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7 庭師と罠

アクディーヌは、腰に両手を当てて空気を吸う。


「いつの間にか、この玄関近くの雑草を全て抜いてしまいましたけど、この雑草どうしましょう」


目の前には、山のように積み上げられた雑草の山。

ユウェシルが来るのを待ちながら雑草を抜いていたつもりが、夢中になって全てを抜いてしまったようだ。

しかし、それよりも重大なことにアクディーヌは気が付く。

玄関の隅には、小さな看板が刺さっていた。


「なになに、『ここの雑草は抜かないこと』」


アクディーヌはしばらく思考停止したあと、状況を理解し、肩を震わせる。


(ど、どうしましょう! まさか、この雑草が抜いてはいけない雑草だったなんて)


山盛りになった雑草の周りを、何周も回りながら策を考える。

頭を抱えたアクディーヌは、何とか元に戻せないかと周囲を見渡すが、助けを呼べる花神はここにはいない。

思案を巡らせていると、背後から突然、叫び声が聞こえてきた。


振り返ると、オレンジ色の髪を持つ少年が庭師の服装をして、まるでこの世の終わりのような顔で山盛りの雑草を見つめていた。


「あはは……。勝手に抜いてしまいました、大変申し訳ございません」


アクディーヌは、深々とお辞儀をする。


「だ、大丈夫なの!? ちょっと手を見せて!」

「え?」


少年が急いで駆け寄り、手を心配そうに見つめたかと思うと驚いた表情を浮かべた。

アクディーヌの容姿に対して、特に驚いていない様子だった。

なるほど、子どもには神独自の神々しさが通じないらしい。

それよりも、怒られるのかと思ったのだが手を隅々まで確認してくるとは思わなかった。


「おかしい……普通ならかぶれたりするのに」

「あ、あの~?」


アクディーヌの声に少年は、不思議そうに凝視する。


「君、何者? どうしてこの雑草に触れてもなんともないの?」

「え? あ、えっと。耐性? ですかね、はは」


冷や汗をかきながら、わざとらしく笑う。


「耐性? この雑草はここしか生えない特別な雑草だよ。毎日触らない限り、耐性なんてつかないはずだけど……」

「え、そうなのですか!?」


(これでは、私が人間ではないことがバレてしまいます!)


焦ったアクディーヌが必死に話題を逸らそうとしていると、再び屋敷の中から大きな叫び声が聞こえてきた。


「うわぁ、またあの馬鹿貴族?」

「おや、知っているのですか?」

「あいつ、この屋敷の主人が代わった途端に何度も来るようになったんだよ。本当に懲りないやつ」

「なるほど」


話題が変わり、アクディーヌはひとまず安心する。

そして、心の中で考えた。

この少年に、屋敷の前の主人が自分の兄であることを伝えたら、どんな反応をするのだろうか? しかし、それは今ではない、と心に留めた。


「前の主人のときは、あの微笑みの中に隠されてる威圧感に負けて、怯えて来なくなったのにさ」

「あらまぁ」

「それで主人が代わった途端、余裕な笑みを浮かべて屋敷に来るようになったんだよ。本当に嫌な貴族だよ」


少年は、足でアクディーヌが抜き取った雑草を弄りながら話す。


「僕は庭師の身だし、ただ見てるだけしかできないけど主人が心配だ」

「今の主人は、どんなお方なのですか?」


アクディーヌが尋ねると、少年は考え込んだあと足元を見ながら言った。


「前の主人と違って、とても病弱で自分を責めてしまうような(かた)だよ」

「病弱……」

「うん、執事から聞いた話によると主人は幼い頃から病弱で医者が屋敷に留まらないといけないくらいに、ひどいものだったんだって」

「今も医者は留まっているのですか?」


少年は首を横に振る。

話が重くなってきたことにアクディーヌは少し後悔したが、それでも会うべき相手なのだからと続けた。


「今はもう医者の世話になる必要はなくなったらしい。ロニー様とこの屋敷に住むようになってから主人の持病を治療してくれてたんだって。ただ、完全に治ったわけではないけど」


その名前に、アクディーヌは兄の仮名であることを悟った。

だが、それ以上深く考えるのは避けた。


それに、兄が人間の病気を治せないはずがない。

ただ、神としての法則上、治療に限度があるのだろう。

アクディーヌは、兄が控えめに治療したことを理解する。

なんとも歯がゆいことだ。

その法則を考えたマグトルムの言い分では、『この世界に勇者がいるように、全ての病を治せる聖女もいる』ということだそうだ。

つまり簡単に言い直すと、聖女のような存在は一人も二人もいらないということだ。


「そうですか。ですが、今の主人は何故この屋敷に来たのです?」

「両親が事故死で亡くなって、取り残された主人を引き取ったのがロニー様なんだ。でも、三年前に任務が終わったと言って今の主人に屋敷を引き渡したんだ。本当にびっくりしたよ」

