討伐を真実とする彼《か》の威《い》の薙刀――②
来客があったのは、まだ朝も早い時間だった。
「およ? 誰だろう――?」
来客を知らせるチャイムのあとに、扉が開くこともない。
お師匠様ではない。
「はい、ただいま伺います。少々お待ちください」
返事の声を届けて、玄関扉の覗き穴を確かめてみると――。
おや、この人は……。
【リョウガ鍛錬所】という場所に、珍しい客人だ。
扉を開け放つと、そこに、現代世界に生まれた超越者の姿があった。
ふわりと明るい赤と茜の中間色――朝焼けの色彩、淡く輝く美しい長髪。
二つの瞳は、虹彩が浮くように見える、幾何学と神秘、類い稀なる特異が秘められた水色。
彼女はこの世界が生んだ超越者。
「――お久しぶりだね。近くに野暮用があったから、ここに寄ってみたの。突然訪れて不躾だけれど、お邪魔しても構わないかしら」
お師匠様のような笑みを口元に湛えた彼女へ、扉を開け放って、歓迎を表す。
「もちろんです。お久しぶりです、お変わりありませんか? ――クラリスさん」
クロエクラリス。
現代世界に生まれたウィッチの最高峰、三つの至上魔法を天命に授けられた、お師匠様と肩を並べる【アンリアルウィッチ】だ。
三つに収まらない、いくつもの魔法を体現した【アンリアルウィッチ】の存在も、近代史において実在した。
だが『至高にして最上の魔法』と認識される理を三つ合わせ持つ【アンリアルウィッチ】は、少なくとも近代史においてクラリスさん以外に存在しない。
「私は変わらないわ。私はいつでも変わらない。けれど――君たちはずいぶんと変わったみたいね。はたして、どのように変わったのかしら――?」
彼女の視線に無言の笑みで答えていると、モニカが玄関口まで、出迎えに姿を見せた。
「お、クロちゃんじゃん。元気~?」
モニカの気の抜けて気軽な挨拶に、クラリスさんは、ピクリと眉を跳ね上げた。
「――――モニカちゃん、お久しぶりね。お変わりないかしら? いえ、あなたもまた、少しだけ――移り変わっているようね」
「クロちゃん今日なにしに来たの?」
ピクピク、と眉が今度は二度跳ねて、クラリスさんは(瞼を若干痙攣させながら)目を瞑った。
「モニカちゃん、私のことは――クラリスと呼んでって、前に言ったはずよ」
「分かりにくいよぉ。なんかさ、クロエ+クラリス――どっちの略称で呼んでも、他人行儀な感じがするからさ、クロちゃんって呼びたいんだよね。って、前にもこんなこと話してたっけ。――クロちゃん、今日泊ってくの?」
ピクピクピクピク――と瞼を痙攣させながら眉を動かしたかと思うと、クラリスさんは着込んだ外套をバッとはためかせて、ナメているというわけではなく親しみの気軽さで話しかけたモニカへ、まるでなにかを抱くように悠然と腕を構えた【アンリアルウィッチ】のポーズ(モニカが昔銘々した)を示して、静かに響き渡る声で述べた。
「私は頂点たる【アンリアルウィッチ】、【星骸の律動】【虚空転位】【灼天爆葬《ヴァ―ミリオンヘリオブラスト》】の三つの魔法を体現するウィッチの至高、それがクロちゃんっておかしいだろ。私の佇まいにおいては【クラリス】という名が相応しい、クロエよりもクラリス、クロエはちょっと品格が柔い……それに比べてクラリスは品格の【クラリス】。分かってくれる?」
ちょっと理解が届きにくい感性を語ると、クラリスさんはモニカをじっと見つめた。
すると、モニカはしゅんと眉を下げて落ち込んだ。
「慣れ親しんだ、私の呼び方だったけど……。…………駄目、だった?」
「…………まあ、いいけどさ」
【アンリアルウィッチ】のポーズで佇んだまま、目元と口元を渋らせながらも、クラリスさんはそう言ってくださった。
このお人は優しい。
さて、今日はどのようなご所用での来訪だろうか。
何はともあれお茶の準備を進めながら、しばし、クラリスさんとモニカが交わし合う雑談を意識の片隅で聞いていた。




