鏡の意味を持つ幻影蠱惑の連鎖刃《れんさじん》――⑥
【大蛇の尾】の出現場所である『風鳴の疎林地』は、水気のない荒くれの土に乾いた草がぽつぽつと茂る、視界遮るもののない原野だった。
疎林地と名にあるけれど、遠くまで見通せるほど木々は少なく、ひょろりと背だけ高い幹が所々に伸びて、風に身を任せて軋むように揺れている。数本の木々の密集すらあまり見られない。
「んん、なんで『疎林地』って名付けられたのかな?」
「この、ひょろっと伸びた木が希少なものらしいよ。楽器やらなんやらに使われたり……ああそうだ、武器の柄にもよく使われてるんじゃなかったか? 響杢って名前だったはず、好まれて選ばれると聞いたことがあるな」
「エっ、これが響杢!? 兄貴気付いてた……?」
イブさんの知見に、モニカは飛び上がり驚いた。
響杢は衝撃を逃がしにくく、鋼へ力を余すことなく伝えるため、武器の柄に好んで用いられる。
「うん。『風鳴の疎林地』は、響杢が採れる土地の一つとして名が通っているんだ。……取っちゃ駄目だよ、これらは管理された木材だから、無許可で採ったら罰せられちゃう」
「なんだ、残念ー。――でも、重要素材が、これだけ野生の形を見せて群生してるのは、なんだか感動だなー――……。お師匠様に修行を見てもらってた頃、昔に見た響杢樹とは、話に聞いた通り、様子が違うね。原産地によって見た目も異なるっていうのは、本当だったんだ……!」
「小さな荒れ野に生えているものだったら柔い特性が、こういった広大な原野にぽつんと生えているものであれば、より軽い特性が見られるんだ、兄貴知ってた?」と思わずはしゃいで話すモニカに、ミヤコさんとイヴさんはなごみの情感を浮かべていたけれど――……そのひとときも、僅かの間だった。
【仮面の雄羊】の時と同じだ。
【サンドスライム】の類いの微弱な生体さえも――辺りから、一切の気配が失せ始める。
だけど、前回とは違う。
思わず気を昂ぶらせていたモニカも、冷静な表情に戻った。――行く先に待ち構えているのは、きっと、厄介なものではないことを感じ取って。
歩を進めるにつれて、ボクたちは冷たい予感を覚え始めていた。
「――これは、君の憶測が当たったかな? この先にいるのは『厄介な怪物』ではなく……『圧倒の超越』であるのかも」
ボクは【銀灰の細身剣】を構える。
モニカは【伝動不全柄の竜爪槍】を構えた。
――――最悪な光景だった。
あの、空恐ろしい、青色の瞳が。
こちらを見ている。
ボクたちが一度として向けられたことのない、温度の無い視線で見つめられている。
下半身の大木のような蛇の尾が、地に跡を残しうねっている。
そして、恐ろしい瞳が、ボクたちを静かに、見据えていた。
胸まで鱗に覆われた胴体、首の上には、お師匠様の美しい顔容姿。
金輪際の歴史上、最強の蛇神。
胴から生えた四本の腕、その手には、幻獣の骨と思われる武器代わりの長物が握られていた。
「…………兄貴、どうすればいい……?」
「落ち着いて、モニカ。急きたてられるのも分かるけど、あれは考えているほど厄介な存在ではないよ。――下半身が蛇神の尾なんだ、完成され尽くした只唯一の形態、お師匠様の模倣には、なってないんだ。存在の格としてお師匠様とはほど遠い、討伐は不可能ではないよ」
青い瞳の圧に、空間がねじ曲がるような錯覚を覚える。
だが……上半身だけだ。大蛇の尾に脅威度は覚えない。
じとりと、一歩、下がる。
「今回、ボクたちの役割は援護役だ。不完全な模倣である弊害――お師匠様にはない動作の反応不良を狙って、適時援護攻撃を行おう」
「了解っ!」
――そして。
お師匠様の姿を持つ蛇神へ、一人の人間が歩を踏み出す。
鈍い緑色に輝く柄を手にして。
背に負った鞘から大剣を引き抜き、それを力強く、うねらせる。
連鎖刃。
直刃の大剣が振るうと同時に分離して、鞭のようにしなり、奇しくも、蛇神の尾のような軌跡を宙空に描き出した。
その瞬間、ミヤコさんの瞳が――見開かれた。




