天使を打ち倒す【銀灰の細身剣】――④
「【属性転換】――《衝撃》⇒《熱》!」
巨大な石槌の幻影が生んだ衝撃波は、【属性転換】によって《熱》へ変換され、辺りを地獄の業火で焼いた。
――【天使を象った土類生命】の、無機物の表情は変わらないが、心情では目を見開いただろうか?
ボクたちの周辺周囲のみ、業火が届いていなかった。
そして――――そこにはモニカしか立っていない。
空を舐めるように立ち昇った業火に紛れて接近したボクに、【天使を象った土類生命】は気付かない、存在の程度に差がありすぎて感知できていない――。
「――――シィィッッ!!」
根元の体躯に【大金槌】を万力で叩きつける。
【天使を象った土類生命】は空に浮いているわけではない、体躯は物理法則に添って駆動している。
【天使を象った土類生命】の姿勢が、崩れる――。
「――――――――」
二つ目の魔法。
背の石翼が羽ばたき、そこから光粒子が拡散されながら土砂が立ち昇り、空を覆うほどの砂塵の嵐が生まれる。
「【属性転換】――――」
遠くで聞こえた声。モニカは大丈夫だ、ボクはボクでなんとかする。
「スゥ……――」
脱力する。
拡散される光粒子は熱量の前兆がある、何も難しいことじゃない、体に触れなければ無いと同じ。
――感知。
避ける。避ける――――避け続ける。
避けられる――――!
この程度の段階には昇ってきた。
砂塵の嵐――体を削る土砂。
全ては避けられない。けれど風を読めば、台風の目に似た空白地帯は必ず察知できる。あとは【銀灰の大金槌】で凌ぎながら、体を堅く保つ――――……。
――――父さん。
やっと、あなたが到達していた実力に、片足だけでも踏み込むことが叶いました。
「――そんなもんか?」
傷は生まれる。
生傷は絶えない。
だけど、意思を乱され削がれるほどのダメージではない。
「シィ――――――――ッッ!!!!」
【銀灰の大金槌】を、追撃で振り降ろす。
――――――――そして。
【銀灰の大金槌】が、砕け散った。
「――――!!」
見れば、【大金槌】の頭部分が、脆い土くれに変わっていた。
物質を土くれに変える魔法! 【銀灰】を含み魔法耐性も持つ【アビスハウル】に影響を与えるなんて――『体積である肉体に触れた物質を土くれに変える魔法』か、おそらくそう、それなら納得も生まれる――。
――――動けない。
いつの間にか足元に、術式回路に似た文様の光が浮き出て描かれていた。
窮地。
でも。
「【属性転換】――《呪縛》⇒《祝福》ッ!!」
ボクは独りではない。
身体が動く、羽のように軽く動く、【大金槌】の柄を力の限りに握り締める。
「最後の力を振り絞れ、【アビスハウル】――ッッ」
半壊していようと【アビスハウル】、ボクたちの意思を礎として創り上げた武器。
存在を――示せ。
天使の拳が鋼のように変質し、振り降ろされる。
【銀灰の大金槌】と、未知の超常素材で創られた拳が、正面から激突し、衝撃波を起こした。
「――――……」
弾かれたのは天使の拳、体勢は崩れ、肉体に亀裂が生じる。
「兄貴!!」
モニカから受け取った、【銀灰の細身剣】。
この剣は――個人用の武器なんだ。
ボクたちが今まで振るってきた武器とは違う。
鍛冶職人の弱点――幻獣の討伐受諾後、幻獣遭遇が起こる前に時間重視で創り上げる武器とは、根底から異なる。
【銀灰の細身剣】は。
「【銀灰の細身剣】は、刃と峰、そして柄の『銀灰濃度』を完全に調整することで、硬度差から【竜の爪】を凌ぐ切れ味を実現させた、不壊の剣なんだ」
『兄貴ィイイ、また駄目だったっ! ンモーォオオオ、完全調整の配分率を導き出すとか、そんなのできたら私、数学者になれるって!!!! ――やるけどさっ』
『時間をかけて導き出そう、モニカ、こっちの配分表はどうかな?』
『反りが無いのが本当に厳しいなァ。―――やるけど!!』
業火さえも斬り伏せ寄せ付けない不壊の剣。
細身剣。
神速で触れる剣は、それに触れて発動する魔法も――全てを置き去りにする。
「【属性転換】――《炎》⇒《光》!」
後ろで燃える業火が、眩い光に変わって辺りを白く染め上げる。
同時に、神速の斬撃を放つ。
【天使を象った土類生命】は重心を崩している。
【魔王の夢】に――――空間ごと斬り裂く斬撃が、届いた。
「――――――――――――――――……」
「――――深淵の悪夢よ、夢に還り、眠りなさい」
