12話「妖怪のお友達!」
「お兄ちゃぁぁぁん....この問題難しいよぉ...」
綺麗な姿勢で勉強をしていたカグヤは、机にダラーと上半身を預けた。
口元からは、はぁ......と深い溜息を吐き出し、とても疲れていそうだ。
数時間以上休憩無しで勉強し続けるのは、身体に毒でしかない。
俺のように慣れていれば別だが、この数時間一緒にいたからこそわかったが、勉強というものに対してカグヤの身体は慣れていない。
だからこそ、今のような現状になっているのだろう。
と、カグヤの現状について説明したが......
今の俺の現状についても、少しだけおかしいことになっているため先に伝えておきたい、というか話させてほしい。
頭には狐、左肩にアゼル(コウモリの姿)、右肩に赤鳥、太ももにはホワイトタイガーと紫髪の女の子が居座っている状態だ。サーカス団のピエロがやりそうな芸当ではないだろうか?
普通なら、これほどの大量の動物と女の子が身体に乗られていると大変辛いものだが......不思議とそこまで辛くはない。
この動物(?)達の影響なのか、単に『黎明の審判』の痛みに慣れてきたのか、俺の感覚が死んでいるのか......、断定するのは無理そうだが、そう推測することは可能だ。
「数学の問題か?」
この世界の文字が読めないため、カグヤにどのような問題かを言葉にしてもらい、日本語に変換する作業が今の俺にはいる。
後天的魔法術式の『字形翻訳』は、この世界の古代文字などを読むときなどにも使えるだろうし、大変便利な魔法ではあると思うが、現代に使用されている文字を読むだけなら学習した方が遥かに手っ取り早い......と俺は思う。
いちいち文字を読む時に、『字形翻訳』を使用するのは手間がかかる上に、魔力も必要だからだ。
文字に関しては多少大変だと思うが、基礎から丁寧に習得していくべきだな。
指数関数のように最初はちびちびだが、ある時期を超えれば急激にその力を発揮してくれるだろう。
俺はそんなことを考えながら、右肩に停まっている赤鳥を左手の指先に移動させて、右手で優しく撫でている。
赤鳥の身体は蝋燭に手を近づけた時ほどの温度であり、見た目に反してそこまで熱くはなかった。赤鳥に触れていても火傷することがないため、言わば生きた手持ちカイロのようなものだった。
それだけでも心地よいものであるが、赤鳥を撫でていると、頭を俺の右手へとグイグイと押してきてもっと撫でて、と可愛く催促してくるのもさらに好感を抱くポイントだった。めちゃくちゃ可愛い。
「僕も撫でてよぉ......」
赤鳥にアゼルが嫉妬しているのか、首筋にグイグイと身体を当ててきているが、無視させてもらう。
「数学の問題で......確率の問題なんだけど......『袋の中に赤玉が2個と白玉が3個入っています。①袋から連続で二つ取り出した時、どちらも赤玉である確率を求めなさい。②袋から連続で三つ取り出した時、全て白玉である確率を求めさない。』だって、わかんないよぉ...」
文字を読み上げたあと、カグヤは再度深い溜息を吐き、
右手に持っていた鉛筆を手放してから、上半身をテーブルに伏していた。
問題文を聞いた正直な感想を言えば、問題の難易度としてはそこまで難しいものじゃない。
できればカグヤ自身の力だけで解いてほしいと思えるものだ。
俺はチラっと視線を移動させる。
山積みになっていた問題集が少しだけ減っている。
ここ数時間ずっとカグヤは勉強に集中していた。
数学だけだと飽きてくるため、合間合間に他の科目もやるようにと、カグヤには伝えていた。
数学の合間にやった国語の問題集は、前からかなり進めていたらしく、
合間の時間で問題集の全ての問題を解き終えていた。
国語を終えてからは再び数学へと戻り、問題に向き合っている。
というのが現状なのだが......数学1時間ほど→国語50分ほど→数学(今)のため疲労が蓄積してきているのだろう。
休憩を一切挟んでいないため、脳がオーバーヒートを起こしていると思われる。ここらで一度休憩を挟んでもいいのかも知れない。
「___どちらの答えも1/10だな。コツとしては、連続で取り出す時は分母が減少していくこと。大きな数字になる前に、約分を入れることだな。コツさえ知ればカグヤの実力なら問題なく解ける。この問題はただカグヤの負担を増やすだけの問題でしかない。......途中式もいるか?」
解だけを書けばいい場合もあれば、途中式まで書く必要がある場合もあるため、そこは聞いておく必要がある。
「えぇっと...途中式はいらないみたいだね!じゃあ...どっちも1/10...っと。宿題が全部終わったら、ちゃんと自分で解いてみるね!」
問題集に答えを書き込み、余った余白部分に☆型のマークを鉛筆で小さく記入していた。
あとで問題集を振り返った時に、このマークがついていたら自分で解くという意味があるようだ。こういうことをする人間の8割以上が、やらないように感じるが......カグヤの場合は、全部やるんだろうな......。
「ふふ♪、ふふん♪ふふん♪」
マークを問題集に書き込み終わり、再び数学の問題に向きあったカグヤはかなりご機嫌なご様子だった。
カグヤなら問題なく解けるという言葉が嬉しいのだろう(多分)。
身体も横に少し揺らしていて、見ているこっちまで楽しい気分になってくる。
やはり......カグヤのような性格の人間には、ポジティプな言葉をかけるほうが遥かに合理的に成長を促す事が出来そうだ。
Q、人間が最も成長する褒め言葉とは何だろうか?
