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57 小さな作戦会議

ヒューバートたちが去ってしばらくすると、アクディーヌは静かに息を吐き、手を伸ばしてカツラを外した。

その瞬間、濃い水色の髪がさらりと滑り落ち、光を受けて淡く輝く抑えめの水色へと戻る。

その長い髪はまるで水面を流れる清流のように柔らかく揺れ、背中に沿って美しい曲線を描いた。


変装を解き、リラックスした表情で振り返ると、ギルとアンソニー、フィンレーが不安げな顔でアクディーヌを見つめていた。


「さて、作戦会議を始めましょう」


アクディーヌがそう言って、居間へ向かい皆をテーブルに招き入れると、全員が椅子を引き、席に着いた。

アクディーヌはテーブルの中央に座り、静かに視線を巡らせる。


「結論から言うと、あのヒューバートにはいずれバレるでしょうね〜」

「バレるでしょうね、じゃないよ! どうすんのさ、これから」

「うーん、そうですね。こちらも手を打つしかないようです」

「簡単に言うけどさ……どうするの?」


ギルが苦い顔をしてテーブルを軽く叩く。


「ふむ。確かに、ギルドマスターの勘は鋭いです。油断は禁物ですぞ」

「そのための作戦会議です。とりあえず、もうしばらく私の演技に付き合ってください」


アクディーヌの言葉に、ギルは困惑した表情を浮かべた。


「もうしばらくって……そんな簡単な話じゃないでしょ。どこまで引っ張るつもりなの?」


アクディーヌは微笑を浮かべつつ、頬に指を当てて首を傾げる。

演技は、あまり得意ではないがあいにく、兄の演技なら完璧にこなせる。

それを、上手く利用すればあのヒューバートですら騙せるかもしれない。


「そうですねぇ、彼らが諦めるまで?」

「無理だね、それ!」


ギルが即座に指摘すると、アンソニーも勢いよく手を挙げた。


「そうですぞ! あのギルドマスターは手強(てごわ)いことで有名ですぞ!」

「そうですか? でも、難しいほど燃えるものですよ」

「その自信はどこから来るんだよ……」

「さすが、スイ様です……!」


今まで、黙って聞いていたフィンレーが目を輝かせながらアクディーヌを見つめていた。


「主人!? 何がさすがなの? 見てよ、あのスイの何も考えていないような顔を!」


ギルはそう言って、指を差し、机に両肘をついて顎の下に当てて、ぼーっとした表情を浮かべたアクディーヌを見た。

そんなギルにアクディーヌは、頬を膨らませて口を開く。


「まあ! ひどいですね。そんなふうに言われるなんて」


ギルは苦笑しながら、両肘を机につき、顎を支えてアクディーヌをじっと見つめる。


「だって、そうでしょ?」


「……さてと、この服のままだと着心地悪いですし、着替えて来ますね〜」


アクディーヌはそう言って立ち上がり、早足で部屋を出た。


「あ、ちょっと、逃げたな! スイ!」


部屋を出て、扉を勢いよく閉めたアクディーヌは胸を撫で下ろしながら、自分の部屋へと向かった。

そのとき、後ろから声がかかり振り返るとそこには、ユウェシルが立っていた。


「あら、ユウェシル。おかえりなさい」

「ただいま戻りました。スイ様、先ほど城に入り込み情報をお持ちしました」

「本当ですか? では、私の部屋で話しましょう」


アクディーヌがそう言うと、ユウェシルは頷き静かに彼女の後を追いながら歩き出した。




◆◆◆




「なるほど、皇帝はお兄様を信頼していた分、同じ屋敷に住む新たな主となったフィンレーくんに興味を持ったと」

「そのようです」

「でも、さすがにフィンレーくんが三人目の勇者だとは気付かれてませんよね?」

「はい。ですが、皇帝はどうやら主人の持病を把握していたらしく、それが治ったことも知っていました。このことなのですが、おそらくあの馬鹿貴族が関わっているかと」

「馬鹿貴族?」


ユウェシルが言っているのは、おそらくあの侵入者のことだろう。

