表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

幸せな森の魔女

作者: 霧海すぅ
掲載日:2025/10/21

 人里離れた深い森の奥、そこにはどんな願い事も叶えてくれると言う魔女の住む家がありました。

 魔女と言うのは神の教えに背く者であり、その為神々の世界、楽園に来ることを禁じられた存在です。

 人間は死してその楽園へ誘われますが、魔女はどうなるのでしょうか。

 それを知っているのは魔女本人以外にありません。

 少なくとも分かっている事は、その魔女は見た目は少女の様ですが齢を既に2世紀以上重ねていると言う事だけ。

 何故死なないのか、何故老いないのか、魔女をよく知らぬ者は皆、魔女の秘薬だ呪いだいやいや既に屍人(しびと)なのだと勝手を申しますが、その真実を知る者は居ません。

 或いは魔女本人は知っているのかもしれませんが。

 そんな魔女を気味悪がって村の住民が訪れる事は滅多に無い魔女の家ですが、時々、世の中のいろはも分からない小さな客人が訪れる事がありました。

 その胸に大きな望みを抱えて。


 コンコンコン。

 ドアノッカーには手が届かない小さな女の子が、扉を直接叩く小さな音が響く。

 魔女が扉を開けるとそこには6歳ぐらいの女の子と、3歳

 ぐらいの男の子が立っていました。


「あらあらこんなに小さな子供がうちになんの用かえ。外は冷えるだろう、中へお入り」


 そう言って2人の子供を招き入れた魔女は子供たちをソファへ座らせてホットミルクを2人の目の前に差し出した。

 小さな子供達は何も疑わずにそれを口にします。


「子供二人でここへ来るのは大変だったろう。昔は道が整備されていてもう少しマシだったんだけどねぇ。今じゃみんな気味悪がって、近づこうともしない。いつの間にか舗装路は荒れ果てたけもの道さ」


 人と会話するのが好きな独りぼっちの魔女は数十年ぶりの来客に楽しそうに話をしている。

 魔女の話を聞いたり聞かなかったり、ソワソワ落ち着かない少女がふと口を開く。


「お姉さんは、本当に願いを叶えてくれる魔女さんなんですか?」


「おやおや、お姉さんだなんて。私はこう見えてもう200は超えて居るからねぇ。200を超えてからは歳を数えるのが面倒になって忘れちまったけど、そんな風に呼ばれるのは嬉しいものだねぇ。あぁそうさ。(ちまた)で噂の魔法使いは私の事さね。最も、今の彼彼女らがどんな噂してるかなんて知るよしも無いけども」


 その言葉を聞いた少女は弟の手をぎゅっと握りしめた。

 か細い声を振り絞って魔女に願いを告げる為に。


「私たちを助けてください……私と、弟と、お母さんを、助けてください……」


 言葉を紡ぎながらここへ来るまで我慢していたのであろう涙がポロポロとこぼれ落ちる。あらあらと魔女はその目の前に膝まづきハンカチでその涙を拭った。


「助けると言っても事情が分からないんじゃあ救いようがないよ。まずはきちんとお話し出来るかね」


 魔女の言葉に少女は強く頷いた。

 少女は子供らしい拙い文で魔女に事情を説明した。

 (いわ)く、彼女らの父はこの飢饉(ききん)の世の中に職を失って、食べる物もろくに無い生活の中で酒と煙草に溺れるようになって、食費に困った母が裁縫などで稼いだ小遣いも酒と煙草代に消え、栄養失調であろう母は病に伏せいよいよ金が無くなるとなっては暴力を振るうようになったのだそうだ。

 ここへは酒と煙草を貰いに行ってこいと言う父の命令で来たのだと。

 話を聞き終えた魔女は小さな少年少女を抱きしめた。


「そうかいそうかい。それは辛かったろう。 そうさね、この森はとても豊かだ。煙草の材料の葉くらいいくらでも採れるだろうて」


 魔女は本を取り出しそのうちの1ページを破って少女に渡した。


「ほれ、この葉っぱだよ。弟はここへ置いていっても連れて行っても構わないから、この葉っぱを採っておいで。あたしはその間に酒でも作っておくからね」


 その紙を受け取った少女は、弟にソファで大人しく待つように言い聞かせて一人で森へ入った。

 弟を守るため、母を助けるためにどんな危険も顧みず。


 森へ入るとそれはすぐに見つかった。薬草を採取する際にはつける様にと魔女から渡された少しブカブカの手袋で片手に紙片を持ち、葉と交互に見合わせる。文字は読めない為、見た目以外で解る事が無い。

