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10話「一家団欒」



「ユウ、はい、あーん......」

お粥を木のスープで掬い、ふぅふぅと冷ましてから、俺の口元付近までアゼルが運んで来てくれる。

その気遣いには感謝したいところだが......


「別に一人でも食えるんだが?」

黎明(ヘリオス・)の審判(セレスティアル)』の効果が発動しているとはいえ、痛みには比較的慣れている方だと俺は自負している。

わざわざ食べさせてもらう必要などないのだ。


「僕がふぅふぅしたのだと......いらないの......?」

見てくる。

アゼルがとびっきりの可愛さと庇護欲を表情に宿しながら、上目遣いで。

整った顔立ちも相まって、すごくいいシチュエーションに映っていることだろう。


俺は、少しだけ顔を(しか)める。

「そんな表情で見てくるな......やらんぞ......俺は絶対にやらんぞ......。」

全力でアゼルの介護は否定させてもらう。

これは俺の尊厳に関わる問題を含んでいるのだ。


「大丈夫だよ、ユウ。そんなに強がらなくてもいいんだよ?昨日の夜はあんなにもカッコよかったのに、今は僕にふぅふぅして食べさせてもらうギャップ。僕は好きだけど?」

アゼルは淡々とナイフをぶっ刺してくる。

風撃(ふうげき)(やいば)』といい、暗殺に特化しすぎだろ。


「アゼル......お前......やっぱり悪魔だな......。」

人が気にして止まないことを、一切の(つくろ)いをすることなくぶち撒けてくる。

やはり......アゼルは悪魔だった。


「僕には全てバレてるんだから強がらないの。はい、あーん......」

冷めているであろうお粥を、アゼルがパクっと食べて、再度熱々のお粥を掬い、ふぅふぅしてから俺の口元付近に運んでくる。


「......わかったよ......。」

俺は渋々ながら戴くことにした。

間接キスに対して文句を言ってやりたくなったが......もう会話するのも疲れた......。

プライドなど、もはやズタズタに引き裂かれたことだろう。


アゼルからもらったお粥を口の中で転ばせる。

食感と味をじっくりと確かめてから胃に送った。

「美味いが......やはりか...。」

アゼルが期待するような目でこちらを見てくるが、俺は繕うことはせずに本音を伝えた。

俺の推測通りの結果だった。


「えっ?......不味かった?......僕のふぅふぅ......いらなかった......?」

若干(じゃっかん)身を縮こませながら、アゼルがちらちらとこちらを見てくる。


「いや、そういうわけじゃない。.......米の甘さが足りない、と思ってな。アゼルに対して何か悪いことを思ったわけじゃない。そこは安心してくれ。」

少し面倒な言い回しになったのは謝罪しておく。


「もう......少し緊張したんだからね。最初くらいは褒めるだけでよかったのに......。」

少し不満を感じているのだろう。頬をぷくっと膨らませている。


「全てお見通しなんだろ?なら、そんなことする必要はない。そうだろ?」

さっきのアゼルの言葉をそっくりそのまま返すことにさせてもらった。


「......それはそうだけど......それは違うと言うか......」

小さく縮こまりながら、ぶつぶつと何か呟いている。

......そんなアゼルを可愛いと思ってしまうのは......気のせいだと思いたい。




   *




アゼルに熱々のお粥を食べさせてもらったあと、まだ身体が悲鳴をあげているため、横になって休息を取ることにする。

久しぶりに入るふかふかの毛布は、とても心地良いのは言うまでもない。


『修羅』との本格的な攻防に入ったのは14歳の時4月頃。

その時から『修羅』に敗北する15歳の6月までの1年と少しの間、森の中に点々と存在していた洞窟で過ごしていたのだ。

この時ほど、布団というものに対して恋しくなったことはない。

単なる心地よいを通り越して、天国かと疑いたくなってくるほどだ。


「ユウ、『黎明(ヘリオス・)の審判(セレスティアル)』を踏まえて......これからはどうする予定かな?」

天井を見上げながら、『修羅』との攻防を思い出していると、アゼルの声が聞こえてくる。

ちなみにだが......お粥を食べさせてもらったあとは、コウモリの姿へと戻った。

アゼル(いわ)くこっちの姿の方が燃費が少しいいらしく、人型しか出来ない用がなければコウモリの姿でいるらしい。


俺は天井を見上げながら、アゼルの問いを少し考える。

......木目......結構綺麗だな......いい職人がこの地域にはいるのかも知れない。

「これからの予定か......。少しの間だが......この家に世話になろうと思う。『月の支配者(ツクヨミ)』について知らない、魔力の扱いもままならない、文字の読み書きも出来ない、知識も足らない。こんな状態の時に世界や国をまわるのは単純に面倒くさいし、危険も多い。家というものが今の俺にはあるんだ、存分に利用させてもらうさ。」