凄い、かっこいい!などが良さそうに感じるが、もっといい言葉がある。
それは『◯◯なら出来ると信じている』のように、その人間の可能性を信じてやることだと俺は思っている。
ただ凄い、凄いだけ言ってもその時だけの短期的なエネルギーにしかならない。
しかし、◯◯なら出来ると信じていると言えば、その人間の将来性を期待しているという意味合いを含むため、長期的なエネルギーをその人間に与えられる。
「この問題はー♪さっきお兄ちゃんに教わったところー♪」
カグヤが書く文字からは、嬉しさが伝わる流れるような文字に見える。
当たり前だが......過剰にこの言葉を使いすぎるのもよくない。
その言葉が普通であると脳が認識してしまうからだ。
水やチョコレートなどどんなものにでも致死量があるように、摂取量を逐一調整するという操作が言葉というものには必要なのだ。
「カグヤ......少しの時間いいか?」
アゼルが嫉妬しているが、止めることなく赤鳥を撫で続ける。
嫌な素振りをするようなことが一切ないため、俺が満足するまで撫でさせてもらうことにした。
「どうしたのお兄ちゃんー?」
この数時間で俺から質問することはほぼなかった(体調がマシになったとはいえ、疲れが残っているだろうと思ったからだ。)。
そのため、カグヤは珍しいものでも見たかのような表情をしていた。
「こいつらは......カグヤが呼び出したのか?」
俺はずっと聞きたかった質問をカグヤにぶつけることにした。
あとでアゼルに聞けばいいのでは?
と思うかもだが、許してほしい。
どうしても気になって気になって計算や問題の解答に集中出来ないのだ。
カグヤからすれば、知っていて当然であるため、この質問は違和感しかないだろうが、ずっと勉強に脳を使うのも疲労が蓄積していくだけ、ここで少し休憩がてらに聞いてみるのもありだろう。
「うん、みんな私の大切な妖怪のお友達!私の先天的魔法術式の『妖魔の先導者』のお陰で皆とはお友達になれたんだぁ。って、お兄ちゃんなら知っているでしょ?......忘れちゃったの......?」
知っていて当然のことを聞いてため、カグヤは僅かに口角を下げ、悲しそうにこちらを見てくる。
「いや、忘れていない。少しの間、カグヤの思考を勉強から逸らしたかっただけだ。ずっと勉強しているのは身体に悪影響だしな。......改めてなんだが......一人ずつこいつらを紹介してもらってもいいか?前に頭を木にぶつけて以来、少しだけ記憶が曖昧になっているんだ。」
少しおかしな言葉だがそう問いかける。
この状態(たくさんの妖怪が身体に乗っている状態)に対して普通なら違和感を抱くところだが、不思議とこの状態を当たり前のように受け入れている自分がいるのは不思議な感覚だ。
これについては、前の人格のユウもこのようなことを長年経験していて、それが身体の芯まで記憶されていたため、だと思う。
もしかすると......これからの将来で、前の人格のユウが経験していたことには、違和感を感じないことがあるかも知れない。
憑依転生ゆえの記憶や感性のバクなのだろう。
「......僕に聞いてくれたらいいのにぃ......」
ボソッとアゼル言葉が聞こえてくる。......流石に構ったのほうがいいだろうか......いや、いいや。アゼルだし。
アゼルを無視して続きに戻るが、
記憶の齟齬に関しては、アゼルやカグヤから聞く必要があるのが多少面倒なところだろうか。
なぜ知らないと聞かれたら、記憶が曖昧だったり、単純に忘れただったりで凌げばいいだろう。
カグヤは優しいしな、それでも問題なく会話は成り立つだろう。
少し悪いかもしれないが、俺はユウのように善人というわけじゃない。
ある程度の悪という行いも合理的であると判断すれば、躊躇いなく行える人間だ。
「木に頭をぶつけたのは、それはそれで心配だよ......。...今のお兄ちゃんは元気そうだから、そこまで気にしないけど......ちゃんと身体には気を使ってね...?」
「あぁ、お前には......もう心配はかけさせない。」
カグヤと視線を合わせて、はっきりと自分の意志を伝える。
契約があるからという理由もあるが、カグヤのような善人を守ることも俺にとっては、不条理を破壊することに匹敵するほどに大事なことだからだ。
「うん......もう......どこかに一人で行かないでね......」
