理《り》に触れる翼竜《スカイドラゴン》を墜とす槍《スピア》――⑥
ボクたちが暮らす『ノアナの村』は、オブレーガの浮遊大陸その膝元に座する、【アルネア大陸】の片隅に位置する。
広大な大陸の片隅。
とはいえ何もない田舎町というわけではない。
遥か空に浮遊する大地から、遠すぎず、近すぎず。契機の日が来たりて、もし浮遊大陸に何かが起これば、その影響からは免れられない――そんな、今は静かな活火山を隣にしているような場所だ。
【理に触れる飛竜】は、『ノアナの村』から『かげろいの森』を抜けた遥か先、『風織の花畑』なる名の通った一帯を越えた、『雨切の断崖』という場所に出現したのだという。
「カナリィの村にほど近いが、竜だからね、一度座すれば動かない。雨切の断崖に彼はいるよ」
【竜】。
失敗は許されない。――……とはいえ。
ボクらが仮に討伐失敗しても、お師匠様が確実に、なんとかするだろう。けれど。
その場合、ボクらは死ぬだろう。
それは無理だと断ることもできた。
選んだのは、ボクたちだ。
「うぉお、兄貴、ここ……スゴイ場所だね――……!」
風が通るたびに、咲き乱れた花々が草原の緑のように波打って輝く、『風織の花畑』の絶景に目を奪われた、旅先のような道中がありながらも――……さすがに、『雨切の断崖』が近づくにつれて、ボクたちの口数は少なくなっていった。
馬車に揺られる長旅も、そろそろ終わりだ。
花畑に囲まれた道を抜けて、道路は次第に、地肌が露出した荒野の景色に移り変わっていた。
「――ここからは、徒歩だね」
お師匠様の号令に習い、馬車を降り、徒歩で道を――去り行く馬車のほうを振り返らずに、歩み始めた。
『雨切の断崖』。
雄大な荒野だ。露出した断崖が雄々しく、荒涼とした力強い景観が視界のどこまでも広がっている。
【竜】が座するに相応しい場所だ。
鍛え上げた【武器】を携えながら、お師匠様のほうを、チラと窺う。
フッ――といった、ある種物事の外にいる風情の、達観に似た表情を浮かべていた。
――もしボクらの力が及ばなかった場合、今回ばかりは、お師匠様といえどボクらを助けることはできないだろう。相手は【竜】、瞬きの間もなく死ぬ。
「兄貴」
「なんだい、モニカ」
「私らは、一緒に夢を叶えるだろう、最強の兄妹だ! ――だろ?」
「間違いないよ。そう、ボクらは最強の兄妹だよ」
ボクらは、こんな場所で、死なない。
【竜】は、通過点だ。
見上げる。
見上げると――この世のモノとは思えない、底抜けに鮮やかな赤色の発色と、目が合う。
虎を鼠のように威竦める瞳が、輝き浮いて見える。
「そこに広がる大きな闇」のような巨体、その体躯を覆うは、どのようにすれば傷付くのか想像も及ばない、暗色の鱗、鱗、鱗――そして足先に輝くは、ボクたちが先日に見たものよりも深い色で煌めく、マホガニー色の【爪】。
巨大な翼が、ゆっくりと広げられた。
闇が広がったかのように見えた。
彼が咆哮を上げる姿は、この世の光景だとは到底、信じ難い――。
「モニカ、行こうか」
「オッケー、兄貴!!」
崖の上、彼に示すようにして、ボクたちが創り上げた【幻想武器】を構える。
槍だ。
一条の槍だ。
柄の長さはボクの背をゆうに超える――4m丈の、先端に煌めくマホガニー色の刃を備えた槍だ。
装飾無骨な槍の【アビスハウル】。
これで【竜】を討つ。
「さあ――私に、キミたちの力を見せておくれ」
お師匠様の声への皮肉ではないだろうが――先んじたのは【理に触れる飛竜】だった。
彼の眼から豆粒ほどの大きさに映るであろうボクたちへ、その【爪】を振り下ろした。
「モニカ――」
「兄貴――」
短く意思の疎通を確かめて、飛来した斬撃を躱す。
斬撃を避けること自体は難しくなかった。予備動作もしっかりと見えた、ただの大振りの攻撃だ。
だが、その「ただの大振りの攻撃」は――地面を乱雑に抉り取り、一瞬前までの平野に、氷河に生まれるクレバスのような底無しに深い亀裂を、無数に作り上げた。
たった足の一振り――それだけで、地形の窮地に立たされ、人は死地に陥る。
これが【竜】。
――でも、そんな覇者にも、一つだけ弱点がある。
「事前に伝えた通り、その【飛竜】は【浸魔の連鎖】と名付けられた魔法を操る。その【爪】に触れた万物に【呪いの裂傷】を付与する魔法だ、裂傷は瞬きの間に浸食し、対象を破壊するだろう。裂傷の浸食を喰い止める方法は今のところないから、再三、注意を払うように」
お師匠様から助言を頂いたけれど、それよりまず、今は【飛竜】の素の力だ!