「なんて自分勝手な……」

「ん? なんか言った?」

「あ、いえいえ。なんでもありません」


いつもの癖で、思ったことを口に出してしまった。

けれど、いくら仕事が終わったからと言って屋敷の所有権を讓渡する必要があるのだろうか。

下界に遊歴をしていればいつでも来られるというのに。

それに、三年前というと兄が遊歴に行っている頃だろう。

任務が終わったというのは、水神の座から降りたことを示しているのだろうか。

だとしたら、腹が立つものだ。

それよりも、兄が水神を辞めてから百年も経つが屋敷に訪れるのが遅すぎる。

讓渡するための心の準備でもしていたのか。

けれどそんなことは、考えても無駄なことだ。


「それにしても、あの馬鹿貴族早く消えないかな〜」

「私も、彼がいる限り入れないのですよ」


二人は同時にため息をつくと、足元に山積みの雑草が目に入る。

そして顔を見合わせ、思わず笑みを浮かべた。

少年はスコップを持ち、アクディーヌは雑草を屋敷の入り口まで運び、大急ぎで穴を掘り、雑草を詰め込んだ。


「よし、完成だ!」

「これが罠というやつですね!」


屋敷の入り口の地面には、人が触れたら危険な雑草が敷きつめられた大穴ができあがっていた。

お互い満足げに笑っていると、偶然にも悲鳴をあげながら貴族の青年が罠の場所へと走り、見事に大穴にはまった。

木陰から二人でその光景を見守ると、ユウェシルが何とも言えない表情で青年を見下ろしていた。

そしてものすごい速さで、何度も青年を踏みつけていた。


(あらまぁ……)


「ん、なぜここに穴が? 待て、この雑草……」


ユウェシルは膝をついて雑草をじっと見つめた。

やがて立ち上がると、アクディーヌたちのほうに向かって歩いてくる。


「ね、ねぇ、あの人僕たちのほうへと来るよ!」

「あなたはここへ隠れていてください。あとは私にお任せを」


アクディーヌは、少年に向けて片目を瞬かせながら木のそばから離れた。


「ユウェシル、随分と遅かったですね」

「すみません、少々手こずりまして。それよりも、あの雑草を抜いたのはスイ様ですよね?」


アクディーヌは驚き、目を見開いた。

大穴の件で何か言われるかと思っていたが、ユウェシルはそのことには触れなかった。


「え? あ、はい。そうですよ、いったいこの雑草はなんなのです?」

「これは、神々の大戦による残滓(ざんし)です」

「なんですって?」



神々の大戦。

それは三千年前、下界に降りた神々と天界にいる神々が対立し、やがて戦争へと発展した出来事だ。

この戦争は、無関係な神や人々を巻き込み、大迷惑な大戦として世に語り継がれている。

しかし、あの戦の残滓が今ここに存在するとなると、無視するわけにはいかない。

神々の力によって生まれたこの残滓は、時に大きな災いを引き起こすことがある。

特別な力を持たない普通の者が触れれば、体に影響を及ぼし、命に関わることすらあるのだ。


残滓は目に見えず、神ですら認識できないため、天界では危険視されている。

その姿は様々で、今回のように雑草として紛れ込んでいることもある。


最も危険なのは、気付かずに触れてしまう人間たちだ。

もし誰も気付かなければ、残滓は増殖していく恐れがある。

たまたま、鋭い目を持つユウェシルがこれを発見したからこそ、未然に大惨事を防げたのだ。

本来、残滓はマグトルムによって消滅されるはずだが、ここに存在するということは、消滅しきれなかったことを意味する。

それは滅多にないことで、非常に危険な兆候なのだ。


「スイ様、ひとまずこの残滓を燃やします。その後、マグトルム様に報告しますので先にこの屋敷の主人に会ってください」

「……分かりました。彼を頼みましたよ」


ユウェシルは、頷いたあと乱暴に大穴に落ちた貴族の青年を引きずり出し、魔法で雑草を燃やし始めた。

燃えた雑草は、人には耐えきれないであろう強烈な臭いを放ちたちまち光の粒子となり消滅した。

雑草によって体中がかぶれた貴族の青年は、鼻を抑えきれず気絶していた。


「うわ、くっさ! あの雑草こんなに臭かったの!?」


突如、木に隠れていた少年は鼻を抑えながら出てきた。


「あ、いけません! 庭師さんは私と一緒に行きますよ」

「え、ぎみはぐさくないの?」


アクディーヌは、鼻を抑えながら言う少年の背中を押しながら屋敷の主人のもとへと向かった。

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