カグヤは俺が気を失う前に聞いた言葉を、涙ながらにもう一度話し、身体をゆっくりと俺の右肩に預けてきた。
ただカグヤに、この動物達について聞きたかっただけだったんだが......別にいいか。
俺とは違いカグヤの心はどこか危うい。
純真無垢であるが、ユウという存在の前ではそれ以外の面も多く見せる。
そういう点で言えばアゼルとカグヤは少しだけ似ているかも知れない。
*
「ごめんね....お兄ちゃん....」
カグヤは、預けていた身体を離したあと、右手の人差し指で両目から流れる涙を拭った。
テーブルの奥にある厨房に立っていた母さんは、そんな姿のカグヤをみて、夕飯の準備をしていた腕を止めて、慈愛に満ちた溢れた表情で穏やかに見つめていた。
「じゃあ......改めてお兄ちゃんに皆を紹介するねっ。縁側でお茶を飲んでいる武士さんが高天源。私のおじいちゃんみたいな存在だね。その隣にいるのが玄武のゲンちゃん。おじいちゃんは刀を振らない斬撃が出来るし、ゲンちゃんは凄い体力の持ち主で、『火炎球』を100万発くらい耐えられるらしいよ!」
縁側へと視線を向けたカグヤ、二人を嬉しそうに紹介してくれた。
「刀を振らない斬撃に....『火炎球』100万発を耐える亀さんか。どこを先にツッコんだらいいのかわからないな......」
見えない斬撃については、高天源の能力なのか、単純に刃を振る速度が速すぎて認識出来ないのかのどちらかだな。
人間が動きとして認識出来る速度を越えた場合、刃を振るっていないような斬撃に見せることも理論上は可能だ。
0.01秒以下で抜刀できるのであれば行けるが......これについては一度見せてもらいたいな。
「おじいちゃんも、ゲンちゃんも、強くてたくましいけど、それ以上にとっても優しく穏やかな性格なのも凄いところだよね!」
「それはそれで、ギャップが酷いな......」
カグヤの言葉にボソッと一言だけ俺は呟いた。
高天源の斬撃についても気になりすぎるが......それと同様に気になるのが玄武という単語をカグヤが発したことだ。
地球で学習した知識をもとに当てはめると、四神の玄武である可能性が非常に高い。
亀に蛇が巻き付いてる姿も、歴史書などで見た玄武の姿と瓜二つだからだ。
『火炎球』100万発を耐える体力に関してだが......回復系の魔法や権能と合わせれば実質無敵と変わりない。
「ユウは、夜は世界最強だけど、朝は世界最弱のざーこ♡だもんね。」
構わなすぎたのが原因だろう。アゼルからそんなことが飛んできた。
言葉のお返しとして、軽めのデコピンをしておいた。
カグヤはいつの間にか縁側から視線を移動させて、今度はリビングにあるゴロゴロと横に転がれそうな場所へと視線を向けていた。
「あそこで戦っているのが、八岐之大蛇のオロちゃんと青龍の青ちゃん。二人とも考えるよりも先に行動するタイプだね。いつも私の移動手段としてどちらが優れているかをずっと争っているイメージ......かな?私からすればどっちも凄いんだけど......二人からすると納得がいかないんだって。」
カグヤの視線の先には、数時間以上に渡ってずっと戦闘を続けている二匹がいた。いつまで戦ってんだよ。脳筋かよ。
「八岐之大蛇に青龍......か。」
八岐之大蛇と言えば言わずもがな、日本最強妖怪の一体。須佐之男命が討伐したのは有名な話だろう。
青龍は、玄武という言葉から察するに、こちらも四神の青龍の可能性が非常に高い。玄武と同様歴史書で見たことがある姿にそっくりだしな。
「そして....お兄ちゃんの左手に乗っているのが朱雀のスーちゃん。夜に勉強する時に明かりを出してくれて、凄く勉強が捗るね。太ももに寝転がっているのが白虎のコーちゃん。休憩する時にいつも抱き枕になってくれて、休憩時間がとても恋しくなってくるね。頭に乗っているのが九尾のキューちゃん。いつもお風呂のお湯を沸かしてもらったり、洗濯物を乾かしてもらったりしてもらっているね。お兄ちゃんの頬を引っ張っているのが天逆沙嘘ちゃん。昔からずっと私の遊び相手になってくれているね。」
サーカス団のピエロのような状態を見て、困惑しながらもカグヤはそう教えてくれた。
「もう俺はツッコまんぞ......。」
意味がわからん。
なんで中国神話に登場する最強の生物と日本妖怪の最強角、明らかに只者ではないオーラを放っている武士。そんな化け物たちがカグヤのお友達としているんだ?おかしいだろ。この家どうなってんだよ......