乱雑に中空から【爪】を振られるだけで、ボクたちは――簡単に窮地に陥ってしまう。
「――【属性転換】――《衝撃》⇒《摩擦》!!」
身を躱す中で、ボクの靴に軽く触れたモニカが【属性転換】の魔法を使用した。
ボクは地から跳ねて、身を軽く浮かす。
モニカが『蹴りのモーション』に入る。
――振り上げたモニカの足先に乗り、跳躍する。跳躍先には反り立った崖――ボクは、斜面を砕く勢いで足を、垂直に突き立てた。
摩擦強化された足底が崖の斜面を掴み、そうして反り立つ崖を、一気に駆け上がった――!
地にあるモニカよりも、空に近づいたボクのほうへ、鮮やかな赤色の視線が移る。
【爪】が振り回される。
崖が破壊されるよりも速く、直情に、時に蛇行するように、駆け上がる、駆け上がる――。
――崖の頂まで駆け上がり、【属性転換】の切れるタイミングで中空へ身を躍らせると――視界に、その景色が映った。
向こうに見える――奈落のように深い、ぽっかりと口を開いた大穴。
地表部分には形容し難く悍ましい亀裂が走っている。――【幻獣対策協会】の第一観測隊を悉く屠ったという、【理に触れる飛竜】の【浸魔の連鎖】だ。
【飛竜】が地に降り立った瞬間、裂傷というより朽ちるようにして、一瞬間で、あの奈落は形成されたのだという。第一観測隊を補助観測していた、何人かの生き残りの証言だ――。
【理に触れる飛竜】にあの選択を取らせたら負けだ。
ボクに距離を詰められて、【飛竜】は、空へ上昇する選択を取った。
一方的に斬撃できる――そう思ったか?
ニッと、口角を曲げて。――槍を振るった。
【アビスハウル】の最も重要視される特徴。
精錬段階で使用した【幻獣素材】の特性を、類のない高純度の魔法力としてこの世に顕現させること。
一閃。
斬撃が煌めく。
槍の刃が空間ごと斬り裂いた斬撃は、胴の中心を捉えた――傷は――……通った、鱗に傷が入っている!!
だが血肉の損傷消耗には至らず、外皮が傷付いただけだ。
(防護服に傷が生じた程度の意味しか成していない――)
(回収した【キメラゴブリン】の【爪】は、破損状態だった。【銀灰】に覆われた鱗は直接の刺突でも貫けないかもしれない……)
刃部位の精錬素材に【竜の牙】を使用すれば、あるいは貫けたかもしれないが、モニカの魔法に頼らない《武器自体の遠距離攻勢手段》は絶対に必要だった。――その考えは間違っちゃいない、大丈夫、戦術は形になっている。
「モニカ、やはり最初の策でいく!! 準備をッ!」
ボクの叫びは――掻き消された。
先程とは比べ物にならないほどの声量、地すらも震撼させる咆哮によって。
竜の【破滅の咆哮】だ――!
(――――――~~……ッッッ!!)