こんな言葉を聞けば、前の人格のユウは少しだけ嫌な気持ちになるだろうが、俺は事実しか言っていない。


それに、前の人格のユウに言われなくても、カグヤのような善人の妹を守らない理由もない。

俺は不条理を殺すだけであって、善人を殺すことは絶対にない。

性格は対極的であるが、守るべき対象には(ほとん)ど変わりはない。

だからこそ、実質的な契約の対価は無に等しい。


問題があるとすれば、契約の効力がどこまで効いてくるのか。

それを早急に理解する必要がある点だろうか?

不条理を殺したいという気持ちもあるが、急がば回れだ。


まずはこの世界のシステムに身体を適応させていく時間にする。

権能や魔法、アゼルのような悪魔がいる世界では、地球よりも危険度が数十倍ほどまでに違う。

ここは絶対に怠ってはならない部分だ。


「ふふ、ユウらしい合理的な判断だね。うん、僕もそれが正解だと思う。それに......カグヤや両親達からすれば、ユウが久しぶりに家に戻ってきたことになってるしね。」

アゼルの言葉の途中であるのは、理解していたが、どうしても先に聞いておく必要がある。

カグヤと両親達が知っていることを俺も知っていなければならない。

そうでなければ認識に誤差が出るし、不要な疑問を抱かせることになってしまうからだ。


「アゼル、話の途中だが......ユウが家出をしたのは今から何日前だ?」


「10日前くらいだね。いろいろな所を点々と巡り歩いて、あの砂浜にユウは到達した。」

流石はユウが大好きな悪魔っ娘だ。

迷う素振りを一切見せなかった。


「10日か......。その(あいだ)よく、前の人格のユウは死ななかったな。......いや、お前が陰ながらサポートしていたんだな。」

自分の中でそう自己完結させる。

ボロボロの身体かつ先天的魔法術式がない前の人格のユウが、あの森を無事で突破出来るとは思えないしな。

1+1ほどに簡単な問いだ。


「うん、それくらいなら......僕にでも出来たからね。」

アゼルが過去を思い出しているのか、少しだけ重いトーンで話した。

悪いとは思うが、重要な事柄である以上、聞いておかなければ後で絶対に面倒なことになる。


俺は改めて考えることにした。

前の人格のユウ。そいつの人生についてを。

「前の人格のユウの人生を簡潔にまとめると、10日前までは、ずっといじめの日々を受け続け、その現実から逃げる、もしくは終えることを決意。自殺場所を探したのか、ただいじめというものから逃げたかったのか、理由は色々あるだろうが森の中を点々と移動し、その果てにあの砂浜に辿り着き、アゼルに契約の代償として身体を渡した......か。」


俺とは違うベクトルではあるが、最悪の人生だったのは言うまでもない。

こいつの性格と環境を考えても、ほぼ詰みに近い状態だった。

よく......俺のように闇に落ちずに、優しさを貫き続けたものだ。

その点だけで言えば、俺が前の人格のユウには絶対に勝れない。

まぁ......こんなものでは、勝るも負けるもないか。


「それにしても......タイミングが良すぎるな。アゼルが『転生召喚』を決行するタイミングと、俺が『修羅』によって殺されるタイミングが、ほぼ合致したからだろ?あまりにも出来すぎているな。」

運がよかったと言えばそれまでだが、あまりにも確率が低すぎる。

スーパーコンピュータで確率を算出しても、間違いなく数京分の1くらいになるだろう。


そう考えると......同じ名前、似たような人生から推測するに、何か因果的なもので繋がっていた可能性があり、それが影響を及ぼした。

そう仮定した方が、遥かにしっくりくる。



つまり......こうなることは必然だったと?



いや、そこまでは流石に言い過ぎか。



だが......どこかで繋がりがあったのは確実だ。



......気になるな。



考え続けたかったが......『黎明(ヘリオス・)の審判(セレスティアル)』の弊害により、それ以上の思考を続けることは俺には出来なかった。




   *




「お兄ちゃん、はい、あーん......」

妹のカグヤが、卵焼きを一口サイズに切り分けて俺の口元まで運んでくる。

カグヤ自身の箸であるにも関わらず一切の躊躇いがない。

もしかすると......この世界には間接キスという概念がないのか?