 なので似たような形の葉っぱを沢山籠に摘むことにした。

 栗やキノコを持ち運ぶための籠いっぱいに薬草を詰めても、葉の重さは大して重くなく、少女でも楽々持ち運ぶ事が出来た。そうして帰ってきた少女はソファの上で弟が寝てしまっている事に気づいた。


「おや戻ったかい」


 鍋で何やらグツグツ煮込んでいる魔女は振り返らずに声だけ掛けた。


「採ってきた葉っぱはそこいらに置いといておくれ。あたしは今、シチューを作っているからね」


 この家へ訪れて、久方振りに父の恐怖から逃れ暫くした少女はいつの間にか、こんな遠い家に住んでいてミルクやお肉等はどうやって調達してるのだろうと言う疑問を考える余裕が生まれて居た。

 暫く料理をする魔女の後ろ姿を眺めているといつの間にか眠っていた少女は良い匂いが鼻先を掠めた事で目を覚ました。


「おはよう小さなお客人。さ、このシチューをおあがり」


 久しぶりのご馳走にお腹の音が鳴り、恥ずかしさに俯きながら弟を起こす。

 2人揃って幸せそうな笑顔でシチューを平らげて行く。

 その様子を見た魔女も笑顔になっていた。


 少女らが食事を終えると辺りはすっかりオレンジ色に染まっていた。このままでは家に着く頃には暗くなっている事だろう。

 朝に出掛けてこんな時間まで帰らないとなると父にどんなにこっぴどく怒られるだろうか。

 想像しただけでも身体が震えてしまう少女に魔女は優しく声を掛けた。


「さぁ、暗くなる前にお帰り。お酒の瓶は重いからね。持って一緒について行ってやるよ」


 といつの間にかどこぞの貴族のような衣装に身を包んだ魔女が目の前に立っていた。


 少女達を家に送る道中久しぶりに入った元舗装路の歩きにくさに、こんな道を二人で歩いて来ただなんて……と感慨に(ふけ)っていた。

 子供の足で2時間ほど掛けてようやく辿り着いた頃にはすっかり暗くなってしまった。

 扉の前に立つ頃には父に怯えきった2人の子供がしがみついていた。

 魔女は2人の頭をそっと撫でるとドアノッカーを3回叩く。

 母親は寝込んでいて出られる気配では無いので当然父親が出てくるのだろうと思っていたが、扉を開けたのは母親の方だった。


「おやおやこれは驚いた。あんた、寝てなくて大丈夫かえ」


 見るからにやせ細った、栄養失調のせいでそう見えるのだろうが自分よりも老齢な女性に目を丸くしてそう声を掛けた。

 それは子供たちの目に映るよりも限界が近い事がよく分かる風体だった。


「お気になさらず……どうかこの事は他の方には……」


 蚊の鳴き声でも聞いてるかのように小さな声で紡いでは咳をする母親に無理はさせられまいと要件を手短に伝えた。


「ほらほら、そんな身体で無理をするもんじゃないよ。今日はねこの子達がうちを訪ねて来てね。事情を聞いたもんだから、この子達のお使いの物を持ってきたんだよ」


 そう言って高級そうな瓶に入ったワイン数本と巷で売られる安い煙草と違って、葉で巻かれた物が数本入った煙草ケースを差し出した。

 余りにも高価な物を見た母親は、魔女の小綺麗な服と相まってどこぞのお貴族様に厄介になったのでは無いかと玄関先で地面に頭を擦るように深々と謝罪を始めた。


「こんな高価なものいただく訳にはいきません。なにぶんうちには1リンのお金もありません。お支払い出来る物と言えばこの子達の身柄くらいな者でしょうが、子供を売るくらいなら死んだ方がマシです。お願いします。本日の非礼は水に流して、お引き取り頂けませんでしょうか」


 先程までの聞き取りづらい声からは想像もつかないような饒舌(じょうぜつ)で紡がれた言葉を受け止めた魔女は彼女の両肩を両手で叩いて顔を上げるように促す。


「あんた子供の前でそんな頭を下げるもんじゃないよ。女は強く生きなきゃ、大切なもんも守れなくなっちまう。あたしは子供たちから話を聞いただけだからね、あんたが旦那をどう思ってるのか知りはしないよ。だからあんたが旦那を今も大事だと思ってるんならそれも構わない。でもね、旦那より子供の方が大事だって言うなら、このお酒をあんたの旦那に渡しておくれ。煙草もね。そして夜、旦那が寝静まったら子供たちと一緒に私の家へお越し。場所は子供達が知っているからね」


