天使を打ち倒す【銀灰の細身剣】――⑥
後から分かった事として、コルトハーツさんはボクたちが考えていた以上に善戦成し遂げていたことが明らかとなった。
【天使を象った土類生命】が行使してきた魔法は、①石翼の羽ばたき、②物体変質(土や鉄に性質を変える)、③光文様の束縛、④予兆のない幻影魔法、そして――⑤幻想物質が現実に実影響を与える魔法の、たった五種類であった。
【魔王の夢】の増殖は、巨大な石槌の幻影による攻撃と同じ、『幻想物質が現実に実影響を与える魔法』による力だったということだ。
最後まで追い詰められて魔法能力が覚醒したのだろうとお師匠様は分析された。
【土類生命】の手繰る十種類の魔法は、【魔王の夢】が損傷するほどに削り取られていく。
コルトハーツさんは初対峙する【オブレーガの大地】の悪夢を相手に、たった独りでそれほどに善戦し、極限状態まで【魔王の夢】を損傷させてみせたのだろう。
お師匠様が本体の【魔王の夢】を持つ個体を、三体目で引き当てそれを破壊したことで、全ての幻想物質が消失した。そういったことだったらしい。
「――エーデルワイスとモニカちゃんは、【オブレーガの大地】が元々あった、あちらの……異世界の住人。そしてリョウガくんは【オブレーガの大地】へ挑んだ、唯一の生存帰還者。――なるほど、ね」
今回のことを経て、クラリスさんにはボクたちの持つ情報を、全て明かすことにした。
「それで、あちらの世界の住人は例外なく、【魔王オブレーガ】を完全討伐すれば【大地の呪い】に取り込まれ次の魔王へと成り変わってしまうため、討伐は絶対に不可能。だからこそ【勇者ディーナ】は最後の意思を振り絞り大地を転位させ――そうしてこの世界に【オブレーガの大地】が現れた。――……それについても、なるほど納得ね」
「クラリス、このことは」
「言わないわよ。誰にも言わない、そうね、あなたが危惧しているように、最強であるあなたはともかく……モニカちゃんの身は危うくなる。ここだけの話に留めておいたほうが賢明ね。沈黙を誓うわ」
「うん」
お師匠様は僅かだけショボンとした様子で頷いた。
お師匠様の顔、頬の側面には、|高貴なる完全純潔の白花に似つかわしくない、一つの攻撃痕があった。
クラリスさんに力いっぱい、頬を叩かれてしまったのだ。
『いい加減自分の尺度で他人を計ることが愚かだと隣人死なす前に分かりなさい馬鹿』
どう考えても私は呼ぶべきだっただろうと、――ボクたちの未熟が理由で、面目を失わせてしまった。
『リョウガくんたちも、あんまりにコイツを甘やかすのはやめなさい』
まだまだ、力量不足。
そのことを痛感する一戦だった。
そして力量不足の痛感といえば――――あれから、モニカが少し、元気を無くしてしまった。
無理もない。逆の立場だったら、ボクも落ち込んでいただろう……。
「ゴメン兄貴、お互いを、どんな時でも信用し合おうって言ったのは、私のほうからなのに……。あそこで、兄貴がああいう行動に出ることなんて、あり得ないのに…………幻影に呑まれて。……――あの。…………。…………うぅ」
「モニカ、美味しいものを食べて、また鍛錬を重ねて、そうして数日が経てばモニカは立ち直ってるって、ボクは信じてる。モニカに寄せた信頼は揺らがない、また、一緒に立ち上がろう」
「――兄貴、ありがと……!」
幻覚の中のボクは、ボクの見た幻覚と同じような行動を取ったらしい。――未だに、実はこちらが夢なのではないかと、恐ろしく感じる時がある。
ちなみに、錯乱状態で行使した【【属性転換】――《物理現象》⇒《超魔力暴走現象》】の魔法は、「やり方を――感覚を思い出せないんだ……くそぉ……!」とのことだった。
クラリスさんとは、その後も少しだけ、お話しした。
「私が【オブレーガの大地】で通用しない、その理由を聞いても?」
「【オブレーガの大地】は、時空の因果律すら滅茶苦茶に乱れた空間で形作られているんです。お師匠様がそこを難もなく攻略できたのは――魔法に頼らない戦い方で【オブレーガの大地】に挑んだ、只唯一の強力な人間だったから。【オブレーガの大地】では魔法を行使することすら困難であるようです、――……特に、強力な魔法ほど、発動自体が……」
「なるほどね。――――私の考えは、間違っていない、か……」
そう呟いて、クラリスさんは頷いていた。
知らず、冷や汗が垂れた。
「クラリスさん、失礼を承知で進言しますが、あなたは【オブレーガの大地】に挑むべきでは……」
「時空の因果律が滅茶苦茶である以上、【魔王】の完全討伐に成功しても、それが地上の何年後になるかも分からないから?」
「その通りです」
「それを魔法の研鑽で完璧に解決するのが【アンリアルウィッチ】よ」
――――やっぱり、この人は格好いい。
研鑽あるのみ。アンリアルウィッチのポーズを見ながら、それを再認識して強く思うことができた。
さて、今回のことは、この程度だろうか。
ああ――そして、もう一つ。
【銀灰の細身剣】について。
仇討も果たし終えた、彼女のための武器。こうなれば、もう武器を折る職人がほとんどであるだろう。
けれどボクらは、その武器を、再び桐の箱に仕舞った。
「コルトハーツさんの強さも、【オブレーガの大地】へ持ち込みたい。一個人がこんなに強かったんだと心を奮い立たせてくれる特別な武器――折るなんてとんでもないね」
モニカと同じ思いだった。
意思は武器に宿り生きる。
たとえその人が、その剣の柄を握っていなくとも。
コルトハーツという人間の意思は、確かに【銀灰の細身剣】に宿っている。ボクたちはその真実の証人だった。
柄を握るたび、彼女の意思を思い出すだろう。
『天使を打ち倒す【銀灰の細身剣】』――了。




