鏡の意味を持つ幻影蠱惑の連鎖刃《れんさじん》――⑨
「血を口に含んだね」
イヴさんはボクたちを立たせながら、冷静に言った。
『生き血を口に含む。それが、ミャコの【狂人化】のトリガーだよ。それが起きたら――』
そうだった。それが起きたのか……。体勢を崩して避けた拍子に、血が口に含まれて。
――彼女は尽きる予感もなく、心からともまた違った底の抜けかたで、笑い続けている。
それを見て、湧き上がる覚えのない感情があった。
よかったね。
どうしてか彼女に、そう伝えたかった――……。
「コラ、そろそろ、酔いから冷めな。――そう、あのミャコの笑声には、人を酔わす力があるんだ。魔法でも何でもないんだけどね」
イヴさんがいなければ、ボクたち二人は、冷静に戻ってこれなかっただろう。
「こうなったら、もう止まらない。最強の蛇神よりよっぽどヤバいのが、私たちの相手になる」
――――笑う彼女の瞳が、こちらを向いた。
人間の瞳じゃない。
そう思ってしまったけれど、それは嫌悪や忌避から来る情ではなかった。
底抜けの恐れは、美しく見えるものなのだと、ボクたちは始めて、そのことを知った。
『それが起きたら――いつもなら、私の出番だ。間違っても戦おうと思ってはいけない、確実に死ぬから』
確実に死ぬ。
確かにこの予期より確実なことは、なかなか思い浮かばない。
「――それで、私の【|幽絶無痕《物体の存在感を消す魔法》】と【|人猟鬼道《物体に変則軌道を与える魔法》】であれば、あのミャコを【昏睡薬の針】で眠らせることもできるが――どうしたらいい?」
ボクたち兄妹は――【アビスハウル】を手に、立ち上がった。
「このままミヤコさんを信じて、継戦維持しましょう」
「大丈夫、なんとかなるなる! 少なくとも、一刻くらいは頑張ろう!!」
ボクたちの答えを聞いて、イヴさんは苦笑を表情にした。
「あんたらもイカれてるねぇ。――いや、イカれてるほどの自信、なのか。りょーかい、んじゃ、頑張ろうか」
ミヤコさんの手にした、【鏡の意味を持つ幻影蠱惑の連鎖刃】の柄が、握り潰される。
柄を覆う鈍い緑色の表皮が、剥がれ落ちてゆく。
きっと、あの笑声のように。
全てのしがらみから解放された力が、今から振るわれるだろう。
彼女の瞳。手心を期待する者は完全に正気を失っている。美しい姿。その存在意義が、これから一つに定められる。計り知れない躍動で泳ぎ始めた【連鎖刃】。最強の蛇神】を一瞬で屠った力が存分に振るわれようとしていた。
「それじゃ、頑張ろう! 兄貴、準備はいい? ――――【属性転換】――《恐怖》⇒《信用》!!」