 それだけを告げて魔女は2人の子供と用意してきた物を置いて去って行った。

 これからこの親子がどんな運命を辿るかは、魔女の知る所では無いし、もしも彼女らが再び、自らの住む家を訪問しないのであれば、ほかの住民に魔女がやって来た事を悟らせる訳にはいかない。

 子供の歩く速度に合わせたゆっくりな物とは打って代わり、そそくさとけもの道へと姿をくらませた。


 家に帰り着いた魔女は、昼間の訪問者達の事を考えていた。

 子供の考えている事と大人の考えている事が違うのは当たり前の事だ。

 見えている景色が違うのだから。

 そして、人間の考える事と魔女が考える事も必然違うものである。


 そもそも、同じ方向を向いていたのなら、こんな人里離れた不便な土地に住まわずに済んだ話なのだ。

 今回魔女の考えた解決策が、彼女らに取って救いとなるか地獄となるかは彼女らにしか解らない。

 彼女たちが再び訪れる事が心待ちでもあり、同時にこんな場所に来る必要が無い事を願うばかりだった。


 食事を取って湯浴みも済ませた魔女が床に着いた。

 眩しく差し込む月明かりを遮るように布団を深々と頭から被り微睡みに落ちていく。

 寝ているとも起きているとも言える状態でどれくらい経った頃だろうか。

 時間帯も(わきま)えずにドアノックの音が響き、日中の出来事を思い出す。

 あの親子だろうかと思いながらドアを開けると目の高さに大人の顔がなく、あれ?と思いながら目線を下に向けるとここまでの道中でかなり体力を削られてしまったのか、2人の子供に心配されている母親が(うずくま)っていた。


「こりゃ大変だ」


 魔女は母親を担ぎ上げ、自らのベッドの上に横たえた。

 魔女の身体は人間で言うところの17歳程度の大きさなので、大人を担ぎあげるのは少し苦労するものだが、彼女の身体は余りにも軽すぎた。

 あの時玄関に出てくるのが父親の方だったならば、夜まで彼らの家の近くで待つつもりであったが、ここまで重態であるならばその判断は誤りだったろうかと思い悩む。


 しかし今はとりあえず目の前の患者。

 魔女と言う者は元来(がんらい)薬品作り(こちら)が本職なのだ。

 家の外に置かれている薪を姉に取りに行かせ、身体を少しでも温められる様に弟には母親と一緒に寝かせ、その間に母親の触診をする。

 医学を専門的に学んだ訳では無いが数百年も生きてきた魔女の知恵を駆使して、必要な薬を調合する。

 ひとまずは栄養が足りてないのだろうから、昼間に作ったシチューの具を細かくして、噛まずとも飲める様にしつつ温め直し、暖炉に薪をくべ終えた少女に、それを飲ませるようにと渡した。まだ幼いと言うのに立派に仕事をこなす少女を今すぐ褒めたい気持ちも抑えて調合した薬を水にとかして、食事途中の母親に飲ませた。

 人間の作る飲みやすい薬と違って、効果は抜群だが大層苦い薬を無理やりに押し込ませ、寝かしつけた。


 身体に栄養が蓄えられるまで暫しの静養は必要だろうが、ひとまずこれで一安心だろう。

 だらだらと暮らしていたここ数十年の中で一番の慌ただしい一日を終えた魔女はすっかり眠気も消え去り、ホットミルクに乾燥葉を浸けて淹れたミルクティーを用意する。弟の方は母親の床に潜っているうちに寝付いたようだが、母親の容態が心配で寝付けずに居る姉を自身の膝の上に来るように促す魔女。

 膝の上に乗せた少女は、この歳の子供にしては少し軽いくらいだろうが、母親を持った時の軽さと違い、しっかりと重みを感じた。

 どんな辛い状況だったかは察するに余るが、それでも子供たちにだけはと食事を工面していたのだろう。

 小さな少女をぎゅっと抱きしめて、頭を撫でてやり、心は立派な大人である少女にもミルクティーと秘蔵のクッキーを差し出し、夜が明けるまで二人で暫しの歓談を楽しんだ。


 日が昇り始めた頃、疲れ果てていつの間にやら寝てしまった少女の頭を撫でている魔女の背後から震える身体を必死に押し殺して忍び寄る影にこうなる事は織り込み済みとでも言うかのように振り向かず、魔女は声を掛けた。


