討伐を真実とする彼《か》の威《い》の薙刀――⑤
お師匠様に拾われ修行をつけていただいていた、まだ幼き日々、クラリスさんとはよく顔を合わせていた。
お師匠様繋がりで出会えた縁だ、頂の立場として、エーデルワイスという存在がどうしても気になったのだろう。
お前はいったい、どこからにわかに現れたのだ。
勇者や血統の優秀な出から出でた人物ではない、傍目からは因果もなにもなく、ぽっと現れたお師匠様のことを、あの頃のクラリスさんは、疑念から探りを入れていた。
そして彼女は知った。
努力も育った環境も無関係に、因果のみで生まれながらに、ただ最強な人間は実在する。
エーデルワイスという彼女にしては普通に生きてきて、たまたまその時が目立つ時節だっただけ。だからぽっと現れ出たように見えた、それだけのこと――。
そう理解しても、少しもこの世の不平等に失望することなかったのが凄い。
だからお師匠様とも、崇敬の伴わない対等な立場としての友達をやれているのだろう。本当に強い人、ボクの思う一つの至高――。
そんな人から修行をつけていただけるとは、本当に光栄な機会だった。
「その幻獣は、【仮面の雄羊】と名付けられたわ。【兎足を持つ仮面の雄羊】、それが、あなた達がこのたび対峙することになる、試練の敵、討伐対象」
またアンリアルウィッチの偉大さの口上調子(昔クラリスさん本人がそのように揶揄していた)に戻り語られた修行内容は、お師匠様の指導にも引けを取らない試練であった。
「未確認新種の【幻獣】討伐、それをこなしてみせなさい」
――ただ、お師匠様と異なるのは、そこには然るべき手心的優しさが備わっているところ。
トコトコと馬車に揺られながら、ボクたちは三人で、目的の場所まで向かっていた。
「しかし、私がいれば、もし死んでしまったとしても致命を避けることができるから、思い切りやりなさい。――瀬戸際の窮地を越えるまでは、私は手を出さない、あなた達二人で、まずは思考錯誤してみなさい」
配慮。
お師匠様の修行では考えられない、有り難いところだ。
ボクたちが万全の状態でないことを見越してのことだろうか……いや、このお人であれば、そうでなくてもそのように慮ってくれる気がした。
「あなた達はどれほどの成長を遂げたのかしら。【アンリアルウィッチ】の私が課す試練とはいえ、超現実は期待しないわ、あなた達にできることを遂行してみせなさい。この【アンリアルウィッチ】の【クラリス】の前で」
「ねークロちゃん、イチコさんに貰ったオレンジの砂糖漬け、あと少しになっちゃった。私が食べていい?」
尊大さの啓示を邪魔されて、クラリスさんはぴくぴくと眉を震わせた。
「モニカちゃん――モニカ。話しかけるときは『行間』を読みなさい。適切な会話を交わせることが、【アンリアルウィッチ】の教え子として期待される姿よ。会話を交わすときはまず悠然を意識して、口数少なく、クールに」
「えーやだよ。……次、いつ会えるか分かんないじゃん。お話ししたい……ダメ?」
「…………しょうがないわね」
和やかだなぁ。
昔は修行の試練に向かう時は、いつだって、先で待つ死に顔色を青く染め合っていた。
お師匠様を非難しているわけではなく、どちらのほうがいいということでもない、この人の、この穏やかなところが、出逢えて知り合えたという意味でボクたち兄妹は嬉しかった。
「イチコさん料理もお菓子作りも上手ですごいなぁ、美味しかった、ごちそうさまでした。――それでクロちゃん、【兎足を持つ仮面の雄羊】って幻獣を攻略するにあたっての、修行に差し支えないヒントみたいな情報は、何か教えてもらえないかな……?」
「フっ。修行と理解しながら、貪欲に情報を求める姿勢――気を抜いているようでもキチンと眼前の脅威度は現実認知できているようね。正常に現実認知できる、それこそが『油断がない』ということよ、よい心掛けだわ」
それはお師匠様の試練を前に、命がけで叩き込まれた本能のようなものです。
