天使を打ち倒す【銀灰の細身剣】――③
【天使を象った土類生命】。
【オブレーガの大地】の悪夢。しかしお師匠様であれば、相対さえすれば問題なく討伐できるだろう。
あの呪われた地においても、独りひょいひょいと、まるで近所の野山を登るように歩み進めていたお人だから。
ただ――――分かってる、ボクたちと共に戦うのであれば、お師匠様にも死の可能性はあることは。
あの時は、完全なお荷物だったから大丈夫だった。
だが、人への信頼を過分に判じてしまうお師匠様と共闘すれば――途端に、死の可能性が出てくる、「え?」という間に死ぬのならともかく、善戦に持ち込んでの致命に陥れば、このお人は必ずボクらを庇うだろう。
そういった理由もあって――迅速を期すためを第一に、ボクたちは二手に分かれて捜索を行った。
「【天使を象った土類生命】。『十種類の魔法を行使する、超常生命体』……。私は遭ったことがないけれど、兄貴は――」
「仲間の一人が犠牲となり、父さんが討伐した。お師匠様の話と照らし合わせて考えるに、手繰る十種類の魔法は個体ごとに異なるようだ」
「――【オブレーガの大地】における、人間が取れる攻略法は、『逃げ』か『一撃必殺』……。兄貴、一つだけ弱音を吐かせてくれる?」
「うん?」
「もしも無理だと判断した時は――お師匠様を呼んで、私たちは引き下がるのも手だと思う」
「――うん、あらゆる可能性は、それを行うに連なる感情を受け入れて考慮しておこうか。でももちろん、お師匠様は瞬間移動を使えるわけじゃない、戦う準備も受け入れる」
「オッケー。――兄貴」
「ん」
「絶対、大丈夫!!」
「うん、大丈夫」
笑む余裕すら失わず、ボクは【ランベレス領域】の地を歩むことができた。
【ランベレス領域】、この荒涼の地は、隔絶された結界の中にある。
【太古から失われた術式】の中には使用方法だけ判明している術式回路というものがいくつかあるが、【ランベレス領域】を隔絶する結界もその一つだった。近年、クラリスさんによって術式回路の理屈が解明されて、結界は更に強固なものとなった。
「――――まあ、私なら無許可でこれをどうにかできるけれど。理由は、言えない、と」
クラリスさんは複雑な感情が入り混じる顔で、それでも、泡の表面のように色を虹で区切り、向こうの景色を揺らめかせる結界の幕を、開けてくれた。
「私は同行しなくていいわけ?」
「もしキミまで死んだら、この世界の情勢が変わってくるからねェ。弟子たちがいるからこちらは大丈夫だろう」
「――アナタ、人の死を心配できたのね」
「……? そりゃするだろう」
「――――フウン」
クラリスさんは疑問を飲み込んでくれた。
【ランベレス領域】内部は草木の一つもないただの地続きで、その過ぎた荒涼は《荒廃》とも言い換えられるかもしれない。呪われた浮遊大陸との【因果の繋がり】のみで、ここは次第に、このような風土に変貌を遂げたのだという。
浮遊大陸は遥か空の彼方とはいえ、ここは【オブレーガの大地】の膝元。
「兄貴、何度目かの疑問になるけどさ、【転位陣】って、いったい何なんだろうね。いつ、誰が創ったのか。【太古から失われた術式】の術式回路なのかも不明だなんて、不思議……」
「先人の血の功労は、時として推し測れないほど凄まじいものだから。ただ、いずれ……クラリスさんが【転位陣】の解析をも成し遂げると思う」
「確かに」とモニカも頷いた。そう、そういう意味でも……クラリスさんが死することだけは、意味が違いすぎた。
お師匠様の判断は正しい。
「【天使を象った土類生命】。浮遊大陸から逃げる時、遠目には見たけれど……巨大な幻獣だったね」
「伝えた通り、アレは近づいた瞬間に組み上がって姿を現す。突然の戦闘になるから、気をつけて進もう」
ボクたちが発見する確率は、二分の一。
かの幻獣が見つかるのならば、二つの命運において一つ。
けれど――……。
「兄貴、なんとなくだけどさ」
モニカも口漏らした。
「私たちのほうに来る気がする」
ボクもそんな気がした。
見渡す限りの荒地、遥か向こう側には、表面と内側で反射する光が重なって虹色を泳がせる結界の層が、うっすらと見える。
高い岩肌すらない場所。
そこに、ポツンと唯一、凹凸を作る、塚のような岩が見えた。
「――――だよね」
武器を構える。ボクの手に【銀灰の大金槌】と、――モニカの手に、【銀灰の細身剣】。
何の変哲もない、塚のような岩が。
内側から体積増殖するみたいに、質量を爆発的に大きくしていく。
――――もう、戦うのは二度目なんだよ。
あの時は見ているだけだった、でも見て戦ったあの時の経験は、決して無駄にならない――!
「シッ――――ッ!!」
【天使を象った土類生命】の攻略法。
体積が増幅し切る前に、【魔王の夢】に傷を付けること。
そのための【銀灰の大金槌】、力の限りに、叩きつける――!
「――――……!」
鈴の音? あるいは音叉が作る打音のような、高く澄み渡る音が辺りに響き渡った。
体積の増殖は止まらない、けれどダメージは確実に与えた。そして――――。
「兄貴、【魔王の夢】は左胸下、心臓部位に移動した……!」
【魔王の夢】に傷をつければ、それが岩の体のどこに収められたのかが目で追える。
岩肌が、色彩を帯びていく。
美しい天使の偶像だった。雄大な羽を持ち、聖なる法衣に身を包んだ、たおやかな女性の顔を象った土類生命。
嗚呼、また相見えた。
ボクたちを最後に、【オブレーガの大地】へ挑んだ者はいないから、この姿を目にした人間はあの日を境として初だろう。
【天使を象った土類生命】が、澄み渡る音響の声で、歌うように叫び始めた。
「【土類生命】の手繰る十種類の魔法は、【魔王の夢】が損傷するほどに削り取られていく、けれど行使できる魔法は現在全十種と考えておこう。――行こうか」
「よっし。絶対、死なない――――ッ!」
ボクたちが歩んできた道を今、示す。
勝負。
「――――――――」
天より巨大な石槌の《幻影が振り下ろさた。
それは大地に衝撃波の大津波を起こす実影響をもたらし、ボクたちの肉体を内奥から破壊するだろう振動の致命が拡散された。




