59 しつこいギルドマスター
「スイ! 不審者たちが来たみたいだよ!」
「では、準備しましょう!」
フィンレーたちとしばらく作戦会議をしてから、一日が経った。
アクディーヌは兄に変装し、ギルは庭師をしながらヒューバートを監視するということになった。
さらに、アンソニーは普段通りに過ごし、特に屋敷内の管理を任された。
一方、フィンレーはユウェシルと共に剣術の稽古をする形となった。
ヒューバートたちは、やはり諦められないのか、屋敷へと訪れたようだ。
急いで兄の姿に変装したアクディーヌは、庭園にあるテーブルへ向かい、椅子に腰掛けると、本を広げて兄のように足を組む。
この位置だと、ヒューバートたちが気付きこちらに近付いてくるに違いない。
さらに、この場所ならフィンレーたちの様子も見渡せる。
「さてさて、どう出てくるでしょうか」
兄の仕草を完璧に真似ているから、ヒューバートには『スイ』だということは気付かれないはず。
それに、顔を隠していたのだから、流石に大丈夫だろう。
そんなことを考えながら本を読むふりをしていると、予想通りヒューバートたちはこちらに気付き、ゆっくりと近付いてきた。
「へぇ、朝から本を読むだなんて真面目なのね」
「マスター、貴族だから珍しくないんじゃないっすか?」
「はは、君たちか。本当に来たんだね」
「来るに決まってるじゃない」
アクディーヌは視線を本から外さず、口元に薄く笑みを浮かべたまま口を開いた。
「それで、もう監視は始まっているのかな?」
ヒューバートたちはアクディーヌの言葉に短く鼻で笑うと、ヒューバートが軽く肩をすくめながら返した。
「監視? そういう言い方をされると、まるでこちらが疑われているみたいね」
アクディーヌは目を細め、静かに本を閉じた。
そして、視線を二人に向けて軽く微笑む。
「確認するのは結構だが、無駄足にならないことを願うよ」
そう言いながら、アクディーヌは本を手に取り歩き出す。
(私って、演技の才能あるんじゃないかしら!)
アクディーヌは内心で自分の演技を少しだけ誇らしく思いながら、ギルがいる花壇に向かって歩き出した。
「ちょっと待ちなさいよ!」
すると、背後から響いたヒューバートの声に、アクディーヌは足を止め、振り向く。
「なんだい?」
「あんたのその余裕ぶった態度が気に食わないのよ。……本当に『ロニー』なの?」
「それはどういう意味だい?」
「マスター! もしかしたらこいつ、スイさんを……!」
アクディーヌはその言葉に、静かに微笑み首を傾げながら口を開く。
「僕がスイをどうしたって?」
ヒューバートは鋭い目つきで兄に変装をしたアクディーヌを睨みつける。
「あんたが、どこかに隠してるんじゃないかと思って」
確かに『スイ』は隠してはいる。
それも、自身の中に。
やはり、これほどにも『スイ』を探しているのは、暗殺組織に関係しているということだろう。
その言葉に、アクディーヌは目を細め、意図的に冷たい笑みを浮かべた。
「馬鹿げたことを言うね。君たちの考えがどこから来るのか知らないが、僕が『ロニー』でないとでも言うのかい?」
ヒューバートは一瞬言葉を失いながらも、なおも食い下がった。
「じゃあ証明しなさいよ! ロニーだって証拠を見せなさい!」
その挑発に、アクディーヌはわざとため息をつき、本を持ったまま背筋を伸ばした。
「証明ね。僕がここでこうしていること自体が証明じゃないか。だが、どうしてもと言うなら……」
アクディーヌはギルのいる花壇へ視線を向け、続けた。
「僕の忠実な庭師に聞いてみるといい。彼が証人になってくれるだろう」
ヒューバートはその言葉に少し戸惑い、目つきの悪い青年の方を振り返った。
「……どうすんのよ」
「これはもう聞くしかないっすね……」
アクディーヌは内心の緊張を隠しつつも、余裕を装って軽く微笑みながら言った。
「では、行こうか。君たちの疑念が晴れるなら、それでいいよ」
そして、ゆっくりと歩き出すと、ヒューバートたちはやや不機嫌そうにその後を追った。
◆◆◆
ギルのほうへ歩み寄ると、彼は驚いたように一瞬目を見開き、続いて微妙に顔を引きつらせた。
「な、何?」
その様子を見たアクディーヌは、軽く笑みを浮かべながら答える。
「君に頼りたいことがあってね。少し協力してほしいんだ」
ギルは視線を左右に動かし、ヒューバートたちの存在を確認すると、小さくため息をついた。
「協力って……いったい何?」
アクディーヌは振り返り、ヒューバートたちに視線を送ると、静かに言葉を続けた。
「彼らが、僕が本当に『ロニー』なのかを疑っているらしい。庭師である君が証人になってくれると助かるのだが」
「証人って……。うーん、じゃあ。ロニー様は木を素手で持ち上げることができる。それができたら……ロニー様だよ」
ギルはそう言いながら、「できる?」とでも言うかのように目で訴えていた。
アクディーヌは、片目を瞬かせてギルに伝えたあと少し、考え込むふりをした。
「はは、そうきたか」
ヒューバートはにやりと笑って言う。
「当然、『ロニー様』ならできるでしょ?」
アクディーヌは木に近づき、手をかけると、兄が実際に木を持ち上げたことを思い出した。
だが、彼と同じ方法で木を持ち上げるわけにはいかない。
確かに兄は木を素手で持ち上げられるが、兄のように力を使わず持つとなると、血を吐くに違いない。
それくらいに体が弱っている今、無茶なことはしないでおこう。
アクディーヌは思案しながらも、目を細めて自分の力を使うことに決めた。
彼女は静かに水の力を使い、木の根元に水を流し込む。
水が木を包み込み、木はまるで軽々と浮かぶかのようにアクディーヌの手元に従った。
木はふわりと浮かび上がり、ヒューバートたちの目の前で、アクディーヌの手のひらの上で止まった。
「こんな感じでどうかな? 証明されたかい?」
ヒューバートたちは依然として唖然としたまま立ち尽くしていたが、やがてヒューバートが顔を真っ赤にして叫んだ。
「はあ!? え? は? どういうこと?」
「やっべぇぇ!」
すると、彼らの声に気付いたのか、遠くから急いで駆けつけてくるフィンレーとユウェシルの姿が見えた。
「ス……ロニー様! これはいったい!?」
フィンレーはアクディーヌの手のひらの上に浮かぶ木を眺めて声を上げた。
ユウェシルは、頭を抱えてため息をついていた。
アクディーヌは微笑みを浮かべたまま、静かに手を引き寄せると、木はそっと手のひらから降りてきて、地面にそっと戻った。
「ギルドの方たちが、僕をロニーではないと言うんだ。だから、証明してあげたのさ」
「ふ、不審者! これで分かっただろ!」
ギルの言葉にヒューバートは、日傘を取りだし、その先端をアクディーヌに向けた。
「こ、こうなったらあたしと勝負しなさい!」
ヒューバートのその一言で、アクディーヌは心の中で涙を流すしかなかった。