「けれど……今回は事前情報が無いことも修行の一環よ、あなた達は全て現場で判断しなさい。安心なさい、本当に危険な時は私が付いているから」
「分かった。兎足……そう通称されるからには、異常発達した脚部でも備えているのかも。兄貴、どう思う……?」
「んー……事前の話し合いと、内容が被ってしまう考えしか、今のところは思い浮かばないな」
「あら。よければ――その事前の話し合いという内容を、教えてもらっても?」
「はい。討伐に扱う武器を選ぶにあたって、次のような内容を話し合いました――」
『異常発達した脚部、ただそれだけの特性であれば、修行の試練として選ばれるわけがない。修行のためにボクたちが該当の幻獣を狩るのは『成り行きの結果』だ、平和第一として、とうに幻獣対策協会が討伐に乗り出しているはず。つまり少なくとも一度は、討伐者たちが討伐に失敗していると考えられる。そう仮定すると……兎足という通称に、なんだか嫌な予感を覚えてくる……』
『どんな予感?』
『強力な脚力という特徴だけなら、即座に討伐隊が再編成されて討伐が行われるように思う。手をこまねく事情があると考えると……未確認新種の幻獣は、もしかしたら――いわゆる【魔法幻獣】種であるのかもしれない。なんらかの魔法を手繰って、強力な脚部で本体は逃げに徹する。それが、考えられる限り、最も辛いシナリオかな……』
「そのような想定を踏まえて、討伐のための武器を選定したのですが……どうでしょうか?」
「――私は君たちを、多少、過小評価していたのかもね。良い着眼点だと思うわ」
ホッと息をつく。
ここをまったく間違えていると大惨事だ。
「武器は、どのような【アビスハウル】を選んだのかしら?」
「【理に触れる翼竜】を討伐したときに使用した、【伝動不全柄の竜爪槍】と……もう一種、こちらの、新しく創り上げた【アビスハウル】を――……」
「ふぅん。――そういえば、【特殊幻獣】種の【飛竜】討伐任務では、大儲けだったんじゃないの? 特殊幻獣種の、飛竜の素材が丸々、手に入ったんでしょう?」
「それがさぁ、聞いてよクロちゃん! 討伐任務の受注者はお師匠様だったってことで、【飛竜】の素材はほとんど、【幻獣対策協会】に持ってかれちゃったんだ……。【竜の血肉】のほんの一部と、かろうじて一素材を譲ってもらえて、あとは収入無しだよぉ……」
「世知辛いわねぇ。まあエーデルワイスはあなた達を【幻獣対策協会】と極力関わらせないようにしているから、そういう時は不便ね。――その判断は正解だと思うけれど」
「へっへっへ……クロちゃん、今回の討伐委託では、幻獣素材の分配はどうなってるのぉ?」
「安心なさい、エーデルワイスと違って私は細かいところもちゃんとしているから、今回の討伐では全ての素材があなた達に譲り渡る手筈になっているはずよ」
「クロちゃん大好き」
「フッ、口ではなんとても言えるんだから……」
クラリスさんは頬に一滴の汗を浮かべて強がるみたいに言ったけれど、真剣な話をしている最中も、絶えずピョコピョコ動いていたモニカの羽を見るに、きっとそれは真実でしょう。
この人が頂を取った世界は、どのようになっていただろうか?
ふと、そんなことが思い浮かんだ。
……――聞きようによっては失礼かもしれないが、完全な掌握を実現して覇権の席に座した“夢”の世界線の彼女は、あまり想像したくはなかった。
どうにも、そこは彼女の住むに適した水ではない気がしたから。
「ほら、もうすぐ目的地よ。気持ち共々、準備なさい」
「ハーイ」
その後、目的地付近で馬車を降りた折には、馬を手繰っていた【幻獣対策協会】お付きの御者と「――――……スっ――」というやり取りで話に応じていた。――こういった彼女が失われてほしくないと願うのは、性格がどうにも曲がった考え方だろうか?
「……フフ、あの御者、ちょっと私に色目使ってなかった…………?」
「……どうでしょう」
「クロちゃんて性格の方向性としてはメチャクチャポジティブだよね」