「命の恩人に……なんて恩着せがましい事は言わないけれどね。そんな物騒な物はしまっておくれ。昨晩は藁にでもすがる思いでやって来て、疲れた頭だったもんだから気づかなかったけれど、少し体力が回復して考えてみれば、ここはあの悪名高い魔女の家だってんでもんで()られる前に〜とでも考えたんだろうね」


 図星を突かれてたじろぐも、安全保障が無い事には引き下がれず包丁を構えたままでじっと睨みつける母。

 それは紛れもなく自分の命を捨ててでも我が子を守ろうという親そのものであった。


「昨日も言ったろう?あんたの子供達が、あんたを守りたい一心でうちを訪ねたのさ。あんな険しい道程を子供二人でなんて立派なもんさね。下心が無いかと言われたらそりゃあ、日々の暮らしの中の、ほんのひと時の話し相手になってくれれば位には思っているさ。けれどね、私は何もあんたらを取って食おうなんて考えいる訳じゃないんだ。変な気は起こさないでおくれよ」


 それにほら……と続けて後ろを振り返ると母と同じくらいに寝付いたであろう息子も目を覚ましたらしく、母を探して歩いてきた。


「子供達の前で母親が悪者になるなんざ、あたしは許さないよ」


 そう付け加えて、彼女の娘をクッションを枕替わりにしてソファに横たえると「元気になったんなら朝食の手伝いでもしてもらおうかね」と立ち上がった。


「あんたはお姉ちゃんの事しっかり見てておやり。男の子だろ」


 と言って母親と共に家の外にある家畜小屋へと向かった。

 そこで目当ての産みたて鶏の卵と山羊から搾乳する。


「あの、今更ですが貴女の事はなんとお呼びすればいいでしょうか?」


 作業の合間に投げ掛けられた質問に魔女は少し困惑し、こう返した。


「ここ数十年、いや数百年だったかな。あたしの他に魔女と呼ばれる存在は見た事ないからねぇ。それに、一人で暮らしていると固有名詞何てものは不必要だと言う事が解るものでね。魔女、と呼んでくれれば構わないよ」


 その言葉は事実、本心からの事であったが、正直なところは本名だなんてものを忘れている事に気付いただけだった。魔女と言えども元は人家に生まれた身、姓名のひとつくらいあったはずだが見た目は若くとも中身は老婆。親の顔すらすっかり忘れ果ててしまったらしい。


 そしてその事になんの感情も生まれないとあってはいよいよ人外なのだと再認識し辟易(へきえき)するのであった。


 魔女が久しぶりの隣人達との話に花を咲かせているとあっという間に1日は過ぎていき、子供たちも寝静まった夜半。

 ソファの向かいに母を座らせてお茶菓子を振る舞いつつも子供には聞かせられない話をするぞと言う雰囲気で語り始める。


「さてと、そろそろあんたの旦那に何を渡したのか気になり始めた頃合だろう?そうさね、あれは確かに酒と煙草だよ。人間の作るものとは違うけれどね。何せお酒には強い眠気を誘発する眠り薬を仕込んであったし、煙草には強い幻覚作用のある葉を使ったからねぇ。あんたらに夜のうちに家を出るよう勧めたのもそれが理由だよ。あんたの旦那は近いうちに煙草の幻覚作用で今にも暴力事件を起こして憲兵に捕まる事になるだろうからね。あたしを恨むならそれも結構。だけどあんたらを1晩ここに置いてやったお代は、きっちり払ってもらうよ」


 その言葉を聞いて身構える2児の母。


「あんたにはこれからきっちり、労働力としてこの家で働いてもらうよ。期限はそうさねぇ、あんたがしっかり栄養とって、働きに出られるようになるまでかね。とは言え女が子連れで雇ってもらえるほど甘か無いだろうし、あんたが必要ならそれ以降もうちで働いてもらって構わんけどね」


 と実質の無期限労働の話を聞かされ目を丸くし驚く女性。

 その胸中にあるのは元旦那からの暴力から開放される事への安堵ややはり目的の解らない魔女に対する疑念、女手一つで2人の子供を養って行く事の難しさ等様々だろう。

 (しか)し魔女の心願がなんであろうが、魔女の言う事が真実で、夫が街で暴れたのならばその噂は瞬く間に広まり、もう村には戻れまいと言うのが全てだった。他に行く宛てなどもない母子には取れる選択は1つだった。


「解りました、やります」


 これが先代の魔女と、次代の魔女の出会いの物語だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