五通目|直人からシャミムへ
シャミムくん、こんにちは。
君の手紙は、ゆっくりと、でも確かに僕の中に入り込んできました。
僕は今、君が書いてくれたラジオや英語の単語帳、妹の絵やお母さんの針仕事を、
窓の向こうにいるかのように想像しています。
とても静かで、でも、音のある風景だと感じました
僕の一日を、君が知りたいと言ってくれて、少し驚いたけれど、
正直に書いてみます。
たぶん、すごく小さなことばかりです
朝(9時すぎ)
目が覚めるのはたいてい、午前9時か10時。
誰かに起こされるわけではなくて、雨どいに落ちる水の音とか、
隣の家の子どもがはしゃぐ声が遠くに聞こえて、それで目が覚めます。
起き上がるまでに、30分くらいは布団の中にいます。
天井を見ながら、「今日は動けるかどうか」を考えます。
でもたいてい、動けません
午前(10時半〜)
台所まで行って、お湯を沸かします。
電気ケトルがカチッと鳴る音が、僕の朝の「始まりの音」です。
コップにインスタントの粉を入れて、白くなるのをじっと見ています。
朝食はとらないことが多いけど、バナナがあると安心します。
皮をむいたときの“やわらかい音”が、なぜか好きなんです
昼(12時〜15時)
机の上にはノートがあります。
書くことはあまりないけれど、たまに君のことを描いてみます。
手回しのラジオ、英単語が書かれた紙、妹の笑ってる顔。
想像だけで描いた絵だけど、君に見せられたらいいなと思っています。
外からは、車の音や工事の音が聞こえる。
でも、僕にはそれが“別の国の音”みたいに聞こえます。
窓は閉めたままだから、すべてが少しこもった音になるんです
午後(雨の日)
雨が降るとき、僕はじっと耳を澄ませます。
ベランダの柵に当たる雨粒の音は、リズムがあって、
それをずっと聞いていると、「今日という時間」が流れていることを思い出します。
引きこもっていると、「時間が止まる」ことがあります。
日が経つのか、進んでいるのか分からなくなる
夜(21時〜)
夕飯は母が持ってきてくれることもあるし、
何も食べないまま眠ることもあります。
スマートフォンをベッドの隣に置いて、音楽を少しだけ聞きます。
静かなピアノの曲。言葉のない音楽が好きです。
その音が、心の奥に水をやるような感じがします。
電気を消すと、部屋は真っ暗になります。
でも、音はまだあります。
冷蔵庫の低い唸り、風が通る音、遠くの電車の響き。
僕はそれを聞きながら、“君の音”を思い出します
君は、「外に出られない」僕に、
「それでも何かを聞いているんですね」と言ってくれた。
それが、とても嬉しかったんです。
君の祈りのような英単語。
僕の沈黙のなかの雨音。
それがどこかで重なっているような気がします。
次は、君の好きな“ことば”を教えてくれませんか?
君が覚えた英単語の中で、いちばん好きな響き。
それを僕も、ここで声に出してみます。
ありがとう。
――直人より