というか......いや、待てよ。これどうするんだ......?」

今、服を脱いだからこそわかったが、ユウの身体にはたくさんの切り傷や(あざ)がある。前の人格のユウはこれをバレないなようにするために、絶対にカグヤとは一緒にお風呂に入っていなかっただろうし......結構まずい状況だな。


「アゼル、なんとか出来ないか?」

アゼルなら何かしらの魔法を保有していそうであったため、そう助けを求める。


「うーん...『因果律の悪魔(バルバトス)』の能力に、『悪魔の豊穣(デビルズ・ハーベスト)』があるんだけど...、この能力は肉体の損傷を回復出来るけど、痣や切り傷の跡ようなものは直せないんだよね......右腕が切断されても元に戻せるくらいには万能な力ではあるんだけど......」

何度かユウの身体に試したのだろうが、完全に癒やすことが出来なかったのだろうな。アゼルの声のトーンからはそんなことが痛々(いたいた)しく伝わってくる。

助けてやりたくても助けられない。それは大変(つら)いものだ。特にアゼルのように好意を寄せている場合なら尚更(なおさら)のことだな。


「となると......森の中を歩いている時に、出来た傷とウソを付くしかないな。」


「だね、それである程度はカグヤは納得してくれるとは思う。ユウがウソを付くとは、一ミリも思っていなさそうだしね。」


「少し罪悪感が湧いてくるが......、それしか方法はないしな。」


最終的には、ウソを付いて納得させる方法に落ち着いた。

カグヤには悪いかもしれないが、前の人格のユウの人生を伝えるのは、今のカグヤの精神にはまだ早い。


「お兄ちゃんーまだー?」

そんなこんなで少しだけあたふたしていると、浴室からカグヤの声が聞こえてきた。服を脱ぐだけであるため、なかなか入ってこないことに違和感を感じるのだろう。


「もうすぐ行くから、待っててくれ。」


「りょーかい!、早く来てよねー!」


グタグタしていても遅れるため、言い訳を考えながら服を脱ぐことにした。


「えへへ///ユウの肉体はやっぱり、かっこいいなぁ...ふふ///」


「俺からすれば細すぎて心配になるくらいだな。筋力をつけることも平行してやる必要がありそうだ。」


前の人格のユウの身長は170cmジャスト付近と、俺の身長よりも10cmほど高いため、視線が少しだけ高く感じる。

体重は体感でしかないが、55kg程度しかないだろう。

仮に55kgとしてBMIの数値を計算すると、結果は19.03となるため、体重が少しだけ足りていないのが現状の肉体には言えるだろう。


「じゃあ、僕もそろそろ準備をしようかな。」

どうやらアゼルも一緒にお風呂に入るらしいな......。

悪魔ならお風呂に入る必要はないのでは?と言いたいところだが、そんなことを言ってしまった場合、間違いなく女心(おんなごころ)をわかっていないと、強く非難(ひなん)される未来しか見えない。


「お前は後で一人で入ればいいのに......」

だからこそ、そう文句を言うことしか今の俺には出来ない。


「いやだよ、カグヤだけがユウと一緒にお風呂に入れるなんて卑怯(ひきょう)だもん。」

言葉のレベルが子供でしかないが、本人は(いた)って真面目に喋っている。


「アゼルらしい言葉だな......。」

どこまでもユウを愛するその思いだけは褒めてやりたい。


「じゃあ、変身っと。」

アゼルは俺の左肩から飛び立ち、少し離れた位置に降りたあとそう呟いた。

最初の変身を俺に見せて以来、フッと変身するようにアゼルはなった。


だからこそ、”何も身に着けていないアゼル”が出現してもすぐに視線を逸らすことなど俺には出来なかった。


「っ!???」

俺は世界最高速度の反射神経を使って、アゼルから視線を逸らした。

速度だけで言えば、F1のプロレーサー速かった気がする。流石は俺の脳内スーパーコンピュータだ。


「ユウ?どうしたの?」


「どうしたのじゃないだろ......何も身に着けていない状態に変身するな、服はどこに行ったんだ、服は.....。」


いつものように服を着た人型のアゼルになると思っていたんだ。

だがその予想は完全に外れた。

アゼルが人型に変身したのはいいものの、服を一切身につけていなかったのだ。


「どうせ脱ぐんだし、わざわざ服を着る必要はないでしょ?」


「それはそうだが......せめてそれならそうと言ってくれよ......」

視線を合わせずに会話するのは失礼だと思うが、許してほしい。

アゼルの言葉に対して強く否定したいものの、完全に合理的な解答であったため否定のしようがなかった。


「じゃあ、僕は先に行ってるからユウも早く来てね。カグヤちゃんも待ってるんだから。」


「......あぁ。」


アゼルのドアを開閉する音が聞こえてさらに5秒ほど待ってから、逸らしていた視線を戻した。アゼルの性格なら数%の確率で脱衣所に残っていそうだったが、そんなことはなかった。


「恥ずかしいが......行くしかないな。......大丈夫だ、俺は冷静沈着(れいせいちんちゃく)な男、女子と風呂に入るだけで冷静さを欠いたりはしない。」


カグヤとアゼルの楽しそうな声は、一瞬だけ躊躇(ためら)いの感情を生み出したものの、約束を守るのが俺の義理(ぎり)であるため、


普段のペースを崩さないまま、俺は浴室の扉を右手で開けた。





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