鏡の意味を持つ幻影蠱惑の連鎖刃《れんさじん》――①
【幻獣対策協会】が初期設立されるにあたっては、異例尽くしの方針が数多く取られたという。
その中でも特に前例のない注目を浴びたのは、気性の猛る荒くれ者たちだった。
恩赦を報酬として【討伐者】として活躍……言葉を濁さず言えば『運用』された彼等の九割九分方は、成果を上げること叶わず命を落としてしまったということだ。
だが残る一分未満、非凡な暴力性によって才覚を示した幾人かは、初期【幻獣対策協会】の重要戦力として重宝された。
今は公にはそのような方針は取られていないとはいえ、いつでも【幻獣】の脅威に晒された火急にあることは変わらず、お師匠様やクラリスさんが話してくれたことには、恩赦を報酬とした取引は今でも続けられているという。
そんな背景もあって、【幻獣対策協会】はやや粗暴的な側面も持ち合わせている。
そのような背景を持ち、いつでも命の瀬戸際に立つ【討伐者】から承った依頼、今回はそのようなお話だ。
◇
モニカはしょぼくれていた。
昨日、クロエクラリスさん指導による修行が終わって、クラリスさんが【リョウガ鍛錬所】の工房から旅立ってしまったからだ。
「朝起きてクロちゃんがいない……寂しいなぁ」
それはボクも同じ気持ちだった。
この数日は修行に明け暮れていたとはいえ、いつもとはまた色彩が異なって、楽しかった。
ボクは笑んで言う。
「また顔を見せてくれるさ。あのお方に、距離という因果は関係ないんだから」
「――そうだね! よっし、じゃあ今日も、張り切って一日を過ごそう……!」
さて、今日も一日が始まる――。
――――と、そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
「ボクが出るよ」
「はーい」
「ただいま伺います。少々お待ちください」と声を届けて、覗き穴を確かめてみると――。
――軒先に立っていたのは、見覚えのない二人組だった。
見覚えのない顔……けれど、その佇まいには覚えがある。
いつでも命を瀬戸際に晒す、生きて修羅道を歩む者たちの佇まいだ。
後ろに控えるモニカへ、ハンドサインを送る。
「(一応、警戒の準備をしておいて)」
「(了解)」
「――お待たせしております」
玄関扉を開くと、二人は一礼した。
「朝も早い時間に申し訳ございません。こちらは【幻獣対策協会】の討伐隊でございます」
白髪に片眼が隠れた、ボクより身長のある女性が、【幻獣対策協会】の証明証を提示しながらそのように名乗った。
腰に脇差尺の刀を差し、背には――珍しい……始めて見た、死神を連想させる【大鎌】を背負っていた。
表情が薄く読めない白髪の女性の後ろに控えているのは、対照的に興味関心の情緒を隠さず表情にした、猫耳を持つ銀髪の女性だった。
白髪の女性がカッチリした服装であるのに対し、銀髪女性は長袖Tシャツにホットパンツと軽装で、そこも対照的。背丈のほうも、モニカよりちょっとだけ高いほどだ。
互いに対照的な、白髪と銀髪の二人組――聞き及んだことがある……。
この人たちは――……。
「突然不躾に申し訳ございません、もし都合よろしければ、少しお時間いただくことは可能でしょうか」
「ええ、もちろん構いません。工房へのご依頼であれば、なお私どもにとっても良い話なのですが……」
「すみません、本日は武器制作の依頼で訪れたわけではなく……」
「そうですか。ともあれ、どうぞ中へ」
「ありがとうございます。失礼いたします」
リビングへお通しして、ボクたちは円形テーブルに対面の形で席に着いた。
お茶をお出しする中、モニカが銀色の猫耳をじっと見つめていて、それに気付いた銀髪の女性が笑んだ。
「珍しいか?」
「ううん、でも会うのは久しぶり」