もしそうなら、やはりあの貴族はこの屋敷の物を潰す他に、情報を収集しに来ていたということだろうか。


「ええ、あの侵入者のことです。城内でも噂になっており、彼はどうやら皇帝に何らかの報告をしているようです。ただ、詳細まではまだ掴めていません」


アクディーヌは考え込むように腕を組んだ。


「なるほど……。情報収集と破壊活動の両方が目的だった可能性が高いというわけですね。ですが、フィンレーくんの持病が治ったことを知っているとなると、またあの貴族の仲間がいたということになりますね」

「そのことなのですが、該当する人間を始末しておきました」

「あら! ユウェシルって本当に仕事が早いんですね!」

「当然です。目障りですので」


そう言うユウェシルは、目線を逸らしながら少しだけ照れているようにも見えた。

まるで、ムーソピアを見ているかのようだ。


(ふふ、天界の神官たちは似た者同士で溢れかえっていて面白いです)


アクディーヌはそう思いながら思わずくすっと笑みを漏らした。

ユウェシルの言動に少しだけ違和感を感じ、彼の照れ隠しが可笑しくも思えた。


「何故笑うのです?」

「いえいえ、なんでもありません。それよりも、お兄様のふりをどこまで続けられるか試してみましょう」

「いくらスイ様が先代水神様と似ていても、いずれあのギルドマスターには勘づかれてしまいます」

「ふふそうですね。ですが、一度お兄様に変装をして悪いことをしたかったんですよね〜」

「全く……。あなたは……」

「どうせバレるなら、少しくらい楽しんでもいいじゃない〜」


その言葉に、ユウェシルは小さくため息をついた。


「マグトルム様に叱られますよ……」


ユウェシルの言葉に、アクディーヌはぎくりとする。


幼い頃、大精霊だったとき、マグトルムに意地でも下界に行かせないようにされていたのだ。

彼はいつも後ろから抱き抱えるようにしてアクディーヌを捕まえ、両腕でしっかりと逃げ道を塞いでいたのだ。


あの厳格な表情の中に微かに宿る満足そうな微笑みを思い出すと、冷や汗がにじむ。

マグトルムにとってそれは、愛情と責務が交じり合った行為だったのかもしれない。


(……しかも、あのお兄様まで便乗して取り合いを始めるなんて。ほんとにもう、私がただの大精霊だった頃の話だけど、今思い返すとひどい光景ね)


アクディーヌは内心でそう毒づきながらも、ユウェシルには悟られないように涼しい表情を作り直した。


「……それはそれとして、今さら私を止める権利なんてないでしょう? あっちが下界に行くよう言ったのだから」

「まぁ、そうですね。とりあえず、スイ様はギルドマスターに気付かれるまで変装を続けるということですね」

「ええ。バレたらきっと面倒くさいことになると思いますけど、仕方ありませんね!」


バレたときは、ヒューバートに詰め寄られると思うがもう彼から逃げるのは諦めよう。

それに、彼とは何だかんだで信頼し合える仲だと、信じたいものだ。


あの厳格さと詰め寄る迫力は確かに厄介だけど、根っこの部分で彼は嘘をつく人ではない。

たとえ正体に気付いたとしても、彼なりのルールに従って行動するだろう。

むしろ、敵意を抱く相手よりよほど扱いやすく、そういう人こそ縁を結びたい。

だが、まさか暗殺組織の者だとは思わなかったが、それは一度片隅に閉まっておこう。


「さて、この話をギルたちにも話しておきましょうか」

「そうですね」


ユウェシルは立ち上がり、扉の方へ向かうと、静かに扉を開けた。

そのまま控えめに身を引き、アクディーヌを先に通すために待機していた。


(……フィンレーくんのためにも、勇者のことをどうにかしないとまた六百年前のようになってしまいます……。もう、繰り返してはいけません……)


たとえ鍛えても、恐怖の感情は戦場で消えることはないのだから。


そう思いながら、扉のほうへと向かっていった。

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