鏡の意味を持つ幻影蠱惑の連鎖刃《れんさじん》――⑭
「それでも生きてみろと、言われているようでした」
後日、【リョウガ鍛錬所】を訪れたミヤコさんの腰には、あの脇差尺の刀は、差されていなかった。
晴れ晴れとした表情というわけではない、けれどその言葉には、晴れ間のようなものが見えた。
「リョウガさん、モニカさん、改めて伝えさせてください、本当にありがとう」
「実は、さすがに手前勝手ではないかと悩んでいたところでしたが、そう言っていただけると救われます」
「鍛冶職人としてね。いやー、さすがに……? って思ったんだけど、止まらなかったんだよね」
そして、ミヤコさんは始めて、ニコリと笑った。
「リョウガさん、モニカさん。私が何か、お二人の力になれることがあれば、どうかその時は――遠慮はなくお呼びください。……お頼りくださいと言えないのが、誠に恥じ入るべきところですが……」
「そんなことないです、その時は、力をお頼りしたく思います」
「【鏡の意味を持つ幻影蠱惑の連鎖刃】のデバフ効果は、回数を重ねるにつれて最適化されて強化されるみたいだから、この先も――絶対、ミヤコさんの力になってくれるから!」
ミヤコさんと今日は話の席を外していたイヴさんを見送った後、ボクとモニカは、グーに握った拳をカツンと合わせあった。
◇
「日常的にデバフを試すことで、最適化のスピードを早めるってわけにはいかないのか」
「ええ、効果が強力なため【狂人化】の状態でなければ影響を受けるべきではないと。しかし、武器が私と馴染むほどに、確実に効果は強力になっていくようです」
『ノアナの村』をあとにして『かげろいの森』を並んで歩く、ミヤコとイヴの姿があった。
「通常使う武器としても、もちろん大変優秀ですから、きっと馴染むまでの時も早いことでしょう」
「しかし、ミャコ、お前はもうあの兄妹に頭が上がらんな。とんでもない贈り物もあったもんだ」
「ええ、お二人にはそんなつもりはなかったかもしれませんが、少しでも労によって報いるつもりです。この借りは返したい」
――すると、『かげろいの森』に高らかな笑声が響いた。
「ミャコ、そりゃ無理だ!」
「…………? どうしてです?」
「ミャコ、お前はイマイチ事態が分かってないな。――その【連鎖刃】の柄に塗られた、【伝導不全の外皮】。【ゴブリンの体液】を鋼に織り交ぜた、それだって広義の意味での【アビスハウル】なんだよ。高級品だ。ミャコ、それが砕けるたびにあの兄妹のお世話になるんだぞ、借りを思うというなら、お前はどえらい程度の借りを半永久的に、あの兄妹に作ることになったわけだ」
「…………!」
「まあどうしてか、あの兄妹は職人であるのに、金銭も気にせずそれを請け負ってくれる。どうしてだろうな? ま、というわけだ、ミャコが借りを返そうと思うのなら、自転車操業で一生返せん」
「で、では……あの兄妹の誠意に報いる意味でも、この武器に胸を張れるよう――そういった由縁からこの武器にだけは、改めて然るべき金銭を支払う形で――……」
「いや、それも無理だな」
イヴは【連鎖刃】の柄を指差した。
「それの柄に使われている素材、おそらく白色響杢だろう。響杢の最高級品種、その柄だけでも、お前の給料十年分は必要だよ」
ミヤコは顔色を青くした。
イヴはしばらく笑うと、空に独りごちを漏らした。
「――金銭に無頓着になる理由は、大別して二つ。一つは金銭に価値を感じていないから。もう一つは――行く先に、確かな終を見据えているから。そうすると人間、あらゆる感情を優先して、金銭に無頓着になる。あの兄妹は、いったい、どちらなのかね……」
ミヤコは口を噤み、そっと【連鎖刃】に触れて。
イヴは森から望める空を見上げながら、ミヤコという相棒と辿る《ある一つの未来》を、おぼろげに、見据え始めていた。
『これだけはお伝えしておかなければなりません。――ボクたちは、いずれ【オブレーガの大地】に挑みます。その折、もしボクたちの身に何かあったなら……申し訳ありませんが、【連鎖刃】のメンテナンスは、他の鍛冶職人にお頼みいただくことになります。そこのところだけ、ご留意ください』
『まっ、それまでは、メンテナンスは万事、【リョウガ鍛錬所】に任せてよ!』
「――【オブレーガの大地】」
ちょうど揃って呟かれた二人の声が、長閑な森に響いた。
「……名匠にして【最強の職人】として名高い、イーゼ様のご子息。しかしそれにしても、あの実力は、生半可なものを見据えて得られる領域ではありませんでした。父君のことがあったとはいえ、それだけとは思えないほどの……。何処を――何を見据えているのか――」
「何かを知っているとしても、言えない理由があるんだろうな。ミャコ、探ってみるか?」
「――――いいえ。言わないのなら、言えない理由があるのでしょう。私も彼等に信用を抱く。……私たちは放っておきます、何故なら――」
「えげつない量の借りを作っちまったからな、半永久的の」
二人は、小さく笑い合った。
『鏡の意味を持つ幻影蠱惑の連鎖刃』――了
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