「…………?」
「一番大切な友人も、猫耳だったから」
「…………。お茶をお持ちしました」
「ありがとう。頂きます」
僅かな歓談的な間を挟んでから、白髪の女性から口火を切った。
「申し遅れまして、私の名はミヤコ、こちらは相方のイヴと申します」
「――兄貴、ミヤコとイヴって……有名な名前じゃない?」
モニカの耳打ちに、小さく頷いた。
ミヤコとイヴ。
白髪と銀髪を幻獣の血液で染め上げると謳われた、圧倒的な討伐能力で名を上げた【討伐者】だ。
「改めましてこちらもご挨拶失礼します。私はリョウガ、こちらは妹のモニカです」
「よろしく~」
ニッパリ笑ったモニカに、イヴさんはニッと笑みを返したが、ミヤコさんは一貫した無表情だった。
「そして……本日はどのようなご用件でしょうか?」
「はい」
紅茶のカップを置いて、ミヤコさんはボクたちへ直情な視線を注いだ。
「あなた方の、先日の活躍については聞き及んでおります。竜の混じった【キメラゴブリン】、そして【特殊幻獣】種の【飛竜】の討伐。直近では、未確認新種の【幻獣】討伐を成し遂げたといいます」
「――ええ、幸運がありました」
「単刀直入に申し上げましょう。リョウガさん、モニカさん、共に二名を、【幻獣対策協会】にスカウト申し上げに来ました。どうかご一考願えますか?」
「――――申し訳ございません」
こちらも、単刀直入に、返事をお返しした。
「お師匠様である【エーデルワイス】様の名において、【幻獣対策協会】に属することを禁じられております。まだ未熟な私たちが組織に属するには時期尚早というご判断です、先日の討伐も、お師匠様たちのお力添えがあって始めて成し得た討伐完遂でした。御断り申し上げますとしか、私たちからは申せない次第なのです。――申し訳ございません」
モニカ共々、頭を下げる。
すると、その返事を受け取って、なにか口に出そうとしていたミヤコさんに先んじて――イヴさんが、朗らかな声で話を挟んだ。
「まあ、正直その判断も、分からないでもないけどな。けどな、隠してもしょうがないから明け透けに言うけど、私たちは、それだけじゃない気がするんだよな」
ズイとこちらに身を乗り出したその顔には、迫るものはなく、ただ好奇心の輝きがあった。
「あんたら兄妹は、エーデルワイス殿が【オブレーガの大地】に渡ったことがあるのを知っている! ――違うかな?」
「生憎、そこの事情は存じませんが……しかし仮に、それが事実だったとするなら、どのようなお話になるのでしょうか?」
「分からない、それがイマイチ分からないから、それを聞きに来たというのも……実はあるんだよ」
「イヴ……」
「いやミャコ、駆け引きは無駄だろう。この様子だ、これまで幾度も私たちと同じようなのが来たんだろうよ。ここで聞くべきことを聞かなきゃ、エーデルワイス殿の権限で、きっと前例と同じように処理されて、何も分からず帰ることになるぞ」
「――……あなたに任せましょう」
イヴさんは瞳の裏に笑わない表情を秘めることもなく、あくまで緊張感とは無縁に話し始めた。
「まあちょっと聞いてくれ。先日からな、何故か【アンリアルウィッチ】のクロエクラリス殿から、多量の討伐依頼を丸投げされる形で、エーデルワイス殿は忙しくしていたんだよ。それで、そのような討伐依頼の一つに、私たち二人組と取り組む任があったわけだ。――――信じ難かったね、噂には聞いていたが、【竜】を子猫扱いより容易く討伐せしめる人間がいるなんて。だがまあ……そこにミャコは危機感を持ったわけだが……――ともあれ、私たちは思ったんだよ。このお人なら、【オブレーガの大地】も、完全攻略可能なんじゃないかって。そりゃ思う、歴史上の話でも確実に一段二段、トび抜けた力量なんだから。――だが、エーデルワイス殿は端的に言うんだ。『私じゃ【オブレーガの大地】は攻略不可能だ』、と。私じゃ、【オブレーガの大地】は攻略不可能……ちょっと引っかかる台詞じゃないか。まあエーデルワイス殿に隠す気が無いというのもあるのかもしれないが……とにかく、私たちはエーデルワイス殿は【オブレーガの大地】に赴いたことがある、と考えたわけだ。――えー、それで、仮にそれが事実だったとするなら、どのような話になるかって話だったよな」