平衡感覚を失う。
地に足が磔になる。
目線だけは【翼竜】から逸らさない――そうして視線が交錯する中、彼心情が交わされる。
再び乱雑に【爪】を振り下ろした【飛竜】の、情感に、気付いた。
弱者を相手にしているのではないか。
圧倒的弱者を相手取っているのではないか、という、間もなく確信に移り変わるであろう彼の気付きに、視線の交錯から、気付いた。
一つの咆哮で脚の感覚を無くし、【爪】の斬撃を槍の刃でからがら弾いて生き凌ぐ、「今にも息絶えそうな虫」のように動く存在。
手にした武器はともかく。
見下ろすボクらは、どうやら、塵芥ほどの脅威度だ。
(――――そうだ、ボクたちは脅威存在からして、信じ難いほど弱く、脆く、脆弱だ。ボクという存在自体は、空の視界から豆のように映る、そのもの程度の存在しかない。事実だ)
(ボクたちはお師匠様のようにはなれない。誰をも生物強者として屠ることはできないし、簡単に死ぬ。超越はできない――……)
(でもだからこそ――愚直な覚悟を鍛え上げて、現実にすることができるんだ)
「お待たせ、兄貴!!」
モニカもまた崖を駆け上がって、ボクたちは同じステージに、共に立った。
その瞬間。
――――武器の脅威度と、ボクたちの脆弱を知った彼が、果たしてどうするか。
もう空に逃れる理由はない。
ボクたち本体に脅威度はない。そして、武器の刃にどれだけの脅威度があろうと――それを無に帰す方法を、彼は持っているのだから。
【理に触れる飛竜】の巨体が、信じ難い速度で、急降下してきた。
「モニカ!!!!」
「気張れ兄貴、根性ォオオオオオオオオ!!!!!」
ボクたちは弱いよ。
だが鍛えることはできる。
強くなることはできる。
「【属性転換】――《衝撃》⇒《音響》!!」
【理に触れる飛竜】の、深いマホガニーに煌めく爪が――――【ゴブリンの体液】を精錬の素材とした、槍の柄を捉えた。
【飛竜】の質量、落下速度の衝撃が、音響に変換されて、耳を劈き響き渡る。
鼓膜が破れた。
痛み、平衡感覚の不良――損傷超過による強制的な機能停止。
だがこれで、【破滅の咆哮】を至近距離で受けようと、だいぶ影響を抑えられる。
――――【理に触れる飛竜】の、鮮やかな赤い目が、見開かれた。
体感、永遠の時間――いつまで経っても、ボクらはそうしていた。
奈落のような大穴。
裂傷浸食の呪い、一瞬で朽ちるように開いた奈落。
――【浸魔の連鎖】は発動している。
「【ゴブリンの体液】は」
歯を食い縛りながら、【理に触れる飛竜】に聴かせるように、声漏らす。
「【ゴブリンの体液】を精錬段階で混ぜた武器は、致命的な魔法伝達率の鈍さを有するんだ――ッ」
【アビスハウル】の最も重要視される特徴。
素材】の特性を、類のない高純度の力として、この世に顕現させる。
この槍の柄は、この世で類のない、魔法伝達率の鈍い物質だ。
そして、使用した【ゴブリンの体液】は特別性――不壊の象徴【竜の銀灰】も成分に含む、【キメラゴブリンの体液】である。
理外の不壊。
【理に触れる飛竜】に、隙が生まれた。
一瞬――一つの瞬きのような一瞬、しかし把握できる一瞬間。
どうやっても【飛竜】という最大の脅威は、勝てるはずだった。
初手で、大地への【浸魔の連鎖】で、全てを奈落に呑み込む。
大空からの戦闘を徹底する。
未だ見せてすらいない【竜の息吹】でボクたちが焼死または窒息死するまで、絶えず攻め立てる。
――思いつく限り、百通りはくだらないだろう。
だが――――最大脅威を誇る【竜】の、たった一つの弱点が、それをさせなかった。
【竜】の弱点――それは、高度な知能を有していること。
獣の脳ではない、高水準の知的能力指数をも、【竜】は有している。
ただ、そこに在るだけで最大脅威の存在が。
超越には届かない、半端な高度知能を有しているのだ。
獣のように振る舞われたら、ボクたちは絶対に、勝てなかったというのに――――。
「【属性転換】――《摩擦》⇒《突力》」
モニカが槍の刃に触れると、煌めくマホガニー色を包むように、銀色の輝きが灯った。
二人、力を合わせて――刃を、鱗の隙間に、力の限り、突き立てた。
【属性転換】で失われた摩擦によって、ほころびもなく連なる鱗の、一糸にも満たない溝に、刃が、滑り込むようにして刺し込まれた。
強化された突の推進力で、刃は肉体に沈み込む――――。
「『理に触れる翼竜を墜とす槍』……けれど竜を堕とすのは、この武器ではなく、ボクたち塵芥の、知恵だ」
固い、強く反発するような感触。
刺突――刃が届き、貫いた。
【竜】といえども。
多くの伝説がそうであるように、心臓を貫かれれば、ひとたまりもない。
【理に触れる翼竜】は、【破滅の咆哮】の断末魔を上げて――倒れ伏した。
「この断末魔があるから、耳を潰しておいたんだ――でも荒療治だよね」
音は聴こえないけれど、たぶんモニカはそんなことを言ったのだろう。
そして次いでの言葉は、音は聴こえなくとも、確かにボクの元へと届いた。
「おつかれ様、兄貴」
「モニカも。お疲れ様、今回も、二人とも無事でよかった」
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――【理に触れる翼竜】の討伐。
使用武器・【伝動不全柄の竜爪槍】
採取素材・【竜の眼】【竜の鱗】【竜の銀灰】【竜の血肉】【竜の肝】【竜の爪】【竜の牙】……?
Clear・『エーデルワイスからの依頼』