【魔王の夢】は破壊された。
土類生命の身体が、崩れてゆく。ボクたちは退避する――……。
「――……私たち、少しずつ強くなってるのかな? おつかれ様、兄貴」
「モニカも。お疲れ様、今回も……二人とも無事でよかった」
蒼い砂になって散ってゆく【魔王の夢】を見つめながら、ボクたちは労を、称え合った。
そのとき。
【銀灰の細身剣】の柄に飾りとして後から仕込んだ、【竜の眼】を素材とする鋼が――――熱を放った。
「――――モニカッッ!!」
言葉を、意思を交わす余裕はなかった。
咄嗟にモニカを抱き抱えて飛び退いた。
「――――――――」
「…………そんな馬鹿な」
気付けなかった、目の前に、【天使を象った土類生命】の姿。――『認識から外れる魔法』。
そして、その身体には。
それだけは無いと、思い込んでいた現実。
ボロボロの、最早露出した【魔王の夢】が――――三つ、埋め込まれている。
『物質を増殖させる魔法』。【魔王の夢】を――――? ――常識で考えていた……。
不味い。
【銀灰の細身剣】は健在だ。
けれど――――片方は、丸腰。
「モニカ、逃げろ!!!!」
その時ボクの取った選択肢は――攻撃の準備段階を終えた【天使を象った土類生命】を目にしたボクが取った行動は、モニカと連携を図ることではなく、【銀灰の細身剣】をモニカへ手渡そうとすることだった。
そしてモニカの取った選択肢は――それに対して戸惑うというものだった。
嗚呼、翼を前方に構え、光を抱くあの姿を、ボクは知っていた。
個体ごとに扱う魔法は変わるといっても、同じ魔法を手繰ってくることもあるのか。あの時の記憶が、刺激されて――――冷静さを失った。
【銀灰の細身剣】で迎え撃つという最適解へ至るのに遅れた。
天使が抱いた光が、消失した。
雨が降った。
ポツポツと降り注ぐ、あの雨だ。
小さな雨粒が、やがて無量数降り注ぐ豪雨となり、それらは光を灯らせて地上へと注いだ。
「――――兄貴?」
雨が止んだ。
ボクは馬鹿だったと、雨が降って、頭を冷静にさせる。
ボクは馬鹿だった。
「――――ゴメン、私じゃ、【魔王】を打ち倒せないから。兄貴が生きないと。そう思ったんだ」
モニカは笑った。
屈託なく、微笑んだ。
無数に負った傷。
身体中から、致命の血を流しながら。
「――――……」
『【属性転換】――《直線》⇒《湾曲》』
「現象の起こりは頭で考えちゃ駄目だって、クロちゃんに教えられてたのに。光の威力に気が押されて、光線を湾曲、しきれなかった。…………ゴメン、兄貴。みんなが辛い選択を選らん、じゃって――……」
モニカが血を吐いて倒れる。
耳鳴りがする。
何も聞こえない。
振り返る。――天使を象った巨像がある。
複数の【魔王の夢】は、もうどれも、ほとんど砕ける寸前だ。
けれど天使は未だ死なない。巨大な石槌の幻影を振り上げて、ボクたちを――ボクだけを、終わらせようとしている。
自分の叫び声。
剣を振るう、頭が割れるように痛むことしか分からない――――――――いや、待て、――本当か?
これは現実か?
モニカが、死ぬなんて。
そんなの現実であるはずがない――……認めたくなくて。
走馬灯のようなものすら、脳裏に巡った。
『――――そうしたら兄貴、これだけは約束しよう。お互いを、どんな時でも信用するということ。それはとても難しいことだけど……互いに頼るということを忘れない、そのことだけは、兄妹になるというなら、どんなときも忘れないでいよう。信用、それをもし誓えるのなら――私たち、兄妹に、この世で最強の兄妹になろう――!』
いや違う!!!!
ボクは絶対にあの場面で、モニカを頼らないはずがない!!
これは――――本当に現実なんかじゃない!
「――――――――ハッ!?」
――――間、一髪――……。
ボクの振るった刃は、まさに一髪の寸で、モニカの首を撥ねようとしていた。
「――モニカ起きて!!」
「アァアアアアアアッッッッ!!!! ――――【属性転換】――《物理現象》⇒《超魔力暴走現象》!!!!」
不味い……!
錯乱、そして後ろには――――コッチは夢じゃないのか!!
【天使を象った土類生命】の姿……!
【天使を象った土類生命】は巨大な石槌の幻影を振り降ろそうとしている。
「ぐっ………!」
――――その痛みを、有り難いだなんて思ってしまった。
こちらが現実だと、その現実性が、確かに教えてくれたから。