そう疑いたくなってしまう。


「今日だけだぞ......」

6時間ほどの睡眠を取ったことで、まだ権能のデバフは残っているものの多少体調はマシになった。

今は、一家団欒で昼食を食べているところだ。

俺から見て向かい側の席、右側に父さん、左側に母さんが座っている。

そして......俺の左隣にアゼル、右隣にカグヤが座っている。


「じゃあ、次は僕の番だね。はい、あーん......」

どさくさ紛れにアゼルもあーんをしてくる。


「遠慮しておく。」

そのように鄭重にお断りさせて戴く。

アゼルは悪魔だ。

人間よりも遥かに強いであろう種族に対して、やらせる行いではない。


「なんでよぉ......僕のも食べてよぉ......」

隣の席でアゼルが駄々をこねるが、無視する。

先程のお粥の(けん)を、俺は忘れたわけじゃない。


「もうアゼルお姉ちゃんの番は終わりなの。今度は私がお兄ちゃんのお世話をする番だからね!」

逆転◯判の如く、アゼルに対して指先を向ける。

いや、向けるな向けるな。

行儀悪いぞ......。


「いや、それだけは譲れないね。僕はユウを誰よりも愛してる。いくら妹のカグヤであろうとも、これだけは譲れないよ。」

悪魔のプライドなどあったもんじゃない、アゼルの言葉がカグヤの言葉と対峙する。


「むむむ......お兄ちゃん......手強い女の子を連れてきたね......」

純真無垢すぎるカグヤは、それを挑戦と受け取り、瞳に業火の如く炎を宿しているように感じた。



......会話するのはいい。


喧嘩をするのもいい。


それも人間の本質だからだ。


だが、一つだけ文句を言いたい。


俺を挟んでの口喧嘩をするな。


鼓膜が痛い。


あと、お世話もいらん。


それなら黙っていてくれた方が遥かにマシだ。


「ほらほら、二人とも喧嘩しないの。ユウはまだ回復の途中なのを忘れたの?」

アゼルとカグヤの喧嘩を仲裁するように、母さんが言葉を発した。

天使だ、間違いない。天使だ。


「そうだぞ、ふたりとも。ユウには明日からちゃんと仕事を手伝って貰わないといけないしな、体力は温存させておくべきだ。」

......何か嫌な単語を聞いた。

悪魔だ、間違いない。悪魔だ。

......明日は遠くに逃げよう。もしくは逃げる口実を今日中にでも作っておこう。


「「はい......」」

アゼルとカグヤ二人して謝っていた。


......これが両親か。


......これが家族か。


......俺の家族のようなものだったとは、別の意味で恐ろしいものだ......。




   *




「______やはりか。......足りないな。」

自分の右手で箸を持ち、目の前に盛り付けられている炊きたてのご飯を、一口箸で取り食べる。


お米の感触と味を確かめ、よく噛んでから胃に送る。

だが......物足りない。

そう感じて止まない。

俺の日本人としてのDNAがそう叫んでいる。


「どうしたのお兄ちゃん?」


「米の糖度が足りない。硬い。やはり......技術がそこまで発展していないか。魔法があるとはいえ、まだまだだな。」

食べれなくはないものの、日本と比較してしまうとどうしても見劣りしてしまう。


単純に、日本の米が美味いのが悪い。

当たり前のように感じていたが......あれは反則だ。

このお米を口にしたからこそ、そのように理解出来る。


「えぇ、そうかな?あむあむ......セレティスのお米は、世界で一番美味しいって言われているくらいだよ?まさかお兄ちゃん......新種のお米でも発見したの?」

俺に続くようにカグヤもお米を食べたが、俺のように何ら疑問を抱くことなく、それが当たり前だと認識しているようだった。


「いや、発見はしていない。遥か東のさらに東の果てにある島国のお米だ。」

日本と言っても伝わらないため、暗喩(あんゆ)で伝えることにした。


「うーん......帝国は熱帯の気候だから違うし......そんな国あったかな......」

俺の言葉に一切の疑問を抱かずに、カグヤは頭を抑えながら記憶を掘り起こしていた。

そんなカグヤを見た両親も、ぶつぶつと何かを語りあっているが、正解に辿り着くことはないだろう。

何せ......この世界には、日本という国は存在しないんだからな。




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