一息を置いて、ボクたちの様子を窺いつつ、イヴさんは姿勢を楽に改めた。
「もしエーデルワイス殿が【オブレーガの大地】へ実際に出向き、そして自身では攻略が絶対不可能だと確信したというのなら……これは少しマズい事態だと私たちは考えたんだ。なにせ、力のバランスが今、一時の平穏の元に、片寄り始めているんだから」
「力のバランス……ですか?」
「そうだ。エーデルワイス殿は無敵だよ……彼女が顕在である限りは、しばらくは【アルネア大陸】における幻獣討伐は平安といっても過言ではない。最脅威種の【竜】が、今や実質的な脅威度において要警戒種と同等の認識だ。あいつらはナワバリから動かないからな。確実に、それも無傷で狩れる者が現れた以上、社会的な最脅威とはいえなくなった。……でも、それも今だけだ。エーデルワイス殿がご健在な間だけだ」
――……イヴさんの話に、一理を覚える。
彼女が何を言いたいのかが、分かってきた。
「そしてエーデルワイス殿に頼り切りであったぶん、パワーバランスは確実に片寄る。エーデルワイス殿個人に、その比重が片寄り始める――。クロエクラリス殿という超越者もある、けれどその片寄りは確実に、【アルネア大陸】に大きな波紋を投げかけるだろう……!」
「だからこそ」
ミヤコさんが話を引き取る。
「エーデルワイス様が【オブレーガの大地】を攻略できない事情があるというのなら、私たちは先を見据えなければなりません。いつ、どんな契機が訪れるのか分からない……。もしエーデルワイス様が天寿を全うされたそのとき、大規模な【幻獣遭遇】でもあれば……取り返しのつかないことになりかねない」
「それで、最初の話に戻ってくるわけだな。【幻獣対策協会】にスカウト申し上げに来ましたってわけだ」
「【幻獣対策協会】は現在、誠に恥ずかしながら、深刻な戦力不足です。少しでも戦力を、後継を育てる意味でも、今、補強したい。後継を育てる――そのためには、私たちと同じような三流ばかりでは話にならないのです。現在ではクロエクラリス様くらいしか、その役割を担える者がありません。ですので、リョウガさん、モニカさん、どうか今一度――ご再考いただけませんでしょうか」
――話を聞けば、思っていた以上に、訳合いの深い問題が窺えた。
ただ、気になったこともある。
なぜ、今更にそのような単純でない事情が、ここに持ち込まれたのか。
「お話しを聞いて、少し気になったところがありました。イヴさんがご指摘された通り、確かに私たちは以前にも、【幻獣対策協会】のスカウトを受けたことがありますが……その時は、本当に二言三言の話し合いのみで対談は終わり、今お話されたような深い問題も話されませんでした。――それはお師匠様が【幻獣対策協会】における私たちへの、過度な干渉を禁じているからと推察いたします。違いますでしょうか? もしそうだというのなら、お二人がこのたび私どもの元へ来訪いただき、このお話をされているのは――……」
「はい。ご推察の通り、あなた達への過度の干渉は、エーデルワイス様が【幻獣対策協会】に属するにおいての必須条件項目に該当いたしますので、今日ここへ赴いたのは私たち個人の判断です。場合によっては処罰を受け、おそらく【幻獣対策協会】から追放されるでしょう」
