9 誤解から始まる数分間の逃走
「盗っ人は盗っ人らしく、痕跡を消さないとすぐにばれてしまいますよ」
ユウェシルが呼びに来てから十分も経たないときに、アクディーヌは縄で縛られている四人の男たちのうちの一人の盗っ人に話しかけた。
ユウェシルの指示で、アクディーヌは白のフード付きマントを着ているが、変装というより単に快適だということに気が付き気に入っている。
「お、お前はどっちの味方だ!?」
「味方でも敵でもないですよ? そもそも、嫌がらせで人の物を盗むだなんて、後で後悔するのはあなたたちなのですよ」
「ふんっ、俺はただこいつに言われてやっただけだ。なんの後悔もないね」
「貴様! この貴族である俺に向かってなんだその態度は!」
「うわぁ、この人たち今どんな状況なのか分かってるのかな……」
庭師の少年は、仲間同士で口論する男たちを見て、呆れたように呟いた。
普通の御者のように見える二人は、ばつが悪そうに目を泳がせていたが、三人目はどう見ても盗っ人そのものだ。
前払いの報酬を受け取らない限り、こんな態度は取れないだろう。
「アンソニーさん、彼らをどうするのですか?」
「それはもちろん、衛兵に引き渡します。その後、こやつの爵位を剥奪していただく所存です」
「あら、随分と大胆ですね」
胸を張って宣言するアンソニー。
タキシード姿から執事と分かるが、その鋭い眼差しはまるで騎士のようだ。
「は、剥奪だと!? 貴様、庶民の分際で……!」
「あら怖い」
「な、なんだと……んぐっ!?」
アクディーヌは、貴族の青年に向かって魔法で口封じをした。
さらに、追加で盗っ人にも同じく口封じをした。
そろそろお喋りを止めないと永遠に喋り続ける恐れがある。
それを終わるまで聞いて待つだなんて、下界に行けないことよりも苦痛だ。
「さ、衛兵さんに渡しに行きましょ」
「恐るべし、お姉さん……」
庭師の少年は、恐る恐るアンソニーの後ろに隠れた。
すると今まで黙って見ていたユウェシルは、無表情でアンソニーの後ろに隠れる少年の手を掴み、無理やり四人の男たちの元へと引きずり出した。
「え、ちょっ、え?」
「スイ様、この四人はこの者と共に衛兵に引き渡しますので、屋敷でお待ちください」
「そうですか? では、お願いしますね」
「い、嫌だー!」
手を振るアクディーヌに見送られながら、四人の男を繋ぐ縄を片手にユウェシルは、少年をもう片方の手で引きずり、屋敷を後にした。
「ほっほっほ、ユウェシル殿は容赦ないですな」
彼らを見送りながら笑うアンソニーに、アクディーヌもフードを外しながら同じくして笑う。
「ふふ、そこが彼のいいところだと私は思います」
「そうですな。私めもそう思います」
そう言ってしばらくユウェシルたちの話で盛り上がった後に、眠るフィンレーの元に戻るアクディーヌとアンソニーの大きな笑い声が、屋敷全体に響き渡った。
◆◆◆
「はぁ、もう散々だよ……。」
「あら、おかえりなさい。庭師さん、ユウェシル」
彼らが四人の男を衛兵に引き渡して二十分ほど経った頃、疲れた顔をして屋敷に入ってくる少年と相変わらず無表情なユウェシルも一緒に入ってきた。
「ただいま戻りました」
「聞いてよ! ユウェシルがさぁ……って、主人! なんか凄く元気そうだけど大丈夫なの!?」
そう言う少年は、アクディーヌを通り越し、階段に座ってアンソニーと談笑をするフィンレーの元へと駆け出した。
「スイ様のおかげで体がとても軽くなったんだ」
「え、まさか治してくれたの!?」
「えーっと、それはですねぇ……」
アクディーヌは、無言の圧力を感じながらユウェシルを横目に見て、逃げるように廊下を駆け出した。
それを見て、ユウェシルは静かに後を追い始めた。
「これは誤解ですってば〜!」
ユウェシルに追われながら、アクディーヌは彼らの目を盗んでちょうど廊下にあった花瓶の水に擬態した。
隠れてもなんの意味もないが、考える時間は必要だ。
実のところ、アクディーヌもフィンレーがあんなにも元気にしているのが不思議でたまらなかったのだ。
法則を破った覚えも、神力を使った覚えもない。
考えられることは、フィンレーの体に何かしらの奇跡が起こったとしか考えられない。
(まさか彼は……)
そんなことを水に擬態しながら考えていると、ユウェシルが立ち止まり花瓶を持ち上げた。
(えっ!? この子、怖い!)
「スイ様、怒らないので姿を現してください」
ユウェシルは花瓶を持ちながら、フィンレーたちの元へ歩き出す。
『わわっ! 分かりましたから止まってください〜!』
アクディーヌの言葉にユウェシルは歩みを止め、花瓶を元の場所に戻した。
安堵の息をついたあと、水しぶきをあげるのと同時に元の姿に戻る。
こっそり、ユウェシルを見るとやはり無表情でアクディーヌを見ていた。
「ユウェシル? これは誤解なんです。私も本当によく分からなくてですね…」
「なら、逃げる必要はないはずですが」
「そ、そうですが……」
「彼の持病は、自然に治るはずがありません。ですので、考えられることは一つ。スイ様が神力を使った、違いますか?」
ユウェシルは距離を詰めて返答を待っていた。
マグトルムに仕える神官は皆こうなのだろうか。
「ユーちゃん、いいえユウェシル。まずは落ち着きましょう。さぁ、深呼吸して〜。すぅー、はぁー……」
すると、意外なことにユウェシルは素直に深呼吸を始めた。
(なんて、素直な子っ!)
二人で深呼吸をしていると、「何してるのさ……」という少年の声が聞こえた。
その後ろには、きょとんとした顔をするフィンレーと微笑するアンソニーがいた。
やはり、フィンレーは寝込んでいたとは思えないほど顔色が良くなっている。
ユウェシルの誤解のためにも後で詳しく話を聞く必要がありそうだ。
「あはは、お気になさらず。それよりも、フィンレーくん。私とお話しましょうか」
アクディーヌはそう言って合わせた手を斜めにしながら笑みを作った。