「なぁ、カグヤ。この妖怪達はつまるところ......カグヤの生活を助けてもらうために呼んだということか...?」
恐る恐るカグヤに聞いてみる。
「...うん、そうだね!さっき紹介した以外だと、おじいちゃんには肉弾戦の戦闘相手もしてもらったり、セイちゃん、スーちゃん、コーちゃん、ゲンちゃんは、家の四方を守ってくれる守り神?の役目を担ってくれていたりするね!昔に怖い夢を見ちゃって......その日から皆が私を助けに来てくれてね、その次の日から今まで怖い夢を見ることはなくなったかな?」
「なるほどな......よーく、わかった。」
カグヤがお友達と呼んだ者たち。
地球での知識を当てはめられるなら、間違いなく最強レベルだ。
それを、世界を壊す目的でもなく、理想を叶えるためでもなく、
ただ生活の質を少し向上させるという目的だけで、この八体の化け物達を『妖魔の先導者』......で呼び寄せたのだろう。
怖い夢を見たくないからっていう理由で、四神を呼ぶのは間違いなくどの世界であろうともカグヤだけだろうな。
「カグヤの『妖魔の先導者』の力は、妖怪を呼び寄せる力だが....それ以外にも力はあったりするのか?」
先天的魔法術式についての理解を深めたいため、質問を投げかける。
「うーん......私も自分の『妖魔の先導者』について詳しいことは知らないんだけど......皆とお友達になれたのは『妖魔の先導者』の先天的魔法術式に覚醒してからだったからね。それ以外の権能については......私もよくわかっていないね。」
「詳しいことについて知らない...か。」
天逆沙嘘に頬を引っ張られながら、俺は真剣なトーンで答える。
というか......少しいいか?頬引っ張るのやめてくれ天逆沙嘘、地味に痛いんだ。
視線でそう伝えるが......『?』を浮かべて理解出来ていないようだった。
カグヤも全然止めないし......これが普通なのかだろうか?
アゼルとは違い、中身はただの無邪気な子供らしい。
ちなみにだが、アゼルは『うぅ.....痛いよぉ......』と頭を小さな手で抑えている。
俺も悪いだろうが、謝るようなことはしない。アゼルだしな。
「よし、雑談も終えてたことだし、椅子から立って血流を解してから、再度勉強を開始だな。」
カグヤの話を聞いて、アゼルに後で聞く質問をある程度確定させた。
嫉妬の感情もそれで消してやればいいだろう。
「えぇー!もっと会話してたいよぉー!」
カグヤが俺の体を少し揺さぶりながら、駄々をこねてくる。
「宿題が全部終わったら、その分も含めてすればいいだけだろ?頑張れ、カグヤ。」
妹の可愛すぎる行動に心を揺らされるが、軸が壊れるわけじゃない。
心を鬼にして淡々と応援をすることにした。
「むぅぅ......わかったよぉ......。その変わり.....ちゃんと約束は守ってね...?」
「あぁ。それに、俺が付いているんだ。わからない問題に遭遇したらいつものように教えてくれたらいい。」
「____うん!もう少しだけ......頑張るね!」
カグヤはとびっきりの笑みを浮かべた。
______なぜユウは助けを家族に求めなかったのか?
その要因の一つは間違いなくカグヤの存在だ。
カグヤに悲しい顔をさせたくない、兄としてカグヤを守らなければならない。
優しいすぎるが故に、そう思ってしまったのだろう。
......優しすぎるのも......心に重圧がかかるのかも知れない。
少しくらい気を抜け、言葉にして吐き出せ。
それくらいは......言ってやりたかったな。