「どうしてそこまで――……」
「先程お話したことが全てです。後継が育つにおける十分な戦力が、まったく足りていない現状――これを解決できる可能性があるのなら、私が席を失うことなどほんの些細」
…………。
話を聞く限りでは、この強行はミヤコさんの意思によるところが強く、イヴさんはミヤコさんの熱意に押されて付き合っているような印象だ。
どうしてそこまで、の答えが見えない……。
「でもさー、お二人とも、卓越した討伐者なんでしょ? 郊外のここまで活躍の噂が届いてるよ、ミヤコとイヴって、私たちでも知っていたよ」
モニカがお二人を窺って、疑問を顔にしながら話を向けた。
「それなら、お二人が育成役に回ることが叶うなら、私たちが【幻獣対策協会】に入るより、ずっといいんじゃない? 【幻獣対策協会】からの追放まで覚悟して私たちのところに来てくれた意味が、ちょっと分からないよ」
まさに疑問に思っていたことを指摘してくれたモニカは、首を傾げて言った。
「お師匠様が無双している間にそうできるのであれば、それが一番いい気がするけれど。それとも、その暇もないほどに人材不足である、とか?」
それを聞くと、イヴさんが苦笑して髪を掻いた。
「私たちじゃ駄目だよぉ。噂が届いてるなら、もしかしたら聞いたことあるだろ? 討伐にあたって、白髪と銀髪を幻獣の血液で染め上げる二人組ってな。伝聞のインパクトは強烈だけど――幻獣の血をかぶっているような腕じゃ、お話しにならないだろぉ」
「んー、それにしてもさ」
「私たちでは駄目なのです。担えない」
ミヤコさんは、そのこともまた、無感情に語った。
「リョウガさん、モニカさん。私は【殺人鬼】です。人間を【六十人】殺した、生粋の殺人鬼。私は死刑猶予の恩赦を頂いて【幻獣対策協会】に属している立場なのです」
「…………」
モニカは口を噤み、ミヤコさんをじっと見つめた。
彼女は直情な視線をこちらに注いだ。
「年々、恩赦特例の【討伐者】が増えています。もしも、そのような討伐者が【幻獣対策協会】の支柱を担うことになれば、秩序は決定的に崩壊するでしょう。今、あなた達のような人材が必要なのです。リョウガさん、モニカさん、再三になり申し訳ありません、どうか、【幻獣対策協会】へのスカウトの件、ご再考願えないでしょうか?」
スッと頭を下げる二人。
モニカは唸っている。ボクも唸りたい気分だ、しかし……。――ここまでしてもらって、とても、申し訳ないけれど。
「すみません、やはり、こちらも事情があり、お答えは変わりません」
――【オブレーガの大地】へ出向き、その先で死するかもしれない者が担える役割ではない。
その意を絶対としたボクたちには不適格だ。
「……そうですか」
ミヤコさんは本当に残念そうに呟いた。モニカは胸の締め付けられる顔を浮かべたけれど、次いで聞こえた、イヴさんのカラッと明るい声が雰囲気を塗り替えた。
「まあ、仕方ないさ。ここまで話して駄目だったんだ、割り切るほかない。――突然訪れて悪かったよ、できればさ、私たちが来たことは、【幻獣対策協会】には秘密にしてもらえれば助かるな。これも、できればでいいよ」
「いいえ、誰にも話さないでおきます」
「助かるよ。さ、ミヤコ、お茶を頂いたら、退散しようか。村の入り口にさ、面白そうな魔法具店があったんだ。帰りに寄ってみようや」
「……うん」
なんとかしたいという思いはあるが、今、ボクたちにできることはなさそうだ。
――チラと、それを見る。
モニカも機を見て、チラチラと、それへ視線をやっていた。
【死神の鎌】、か。
【リョウガ鍛錬所】の職人として。
この先で、このお人のために、もしかしたらボクたちにできることが、あればいいのだけれど。




